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碧山窟

里山を買うまで(8)

高級な和風レストランの片すみで、私は「その人」と話をしていました。
あまり、食事がのどを通りません。
彼とは、教会で知り合いました。


遥かにゆうるりと


一度、辞表を出しました。
次々にかつての上司から電話が来ました。
「どうしてだ。」
「どうすんだよ。」
たちまち、社長は静かになりました。
でも、静かになったのは、ネット株取引を教えたせいかもしれませんけど。
「みんなお前を腫れ物をさわるように、してるんだからな。」
社長は言いました。
そのとき、社長の携帯に、証券会社から電話が来ました。
着メロはルパン三世。
公私混同ってことを知らないのですね。

*

私は、はたちの時に信仰を持ちました。
「主イエスがあなたの救い主であることを信じますか?」
と、聞かれたら、即、答えます。今でも。
「はい、十字架のあがないを信じます。」
そして、聖霊も。父なる神も。。
マザー・テレサやキング牧師を偉人だとは思っていません。
ただ、「声」をまっていただけのこと。「声」に従っただけのこと。

ジェンキンスさんが「座間キャンプ」に行きましたけど、
あの近くに、大きな教会があります。
当時は、八百屋さんの隣で、会堂の隣がトイレで、
礼拝中にトイレに行くと、「じょぼじょぼ。。」だったんです。(笑)
私は、そこで洗礼を受けました。

20代の時は、仕事をしながら、50km離れた地方都市に、伝道所を作るため、日本中走り回ってました。
今は、木造の粋を凝らした、ステキな教会になりましたけど、昔は、貸家で礼拝していたんですヨ。

30代のときは、自分が通う教会を建てるために、走り回りました。
7800万円で教会ができました。私の家族も500万円献金しましたけどネ。

毎年、教会の役員をしていました。
それも、ちょっと、疲れたなあ。仕事も忙しいし。
そんなとき、何かおかしいぞ・・と気づきました。

新しい教会に人が増えていくたびに、何かが狂いはじめたのです。
その本質は。。「牧師が、神の代理人になってしまった」のです。

神学の話しは難しいからやめておきましょう。
でも、牧師を解任するか否かの最後の総会で、皆さんに言いました。
「さようなら。私たちは、わたしたちで教会をつくります。」
民主主義に神は宿らないと、今でも思っています。

新しい教会といっても、また借家です。
でも、祈る群れがいれば、そこは教会です。
私は、三つ目の教会をたちあげました。
「その人」はずっと、私のそばにいました。

*

「キミには、あまりにも負担をかけすぎたなぁ。」
その人は言いました。
「非力なんです。みえっぱりだったんです。」
「とんでもないよ。教会を建てただけじゃない。
何千人の大きな集会、沢山仕切って来たじゃないか。」
「いえ。。傲慢だっただけです。」
「教会やめて、仕事もやめて、どうするの。」
「うまく、言えません。。」
私は、震える手で、コースターにボールペンで書きました。

「Be free to be .. happy… on the earth…」

その人は、声に出して読みました。
「そうか。。あなたのために、いつも祈るよ。」

*

「ドロ神父と出津の娘たち」と言う本があります。
ドロ神父は、明治のはじめ、伝道つまり「ミッション」のために日本に来ました。
没落貴族の末裔のドロ神父がしたことは、ミッション以前に、人々の暮らしを楽にするため、産業を起こすことでした。娘たちに草刈鎌を与えて、肥をかついで。そして、綿をつむいで。貿易の才能もあったんですよ。お金をもうけて、たくさんの人たちの信頼を得て、最後に「教会」をつくりました。
私がしたこととは、まるで逆ですね。
私がしたことは、「信仰の押し売り」です。形式に走った自分を恥ます。

*

私は、二度目の辞表を書きました。
私の家に、役員が飛んで来て、「オメのしてる決算どうすんだよぉ!」と両親の前で怒鳴り散らしました。
「やるべきことは、しますから、安心してください。」
私は、その役員を帰しました。

私は、中間決算で、決算の過程を途中で締めて、部下たちを集めました。青色申告書の書き方、債務者区分と税効果会計の基本概念と手順、企業会計と税務会計の違いとすりあわせ、繰延べ税金資産や納税充当金がB/Sに記載される意味と目的など、部下たちに教え込みました。
部下の一人は、キラッと目を輝かせました。
「そうだよ。この知識は、おまえの財産だよ。」

*

その日は、はじめて次男をつれて、「買った里山」に出かけました。
秋の午前中は天候がおだやかです。
「きれいな森だね。」
「みてごらん。この石はお風呂だよ。」
私は、かつて、水がめに使われていた大きな石を指差しました。
次男は、目を丸くして、くりぬかれた石を見下ろしました。
「どうやって、ここまで運んだんだろうね。」
カモシカの子供が目の前に現れました。
「おいかけちゃだめだよ。」
私は、言いました。
でも、次男は幼いカモシカの後を、おいかけはじめました。
カモシカは、まもなく視界から森の中に消えました。
私があとをついていくと、次男は、とてつもなく大きな岩石の前にいました。
「おとうさん、これ、何だろ。」
岩石には、祠が彫り込まれていました。古い。とても古い。
江戸時代のものかもしれない。
それと、茶碗がひとつ。
今でもおまいりする人がいるのでしょう。
里山に、「聖なる場所」がありました。

*

「ここを、お父さんのサン・ダミアノにするよ。」
次男にわかるはずがありません。
「サン・ダミアノってなに。。」
「昔ね、アッシジっていうところがあって、
そこに、フランチェスコって人がいたんだ。
 戦争に行って、城壁を作る技術を覚えたんだよ。
そして、その技術で、壊れた教会をつくりなおしたんだ。」
「お父さん、また、教会つくるの?」
「いや。今度はちがうよ。」

私は、中間決算が終わった後、疲弊しきっていました。
「ネオ・エデン」
その文字がくるくる頭の中を回っていました。
数百本のタラノメ。ハリギリの大木。キハダの大木。サルナシ、マタタビ。
高さ5mはあるマユミ。メグスリノキの苗木。よい芳香のキクロモジが数百本。
オオヤマザクラとソメイヨシノのハイブリットかもしれないサクラの木。
鳥たちが種を運んでいたのです。
そして、大きな炭焼き釜の跡が3つ。

*

「おとうさん。タカが来たよ。」
息子は上空を指差しました。
タカは、「ピッツピー」と、独特の声でなきました。
「サシバだよ。冬には、愛知県で鷹柱をつくってね。」
私は、第一のじぃさんのような口調になっていました。
そのとき、サシバは、私たちの目10mも離れていないモミの木に、ふわっととまりました。
「かっこいい!!」
ポケモンより、かっこいいよ。

私は、チェンソーで切られたばかりのクリの株に腰をおろしました。
「一言でかたずけてやる。ドロボーめ。」


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