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mik.hamaのいい加減にします

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音楽

2019.11.16
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カテゴリ:音楽
1976年に登場した、アメリカのロックグループにボストンというのがある。
個人的にも、初めて聞いた時には今まで聞いた事もない音楽だったので衝撃を受けた。

この年には、手練れのスタジオミュージシャンによるTOTOも結成されて、
後に産業ロックと一部から罵倒されながらも、
アメリカのロックシーンの変革が始まった年ともいえる。


トム・ショルツ氏が曲を書き始めたのは、
マサチューセッツ工科大学(MIT)に通っていた1969年の事で、
それは、やがて1stアルバムに収められたフォープレイという曲だった。

やがて、フリーホールドというバンドに参加した事により、
ギタリストのバリー・グドロ―氏と、ドラマーのジム・マスデア氏と知り合い、
そして、ボーカルのブラッド・デルプ氏が1970年に加わる事になった。

その後、トム・ショルツ氏は、
MITで博士号を取得した後はポラロイドで働きながら、
自前の録音スタジオを作り、前述の3人のメンバーに加えて、
ギター、キーボード、ベースを自分で担当してデモテープを作る事になる。

作ったデモテープは全てレコード会社に拒否されつ続ける中、
1973年にマザーズミルクというバンドを結成するものの1974年には解散。

それでも、デルプ氏とマスデア氏と共に、自身が3つの楽器を駆使しながら、
独特のサウンドが得られるように自分で設計したギターエフェクターを使い、
後に1stアルバムに収められる6曲の内、1974年には4曲をデモテープに収め、
残りの2曲も1975年にはデモテープとして完成させた。

このデモテープがプロモーターの、
ポール・アハーン氏とチャーリー・マッケンジーの関心に留まる事になった。
ただ、マネージャーはマスデア氏を変える必要があると主張、
結局、マスデア氏はバンドを去る事になる。

エピックと契約を結んだ後、レコード会社のライブオーディションの為に、
ベースにフラン・シーハン氏と、ドラムにシブ・ハシアン氏を迎え、
ステージでも独特のサウンドを作る事が出来るバンドとなり、
今後、6年間で10枚のアルバムを作る事に同意。

マスデア氏の件でショックを受けていたトム・ショルツ氏は、
レコード会社の提案によるプロのスタジオでの再録音を拒否した後、
マスデア氏のドラムが入ったロックンロールバンドという曲以外は、
全ての楽器を自分で演奏して自分流で録音するために自宅の録音スタジオに籠る事になる。

完成したマルチトラックテープはロスアンゼルスのスタジオに送られ、
そこで、デルプ氏のボーカルを追加したものを、
プロデューサーのジョン・ボイラン氏によってミックスダウンされた。

バンド名は、この時に
ボイラン氏とエンジニアのウォーレン・デューイ氏により、ボストンと付けられた。

そうして1976年8月25日にリリースしたデビューアルバムは、
1700万枚以上を売り上げ、132週に渡りチャートイン、
ビッグバンドの前座を務めて、短時間でアメリカトップのバンドと認知され、
ニューヨーク市のマジソンスクエアガーデンで最初にデビューしたバンドとなった。


手元にあるボストンのデビューアルバム。
アナログの通常版とピクチャーディスクは当時の輸入盤。CDは再販の紙ジャケのもの。

今聴いても、全然古くならないのは凄い。

録音はレンジが狭いけど中域がしっかりしていて悪くない。
どういう訳か、セカンドアルバム以降は埃っぽくて歪みっぽくて余りいい音ではない。


個人的には、ボストンは音楽自体もデビューアルバムが最高傑作。
これを初めて聞いた時の衝撃は、今でも色褪せる事は無い。






最終更新日  2019.11.16 19:30:07
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2019.03.09
カテゴリ:音楽
デイブ・ブルーベック・カルテットの「テイク・ファイブ」という曲がある。

