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テーマ:ご隠居のひまつぶし(712)
カテゴリ:ウオーキング
知多四国ウオーク3日目に目にしたこの建物。
ここは「戸塚ヨットスクール」 不登校、ひきこもり等 社会と折れ合いのつかない若者たちを訓練し社会復帰させるための施設である。 30年以上の昔 訓練生の死が相次ぎ 戸塚校長が逮捕された。 独特なスパルタ訓練を教育と見るか暴力と見るか 当時 マスコミが大騒ぎしたものである。 そのいきさつは ヨットスクールのHP に載っていた。 1976年 戸塚ヨットスクール開校。 偶然入校した登校拒否児が正常化。 以後、登校拒否、家庭内暴力、非行、無気力など、 情緒障害児を対象としたヨット訓練で画期的成果を挙げ 約600人の子供達を更生。 この間、2件の死亡事故と2名の行方不明事件発生。 1982年 訓練生・小川真人君死亡。 この事件を契機に「サンデー毎日」などの新聞系メディア が中傷記事を掲載。 これが引き金となって、マスコミの総攻撃へと発展する。 1983年 戸塚校長とほぼ全員のコーチが逮捕。スクール一時閉鎖。 拘留中に「脳幹論」を完成。 1986年 3年1ヵ月ぶりに保釈。 同年スクール再開。 1987年 「戸塚ヨットスクールを支援する会」(石原慎太郎会長) が発足。 支援する会会長 石原新太郎氏のあいさつ 「戸塚ヨットスクールは、その厳しい教育訓練のあり方、死亡事故の発生、歪曲された報道などのため、これまで様々な誤解と中傷に曝されて参りました。 しかしながら、同スクールが「大自然との闘いで精神を鍛える」という方法により五百余名の情緒障害児(登校拒否、非行、家庭内暴力、無気力など)を更生させ、心身の本当の健康状態を回復させることにも成功した事実には、教育と医学の両分野における画期的意義を見出すことができます。また、この事実を冷静に評価し分析する所から出発しなければ、戸塚ヨットスクール事件の真実も明らかにならないでしょう。 戸塚宏校長とコーチ達が3年余に及ぶ不当な弾圧をはねかえしてきたのも、同スクールの成果が、教育荒廃という名の文明病に病む日本にとって、かけがえのない価値を持つものであることを確信していたからに違いありません。<後略>」 この後も裁判は続き 1992年7月 名古屋地裁は戸塚被告に懲役3年執行猶予3年の判決を下した。 実刑も考えられたが、すでに3年1ヶ月に及ぶ拘留を考慮された。 1996年2月 訓練中死亡した小川真人君の母親が戸塚校長らとスクール側に 4000万円の損害賠償請求、裁判所は2942万円の支払いを命じた。 1997年3月 名古屋高裁は1審判決を破棄 戸塚被告に懲役6年の実刑判決を下した。 2002年2月 最高裁は2審名古屋高裁判決を支持、戸塚被告の上告を却下 2002年3月 異議申し立てを退ける決定を下した。 2006年4月 戸塚校長は静岡刑務所を出所 健全な子を育てるには体罰が必要という戸塚校長の考えに 私は賛成である。 ただ 彼の教育論は誤解されやすいということが HPを読んでいるとよくわかった。 戸塚校長は 宮本武蔵みたいに孤高の人物であるか。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2022/04/19 08:42:16 PM
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