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mik.hamaのいい加減にします

2019.02.02
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カテゴリ:時計
タカノの時計は、1889年に名古屋で設立された高野時計製造所が起源であり、
1913年に設立した高野金属品製作所と1921年に合併している。

1956年からは腕時計に参入。
当初は西ドイツのラコーのムーブメントを使用して、
やがて内製化していき、婦人用にはアメリカのハミルトンと提携していく事になる。
1959年には世界一の薄さを誇る、タカノ・シャトーを発表するまでになっていた。

ただ、この1959年には東海地方を伊勢湾台風が襲い、
タカノは本社と笠寺工場が壊滅的な被害を受けてしまった。
1961年には経営危機を迎える事になる。

この窮地に手を差し伸べたのが、
感光紙事業からカメラへの多角化へ移行し、
主力を事務機へシフトして成功していた、
理研光学/リコーの志村清社長であった。

1962年にタカノ・ブランドは消滅して、
リコー・ブランドとして再出発を果たす。

しかし、旧タカノの再建は容易ではなく、
経営の神様と謳われた志村社長でも好転する事もなく、
志半ばで志村社長は1968年に亡くなってしまう。

その後、セイコーの次にクオーツ時計の開発に成功して、
1970年代になって息を吹き返すことになった。

タカノの時計には先行するセイコーやシチズンに追いつこうとする意気込みが感じられる。
初期のリクオーツにもタカノの精神は受け継がれていったけど、
やがて、廉価なクオーツにシフトしていく事により、
残念な事に往時の輝きは失われていった。


家にあるタカノの時計。
タカノ・プレシジョン・スーパーというのだろうか。
手巻きで17石もあれば十分な所を19石と奢っている所がいじらしい。

伊勢湾台風が来なくても、問屋頼みだった販売方法では、
愛知の他の掛時計メーカーと同じように時計からは撤退していたかもしれないけど、
出来れば小規模少量生産のマニュファクトゥール高級時計として生き延びて欲しかった。


裏側を見ると、金張りのフィルドではなく、メッキのプレーテッドと表示がある。






最終更新日  2019.02.02 19:30:07
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