カテゴリ:介護のお仕事 素敵な老人達
「明日の記憶」という映画で認知症、というものが病気である、という認識が世間に定着したように思います。韓国映画の「私の頭の中にある消しゴム」(だったかな?)なんかでも、いわゆるアルツハイマーによる認知症、いわゆるボケが老人だけのものでない、という見方が世間に定着したんだろうな、と思います。
明日の記憶。いやいや、今の記憶でさえ、老人にとってはいかに不確定なものか。 みけマンマが介護職員として出会った愛すべき老人の中に間宮さん(仮名80代後半)というおじいさんがいました。 間宮さんは歳のわりには頭もクリアーで、すぐスタッフの名前も覚え、元気で社交的な明るいおじいさんでした。 間宮さんは空手をしているみけマンマがとても気に入ったようで、部屋を訪れるたびに 「お♪空手は頑張ってるか?今日も練習あるんけ?」 と聞いてきていました。入浴が大好きで、入浴介助をするたびに 「娘も空手やってるんかいな♪今度わしにも会わせろや♪女の子はかわいいでの。ええの。ええの~」 と歯の無い口をパクパクさせながら笑っていました。 間宮さんは健康食品にも凝っていて、日に一回はみけマンマを呼び止め、歩行器にぶら下げているバックから 「ほら、空手で強よう~ならなあかんやろ。これやるさかい、飲めや。わしがこんなに長生きできたんはこれのおかげや。」 と、怪しげな高麗人参エキスと名前の書かれた小瓶から黒い粒を2粒出し、みけマンマに渡すのです(笑)しかも じ~~~~~~~~ と飲むまでみけマンマを凝視してるので(汗) 飲みます(涙) で、飲むと嬉しそうな顔をして 「これで黒帯や。」 というのです。 みけマンマと撮ったツーショット写真をタンスの上に飾り、裏には みけマンマと○○公園にて♪ と書いていました。 そんなある日、いつもどおり朝10時に間宮さん御指定のホットミルクを持って部屋を訪れると、いつもならあれこれ喋りながらホットミルクを飲む間宮さんが 「お前、これ、飲めや。」 とミルクを差し出すのです。 「どうしたん?間宮さんが注文したミルクやで。いつもミルクは身体にええから、って飲んでるやんか??」 と、みけマンマが言うと 「いい。お前が飲め。いつもお前に世話になってるさかい、お前にやる。」 「うちは仕事中やからな。後でまた来るわ♪ミルク冷めたら美味しくないで。熱いうちに飲まんとあかんよ。」 みけマンマが部屋から出て1時間半も経ってないぐらいだった。 看護士さんが青い顔をしてステーションに駆け込んできた。 「間宮さんが熱発しました!!40℃の熱があります!!」 みけマンマが間宮さんの部屋に行くと、先ほどまで元気だったはずの間宮さんは目も虚ろでベットに仰向けになり、肩で息をし、細かく痙攣していました。 「間宮さん!!」 「み、みけマンマか…熱いで。わし、どないしたんやろ…」 「熱出てるんや!今先生が来てくれるさかい、もう少し辛抱してや!!」 「辛抱か…辛抱するわ。」 みけマンマが手を握っていると 「みけマンマ、ありがとな…わしはもう駄目かもしれん…」 と弱弱しく答えていた。手をつけられなかったホットミルクはとうに冷たくなっていた。 それから3日間、間宮さんは点滴しながら寝たきりの状態が続きました。食事が出来るようになって食事介助をしていても、元気もなく、ボーっと職員を見つめていました。 そして4日目の昼すぎ、みけマンマが部屋の掃除をしに掃除機を持って部屋へ行くと、間宮さんは仰向けのまま寝ていました。 「間宮さん。部屋の掃除させてもらうよ。」 「…。」 「間宮さーん。」 「…。」 起きそうもないか。 そう思って掃除機のスイッチを入れる。 ブイン、ブインいって掃除機を動かしていると、ふと後ろに気配が。 振り向くと、なんと間宮さんが歩行器を使って立っていました。 「間宮さん!どうしたの!大丈夫!!?」 「…お前、誰や?」 「みけマンマだよ?どうしたの?」 「米、つきに行かなあかん。」 間宮さんはそう言うと、突然歩行器のままドアに突進する。 「間宮さん!!」 「米!!米つきに行かなあかんねん!!!」 興奮している間宮さんを静止させる。 「とりあえず、話聞こ。食堂に行こう。」 みけマンマ、なんとか間宮さんを食堂に連れて行き、いつも歌っていた戦中、終戦直後の歌謡曲を歌って聞かせる。いつもなら嬉しそうに聞いている間宮さんは、じっと歌詞カードを見つめていた。 「お前、歌うまいな。」 「そりゃそうさ~間宮さんといっつも歌ってたもん。」 「覚えがないな…」 ようやく落ち着いたようなので、また部屋に戻る。 「今のところで、わしご飯食べたんか?」 「いつもはあそこでご飯食べてたよ。」 「…。今日もご飯食べたんか?」 「食べたよ~マーボー豆腐食べてたよ。」 「…。覚えがないな…。」 間宮さんはベットに腰掛けると、じっとみけマンマを見つめた。 「お前の顔、見たことあるような気がするんやけど、覚えがないんや。」 そしてドアを見て 「今日も何人かわしの所に女の子が来たんやけど、見たことあるような子なのに、覚えがないんや。」 「間宮さん、熱出して寝込んでたからな~」 「…。わしは…ボケてしまったんやろうか。ご飯食べた事も思い出せないんや。」 じっと下を見ていた。 「お前の名前、なんやった?」 「みけマンマやで。」 「…お前がドアを開けて出て行ったら、わしはまた何にも思い出せなくなる。全部忘れてしまうんかもしれん。わしはボケてしまったんだろうな。どうしたらええんやろ。なあ、一体どうしたらええんやろうか。」 間宮さんは歯の無い口を食いしばって、目をつぶっていた。 ボケてしまったんだ。自分はボケてしまったんだ。間宮さんは、自分で自分にショックを受けていた。 「間宮さん、ええよ。何回忘れても、うちらは何回でも同じようにするから。毎回毎回まっさらな気持ちで会えるのも、なかなか楽しいかもしれんよ。名前が覚えられんくても、何回でも自己紹介するから。」 認知症も、本当に自分が認知症になっていることを理解できないで認知になっていく人と、間宮さんのように自覚しながら認知症になっていくパターンとあるんです。 ほどなくして間宮さんは、本格的な認知症になってしまいました。 明日の記憶。記憶は無くしても、間宮さんは今でもずっと素敵なおじいさんです。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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