日向野桂子さんの銅版画は一見して頬が緩むのだけど子細に眺めれば背筋が伸びるぞ
初めて日向野(ひがの)桂子さんの銅版画に出会ったのは、小淵沢の林に囲まれた美術館だった。壁に並べられた作品を眺めながら、初めて間近で見た銅版画特有の細かい彫り込みの線に驚きつつ、自分には及びもつかない空想の世界に感嘆していた。今まで接してきた版画と言えば復刻の浮世絵やリトグラフばかりで、ちゃんと銅版画に対峙したのはこの時が初めてだった。なにせ、個人的な銅版画となると、何か古めかしい本の片隅などに印刷されたものしか知らなかったのだ。この時以来、銅版画に興味を持つようになり、後にプラハのカレル橋でスタニスラフ・ラホダ氏の作品と巡り合い、訪れる度に橋の上でお父さんの作品を売っている息子さんから何かを購入したり、チェコに行かなくなってからは当初はドイツマルクだったのが後にユーロを送金して、適当にラホダさんが選んだ作品を日本へ送って貰ったりしていた。日向野さんからは最初に訪れた美術館で書き込んだ芳名帳の住所に、数年に一度のスパンで個展をする度にご連絡を頂くようになり、地元の駅の売店で長野限定のお菓子を手土産にして、可能な限り出掛けるようになった。個展の案内に印刷された新作を見る度に作風が変わっていくのが面白いけど、それでも会場に並べられている作品の基本は相変わらずで、いつもニコニコしていらっしゃるご本人そのものなのである。その独特の世界観が溢れていて思わず頬が緩む作品のイメージは、最初に出会った時からずっと変わる事は無いのだけど、その奥にある繊細な彫り込みとか神経を使ったであろう刷りの痕跡を認めれば、自分には及びもつかないモノを生み出すセンスとパワーには溜息しか出て来ない。銅版画の基本とも言うべきエングレービングという彫込みに関連して、人類が何かに彫刻をした痕跡というのを辿ってみると、今までに発見された最古のものは、インドネシアのジャワ島で発見された54~43万年前の貝殻だった。更に何かの記録を留めた彫刻となると、南アフリカのディプクルーフから、6万年前の文書化された人文彫刻が発見されている。常に土器や石の壁などに記録や装飾などの彫刻をしてきた人類は、紀元前1千年紀には身に着ける金属製の装飾品に溝を彫るようになった。やがてルネッサンス期以降の1400年代に、ヨーロッパの金細工師達が宝飾品の図案の意匠を鉄板に彫って、それを印刷物として記録保管したのが今に続く銅版画の起源と言われている。1430年代になるとドイツで今ではオールドマスタープリントと呼ばれる、芸術的な銅版画による印刷物が発展していき、次にそれはイタリアにも到達していった。この中でも1470~1530年は今に名を残す巨匠が活躍していた黄金期で、日本でもアルブレヒト・デューラー氏は有名だと思うし、他にもマルティン・ショーンガウアー氏、ルーカス・ファン・ライデン氏といった、ビッグネームが銅版画の傑作を後世に残してくれている。銅版画の基本的な制作方法は、最初の頃は銅板にニードルとかビュラーという鑿で物理的に彫り込む事に始まり、技法としてはエングレービング、ドライポイント、メゾチントなどの、直接凹版技法(直刻法)がある。次に塩化第二鉄水溶液や硝酸水溶液を使って銅を腐食させる、間接凹版技法(腐蝕法)が登場して、エッチング、アクアチント、ソフトグランドエッチングなどの技法が生れた。更に彫刻と腐食の技法を併用する技法も試されて、今では便宜上でエッチングとして一括りにされた、レンブラント版画の大多数にも併用された技法が使われている。いずれにせよ銅版画の基本は彫ったり腐食で生じた溝や凹みにインクを詰めて、プレス機を使い銅板の凹みのインクを紙に移す凹版印刷である。今では凹だけではなく凸の部分にもインクを乗せる場合もあり、写真製版やコンピュータ制御で銅板を彫る技法まであって、それの大がかりなものでは丸い鋼管に銅メッキをして、写真エッチングとかダイヤモンドやレーザーを使って電子彫刻をする、グラビア印刷も銅版画の一種である。銅版画は写真技術が登場してからも20世紀初頭に至るまで、印刷コストが安かった為に新聞や雑誌で使われ続けていて、日本では司馬江漢氏が1783年(天明3年)に、エッチングによる銅版画を作成したのが最初だった。直近の日向野さんの作品展は2015年に国立市で行われた。まだコロナ禍など夢にも思わなかった頃だ。たまに別の作家さんとの二人展なんかもあったりして、時には同業者の方が会場を訪れていて、版画に関わる色んな話を直接聞けるのはありがたいし楽しい。所で版画特有の○○/○○○というエディションナンバーに関しては、仮に分母が50であっても分子が50になる事は殆ど無いとの事だ。そもそも銅板に頭の中のものを作品として落とし込む作業も大変だけど、そこからインクや紙を選んでプレス機で圧着して仕上げる一連の作業は、大変手間が掛かって神経を使う繊細な作業なので、一人で彫りから刷りまで一連の作業の全てを手掛ける作家さんは、一つの作品だけに気力が続かないという事らしい。最近の日向野さんは、焼き物とかパート・ド・ヴェールというガラス作品にも注目しているようだし、大学で後進の指導もされて益々今後が楽しみだ。日向野さんは散歩途中などで空に現れ降ってくるものを紙に表現しているらしい。それは殆どが手元から離れてしまう事が多く実際の形になる事は少ないのだけど、稀に手の中に転がり込んでくるものがあり、それが作品として結実していくのだ。一番最初に購入した、”犬の木”と”子供の木”。A4ファイルに収まる小品だけど何とも愉快な作品だ。”風はどちらから”は、画面の中ではかなりの強風らしいけど、眺めていると家の中にまで心地良い風が通っていくようだ。割と初期の作品らしい”月の森”。犬の遠吠えが三日月の薄明かりに沈む森の中で反響して、仲間達の遠吠えと一緒になって森の上にある三日月と共鳴している。大きな作品は額装しても飾れないのでシートで持っているけど、眺める度に、その細密な作り込みの手間暇を想像するだけで圧倒される。この、”いつもの場所”という作品は、スポットライトのような光の中でまどろんでいる、2羽の鳥のリラックスした表情に観ている方まで和んでしまう。日向野さんの陶で出来たオブジェにも、銅版画と同じエッセンスが詰め込まれていて楽しい。所で、個人的に宮沢賢治作品が好きなのだけど、それをモチーフにして日向野さんが仕立ててくれたら、一体、どう解釈してくれるだろうか。ついでに気軽に観られる画集が欲しい。