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2020年06月26日
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カテゴリ:松尾芭蕉資料室

〔芭蕉文集〕《幻佳庵の記》

 

石山の奥、岩間のうしろに山あり、国分山といふ。

そのかみ国分寺の名を侮ふなるべし。

麓に細き流を渡りて、

翠微に登る事三曲二百歩にして八幡宮たたせ給ふ。

神体は彌陀の尊像とかや。

唯一の家には甚だ忌むなる事を両部光をやはらげ、

利益の塵を同じうし給ふもまた尊人し。

日頃は人の詣でざりければ、

いとど神さび物しづかなる傍に、住み拾てし草の戸あり。

よもぎ根笹軒をかこみ、屋根もり壁落ちて、

狐ふ狸しどを得たり。幻佳庵といふ。

あるじの借何がしは勇士菅沼氏曲翠子の伯父になん侍りしを、

今は八年ばかり音になりてまさに幻住老人の名をのみ残せり。

予又市中をさる事十年ばかりにして、

五十年やゝ近き身は、蓑虫のみのを失ひ、

蝸牛の家をはなれて、奥羽象潟の暑き日に面をこがし、

高すなご歩み苦しき北海の荒磯にきびすを破りて、

ことし湖水の波に漂ひ、

鳰(にお)の浮集の流れとどまるべき蘆の一本の陰たのもしく、

軒端ふきあらため、

垣根結ひそへなどして卯月の初いとかりそめに入りし山の、

やがて出でじとさへ思ひそみぬ。

さすが春の名残も遠からず、つつじ咲き残り、

山藤松にかゝつて時鳥

しばしば過ぐる程宿かし鳥の便さへあるを、

木啄のつゝくともいとはじなど、

そぞろに興じて、魂は呉楚東南に走り、

身は瀟湘洞庭に立つ。

山は未申にそばだち、人家よきほどに隔り、

南薫峯よりおろし、北風海を浸して涼し。

日枝の山、比良の高根より、

辛崎の松は霞こ灯て城あり、橋あり、釣たるゝ舟あり。

笠とりにかよふ木樵の聲、麓の小田に早苗とる歌、

螢飛びかふ夕闇の空に、

水鶏のたゝく音、美景物としてたらずといふ事なし。

中にも三上山は士峯の悌にかよひて、

武藏野のふるきすみかも思ひ出でられ、田上山に古人をかぞふ。

さゝほが嶽、千丈が峯、袴腰といふ山あり。

黒津の里はいと黒う茂りて、網代守にぞとよみけむ萬葉集の姿なりけり。

猶跳望くまなからむと、後の山に這ひのぽり、

松の棚作り藁の圓座を敷きて猿の腰掛と名づく。

かの海葉に巣をいとなみ、主簿峯に庵を結べる王翁徐がにはあらず。

たゞ睡辟山民となりて、孱顔に足を投出し空山に風を揃て坐す。

たまたま心まめなる時は、谷の清水を汲みて自ら炊ぐ。

とくとくの雫を佗びて一爐のそなへいとかろし。

はた昔住みけむ人の殊に心高く住みなし侍りて、

たくみ春ける物ずきもなし、

持佛一間を隔てゝ夜の物おさむべき処などいさゝかしつらへり。

さるを筑紫高良山の僧正は、加茂の甲斐何がしが嚴子にて、

此たび洛にのぼりいまそかりけるを、

ある人をして額をこふ。いとやすやすと筆を染めて、

幻佳庵の三字を贈らる。頓て草庵の記念となしぬ。

すべて山居といひ、族寝といひ、さる器たくはふべくもなし。

木曾の櫓笠越の菅蓑ばかり枕の上の柱に懸けたり。

晝は荒くとぶらふ人次に心を動かし、

あるは宮守の翁、里のをのこ共入來りて、

猪の稻くひあらし、兎の豆畑にかよふなど、

我が聞き知らぬ農談、日すでに山の端にかゝれば、

夜座静に丹を待てば影を件ひ、燈をとつて罔兩に是非をこらす。

かくいへばとて、ひたぶるに閑寂を好み、

山野に跡をかくさむとにはあらず。

やゝ病身人に倦みて世をいとひし人に似たり。

つらつら年月の移りこし拙き身の科を思ふに、

ある時は仕官懸命の地をうらやみ、

一たびは佛租室の扉に入らむとせしも、

たよりなき風雲に身をせめ花鳥に心を労して、

暫く生涯のはかりごととさへなれば、

終に無能無才にしてこの一筋につながる。

樂天は五臓の神を破り、老杜は痩せたり、

賢愚文質のひとしからざるも、

いづれか幻の栖ならずやと思ひ捨てゝ臥しぬ。

 

先づたのむ椎の木もあり夏木立






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最終更新日  2020年06月26日 17時04分15秒
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