レトロ趣味のブログ開設8年目の雑談で終のクルマを考えてみる
今時、写真を機械式のカメラを使って銀塩フィルムで撮りCDをメインにLPとかFM放送で音楽を聴きDVDとブルーレイで映画を観ていつもエアコンの無いマニュアルシフトのクルマに乗り相変わらず紙の本をめくっている古狸である。モノの整理を兼ねて備忘録として始めた週一のブログも丸8年という恥さらしになってしまった。気軽なオープンガーデンのようなマイナーブログなので相変わらず1円にも1ポイントにもならないのは仕方ないけど、余り読まれる事を意識する必要がないので変な欲も無く気楽に好きなように書いてきたお陰で長続きしたのかもしれない。オープンガーデンは地域社会の交流と園芸文化の発展に寄与しているのに、このブログが世の中の役に立っているとは思えないけど幾らかでも訪れた方達のヒマつぶしになっていれば嬉しい。物撮りの写真は充電式の単三電池が使える1万円程の安カメラだけどずっと愛用してきたキヤノンは電池蓋が壊れてしまい、大分前に予備で買ったニコンに変えたものの月毎にフォルダーを自動生成してくれるキヤノンと違い写真を自分で整理しなければならないのと近距離でのピント合わせが難しいのがイマイチ。今時は単三電池で動くデジカメ自体が殆ど見当たらないので仕方なし。作例写真に関して特に注記が無ければ写真屋さんから上がって来たカラーネガ ー> 現像 ー> CD-RのJPEGそのまま。そんなものでレンズが分かるのかという話もあるけど、1枚とかせいぜい2~3枚のクローズアップしたボケ写真とか画像の部分的な拡大写真よりも、枚数が多目で場所や位置を変えて撮った普通の写真の方がフィルム自体の癖や現像とか露光やスキャナーに加えて見ている方の機材のハード環境も含めたバラツキも分かるのではないかと思う。それにしても、もう少しフィルムは安くならんかな。所で、最近になりアルファロメオ共が立て続けに不調になってしまった。馬鹿げた割り増し税金を払いながら頑張って来たのに残念だ。特にアルフェッタなんか、それに加えて理不尽な1年車検を潜り抜けてきたのに。車齢50歳と25歳という、クルマとしてはとっくに終わっている様なものに文句を言っても仕方ないのだけど溜息が出る。50歳のアルフェッタは4番シリンダーの圧縮が上がらない。アイドリングが安定せず煽っていないと圧縮が上がらずストールしてしまい、2000回転以下ではエンジンの振動が凄い。この症状は以前にも起こって、大分前に部品取りのアルフェッタのエンジンに乗せ換えたりしたのだけどこうなると持病なのではないかな。再び中古のエンジンを探すかオーバーホールが必要なのである。ただ、もう中古エンジンそのままは御免だ。いずれにせよ、バラしてオーバーホールが必須。重症なのでゆっくりパーツでも探すしかないとは言え、50年前のクルマのエンジンパーツは心もとない。25歳のGTVの方は上の方が回らなくなりせいぜい3000回転程で頭打ちになってしまう。それを調べて貰ったらタイミングベルトではないかとの事。タカがタイミングベルトの交換と言っても、そこら辺の普通の奴や4気筒のツインスパークなどと違いこいつはえらく手間が掛かるのだ。最初に、この旧い傑作V6ショートストロークエンジンは一度クルマから下ろす必要がある。次にネジの数がやたら多くてバラシも組み込みも大変で、カムシャフトとクランクシャフトなどのタイミングもプーリーに刻まれた合いマークを合わせるという簡単なものではない。バルブヘッドを開けて専用の工具で固定しなければならず一々馬鹿げた手間が掛かるので通常のエンジンよりも大変なのだ。既にベルトにテンションを掛けるプーリーの純正は欠品でこのエンジンをいじれる所ではオリジナルを作っているらしい。こっちは3000ccのお陰で輪を掛けてバカ高い税金を取られるし、これに大金を投じて直しても次に何か壊れそうで怖い。これはもう残念だけどタダ同然の部品取りスクラップでは偲びないので取り合えず廃車にして手元に残し時々ワックスを掛け、エンリコ・フミア氏の傑作エクステリアを眺めたり触わったりして、フロントのフードを開けてジュゼッペ・ブッソ氏の傑作エンジンを鑑賞しつつ撫でて、MOMOの刻印が入ったレザーシートに座りMOMOが手掛けたインテリアを眺めながら籠る贅沢な個室か。