全て
| カテゴリ未分類
| ブログについて
| レンズ
| カメラとレンズ
| オーディオ
| クルマ
| ランタン
| 音楽
| 酒
| カメラ、レンズ、写真
| 時計
| 文房具
| 器
| 石
| ガラス
| 照明
| インテリア
| 本
| 写真
| 日用雑貨
| 食べ物
| 映画
| オーディオ・音楽
| 旅行
| 映画・ドラマ
| 庭
カテゴリ:クルマ
あのGTV/スパイダー特有の、両生類の様なフロントマスクとサイドの切込みは、
明らかに1991年に発表された、ワルター・デ シルヴァ氏による、 164ベースのコンセプトカーでオープンモデルだった「プロテオ」だけど、 どうやら、916の量産に至る途中の、 特に独特のヘッドライト構造を量産する確認の為の試作モデルだったかもしれない。 それでも、これは1992年にカーデザイン賞を受賞している。 アルファロメオの(916)GTV/スパイダーのプロジェクトは、 フミア氏が在籍していたピニンファリーナと、アルファロメオとの共同プロジェクトであった。 当時、アルファロメオのチェントロ・スティーレの責任者であった、 ワルター・デ・シルバ氏は1986年から、 アルファロメオ33から147に関わり1999年まで在籍していた。 その、デ・シルバ氏によるコンセプトカーのプロテオは、 一つの実験ではあったけど、916の量産化へ受け継がれていったと思われる。 彼の革新的なデザインが世界的に評価されたのは、 1998年に156で、2001年には147で多くの賞を取った事だろう。 やがて、アウディのピエヒ氏に引き抜かれて、 セアトを皮切りにVWグループに関わっていく事になっていく。 カタログより。CUORE SPORTIVOという文字が見える。 スポーティーな心というスローガンの下に916は始まった。 手書きのスケッチのリアビューはGTVのイメージそのものだ。 ![]() エンリコ・フミア氏が仕上げた916・GTVのデザインの源流は、 かつて手掛けたアウディ・クオーツ。 それをずっと温めてきて最終的に916系へ投影出来たのは、 カーデザイナー冥利に尽きたのではないか。 独特のヘッドライトを、一時ホンダがパクッていたけど、 それも実は裏でピニンファリーナが関与していたという話もあるらしい。 ただ、それ以外の発展は無かったのは、 これのプレス工程が、かなり加工が難しかったのではないかと思う。 サイドから見た時には、フロントからリアに続く楔の様なボリューム感と、 フロントタイヤの上辺りから始まる、斜めのラインを強調したシャープなプレスラインが特徴。 全体のプロポーションのバランスはどこにも破たんは見当たらず、 プロテオよりも遥かに洗練されて近代的になったGTVのデザインは見事だ。 初期型のGTV。(当時のパンフレット) 一番シンプルで一番良いデザインかもしれない。 ![]() 中期型。(当時のカタログ) 主な外観の変更は、フロントグリルにメッキが施されリアスポイラーが追加された。 ![]() これは最終バージョン。 デ・シルバ氏、フミア氏に続いて、 コラボレーション3人目のジウジアーロ氏の参加によるフェイスリフトは、 後の159と重なるものだけど個人的には成功しているとは思えない。 ![]() 家にあるのは、20世紀最後の2000年製3.0 V6 24V。 カラーはあのプロテオの名前が付いた、プロテオ・レッドと呼ばれる、ワインカラーのメタリック。 内装はモモのインテリアで、タン・レザーのシートのサイドにはモモのエンブレムが刻まれている。 ![]() このステアリングには木型があって、直に見た事があるけど、 こういうやり方はイタリアらしいなと思う。 エンジンキーもちゃんとデザインされていて、その原型も見た事がある。 ![]() リアも見事なデザインで、シンプルでボリュームのあるリアサイドは、 特に斜め後ろが良い。一度見たら忘れられないものだと思う。 途中から追加されたリアウイングは高速の維持に必要な道具で飾りではない。 但し、後ろの見切りが悪くて殆ど何も見えないので、特に小さな子供のいる場合は要注意だ。 大人でも、しゃがんでいると危ない。エンジンの掛っているGTVの後ろには注意して欲しい。 ![]() カタログより、GTVの透視図。 ドライビングシートの位置が車軸のセンターにあるのが良く分かる。 ![]() 916GTV/スパイダーは1994年に正式にアナウンスされて、 1995年から2005年まで生産されたスポーツクーペだ。 エンジンは1.8Lのツインスパークから3.2LのV6まであり、 144~240馬力のバリエーションがあった。 日本には1996年から2LのV6ターボが導入された。 