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2021年09月23日
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カテゴリ:文学資料館

  甲州街道 『歴史の山旅』

 

著者 安川茂雄氏 出版社 有紀書房 刊行年 昭36;

  一部加筆 白州ふるさと文庫

 

山行で中央線を利用する場合、いつも私は夜行になりがちである。アルプスからの帰りなど、ときたまは昼汽車に乗ることがあっても、旺ってしまうことが争い。だから、中央沿線の風景は、いつも私の印象にあまりなじみがうすいようだ。

 そこで中央沿線の風景を眺めたいものと、この山旅には昼間、つまり、十二時三十分発の「第一白馬」をえらんで乗った。多少でも中央沿線の自然をみたかったし、できたら、往昔の甲州街道の姿なども眺めたかったからである。

 府中(甲府)からのびた武田信玄の武相への車道は、だいたい現在の中央線沿いにのびていて、甲州街道は、多少の差異はあっても、この道筋にのびているとみてよいだろう。

武田勢が蔵相方面に出陣したのも、大方はこの街道に沿っているようだ。このように、甲府を中心に「四通八達」した武田の車道のもっとも重要なコースが、この甲州街道であった。

 徳川家康が天下を半足して江戸に幕府を開くや、汪戸を中心に東海、中山、日光、奥羽、甲州の五街道(道中)をさだめた。

甲州街道は内藤新宿(現佐の新宿)より甲府を経て下諏訪までとされ、下諏訪からは中仙道に合している。

 前日まで梅雨のようにどんよりと鉛色の雲の厚かった空もすっかり晴れて、十一月の終わりとも思えない暖い日和である。私は車窓にもたれて、起伏のつづく甲州路にみいっていた。

 大月にくると、右手に岩殿山という名の通りの岩山があり、その中腹に大きな看板がつくられて「岩殿城趾」という字がみられた。いつごろからたてられたものか知らないが、一時は小山田信茂の持ち城で、いかにも甲州への入口をやくする関門の感じである。

 よく以前は、富士や三ツ峠へくるとき、大月での乗り換えにこの山をみつめていたものであるが、その頃は岩殿山の山腹の岩壁を、ロッククライミングの対象として以外には、私にはなんらの感興も湧かなかった。

 私は『甲斐志料集成』の古い概念図をながめながら外を眺めている。と、だいたい猿橋から大月、初狩、笹子、勝沼、石和といった駅は、府中へ続く甲州路の重要な地点であり宿場であったことは明らかで、一条の冬の街道が、私の乗っている車窓から、白壁の農家の点在する視野の巾

に、常に見え隠れしてつづいていた。そして部分的にはハイウエーに舗装されたアスフアルトの道が、白い柵に色どられてのびやかにつづいている。まさに甲州街道の近代化を、芭濃く感じられるのである。

 甲府からも、竜王、註埼、穴山、日野といった地名は、小淵沢とともに、信濃へつづく街道前にみつけることができる。ほぼ小淵沢は、府中(甲府)より十里と記されてあった。

 日野春をすぎると、車窓の左手には南アルプスの鳳凰三山、甲斐駒ケ岳んはどの連山がかすかに雪をおいてそびえ、右手には八が岳から奥秩父の南端が望まれる。四囲は、まさに山国へやってきた感じが濃い。

 こんどの山旅のコースは、南佐久周辺、つまり八が岳山麓を歩くことで、甲斐と信濃の国境を形成する小海線の清里から、野辺山にかけての高原である。

 小淵沢から中央線を小海線に乗り換えると、急に温度が下がったように肌寒さをおぼえた。いつのまにか、かつてのうらぶれた旧式な蒸気機関車は、モダンなディーゼル・カーになってしまい、私のイメージに刻みこまれていた小海線のなつかしい記憶とは、かなりちがっていた。まだ山麓一帯には浙雪がおりていないとかで、枯れた山野は晩秋の気配をいぜんと讃えている。

 高原電車が清里へつくと、五時近かった。急に明るい空が暮れて、かすかに西の涯に燠(おき)のような夕焼けがただよっている。広大な八が岳山麓のゆるい起伏の原野は、日本の猫額大のような列島とは異質なアルプの風土を思わせる。日本的な風景というよりは、西欧的な高燥さを讃えた平原にみえる。

 その夜、清里の佐久往還に面した信濃館という山の旅舎に泊ることにした。あすは平沢部落から飯盛山に登り、山稜沿いに川縁のある大門峠へ出て、野辺山へ下る予定である。そして、できたら佐久往還を海ノロまで行き、海ノロ城址をみたいと私は考えていた。






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最終更新日  2021年09月23日 15時44分10秒
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