2021/11/13(土)03:16
素堂62才 宝永元年(1704)『千句塚』序文。除風編。
素堂62才 宝永元年(1704)『千句塚』序文。除風編。 吉備の中山の住、除風子、はせを翁の風雅をしたひ、さざなみや粟津の原は、遠き境なればとて、細谷川ちかきわたりに、五十四里の地を縮て、あらたに塚を築て、翁の旬を礎となし、其里人千旬旬のたくみを費しつくりたてて、千句塚と申侍るとかや。そのまま埋ミはてなんも本意なしと、梓にちりばめ、予をして一旬をたむけよとすすめられしに、吟魂は死してほろびざることを申をくりぬ。