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2020年11月21日
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カテゴリ:俳句観賞

俳句歳時記 小正月 山本健吉氏著

 

  一部加筆 山梨歴史文学館

  

十五日正月 女正月

 

[解説」 

一月十四、五目を中心とした正月をさす。

十四日を年越の夜とし、いろいろの飾物をなし、十五日、小豆粥を祝う習慣がある。

小正月の名の用いられているのは東日本に多く、別に

「若年」(長野県)、

「モチイ」(長野県南部から愛知県三河地方)、

「二番正月」(飛騨地方)、

「若正月」(能登半島)

などとも称えている。

新潟県では正月十五日後の数日を小年といい、十四日の晩を小年(ことし)()という。

また鳥取県八頭郡や長野県小県郡のように、二十日を小正月というところもある。

唐制の朔且正月が輸入普及される以前、わが国には満月から満月までを以てIヵ月と定める古い暦法があり、日を数えるのに月の満ち欠けを目印としていた。

満月を以て第一日とし一月の満月の夜を一年の境とした。その後、朔日正月が官によって励行されるようになっても、民間に於けるこの(もち)の正月に対する旧慣墨守は強く、結局二重の正月を祝うことになったのである。いわば元日から七日までの大正月が宮中、武士階級などの上層の儀礼的性格を持っているのに対して、小正月に多数の行事、呪法、禁忌があつまり、特に農作に関して多くの呪法があり、その年の豊凶に関するさまざまの年占が行われるのは生活に深く根を下した農民的性格を持っているからである。

今日小正月の行事は都会生活では殆んどすたれたが、いまだに農耕生活に太陰暦を用いている農村にはいろいろ残っている。以前の民間の正月行事では小正月が元日を中心とした大正月よりさらに重視されたことであろう。

まだ十五日を京阪地方では「女正月」という。松の内は女は多忙のため十五日を年礼の始としたという。また男の年取が十二月晦日であるのに対して、小正月前夜を女の年取というところがいまでも東北に多い。

岩手県上閉伊郡などではこの目に家中の諸道具の年取をさせ、炉には釣はな様の餅、納屋にはヨメゴノモチを上げるほか、以前はなおオイヌノモチというのをこしらえた。長野県南・北安曇郡の女の年取も正月十四日の晩で、この日の夕飯は男がこしらえるという。

その他、十五日を女の正月、女の休み日としているところは多い,

 

➡小早 ➡十四日早越 ➡小豆粥(人事) ➡繭玉(人事)

➡鳥追など(人事) ➡粥占(宗教)

 

小正月蝙蝠傘を突きて出でし    広江八荒桜(筑摩文学全集)

  五指の爪玉の如く女正月      飯田蛇笏(雲母)

  女正月つかまり立ちの子を見せに  中野三允(俳句三代集)

  片側の屋根に雪ある小正月     小瀬川季楽(夏草)

  水底の如たそがれの小正月     松尾朱葉(鼎門句集)

  東の間の霞めでたや小正月     山本湖雨(同)

  一人して若麦湯愉ぬしみ小正月   川村十牛(俳句三代集)

  看護婦の恋育て来よ小正月     八木林之助(鶴)

 






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最終更新日  2020年11月21日 18時47分51秒
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