トリオ製国産チューナーの番外編は1960年代のFM-108と1980年代のKT-1000
国産のFMチューナーの嚆矢は、トリオが1957年に発売開始したFM-100という機種であり、これにはセレン整流器と6AL5,6U8,12AT7,6AU6(3本)の、合計6本の真空管が使われていた。FM-100は後期になると6AL5から、2本のゲルマニウムダイオードによる検波に変更され5球となり、これが後にFM-101という名称になったらしい。FM-100はアメリカのラジオジャック向けの輸出品でもあり、国内と輸出用では周波数のバンドを変えて作られ、これの普及機がFM-110ジュニアというもので、ステレオ放送に対応したマルチプレックス端子が備わっていた。次のFM-102になるとダイオード2本はそのままで、真空管が6U8/2本と6AU6/3本の5球に変更された。FM-105は高級機らしく、TVの1~3chの音声も受信可能なワイドバンドで、国産初のダブルリミッターというノイズ軽減回路を搭載して、価格は¥13.900だった。FM-106はFM-105を合理化してコストダウンを図った機種だ。これ以降、他のメーカーからもチューナーが登場して、電蓄やアンプに繋いで使われるようになったものの、放送エリアが東京と大阪の限られた地域であり、主にオーディオマニアや富裕層向けのものであったらしく、一般に普及する事はなかったらしい。因みに他社の製品では1958~1960年頃の、マツダ6FT-625チューナーは¥9.000だった。1959年にトリオは国産初の2バンドのFM/AMステレオチューナーである、AF-220を¥18.200で発表している。日本ではAM二波(NHKの第一と第二)によるステレオ放送があったものの、FMのステレオ放送はまだ実験すら始まっていなかった時代だったので、FMステレオに関しては外部にマルチプレックスアダプターを使用するタイプだった。日本のFM放送に関しては1957年12月に実験放送が開始され、次のステレオ放送に関しては1958年にアメリカでクロスビー方式の実験が、FM東海(FM東京)により行われていた。所が1961年になるとアメリカではGE・ゼニス方式に決定され、翌年にはイギリスのBBCでも同方式で実験開始。日本でもGE・ゼニス方式に決定した後に、NHKによる実験放送が1963年12月に開始して、やがて1969年3月には全国での本放送にたどり着いて、民放ではFM東京のステレオ放送開始が1970年だった。この頃のトリオでは1966年に¥33.500という価格で、当時の最新ソリッドステート技術を投入し4連バリコンを搭載した、高級チューナーのFX-80Dを発表している。個人的にトリオのチューナーが好きで、70年代のKT7700とKT-8300は、FMオーディオシステムで使っているけど、実は他にもトリオのチューナーを持っている。何せ世の中ではオワコンのラジオ・チューナーなんか、リサイクルショップで大体¥2000~3000位で埃を被っているし、高級機種でも同時期のアンプに比べれば大分安い。実は既に絶滅した挙句に需要が無い以上、最後には廃棄処分で燃えないゴミになると危惧して、つい不憫に思って買い込んだチューナーが手元に2つある。一つ目が1960年代のモノラル時代に登場して、まだチューナーが特殊な存在だった頃のFMー108で、大きさは横202X縦116X奥行き120という、手のひらサイズの可愛らしいものだ。当時の価格は¥6、560で、クリスタルピックアップのフォノ入力を装備していている。これは1N60というダイオード2本によるレシオ検波で、真空管は17EW8、12BA6(2本)、35W4という4球が使われている。FM-105の弟分だったFM-106の更に下のクラスの、シンプルなFM-100系の普及機だと思われる。背面を見ると出力は一応ステレオに対応出来ているというものの、初期のチューナーに多い外部にマルチプレックスアダプターを使うタイプだ。出力は普通の左右ピン端子ではなく、R側がピンコード直出しの先端にピンプラグ付で、もう片側のL側は普通のピン端子が一個だけシャーシーに付いているのは、基本的にモノラルが標準だったからだろう。ケミコンのチェックをしてから使ってみたいと思うけど、感度が3μVという事で今の部屋では難しいと思われ、今の段階ではお飾りになっている。このFM-108からほぼ20年後に登場したKT-1000は、トリオの2バンド・アナログチューナーとしては後期の製品で、この次のKTー1001が同社のバリコン式2バンドでは最後の製品となった。斜陽になっていたアナログ時代のチューナーでも、当時は殆ど半分ほどの厚みの薄型が標準になっていたので、既にこういうフルサイズなんか殆ど需要が無かったんじゃないかと思う。KT-1000はニューパルスカウントという、上級機から受け継いだ第三世代の検波方式を搭載し、1980年頃に¥69、800という結構なお値段の割に、プラスチック多用のペカペカした感じで何というか高級感がない。このプラ素材の多用は、恐らく同時期の高級機だったLー01AやT共々に、当時流行っていた今見ればバカバカしくてカルトじみた、非磁性体というキーワードの煽りではないかと思われる。こっちはジャンクそのものの期待外れ。FM-108は文化遺産として音が出なくても別に構わないのだけど、期待の1980年代製は使いものにならなかった。音は出るけどマルチプレックスがイカレていて、ステレオにもモノにもならず左右どちらかの片チャンネルしか音が出ず、他にもシグナルメーターは不動で録音のオシレーターも死んでいる。日本製とはいえ外観の安っぽさそのもので、密閉された筐体の筈なのに何故かパネルの内側にはゴミが目立つし、1970年代のチューナーよりも耐久性は無さそうだ。これがPLLシンセイザーになる前のトリオのチューナーとはガッカリだけど、もう部品取りにして改めて別の個体を買う気も無ければ直す気も無く、ただ邪魔なだけなのでいずれ捨てるかもしれん。殆ど50年前のアルフェッタに付いているクラリオンのカーステなんか、カセットは使えないけど今でもFMラジオはステレオでバッチリなんだけどね。1950年代後半のFM放送と関連して始まり、1980年の初期に終焉を迎えた、トリオ製アナログチューナーを2つ並べて眺めるのは、考えてみれば結構贅沢なことではある。ほぼ四半世紀という歳月による電子デバイスの進化と回路技術の向上は、チューナーというラジオ受信機を技術者の理想に近づけたのは間違いないけど、それを必要としているユーザーが居なくなってしまったのは不幸であった。1980年代のPLLシンセサイザー方式は、安定していて高精度のクオーツを元に、半導体のバリキャップを使いマイコンで制御するようになり、一瞬にしてバリコンを使ったアナログ機構を過去の遺物へ追いやった。それは更に技術者が理想とするラジオ受信機に仕上がっていただろうけど、FLのデジタル表示が目立つ機械は使ってみれば確かに便利とは言え、何とも味気のないブラックボックスへと変容してしまった。アナログ時代は高価な主要コンポーネントとして、メーカーが理想を追い求め意匠にも拘って作り上げてきたものは、1980年代にはまだメーカーの矜持が感じられるものの、1990年代に入ると益々どれも似たような外観で家電化した上に、いかに安く作るかが重点となっているように思うのは気のせいだろうか。21世紀にはラジオ・チューナーは役目を終えてフェードアウトしていったのは残念だけど、少なくとも後世に残りそうもない安っぽい製品が消えたのは良い事だったと思う。