一関のがんづき
2008.8.26初公開写真の丸い「がんづき」は一関市の「弥生」グループさん製造のもの。まん丸いお月様のような形に特徴があります(直径13センチ)。ふだん仙台市内で見かける「がんづき」は長方形に切って売られていますのでまん丸い形の「がんづき」を見つけて、ちょっとうれしくなりました。というのは、この蒸しパンのようなお菓子を「がんづき」と呼ぶ語源に諸説あってそのなかに「生地の上に散らした黒ゴマ(もしくは胡桃)が満月の空を渡る雁の群れを模したので雁月と呼ぶ」という説があるからです。 雁という渡り鳥の肉は江戸時代は将軍家のほか大名諸侯とそれに準じる階級の人しか食べられないものでした。江戸時代は「士農工商」という身分制度に縛られていましたし、その後に続く明治憲法下の日本は階級社会だったのです。今とは比べ物にならないほどの格差が存在した社会に生きた庶民の「雁」に対する憧れが、ここぞというときの食べ物*に「雁」という字を当てたのだとしたら、そこには切なさがともないます。 *「がんづき」は、岩手県一関地方では農繁期の小昼(間食)だったそうです。機械化される以前の農作業は、身を切るようにつらい重労働だったと聞いています。労働の励みに、共同作業の楽しみに食べられていたのが「がんづき」なのでしょう。一関地方は北上川流域で小麦が良く採れるんだそうです。小麦粉を使った郷土料理の種類が豊富で「がんづき」も、その一つ。なお「弥生」グループは一関市のご婦人たちのグループです。写真の「がんづき」は「大橋がんづき」の商品名で売られていました。 今回は諸説ある「がんづき」説から「雁月」説を拾い上げてみましたが、語源についてはよくわからないというのが本当のところです。美人の湯 山王山温泉 瑞泉郷 (旧:矢びつ温泉 瑞泉閣)