何せバッテリーを繋げばラジオはバッチリだし、お気に入りのCDだって聴けるぞ。実際にそういう鑑賞用のコレクションを納める広大な倉庫を確保して旧いクルマを幾つも集めているコレクターさんをTVで見た事があるけど、実際に乗るクルマはホンの数台と現実的でこういうクルマとの付き合い方も悪くないかもしれない。置きものか部品取りベースでいずれ欲しい所があれば引き取って貰ってもいいけど難しいだろうな。何せ今時の電子デバイス満載のクルマは特に電装部品が壊れたら直すのが厄介である。どちらかと言えば電装系がシンプルで電子部品なんかカーステ位にしかない機械が主役のアルフェッタの方が望みがありそうだ。ある程度の覚悟はしていたつもりだけど、何とも淋しい話である。それにしても、日本はもう少し海外の様に古いものは貴重な文化遺産という扱いが出来ないものか。どれほど日本はクルマに食わせて貰ってきた事か。古い奴に筋違いの多重課税を押し付けて邪険にしているといい加減に罰が当たるぞ。昔からアルフェッタがいよいよダメになったら下に馬でもかまして静態保存しようと思っていたけど、動かないGTVまで置いておくのも何となくアホらしい。そうなると古狸は何か動く奴を置きたくなる。個人的にGTVはあらゆる面で申し分がないイタリアの傑作スポーツカーだったけど、もう絶対的なパワーやスピードは要らない。取り合えずコンパクトで少し緩い位でも良いからゆっくり流して楽しそうで、とにかくカネが余り掛からない奴を考えてみる。国産ならスズキの魂の軽規格ジムニーとマツダの魂のロードスターは昔から大好きだけど、欠点はやたらと見掛ける事くらいか。ジムニーは2ストの旧い奴が一番好きでロードスターは初代のユーノスが良いけど、もう1800ccのクルマなんか要らないのでここはやっぱり2ストの幌ジムニーだ。問題はフレームの錆かな。最近の軽なら生産中止になったホンダのS660や屋根が開くダイハツのコペンだ。イタ車なら2気筒のツインエアー発動機を積んだフィアット500かパンダのマニュアル車だけど、本格的な四輪駆動車のパンダクロスも良いな。フラ車ではルノーのトゥインゴか。とにかくコンパクトで小回りが効くRRというのがウリらしいけど、実は真正ミッドシップで貴重な後輪駆動でありコイツのマニュアル車は運転して楽しそうだ。いつぞや、寒い冬の夕方にガソリンスタンドに行ったら後から年配のご夫婦がグレーのトゥインゴでいらっしゃって、奥さんがセルフでガソリンを入れて旦那さんは灯油のポリタンクを後ろから出していたけど、ついガソリンを入れながら見とれてしまった。クルマ好きが歳をとってから、カネにあかせて無駄にパワーがあるとか重くてデカくて暑苦しい偉そうな奴とかなぜか日本で大人気のジャーマン系に走るのも分からんではないけど、昔憧れた旧い奴といった文化遺産以外はダサくないか。街中でやたらと見掛けるハイブリッドや軽から一見して掛け離れているように見えるトゥインゴ。大多数の人は関心も興味も示さないけれども、実際には生活の足でしかない日本のハイブリッドや軽と同系の経済的な庶民の為のクルマなのである。夕暮れの薄明りの中で照明に浮かび上がる色んな拘りを感じられるトゥインゴを生活の相棒にしているご夫婦を見て、クルマファンの一人は何ともカッコ良くて羨ましいなと思った。マニュアルでルノースポール監修のエンジンと足回りのターボGTも良いけど、生活の足なら自然吸気のマニュアルも悪くなさそうだ。個人的にはイタ車は遊び友達でフラ車は幼馴染だと思っているけど、ラテンの愛らしくて個性的な小さなクルマ達は彼の地ではマニア向けではなく単なる庶民の生活の道具なのである。先日、出先で旧いVWの空冷Type1ビートルを2台見掛けた。昔乗っていたのでスーパーの駐車場とガソリンスタンドにいた白と水色のワーゲンが懐かしくて思わず足を止めて見入ってしまった。