山梨県歴史文学館 山口素堂とともに

2021/04/09(金)16:02

輿石森興 長坂町建岡神社 「法楽百首」

北杜市歴史文学資料室(155)

輿石森興 長坂町建岡神社 「法楽百首」 『長坂町誌』収録記事 一部加筆   「法楽百首」 従五位土佐守森興は漢詩文、和歌に優れており、建岡神社の神官であった。 建岡神社が有栖川宮家の御祈願所であったので京都に数度おもむき公家と親 交があった。文化年間これらの人々により和歌が奉詠された。これが「法楽百首」であり、正四位賀茂角郷の撰文並びに書によるものである。現在奉納額として建同神社に掲げられ宝物となっている。   日野大納言資矩  畏くもここに宮居を建岡の神や動かす世を守るらむ    中山前大納言忠尹  すめらぎの御代の栄を守らんと宮居をここに建岡の神    正三位大官盛季  ゆふはゆる建岡の森の榊葉は千代万代も色ほかわらじ    従三位久世通理  和らくる光かさねて咲く花の色香こめたる建岡の森    甘露寺九大弁宰相国長  ます神の光も清く建岡の官居くもらぬ秋の夜の月    日野右大弁資愛  建岡の神の光のあきらけきみかけを遠く仰ぐ朝夕    外山宰相光実  建岡の木の問をもりのかげまでも神さびけりな秋の夜の月    左東大夫光宜  神垣のしらゆふかけて積りそふ雪にこぶかき建岡の森    閑路早春 富小路刑部郷実直  東路の霞のせきはなへて世にいさまた知らぬ春や立つらむ    霞中黄鳥 出雲宿弥千家尊孫  梅の花さけるやいづこ鶯の声よりほかは霞なりけり    霞中開鶯 難波宮内権大輔愛敬  弥久らにもなくは珍らし箱根山またあけやらぬ谷の鶯    隣家竹鶯 主殿介小野重賢 宿しむる竹の林の中垣に春をへだてぬ鶯の声    湖上朝霞 院士常年 いつしかととくる氷に朝な朝な霞わたれる諏訪の水海    霞隔遠樹 隠士柳斉 をち方の山は霞のたちこめて心あてなる花もわかれす    野外残雪 正四位下治部大輔保孝 甲斐がねを吹きこす風もなほさえて裾野の春に残る白雪    水郷残雪 斎藤可怜彦唐 松かけはたか駒とめし跡ならん佐野のわたりの雪のむら消え    梅薫夜風 本居健亭春庭 月影はいりぬる夜半の手枕に梅の香うつす軒の春風    山路梅花 難波掃部介広道 ともしびの花咲きおとす山風にみち近からぬ梅の香ぞする    名所梅花 村山寿庵素行 立ちよってまつ咲く梅をこととはむこよいはなすの笠縦の里    水辺古柳 竹村平右衛門茂雄 下かけの水の緑は青柳のいく世の露の積るなるらむ    雨中待花 隠士閑斎 打ちがすみいふせくもあはれ何時しかと花まつ頃の春の眺めは    野花留人 従五位下勝部嘉路 山よりも且咲きそめてこの野辺の花や行き来の人とどむらむ    遠望山花 正四位下陸奥守是久 茅野山花さきぬらしそふ小鳥の音嶺かたけにかかる白雲    故郷名花 斎藤山平勝憑 故郷をとへばかすみて夕かげの花にぞ残る古への春    月前落花 足代権太夫弘訓 夕くれにふる薄雪の心ちしておばろ月夜にちる桜かな    藤花随風 鵜殿猶之亟妻為子 吹きさそふ風を心に立ちなびく花は音なきまつの藤波    橋辺款冬 花山院殿御内松本公輔 柴人も心あるらし坂はしに立ちもとほれる山吹の花 早朝更衣 従五位下信濃守光休 桜色のたもとを今朝は橘のかをりの色にかへてけるかな    初聞郭公 滝原監物豊常 夏衣立出てきけば郭公初音なのりて今日ぞ来にける    山家郭公 殿村方三常久 ここも猶住みわびぬとや言伝てん浮世に通ふ山ほととぎす    遠聞郭公 木村俊造定良 郭公遠山畑やすきつらむ夢のほのかに声のきこゆる    池朝菖蒲 権大僧郁真情 水措き他のあやめぞかほりけるあしたの露の玉をかざして    霊橘驚夢 渡辺貫三射足 待つ人の香ににほひつつうたたねの夢おどろかす軒の橘    