アルトサックスを吹いているポール・デズモンド氏により作曲されて、
1959年に録音されたアルバム「タイム・アウト」に収録されている。
後に山のようにカバーされて、今でもどこかで耳にする名曲である。

この曲が、個人的にジャズの原点であり、
全く記憶にないのだけど、どうも子供の頃に親にねだって買って貰ったレコードらしい。

当時はレコードが高価で、家にあるのは30cm45回転で3曲入りのシングル盤である。
どういう訳か「45rpm サウンド・ラボラトリーシリーズ」という、
音質重視のレコードで、昔から音の良さでも定評があったらしい。

アルバム「タイム・アウト」が録音されたのは、
60年も前の録音だけど音は今でも一級。

特にポール・デズモンド氏のサックスはオンマイクでセンターに小さく定位し、
リアルで息使いも分かるような録音が実に見事。
テイクファイブでは、少しオフ気味だけどジョー・モレロ氏のドラムも悪くない。

スムーズジャズの原点と言われているけど、そこは50年代なので軽さはなく、
同時代の他のジャズとは全く違った音楽は今聴いても新鮮だ。


家にあるテイクファイブ関係を引っ張り出したらCDが3枚も出て来た。
後ろにあるのが親にねだったらしい、「テイクファイブ」の45回転のシングル盤。
左下にあるのがSACDで、後はCDが色々。






最終更新日  2019.03.15 16:51:33
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2019.01.12
カテゴリ:音楽
ローリングストンズがフランスのパテ・マルコニ・スタジオで録音した「ミス・ユー」という曲がある。
パンクとディスコ全盛だった音楽に対する、ローリングストーンズの回答がこれだった。

ミック・ジャガー氏とキーボード奏者のビリー・プレストン氏が1977年に、
エル・モカンボ・クラブのリハーサルでジャミングしながら書いたものだ。

ミック・ジャガー氏とロニー・ウッド氏はディスコではないと主張し、
キース・リチャーズ氏はディスコと明言。
チャーリー・ワッツ氏はディスコの影響を認めて、
ドラムをフィラデルフィア・スタイルと表現している。

プレストンのベースを手にしたビル・ワイマン氏は、
ベースラインを作るために、かなりの数のクラブへ通ったらしく、
やがて、それは色んなバンドでコピーされることになった。


ロングバージョンは8分を超える大作で、
これはフランスプレスの真っ赤なレコード。
メジャーバンドなのに安っぽいジャケット写真が何ともカッコいい。

これはオリジナルのミス・ユーに、
ギターのインストゥルメンタルと歌詞を追加し、テープの繰り返しを使い、
エンジニアのボブ・クリアーマウンテン氏によってリミックスされた。

シングルだけど45回転ではなく33回転というのが面白い。
お陰で内周まで余裕しゃくしゃくのカッティングで録音もなかなかのモノ。
厚みのある拘りのベースとドラムが聴きもので、ジワーっとしたボーカルも良い。
滅多にポピュラー系を褒めなかった、長岡鉄男さんも感心した位の好録音である。

当時、日本では見掛けなくてアメリカから個人輸入した。
昨年、映画で再ブレークしたクイーンもそうだけど、
今のポピュラー音楽に革新的なものは何もないんじゃないか。


1978年に発表された、アルバム「女たち」のCDも色々あるけど、
家にあるのは2013年に初回限定生産された、プラチナ・SHMバージョン。

CD自体の仕様は結構凝ったもので、2011年にDSDリマスターされたものを使い、
ハイビット/ハイサンプリング音源を工場でダイレクトにカッティングする、HRカッティング盤。
SHMというのは液晶パネル用の透明度の高い素材で、
名前通りの純プラチナ反射板にビットエラー防止のターコイズ色のレーベルを使用している。