両方共、恐らくワックスとは無縁で少し錆が出ているような個体だったけど、必要最小限の手を入れて昔から維持してきたと思しきその経年変化そのままなのが何ともカッコ良かった。もう仕事仲間みたいなドイツ車はないと思っていたけど、ヤレて特別感も無く街中に溶け込んで道具然とした風情に感動しつつビートルなら部品の心配もあまりなさそうだなと考え始める始末。1500cc以下なら税金も幾らか安いし…。何より、こいつには古くなるとトラブルの元になるラジエーターが無い。懐かしの空冷フラット4のサウンドを聴きながらゆっくりと街を流すなんて贅沢であるな。中でもこれのカブリオレは品があってエレガントで堪らないけど高いだろうな。新しいニュービートルにもカブリオレはあるけどクルマ自体が中途半端な出来で嫌いだし、ザ・ビートルもデザインありきで高すぎる。あくまでも必然と機能から生まれたデザインと簡素でシンプルな生活の道具がビートルの真骨頂だ。巷ではビンテージルックなるものが幅を利かせているらしいけど、あんなあざといモノではなくノーマルの普通の奴が良い。免許を取って最初の空冷ビートルは、自分でリアのショックをビルシュタインに替えナルディーのウッドハンドルに交換したりコイルをボッシュの青い奴にしてデジタルのタコメーターを追加した。ヘッドライトはシビエのハロゲンバルブにして一個だけ右前にシビエのドライビングランプを付けた。それから見切りの悪い左側前方にポジションランプを追加。街中では子供達にも人気で運転してみれば大したパワーはないけど何もかもが必要にして十分なカブトムシは、空冷フラット4のビートを奏でながら動き回るいつでも愉快な楽しい相方で宝物だった。VWビートルで思い出したのだけど、ラテン贔屓はシトロエンの2CVも気になる。他の旧いヨーロッパの傑作大衆車も大好きだけど、オリジナルのミニは時々見かけるし親戚の家にある。他にはフィアットのオリジナル500Cがあるけど幾らなんでも今時に15馬力は辛い。2CVは自動車評論家の徳大寺有恒さんが、ジャガー・XK8コンバーチブル、フィアット・プントELX、奥様用のベンツ・C240と共に所有していたクルマの一つでもある。付き合いのある出版社から入手したグレーの2CVに対し徳大寺さん曰く。 ”クルマとはこんなものだと割り切った瞬間に、 このクルマには全てが揃っている事に気付く。” フランスの合理性で作られたのに 動物を飼っている様なコミュニケーションがある。 不愉快な時でも独特のシフトを押したり引いたりしていると上機嫌になり、 フェラーリのマニュアルもオモシロイけど 2CVは1/5のスピードしか出なくても同じくらいオモシロイ。 2CVは”主体的に運転に関わる”というのが大事で、 低速トルクがないので常にシフトが必要。 スムーズなシフトダウンなんか3回に1回位しか成功しないけど、 廃れつつあるこういう楽しみは独りだけのものであって ”皆も2CVを買った方が良いよ”とは言わない。なるほど。実は宮崎駿監督の愛車でもあり、監督の個人事務所の名称の”二馬力”は2CVから来ているのだ。映像で紅葉マークを付けた2CVを監督が独特のシフトを慣れた手付きで操作している姿を見て心底羨ましいなと思った事がある。もう終のクルマというか上がりのクルマという事で、スピードとか洗練にはほど遠いシンプルの極みで生活の道具であるアヒルというかカマドウマの様な相棒を手に入れて、トコトコと下道をのんびりと旅行をするのも楽しそうだ。最初に少し手を入れてやればいけそうだけど、問題は冬の寒さとタイヤ位か。そういえば、こいつにもラジエーターが無い。いずれにせよマニュアルのクルマは問題になっている踏み間違え事故は軽減されるし、常にクルマ自体や周辺の状況をみて手足でアレコレ操作する必要があるので脳にも体にも良い筈だ。左足のクラッチとシフト操作だけでも体には良い影響がありそうじゃないか。どうやら今話題の自動運転の進化による移動中に殆ど刺激がないクルマなんぞは老人達の老化の促進を促すだけであるな。わざわざ時間を作ってブログを訪れて方々にはお礼を申し上げます。どうやら、まだ暫くは続きそうなのでお付き合い頂ければ幸いです。