カテゴリ:富士山資料室
富士北麓 吉田御師と富士講
『山梨県郷土史研究入門』山梨県郷土研究会編 山梨日日新聞社 平成四年刊 一部加筆 山梨県歴史文学館
富士講とは近世下期に於ける富士信仰者の集団の事であるが、単に角行を祖とする近世富士信仰だと一般的には受け留められている。 近世富士講の開祖は角行東覚と云われた富士行者である。 その出生は天文一〇年(一五四一)正月一五日長城に生れ、永禄二年(一五五九)一八才で諸国修行に出で、奥州脱骨の窟で修業中役ノ行者の御告げにより富士へ参り、元亀三年(一五七二)四月八日吉田御師小沢丹波・川口坊土佐の家を宿として富士へ登拝した。 角行は富上北麓を根拠として、富士郡の人穴では方四寸五分、長さ六尺の角の上につま立ち行をし、富士山で禅定行・周辺湖水で水行を行い、難行苦行のうちに浅間大菩薩の啓示を受け、三六〇に及ぶ異宇・合字、一三宇の唱え文句 コウクウ タイソク ミヨウオウソク タイジツ ボウコウ クウシン その他信心文の文句を授かり、これらの文句は角行の言行録と共に富士講の教義として、全ての富士信者に信奉された。 又角行は哲学的な富士の心を開くと云う意で〔明藤開山〕と称えた。藤は富士で富士心霊の心を開き明らかにすると云う事で、この四字は富士講の本尊であり、お守りでもある御身抜と云う軸には必ず中央上部に書かれた。 さて富士行者角行の名をして広く江湖に知らしめ、その信仰を不動なものとしたのは、元和六年(一六二〇)江戸に「つきたおし」と称する奇病が流行、市中を恐怖のどん底に陥し入れた。この時角行は人々の要請に応じ、人穴の行場から弟子の日旺・大法を伴い出府、神符〔御風勢喜〕で一日数百人宛の病人を救ったことである。 角行は一生を行で過ごし、正保三年(一六四六)一〇六歳で天寿を終ったが、その法脈は長く後代に受けつがれた。 享保十八年(一七三三)近世富士講の歴史の中で特記すべき年である。 これまで角行の教義を肺し法嗣を躰として広く枝葉を茂らせて来た近世富士講は、この年全く正反対のニツのエネルギーを爆発したわけである。 角行より六代目の法嗣を村上光清と云い、角行の直流で正統派と云う。光清は家伝来の巨富を有し、江戸市中の富士講社に絶大の信用があった。 恰も甲州郡内顧は幕府領となり、それまで代々の領主が行っていた浅間神社鳥居の修復・再建が地元御師団の責任となり、御師団は莫大な入費を要する為困惑し、当時大きく発展していた富士講団に協賛を依頼すべく、その開祖角行以来深くかゝわりのある御師小沢丹波をして、享保六年(一七二ニ)富士講法嗣六世村上光清に要請した。 光清も長い間の吉田の御師団の手厚い支援に感応し、享保一八年、先づ浅間神社の修覆・大鳥居の再建に着手し、その他逐次神社にふさわしい建造物を充足し神域の整備を行った。 正統派は以後光清の子孫が法脈を受け継ぎ、代々浅間神社・大鳥居の修覆再建に関与し近代に至った。 今日残る浅間神社参道の石燈寵、また境内の諸建造物の建造記録を見ても正統派講社と浅間神社・吉田の御師団との深いかゝわりを知ることが出来る。 富士講三世の弟子を月行(曽月)忡、その弟子の富士行者を通常 異端派六世食行身禄と云う。食行身禄は別に貧乏身禄・乞食身禄と云われ、赤貧洗ふが如くであった。彼の行場は日常生活の中にあって、正直をモットーとし、その信仰はぢかに富士神霊の心に入りこむと云うことで〔善明藤開山〕とした。身禄は兼て富士山で入定することを心に誓っていた。 享保一八年六月一三日、身禄は富士山七合五勺烏帽子岩で断食入定に入り、吉田の御師田辺十郎右衛門の献身的な介添により、七月一三日命終した。三一日の間、田辺十郎右衛門が身禄の言葉を刻明に書き留め後清書したのが「三一日の巻」である。 身禄が烏帽子岩で入定した事が伝わると、富士信仰者は勿論一般の人々も深い感銘を受け、享保一四年になる「一字不説」の巻と「三一日」の巻は共に教典中の教典として書写され、各講社の宝とされた。 以後身禄の唱え出した富士講の教義は爆発的な信奉を得、その教義を信奉する者 を富士講身禄派と称した。身禄派の一般的な教典としては、 〔烏帽子岩食行身禄■御直伝〕 (エボシイワ ジキギョウミロク クウオン ヂキデン) として講社員必携の小冊子となり、講社の法會には必ず朗誦された。 江戸時代吉田御師は神道に属し、神道以外の活動は多分に制約された。吉田の御師は新らしく興った富士講の諸流を巧みに取り入れ、自己の職分を尽すと共に浅間神社の発展を図って来たのである。〔舟久保 兵部右ヱ門〕
参考文献 田辺四郎家文書 富士浅間神社所蔵 甲斐国志草稿 富士浅間神社所蔵 画行藤仏前大行巻 永禄酉より文政年中迄 小沢鯉一郎家文書 大鳥居屏並び御社修復書拍 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2022年01月31日 09時24分00秒
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