付属の紙ジャケットは、当時のLPジャケットの縮小版で面白いギミックが仕込まれている。

これに関しては、正直に言うと音はアナログディスクの方が好きだ。
アルバムを載せるのを失念で、2019-1-14 追記。






最終更新日  2019.01.13 20:26:53
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2017.12.28
カテゴリ:音楽

昔から音楽が好きで、自分でやってみようとは思わなかったけど、
和洋東西エスニック問わず色んな音楽を聴いてきた。
クラッシックが高尚で、アコーステック楽器以外はダメと言う事もなく、
アフリカ、インド、パキスタン、中南米、中東、朝鮮、和楽器に演歌等々、
何でも波長が合えばウエルカム。音楽に貴賤なし、音楽に国境無しである。

ライブも東京ドームとか松本にも行ったけど、
地元のカノラホールと茅野市民会館へは結構通った。

ヨーロッパでは小規模なライブは日常なもので、
街中でバイオリンの演奏しているのをよく見かけたし、
街を歩いていると、そこら中で手刷りのライブ案内が配られ、
ウイーンでは広場の一角で若い連中が小規模なオーケストラまで演奏している。

個人的には、ライブと音楽ソフトは全く別の音楽の楽しみ方だと思っている。

昔の見上げるような大スターの曲となると、音楽ソフト以外に接する方法はなく、
ライブの観客と会場の雰囲気も一体になった音楽もそれで捨てがたいのである。
従って、ライブで聞いた音を自宅で再現しようとしても無理であり、
もうこの世にいない演奏家の音をライブで聞く事も不可能である。

音楽ソフトの音質はレコーディング・エンジニアの手腕によることが大きく、
そのセンスで音は殆ど決まってしまうと思われ、
更に個人の好みの音というのは使用機材も含めて千差万別である。

音楽プロデューサーがオーディオ好きというのは理想の一つで、
例えば松任谷正隆さんはオーディオにも造詣が深く、
松任谷由実さんのアナログ時代も含めたアルバムや、昔の吉田拓郎さんのアルバムでも、
松任谷正隆さんの名前がクレジットされているアルバムの音は概して良い。
音を通して、少しでもリスナーに良い音を届けたいという気遣いと意気込みが感じられるのである。


今年はクロマニヨンズの「ビンボロール・ツアー」しかライブへは行けなかった。


ロックに限らず、PAを使ったライブというのは、
どこでも音を会場全体に隈なく音を届けるために、
オーディオ的にはハイ上がりでヒステリックな音であるけど、
ライブにはライブの、会場の一体感は何物にも代えがたい。

概して、PAを使用する楽曲に関しては音楽ソフトの方が音は良い。
但し、一部のアイドル系のソフトにはライブ同様のドンシャリでハイ上がり系が多い。
ミニコンポやMP3+安物のヘッドホンを前提とした音造りなのであろう。


ビンボロールのアルバムジャケット。
シンプルでストレートなロック。良いんだよな。
モノラルというのがまた良い。オーディオ的にはイマイチだけど。音楽は音だけじゃない。


アルバム「ビンボロール」の裏側。




茅野市では、「コバケンとそのオーケストラ」が2010年から、蓼科高原みずなら音楽祭を皮切りに、
最後には茅野市の市民会館でオーケストラ演奏で締めくくるというのが夏の風物詩であった。

今年から、長野県中を回るという話になり、今年は飯山で開催された。
初回から参加している者には残念ながら6回で途絶えたのは寂しいけれど、
実に有意義で素晴らしい事だと思う。
絶対に損は無いので機会があれば是非会場に足を運んで欲しい。

コバケンさんは、ハンガリーに行く時は国賓待遇レベルという大指揮者である。
本当はマエストロ・コバヤシと言わなくてはならないのだけど、
やっぱりコバケンさんの方が合う。