この頃は、まだ歴史と伝統に彩られたミラノのアレーぜで作られていた時期で、 初期型の916GTV/スパイダーは、 オールドファンはノルドと呼んだ最後のミラネーゼ・アルファロメオである。 2000年からはサンジョルジオのカナヴェーゼにある、 ピニンファリーナの工場で生産される事になる。 それに伴い、ボディーサイドにピニンファリーナのエンブレムが追加された。 ついでに、この頃のアルファロメオは、 主力の156とかコンパクトな147はナポリ工場で、 一番大きな166はトリノのフィアットで生産されていた。 1995年の登場時は各メディアにも取り上げられて絶賛されたクルマだ。 1995 カーマガジン:「ベスト設計車」 1995 カーマガジン:「ベスト デザイン詳細生産」 1995. ビルト:「ゴールデンステア リング ホイール」 1995. オートモビリア:「世界で最も美しい車」 1995. Autocar の雑誌:「最高のスポーツカー」 1995。 自動車新聞:「車を運転するより楽しい。」 1995「世界で最も美しい車」賞を受賞 1995 エンジニアオブザイヤーには、 アルファロメオのチーフエンジニアのブルーノ ・ ディナー氏を選出 1998 年トップギア: 最高のクーペ。 日本では徳大寺有恒氏が、 ポルシェの半額で同等の楽しみが得られるスポーツカーと絶賛していた。 エンジンが、アルファロメオ純正で超の付くショートストロークV6ユニット。 これがまた古典的で、回すとトルクが乗ってきて音もフオーンと澄んでいく絶品エンジン。 このエンジンの元は、1979年登場のアルファ6(セイ)用に新設計された2.5Lが原型で、 その後改良されながら、ほぼ四半世紀に渡り最終的には3.2Lまで拡大されていく。 かつては、日産のV6を始め世界中でも教科書の様な存在であった。 アルファ流にいうと6C。(セイ・チリンドリ/6気筒) ![]() カタログによると、エンジンはイタリアのトップエンジニアリングによる結晶らしいけど、 実態は、新しいエンジンを開発するカネが無くて、 次のアルファロメオ159では、V6のエンジンはオペルに供給してもらってお茶を濁している。 ![]() エンジンルームは隙間が無い。 帰ってから出来るだけエンジンフードを開けて冷ますようにしている。 フードを開けるのは、鑑賞に堪えるエンジンが見えるという理由もあるのだけど。 排気系だけ、アーキュレーの等長パイプとサイレンサーを入れてあるので、 クォーンとかクァーンと鳴かれると血が騒ぐので注意が必要。 ![]() GTVが手元にやってきた当時、最初の3か月は稼働率は50%満たなかった。 一番はオイル漏れで、都合2回エンジンを降ろしている。 他にもリアサスからの異音、内側からドアが開かなくなり、キーが抜けなくなって…。 とにかく’75年式のアルフェッタよりも信頼性のないクルマで参った。 純正のタイヤはポテンザが付いていて、これはグリップが良いけど減りが早く、 3~4000Kmで山が無くなり、ガーガー煩いだけのゴミになった。 それから、フロントのエンブレムは直ぐに色が褪せるので、今のは3代目である。 殆ど両面テープだけで固定されている。アルミ製で収まりが悪い時は削らないとダメ。 ![]() 使い勝手は、リアのトランクは御自慢のマルチリンクで場所が取られ、 大き目のボストンバッグ位しか入らず、 リアシートは子供がやっと座れるくらいの物置だ。 簡単にいうと、大人二人とボストンバッグを2つだけ積んで、 入りきらなかったり帰りに増えた荷物はリアシートに押し込んでツーリングという、 バイクのサイドカーに毛が生えたようなクルマ。 アルファロメオのベルリネッタ(=クーペ)に付けられた、 GTV(グラン・トゥーリズモ・ヴェローチェ)という名前自体が、 広範囲高速移動というような意味であり、 本来は夫婦2人で200km/h巡行で移動する為のクルマである。 同じ丸目4灯のヘッドライトだけど、 BMW318Tiは独立していて、GTVはヘラー製の1ユニットである。 しかし、どうやらレンズの素材は古いガラスらしく、 もう19年目になるけど曇りが生じる事は全く無い。 最近の樹脂製ヘッドランプは、割れても安全かもしれないけど消耗品だ。 ![]() 916GTVは、まだアメリカ市場のゴルフバッグが載らないとかいう、 何とも下らないクレームを考慮する事もなかったようで、 まだ、しっかりとヨーロッパに軸足を置いたイタリアンスポーツカーなのだ。 何よりコンパクトな大きさが絶妙で、 本格的にアメリカ市場を意識し始めた4Cや、実車がイメージよりも大きく見える、 最近のジュリアの様な2m近い横幅のクルマは残念でしかない。 