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milestone ブログ

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ウソ -2

~一人目 高見~

中都市と呼ぶにふさわしいこの街は駅前が一番開けている。
JRと私鉄が繋がっているこの街。ターミナルとして発展したこの街は3階建ての駅ビルと隣接している7階建ての百貨店がある。そして、その横には病院がある。
かおりが住んでいるマンションからは20分くらい歩く。普段ならバスで移動するが、高見が用意をすることから考えて歩いて駅まで向かった。
住宅街から国道を越えると商店街に様変わりする。
古びたアーケードの横に飲食店やスーパー、八百屋、惣菜屋が並んでいる。
不景気の影響下どころシャッターが下りている。
少し前まではシャッターが下りていたところは違うテナントが入るか、駐車場に変わっていく。
街は徐々に変わっていくものだ。都心部みたいに再開発のような大きな変化はないが変わって言っているのが良くわかる。
私は大学でこの街に来たからだ。
ただ、住んでいるのはここから電車に乗って4駅先の坂の多い住宅街だが。
駅について、待ち合わせでよく使う銅像の近くへ行った。
女の子が両手を広げている銅像。通称「あやとり」と言っている。
手の形があやとりをしているように見えるからだ。
本当は平和を祈っているというよくわからない銅像だが、何度見てもその手の形はあやとりをしているようにしか見えない。
ま、一部の芸術家には違うのかも知れないけれど、世間一般では「あやとり」としか認識をされていない。
私は銅像の近くの壁にもたれかかった。

「どうしたんだ?」

もたれかかってすぐに声をかけられた。
背の高い、肌は褐色。端正な顔立ちだが、どことなく「カマキリ」を想像させる人物。
黒いズボンに白にシャツ。全体をモノトーンで統一した服装。
そう、高見がそこにいた。

「もう少し時間がかかると思っていたら意外と早かったんだな」

私は考え事をしていたからか、高見が先に「あやとり」のところにいたことに気が付かなかった。
高見は愛嬌のある笑顔で笑っていた。
私は高見の事をいつも軽いのりだが、頭の回転は人一倍よい人物だと思っている。だからこそ、あんなコミュニティーなんかを作れたんだと思う。


「すまないな、折角の休みに呼び出してしまって」

私は、そういいながら、一体何から切り出していいのかわからず、迷っていた。
時間はそれほど残されていないのに。そうどこかで思っていた。


焦る気持ちよりも、上手く説明したい気持ちの方が上だった。
話したことは。

「昨日、かおりにプロポーズしたこと」
「かおりに呼ばれて家にいったこと」
「家に着いたらもぬけのからだったこと」
そして、
「ライヤーと名乗る人物からメールがきたこと」

意外と話していると落ち着いてきている自分が良く解った。それが、ある意味この高見の人柄なのかもしれない。
昔、聞いたことがある。
精神科に通っている患者が、本当に信頼できる医師にめぐり合えたら、その医師の声を聞くだけで、平静になれるというのを。
私にとっては高見がそうなのかもしれない。

思えば、出会いは偶然だったが、それからの人生は高見がいたからこそ楽しめたものも多い。

「祐一、いいか」

高見の低い声が安心感を加速してくれるのがわかる。多分、私はどこかでこの現実を直視していないのかも知れない。いや、理解できないことだから逃げたいだけなのかもしれない。
逃げようとする意識を高見の声が逃げさせてくれない。
だが、それを心地よくも思えてしまう。不思議なものだ。
高見はさらに続けて話した。

「まず、物理的におかしな点があるんだ。
祐一がかおりから部屋に来てといわれてから、実際に部屋に行くまでの時間は
『7分』
もかかっていないといっていたよな。
それだと、どうやって荷物がいきなり消えるんだ。
まず、そこに疑問点がある。

普通に考えてありえない事柄には、何か理由があるはずだ。
理由のないナゾなんて存在しないんだからな」

力強く高見は言う。高見はある出来事があってから、リアリストになったと聞いたことがある。
実際、高見自身から聞いたことではないから確信は得ていない。しかもうわさレベルだ。
ただ、聞きにくい内容なため、いつか高見が語ってくれるのを待っていた。これも逃げているだけなのかもしれない。もう逃げるのは辞めよう。私はいつも震えながら逃げていただけなのかもしれない。少しだけでいいから現実を見てみよう、と。
高見のいう事を考えてみた。確かにその通りだ。
なにか、トリックがない限り7分で人も物も消えるのはおかしい。