個人的に、コンサートの席を取る場合は、
左側のソリストが立つ前から2番目辺りの席が指定で、
ソプラノやバイオリンソロの音だけではなくて息遣いとか、
市民館自慢のベーゼンドルファーの音を近くで聴きたくて、
更にはコバケンさんの指揮を執るときの呼吸とか足踏みとか唸り声を聴くためである。

通常の特等席と言われる真ん中の10番目は、
元から招待客の指定席であり今でも余り興味もない。

ライブにはライブの楽しみがある。

音楽全体を聴くのなら、中途半端な場所よりも音楽ソフトの方が良い。
ァコースティックのジャズでトリオやカルテットは前も良いけど、
どこで聴いても良いのは会場の小ささが大きいと思う。

コバケンとそのオーケストラの主演者はボランティアだけど、
各楽器のトップは世界中で活躍する本物の一級ばかりである。
主催にトヨタの名前もあり、気軽に格安でホンモノの音が聴けるのが、
コバケンとそのオーケストラの良さである。

コバケンとそのオーケストラ・コンサートには、地元のみならず、
避暑に訪れている別荘族や近隣から大勢の客が集まって、雰囲気も実に良かった。

茅野市は今年になり、コバケンさんが去ってから何もしようとはしていない。
せっかくマエストロ・コバヤシが種を蒔いたのに、「みずなら音楽祭」は消滅してしまった。
有名人が居なければ何もしようとしない底の浅さに呆れるばかりである。

みずなら音楽祭は、コバケンさんのツテを使ってでも継続するべきだったし、
別のオーケストラを探すか、出来ればコバケンとそのオーケストラと連携して、
若い音楽家の発表の場を提供して育てる為の場所にするべきだった。
色んな音楽のワークショップでも開けば楽しかったと思う。
茅野市の無策には、ただ残念で堪らない。




コバケンさんの音楽ソフトは探したら2つ出て来た。

まずはサンサーンスの交響曲3番。
オルガン付きで、この曲では一番のお気に入りCD。
昔はポニーキャニオンも真面目で録音も一級で文句ない。


チャイコフスキーも好きな作曲家だけど、交響曲6つのコバケン・バージョン。




















最終更新日  2018.01.05 13:15:53
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2017.09.01
カテゴリ:音楽
本屋に立ち寄って、デアゴスティーニのビートルズ「アビーロード」を買ってきた。
いつも、またビートルズかよと思いつつも、どうしても気になってしまう。
これほど世界中に影響を与えた、革新的なグループもなかったけど、
最近のポピュラー音楽で、後世に名前が残るバンドや楽曲は幾つあるだろうか。

アビーロードは昔から好きで、
LPもCDも既に持っているにも関わらずデアゴスティーニにやられてしまった。
何と言っても、1969年に発売された後に、EMIレコーディング・スタジオが、
アビーロード・スタジオに改名した位の傑作アルバムである。

ラストアルバムの「レットイットビー」は、
大半がこれ以前に録音されたものであり、
解散間近の抜け殻みたいなものにしか感じないのだけど、
「アビーロード」は、最後に一つアルバムを作ろうというメンバーの気合と、
ジョージ・マーティンとのコンビと言う事も含めて、
個人的には、今でもこれが最後のアルバムだなと思っている。

このアルバムのB面が好きで何回聴いた事か。
聴いた後には、やるだけの事はやって、もうこれで最後ですよ、という部分が増幅されて、
祭りの後の寂しさに似た、何とも言えない寂寥感が包み込んでくる。

ついでに、ベートーベンのピアノソナタの30番が好きなのだけど、
これも大体最後の30、31,32の3つが一つのアルバムになっている。
これを聴く時も同じ思いがこみ上げてくる。
ああ、もうこれでお仕舞か。


アビーロードのストリート表示板のミニチュアレプリカ。
小さいけれど、本物と同じ工場で材料と製造方法も同じイギリス製のホーロー看板。
(創業1892年のGARNIER & Co Ltd.製)






最終更新日  2017.09.09 23:44:16
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