カテゴリ:卑弥呼時代の日本
宇摩説と通説との違いを、具体的に書いておこうと思う。神武軍が大和の宇陀に来た時の歌で書いてみよう。
宇多の タカキ(高城)に しぎわな張る 我が待つや シギはさやらず(障らず) い、すくはし クヂラさやる 現代語訳(角川文庫) 宇陀の高台で、鴫の網を張る 私が待っている時、鴫は懸からないで 思いもよらない鷹(鯨)が懸かった 角川の解説:いすくはし。枕詞。語義未詳。 クヂラ。朝鮮語に、鷹をクチと言う。鯨(くじら)とする説もある。 多くは、クジラとするが、角川では、宇陀の高台で、クジラはおかしいと思ったのだろう。何故か、朝鮮語に答えを求めている。 言葉は立場の強い方の言語が、影響を与える。これを無視、または、韓国から全て教わったという妄想(思想)から、この解釈探したものだ。だが、共に、本居宣長の解釈から出ていない。 特に、クジラの約は継承だろう。このために、奈良県でクジラを取った話になるものが多い。まったく、何と言っていいのか、、。 朝鮮崇拝のこの解釈でも、宇陀の高台で、網を張り、鳥を取った話になる。戦いのさなかに、のんびりした解釈(話)である。 この歌は、神武軍が大和に入り、宇陀郡に来た時、神武軍に反対する兄宇迦斯(えうかし)が、軍を集めかねて、家に罠を作っていると、弟宇迦斯(おとうかし)が告げ口で救われる場面だ。 チクラレタために、兄宇迦斯(えうかし)の計画がばれて、その罠に自ら打たれて、死んでしまう。この時に、弟宇迦斯(おとうかし)が、詠んだ歌なのだ。魚や鳥を採る話では、場違いであろう。 もう少し、前後に関係のある解釈が本当だろう。まったく、その場に無縁の解釈は、間違いだ。つまり、現在の学者が解く解説は間違いである。 宇摩説ではどうなるか、先に語義を書いて置こう。 シギは、シキであり、先にブログで、解説しておいた。喜式などの、シキで法律と解釈した。つまり、国を固めるための組織や、法律である。 また、シキは、シ(知る、知らす。染みる、浸みる、沁みる)の意味と解いている。キは立つもの、建てる物と解いている。先に解いた二つで、シキは国を建てるために、知らせるもの、知る者との意味である。 この場面のシキは、これらをする者を、つまり、神武軍を天照大神の使者との意味で使っている。弟宇迦斯(おとうかし)のお上手とも言えるヘツライの言葉である。もちろん事実ともいえるが、、。 そこで、シキは、「兄貴が、天照大神の命に背き、神武軍を、天照大神の使いと認めた」との意味で解いて見ると、以下のようになる。後は、分かり良いだろう。 宇陀の高城に(神武軍)を捕まえる、罠を張っておいた。 私が待っていると、シキは掛からず、 よく、掬うことが出来ずに、クジラが掛かった。 このように言ったのだ。 残るのは、クジラである。これも先に解いている。それは、サシ国(銅鐸の国)で説明だ。サシは、イガ、クシに通じると。これである。 この三つを同国の意味だと理解すれば、この歌も明解に理解できる。そう、クジラとは、クシ等であり、近畿王国の者たち等の意味なのだ。これで、すっきり、理解が出来る上に、前後に一致するだろう。 宇陀の高根に、シギ(神武軍用)の罠を張った。 我々が待っていたら、シギは掛からず、 よく、掬うことは出来ず、クジラ(近畿軍)が掛かった。 このように、先に示した、サシ、イガ、クシの共通性と、近畿の国名が多様に使われている事実から、新しい解釈を生れ、その解明が正しいと判れば、逆に、元の解釈も正しい事が証明される。 これが、宇摩説である。史学者の解説とどちらが正しいか、考えるまでもあるまい。 こう判ってみれば、現在の常識の元が、如何に、怪しいものか理解できよう。宇摩説が革命を起こさないと、日本の古代は闇のままだ。 なお、サシ。イガ、クシについては、卑弥呼の謎を解く,(概要8)、(http://kabu003himiko.iza.ne.jp/blog/entry/172787/)と、このシリーズの、(2)にもある。これは、TBに下ので、下から飛んでください。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
Jun 15, 2007 05:40:55 AM
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