澗庭蛍火 小川文左衛門繁樹 まちみても月は入りこぬ谷かげに出ててらす蛍なりけり    水辺夏月 橘元輔守部 涼しやと駒ひきとめてささら水かほんとすれば月やどりけり    名所鵜月 香川肥後守景樹 さつきやみくらはし川に放つ鵜も心と身をは沈めざりけり    閑居蚊火 間宮庄五郎士信 静けくもしむるいをり蚊火たつるけふりにせなと人やいふらん    蝉声夏深 本間遊清 なく蝉の声あつけにそきこゆなる長羽衣も風や通さぬ    行路夕立 従四位下越中介直慶 来し方もわけゆく方もかきくらし降りと降りぬる野路のむら雨    初秋朝風 非旅人松尾河内重礼 あけわたるあしたの風の音にこそ秋のたちぬるほどはしらるれ.    閏月七夕 小林田兵衛元雄 徒にくははる秋はあふことも七日のよひの星やわふらん    野亭夕萩 正四位下三宅維経 紫ににほへるのへの萩のつゆかかる住居もうらやまれけり    江辺暁萩 竹村管麿  あけわたる入江の萩の上風につけぬ袖さえ露けかりけり   山家初雁 権津師止静院 軒はよりきりたちこむる山里は初雁の声のみぞきく    海上待月 土屋備後守重いほ子 月を待つ恨みをすまのあまりにもふけ行く空の惜しまれぞする    高山待月 横田孫兵衛袋翁 山高き麓のいほをしめしより心からまつよひよひの月    山家秋月 加納岳部諸平 山里はまたき夜寒になりぬらしましはの煙月に立つ見ゆ   深山見月 川越右門有邦 たちまよふ雲は葉山におさまりて深山の月に隈たにもなし    草露映月 大田原左衛門清氏 おくつゆの数もあらはにみやきのの花の千草をてらす月かげ    関路惜月 実御本丸大奥女中無名 夜もなほ月にうかれて清見かた関のとさしに宿る旅人    古渡秋霧 従五位備後守定隆 こぐ舟のゆくへやいつこみこか崎佐野のかなたの秋ぎりの空    橘衣響風 加藤橘千蔭 宮城のの野分の夙にひひくらむ花鳥衣うちすさふこえ    鹿声夜友 殿𨛗佐平安守 うつほ木にあらぬ住家も山深く音なふ友は夜半のさをしか    山中紅葉 非蔵人岩橋因幡元真 紅葉に桧原も松も埋もれて秋の色さへ深き深山路    露底桂花 松本但馬守為縞 夜すがらの露にうもれて咲きにけりたか寝みだれし朝傷の花    草花交色 清水玄長浜臣 女郎花なまめくのへをきて見れば尾花はなびく葛はうらむる    独惜暮秋 鵜殿猶之亟長道 ゆく秋の名残や惜しと夕まぐれひとり眺むる空もさびしき    初冬時雨 佐々木大宰大監允明  月いれし秋を忘れぬ槙のとに早おとつるる初時雨哉    霜埋落葉 菊池そて子 紅葉のこきもうすきも埋れて一つ色なる庭の初霜   残菊帯霜 石川惣太夫依平 おく霜のさゆるが上の朝風にま垣の菊も月かげ待つなり    古寺初雪 検非違使左衛門尉重広 志きみつむ道やたたなんこの朝の初雪ながくふる寺のには    行路深雪 皆川猶三允直 なかなかに木の根岩かと埋もれて安けに見ゆる雪の山道    行路朝氷 村田蟹守春門 行く駒の蹄のあとのたまり水それさへ氷る朝嵐かな    寒霊満江 川越大亮正隣 なにはえは折れ伏すあしにうずもれて波も枯はの色にこそたて   湖上千鳥 加藤枝直 友の鳥声をかはしてしかの浦の波路はるかに遠ざかり行く   月前水鳥 鵜殿猶之丞母日義尼 砕けちる氷と早蔓水鳥の羽風にさわぐ波の月かげ   雪中神楽 加藤枝直 ふる雪にめくらす袖も物のねもあひにあひたる面白のよや   歳暮澗水 香川陸奥介景柄  行く年はよとまててくるる山かけに波の花まつ谷川の水   聞声忍恋 北村安芸守秀方 夕ぐれの空たのめなる契よりうきを忍ぶの松風の声   忍親眼恋 喜多沢彦右衛門敏夏 かけてその母からにたに知らるなよ下に伏やのしもの乱れを   祈不逢恋 服部五郎右衛門敏夏 恋せしはねきことうけぬ神ならばよしや相見んことをのみこそ   