| 年 月 日 | CA125値 ※1 基準値=0
~35U/ml | 詳 細 |
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| ・1995年頃~ | 53 | ・病名が発覚後毎月の生理時は鎮痛剤などで様子を見ていたが何度か救急車で運ばれることがあり、久しぶりに婦人科を受診。
・基準値 を超えていたため 《 ボンゾール ※2 》400mgを半年間服用。 |
| ・半年後 | 32 | ・とりあえず治療終了。 ・その後2年に1回くらいの割合でホルモン治療する。 |
・2001年 8月 | 260 | ・リュープリン1.8mg皮下注射 1回/月×6。 |
| ・2002年 2月 | 18 | ・初めて基準値を下回った。
・リュープリンは一回一万円位で安月給だった私には大変だったが、それなりに効果はあったのだと喜ぶ。 しかし、主治医には手術を勧められた。恐がりの私はなんとか薬でとお願いして手術は受けなかった。 |
| ・2002年 9月 | 110 | ・また上がってくる。 ・このリュープリン治療がのちに私の身体に及ぼした影響をイヤというほど知らされる。 |
| ・2002年10月 | コントロール不良 | ・再度手術を勧められる。
・その際、セカンドオピニオン・サードオピニオンに行ったがほぼ同意見であったため、今度はもう逃げられないと腹をくくり、元の病院で手術を受ける決意をする。 |
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・2002年10月中旬 | 未計測 | ・開腹により卵巣嚢腫右全摘出術+左卵巣一部摘出術を受ける。
・子宮表面に有茎漿膜下筋腫(ゆうけいしょうまくかきんしゅ)が4個(大きいもので直径3~4cm)あったらしく、切除してくれた。
・腹腔鏡を望んでたが主治医曰く相当癒着があるだろうからと開腹を勧められた。 それが結果的には良かった。 お陰でお腹の中はスッキリ!したはず。
・傷口は11cm程。おへその部分だけ迂回して縦にまっすぐに、といいたいがガタガタに線が入ってる。 術後はホッチキスタイプで25針くらいだったかな? ホッチキスの少し大きいやつみたいのだったので何かの間違いかと本当に驚いた。文房具用だと思ったもん(汗)。 お見舞いに来てくれた従姉妹達が見たがったので、その度にお腹をめくって見せた。みんな「へぇ~へぇ~」と一様に感心していた(何に!?)。最後はいい加減うんざりした(ー_ー)!!。
・抜糸は先生が専用の器具で取ってくれたがちょっと怖かったし痛かった!真ん中の部分は付きが悪くグチグチしていた。
・術後、念のためリュープリン治療する。 1.8mg皮下注射 1回/月×6 | |
・2003年 4月 | 12 | ・それでも"0"にならない。 |