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台湾役者日記

台湾役者日記

錯的多美麗

■■2004年12月12日付

■ CLEAN

西門町の「真善美戲院」にて『錯的多美麗 CLEAN 』を観てきた。オリヴィエ・アサヤス監督の2004年作品。主演はマギー・チャン(張曼玉)。

北米。五大湖のあたり。落ち目のミュージシャンである内縁の夫とモーテルで言い争いになりクルマで飛び出して向こう岸に工業コンビナートの灯が見える湖畔でクルマを停めてドラッグを吸って朝になってモーテルに戻ってみると警官が詰め掛けていて内縁の夫はドラッグ中毒で絶命していた。夫に麻薬を渡した(夫の死の原因となった麻薬を購入、所持、放置していた)罪で6ヵ月の服役。出所してパリに向かう。パリでは以前、テレビ番組かなんかをもっていて、音楽ビジネスにかかわっていた。昔いっしょに仕事した相手は偉くなっていて「時代は変わったのよぉ、エミリー」と言う。「エミリー」は主人公の名前。「どうしてロンドンに戻らないの? 部屋もってるんでしょ?」「ロンドンにはリーとの思い出があり過ぎるの」。「リー」は死んだ男の名前。「李先生」の「リー」ではない。英語のファーストネームの方。「リー」はたぶんカナダ人だ。年老いた両親がカナダに住んでいて、「リー」と「エミリー」との間にできた6歳くらいの息子を預かっている。………………

「リー」の父親を演じているのがニック・ノルティ。いい役者です。この前言及した『アンダー・ファイア UNDER FIRE』(1983年)では命知らずのジャーナリストを野性味たっぷりに演じていたが、なんと言っても忘れられないのが『ニューヨーク・ストーリー NEW YORK STORIES 』(1989年)の第1話(マーティン・スコセッシ監督)でやった「画家」の役。若い女がいないとダメなのに絵を描き始めると女どころじゃなくなってしまう。女は他の若い男とくっついちゃうんだがそれでもそばにいてくれないとダメ。俺のことなんで分かってくれないんだ! と言いながら新しいのと出会っちゃうと気がそっちへ行っちゃうという、まことにすばらしい人物をめちゃくちゃリアリスティックに演じていた。最高。

それはともかく。

………………ニック・ノルティは亡き息子の嫁に「クスリやめて仕事見つけてきちんと更正して落ち着いてくれないと孫は渡せない」と言う。マギー・チャンもそれは十分承知。だからパリでは中華料理店でウェートレスの仕事なんかもしてみるものの勤務態度は最悪。彼女も歌手になりたくて永年音楽界であがいてきたのだ。それがこんな歳にもなってまだ芽が出ない。それどころか「リー」は死んじゃうし息子はカナダだしクスリはやめられないしで、どうにもこうにもやりきれない。ニック・ノルティとカミさんは孫を連れてロンドンに渡る。亡き息子のベスト盤CDをロンドンのレコード会社が出してくれるというので版権保持者として契約書にサインしに来たのだ。が、ここでばあさんが病に倒れてしまう。パリまで出向くニック・ノルティ。自分らも老い先短い。ばあさんは嫌っているが、マギー・チャンは孫にとっては母親だ。早く更正せんかいと。あんたに孫を渡してやりたい。しっかりしてくれよと。どうなのかと。が、その息子は「ママがパパを殺したんだ。周りのみんながそう言っている」とつぶやいている。どうなるマギー・チャン。………………

オリヴィエ・アサヤス監督という人は今まで知らなかった。フランス人。マギー・チャンの前夫ということで、台湾の映画好きの間ではよく知られた人らしい。マギー・チャンはすばらしい。英語とフランス語と広東語を自在に操っている。フランス人が聞いたらそりゃ訛りがあるかも知らんが、「香港人のフランス語」っつう設定なんだからそれでいいのだ。それにフランス人の監督がOK出してるんだし。フランス人の監督と結婚して別れるまでにちゃんとフランス語を吸収している。大女優の王道である。

「外国語の日常会話ができる」ということと「外国語で演技ができる」ということとの間には千里の距離があるのであって、わたしなんかはまだ中国語の芝居をやる域にまで達していない。情けないですが。日常しゃべっている中国語と台詞の中国語とでは語彙の領域が違う。そりゃそうだ。脚本に登場する人物はわたしとは違う。彼には彼の世界があり彼の語彙がある。与えられた脚本を自在に演じるためには日常会話レベルを越える能力を必要とする。新聞とか本とかを声出して読むというのがいちばんいいんでしょうな。分かってるなら早くやれ!

舞台は北米、パリ、ロンドン、またパリ、という風にダイナミックに移動する。カメラはマギー・チャンをずっと追いかける。ときどき息子とじいさんの場面がはさまる。カメラと編集がすばらしい。カメラはマギー・チャンを追うときには彼女の演じる「エミリー」のように落ち着きがなく焦っている。それでいて誰かの「見た目」カットの後には大きく引いたロングショットも織り交ぜたりして、きちんと時間をかけて撮っている。えらい。編集は「俺ならこう切る」とわたしが思う長さよりいつも0.2秒ほど短くカットしていく。かっこいい! またこの映画には不要なカットがほとんどない。ビッグベンのロングショットを出して「ロンドン」の字幕、とかがない。セーヌ川をパンしていくとそこにさかのぼって来る観光船、とかがない。登場人物たちの会話を追ってればここがどこで何が進行してるか察することができる。つまり脚本もいいのだ。

あと、音楽。

IMDbのフル・クレジットページを見て分かったのだが、ブライアン・イーノが担当してるっぽい。ブライアン・イーノという人も調べてみるといろいろ豊かな音楽遍歴をもつ人らしいが、わたしの脳みそには「環境音楽のヒト」としてインプットされていた。それは彼の一面に過ぎなかったようだ。IMDbで見ると映画音楽を49本も手がけている。もしかするとそのブライアン・イーノがプロデューサーとして手がけているアーチストなのかもしれないが、登場人物として「トリッキー」という人が本人の役で出てくる。この人の音楽も一回聴いたら気になってしょうがない。

***

「真善美戲院」というのは「中央電影(中影)」の直営映画館。台湾映画は製作本数が少ない。ここでは普段、「ちょっとええ線いってまっせ」というような外国映画をやっている。「おやつ」を持って入っても叱られないが、映画観ながら袋をガサガサいわせてる人は一人しかいなかった。



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