旅宿逢恋 村山荒次郎母きよ子 駅路のすずろに袖をぬらす哉あからさまなる宿のちぎりに   兼厭暁恋 小坂市左衛門道賢 よそめにも若返るさの暁をいとはぬ中といつ契らなん   遇不全恋 羽倉豊前介信美 さればこそ夢となりぬれ現とは思はれりざし夜半の手枕   被厭賤恋 羽倉豊前介信愛 くりかへしなほこそなけれいとはれてよるふしもなき賤のをたまき   疑真偽恋 隠士崇順 花のこと人の心の色に出は深くも思ひそめざらましを   従門帰恋 本居三野子 立明しまたや帰らんこひ衣きてもつれなきまきの板戸   途中逢恋 川勝頼母広水 月の前にかわるも知らす白雲の道ゆくふりのかりの契は   隔遠路恋 伊勢十三郎定正 立ちかへり逢ふせやあると神垣につれなき人の身さへ祈りつ   借人名恋 正四位下木工頭成崇 情なきは人にもよるれ試みに人の名借りて送る玉章   互恨絶恋 非蔵人富田薩摩延秋 人もその遠きへだてにならひなばなげくかひなき身とやなりなん   依恋祈身 城戸市郎左衛門千楯 諸共にかけし偶の苦かつらくるしや絶ゆる中となりけり   絶不知恋 巣山織人永清 かよひてし稲妻をみの欺かもたえてかど見る仲の秋風    暁更寝覚 本居三四右衛門大平   見し夢の昔も老に立ち返るね覚わびしき暁の床   薄暮松風 非蔵人松尾筑後相雅 樫の実のひとり淋しき夕ぐれは人まつ風の声のみぞする    浪洗石苔 鎌田玄珠 よしの川瀬々の岩かと立ちこえてくだくる浪の苔洗ふみゆ 山中滝水 正四位下出羽介敷久 音高く山ふところを伝ひきて岩間におつる滝津白玉    河水流清 石井玄斉 濁なき流れはつきぬ五十鈴川猶行末もいくよふるらむ    春秋野遊 栄名井中務聘翁 若草の春はねよけに宿かりつ秋は花野の錦しくとて    山家夕嵐  山深み過る月日は数へねど嵐にひびく入りあひのかね    山家人稀 黒田貞五郎和房 世はなれし草のいほりの山住は猶淋しとてとふ人ぞまれ   海路眺望 正四位下丹後介保角 沖つ舟雲井はるかに見ゆる哉庭よりなぎし浪のまにまに    月草中友 服部治兵衛慎民 草まくらこよひものべに心すべとや伴なふ月の露にやどれる   旅宿夜雨 従四位在俊母福子 月ならばうれしからまし旅ねするこよひの宿に雨もるぞうき    寄草述懐 正四位下安房守季麿 いかなれは言のは草に位山高きいやしき品をわくらむ    寄木述懐 実本丸奥女中無名 色かへぬ心の友と仰ぎみん霜雪しらぬ松のみさをを    逐日懐旧 滝沢今右衛門光長  きのふそと思ひの外に数ふれば早昔とや遠ざかりゆく    被書思昔 従五位下大陽守正方  いふのかみ千代のふる道ふみみればいとど昔のしたるる哉    寄国歌祝 従五位下土佐守森興  君が代の千とせを祝ふことのはによめともつきぬ柄にそありける    社頭祝言 従四位上古兵衛権介員維  みしめなは永き栄を神垣に朝よひかけて誰も祈らむ    法楽とは神に和歌、連歌を奉納すること、また奉納した和歌、連歌をいう。平安時代末期に神にささげる読経を法楽と呼ぶ意識と和歌即陀羅尼の観念が結びつき、仏、菩薩が天竺の語をもって唱諭する陀羅尼を嘉納するならば、わが国の神は和語による和歌を納受なさるはずだとの論理が生まれる。西行が晩年伊勢神官に奉納したのが、日本人の最初の法楽和歌であった。以来室町時代を頂点として和歌および連歌を神に奉納することが流行し、歌壇において習俗化するようになったのである。 輿石森興は神主でもあり和歌に造詣深かったので、日本の伝統的に習俗化した歌人たちの方法をとったことと思われる。建同神社の神の前に貴族の和歌を奉納することにより、神の賛美を行ったのである。森興も「寄国歌祝」と題して前述した和歌を詠んでいる。 

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