長い長い始まりの歌 ふみを初ライブ編~其の7 冬の蓼科仙境都市~
冬が来た。蓼科仙境都市で出会った仲間達は、季節が夏から冬に移り変わっても仲が良かった。そしてその大勢の仲間達が「あの夏をもう一度」と冬の蓼科仙境都市のバイトに応募したのだった。冬の蓼科山は長野県にあるたくさんの山の例に漏れず雪山となる。やってくる人達の基本はスキーが目当てだ。 蓼科仙境都市にある国設蓼科アソシエイツスキー場は、スキー場と呼べないくらいの小規模のスキー場で、リフトが1本、コースが2本あっただけでプライベートな雰囲気が漂いまくりで、常に閑古鳥が鳴いている穴場スキー場であった。だけれどそれは逆にアルバイトの者どもにとっては最高のスキー場で、空き時間に滑りたい放題だったらしい。ちなみにネットで調べたら数年前に廃止されて今は無いそうだ。目の当たりにするとなかなか寂しい。 ふみをは中学生で性格がまだ素直な時に2回ほどスキーをした経験があった。すごく楽しかった思い出しかなく、シュテムボーゲン(回転の際に山側のスキーを開いて回転し、その後は両足のスキーをそろえる技術)までだったけれど級も取った。大人になってあまのじゃくに成長したふみをは、スキーのような楽しいことをしていたら人間として堕落する!!と昨年と同じで「今年、いや今後もスキーしない宣言」を自分で勝手に採択。他の蓼科メンバーの奇異目線を浴びるのは承知の上。特にスキーが得意と豪語していた三輪幸平の真逆を行くと、自分の存在感が得られるという計算がもちろんあったけれど、まあ変人の考え方であった。 冬の蓼科仙境都市は夏に比べてアルバイトの数は半減する。雪に覆われて閉鎖される施設が多いからだ。ふみをが夏期に働いていた不老苑やファミリー、マルコポーロ等のレストラン施設は蓼科仙境都市内でも標高の高い場所に建っていて冬の間は基本閉鎖。本社の営業の連中が会員になって欲しいお客の接待に無理くり使わなければ、だけれど。 またなぜか男子の数が圧倒的に削減されており、男子は女子の1/3以下であった。そしてこの冬にバイトに来た男子バイトのほとんどがお互いに顔見知りでリピーターであった。 ふみをは今回、面白いから来いよ!!と中学の同級生でU2コピーバンドのメンバー、トオルをバイトに誘った。初代ミッドランドメンバーはテツ以外は全員バイトに参加。この連中にトオルを会わせたかったのだ。しかし出会いがあれば別れもあるというもので、テツは音信不通となってしまい、自然消滅的にバンドを抜けてしまう。うわさでは通っていた大学をやめて四国にある田舎に帰ったと聞いたけれど、今テツは何をしているのだろう?ううん、今回は真面目な内容になってしまった。しかも全然ミッドランド史ではないし、まあそういうことで。