恐らく今後は、このジュリアがアルファロメオのスタンダードサイズなのだろう。 かつての147や156とか、このGTV位のコンパクトなクルマを作る事が無くなれば、 個人的には、残念ながら最後のアルファロメオになると思う。 ![]() この手のクーペを、イタリア語でベルリネッタというけど、 これは、サルーンを意味するベルリーナから派生した単語で、 ベルリーナ=ベルリン式の屋根付き馬車=セダンというのが元になっている。 有名なグランプリカーのTipo159アルフェッタが、 小さなアルファを意味するように、 ベルリーナに「小さな)を意味するettaを付けた、 ベルリネッタとは、本来は小さなセダンという意味である。 アルファロメオでは1930年頃に、レース用のコンペティションカーで、 6C1750 グラン・トゥリズモ・【ベルリネッタ】・ミッレミリアが存在した。 殆どワンオフで作られる金持ち用の贅沢なパーソナルカーと、 レースで勝つため為に作られた、 高性能で簡素で軽量な競技車両と区別するために使われていたのだ。 この高性能で速くて美しいデザインではあるけど、 煩くて狭くて暑苦しい本物のレースカーであったベルリネッタの名前は、 やがて、アルファロメオの栄光を引き継いだフェラーリに移行していく事になる。 しかし時代と共に、ベルリネッタは高性能で美しいデザインではあるけど、 レースとは殆ど無縁な、一般道を普通に走ることが出来るGTカーへと収斂していった。 2019-2-26 訂正・追記 コメントで、新たな情報を頂きました。 プロテオの元ネタは1981年のアウディ・クオーツに始まり、 既に1987年には、916GTVの基本デザインはエンリコ・フミア氏により完成していたらしく、 デザインに精通していた、当時のパオロ・カンタレッラFIAT社長は、 エンリコ・フミア氏に「このデザインを他社に渡すなよ」と言った逸話があるらしい。 情報を、ありがとうございました。 2020-9-11 追記
[クルマ] カテゴリの最新記事
こんにちは
楽しく読ませて頂きましたが気になる点がいくつか。 916系はまだアルファがアメリカから撤退する前に開発されたモデルです。 デザインは1988年に生産車とほぼ同じデザインのフルスケール・モックアップが完成しており、 1991年発表のプロテオより先行しています。 なのでプロテオからの影響というより、 プロテオは916の予告編として準備されたものだった様です。 ただし、開発スタート時の916はTipo系の兄弟に似てもっとコンパクトな車とされていました。 しかしエンジニアリングの段階でアメリカ市場からの要望を飲む形で V6の搭載や北米の衝突安全規制に合致させるためボディサイズの拡大、内装デザインの変更が行われ 開発が長引いて発売が遅れた経緯があります。 結局発売直前にアルファはアメリカ市場から撤退してしまいましたが、916は現行ジュリア以前のアルファでは最後のアメリカ市場を意識して開発されたモデルでした。 (2019.02.23 05:26:50)
916のデザインのルーツは、1981年のアウディクォーツというコンセプトカーです。
デザインしたのはピニンファリーナのエンリコフミア。 そのデザインを発展させ1987年には916のデザインスケッチは出来てました。 このスケッチはエンリコフミアのサイトにも紹介されてます。 このスケッチを実現するシャーシや車種が当時のFIAT-ALFAにはありませんでした。 当時のFIAT社長のパオロカンタレッラはデザインに精通しており、エンリコフミアに「このデザインを他社に渡すなよ」と言った逸話があるとか 1988年に発売されたFIAT-TIPOが、様々な車種に展開していく一貫で916が生まれました。 プロテオはチェントロスティーレにいたウォルターデシルバによるものですが、おそらく奇抜な916のデザインがどのような評価を受けるか試すためだったのではないでしょうか? 916が実際の開発していた時期は、エンリコフミアはピニンファリーナを退職してFIATに居たようです。 それが幸いしてか、プロダクトへの細部の詰めがあの完成されたデザインに繋がったのでしょう。 (2020.09.11 04:43:07)
コメントをありがとうございます。
意外に、916系のまとまった情報が無くていたのですが、 お蔭さまで大分ピントが合ってきたようで、 ブログには追記したいと思います。 今のジュリアは現車を見るとデカすぎて、 流行りのSUVには元から興味は無いので、 残念ながら、以前のように、 いつかはアルファロメオを買おうかなと思う事も無くなってしまいました。 寂しいものです。 ありがとうございました。 (2020.09.11 14:04:34) |