2021/09/14(火)18:11
❖ 武田侵攻 荒神山城攻略
❖ 武田侵攻 荒神山城攻略 ❖ 天文一三年(1544) ❖ 晴信 二十四歳 長野県上伊那郡辰野町樋口荒神山 城主 藤沢寄親 武田方の伊那政策の手薄なのを知った縢沢頼親は居城の福与城および前衛の荒神山城に拠って再び武田方に反抗した。 晴信は十月末、一九千の武田軍の先頭に立って伊那へ攻め入り、荒神山城を包脳した。 ところが高遠頼継が小笠原長時の援軍と共に、武田軍の背後後を衡いて 攻め寄せたので、挾み打ちの戦闘となって苦戦し、晴信は荒神山城攻略をあきらめて十一月三日、全軍、上原城へもどり、一日おいて、九日甲府へ帰陣した。武田軍が引き揚げたあと、高遠軍が諏紡へ乱入して諏訪上社の神長官守矢頼真の邸を焼くなどの暴挙を示した。