「何か違和感はなかったか?」

高見が問いかけてくる。
確かになんともいえない違和感はあった。でも、それが何か解らない。

「いや、答えは祐一の中にあるはずなんだ。
 何か心の中に引っかかっているものはないか?
 気になっていることでもなんでもいいんだ。」

高見がそう言ってくれた。その言葉が少し心が楽になった。
引っかかっているもの。気になるもの。
わからない。とりあえず、今私の中にあるナゾを並べてみよう。


『君が持っているもの。それがすべてだ』

「ライヤー」が書いていた最後のメール。
このセリフが一番気になる。
でも、私はなにを持っているんだ。

今あるのは、封筒と鍵、そして、キーロックされているかおりの携帯電話。
そして、「ライヤー」からのメール。

考えながら並べて見た。

封筒には鍵以外何も入っていなかった。念のため、封筒をもう一度開いて中を見てみた。
何も入っていない。封筒はどういう状態であったのか思い出してみた。取りやすいようにすこし郵便受けから出ていた。もう一度封筒を見てみる。

「高尾祐一へ」

としか書かれていない。
鍵も立体的で複製しにくそうな鍵だ。おそらく普通に鍵屋に持っていってすぐに複製できるようなものとも思えない。模様に「S」の文字がある。かなりデザインにこっているのがわかる。
携帯電話。キーロックがかかっている。一体暗証番号は何なんだ。
これが開けば何か解るのだろうか?そして、「ライヤー」からのメール。
わからない。
考えていると高見が話しかけてきた。

「確か、かおりの部屋は『601号室』だったよな。
そして、この鍵。
もし、オレの推測が正しければ、5分間で部屋が空っぽになったカラクリが解けるかもしれない。
ちょっと、マンションへ行ってみよう」

自信のある高見の声はものすごく助けになった。正直、不安でいっぱいだった。なんだか、悩んでも何も出てこない私にここまで助けてくれるなんて。私は高見に「ありがとう」って気持ちで泣きそうになった。だが、泣くには早い。
それだけは、わかる。
でも、友と言える人物がいてよかったと思えた瞬間でもあった。
再びかおりのマンションにたどり着いた。何度見てもこの高級マンションは人を拒絶しているかのように見えてしまう。
はじめてきたときはかおりとは違う世界の住人なのではと思ったくらいに。
そう、かおりと。




~回想 かおり~

商店街の奥は高級住宅街というイメージしかなかった。
石垣のある家や、外国でしか見たことがないような庭のある家。一人暮らしで住めるくらいのスペースもある駐車場がある家。そう、そういう高級住宅街が国道を挟んだ向こう側。
私の知らない世界。
そういうイメージを私は持っていた。いや、このイメージは間違っていない。
かおりに連れられて歩いているとそういうイメージを超えた家が並んでいた。
一体どういう生活をしていたらこんな家に住めるのだろうか。
私は不思議に思っていた。
住宅街の奥。少し斜面を上がった先に茶色いマンションがそびえていた。
それまで住宅街の中にあった形のかわった、いわゆるデザイナーズマンションといって方がいいのかわからないが、そういうオーソドックスでないマンションと違って、作り自体はシンプルなマンションがそこにはあった。
ただ、まだ新築の匂いがどこかに残っているような真新しいマンションは確実に風格があった。
そう、確実にこのマンションは「高級」という雰囲気が出ていたのだ。
遠くからでもそれが感じられた。

マンションに入ってオートロックの扉をあける。
行き先を押す必要のないエレベーター。
エレベーターから降りたらそこにある小さな門。
小さな門だったがまるで私は拒絶されたかのように感じてしまった。
かおりの部屋に入る。
一人暮らしとは思えない広さだ。
リビングにダイニング。寝室。
この広さなら二人以上でも暮らせるのではないのだろうか。私は素朴な疑問を思った。

「こんな高級なマンションに住んでるの?」

かおりの年齢から考えると疑問だった。年齢は25歳。
私より二つ下だ。
私も給料は低いほうではない。
でも、このレベルのマンションに住むと生活が厳しいだろう。
いや、済めるかも知れないが、生活が出来ないだろう。
収入の大半が家賃に取られるからだ。
「給与の1/3が家賃」
それが、普通だと私は思っているからだ。
それから考えるとこのマンションは少なく見ても15万円は1ヶ月にかかっているはずだ。
1/3と考えたら45万円。さすがに私はそこまでの収入はまだない。
何か他にしているのではないのだろうか。
私は怪訝に思った。
その表情を見て取ったのか、かおりは私にこう言った。

「実は、お父さんが心配して借りてくれているの。
だからよ。
ホントはここまでのマンションじゃなかってもいいって言ったんだけれどね。
でも、お父さん聞かなかったから」

かおりは少し照れながらそういった。

かおりの両親が何をしている人かは知らない。
だが、よくかおりを見てみると実につけているものはブランドが多い。かばんはヴィトンのモノグラムのやつだし、ネックレスはブルガリのピンクゴールド。財布はD&G。
私自身は何一つブランドのものなどもっていなかった。

お嬢様なんだろう。私はそう思うことで追求をすることを辞めた。



~再び高見~

「オレの推測が正しければ、特に問題ないかもしれないな」

高見の声でトリップから戻される。どうも、どこかで今の現実を見たくない自分がいる。
けれど、どうにかしないといけないことも事実。タイムリミットは決っているんだから。
高見が言ったのはこうだった。

「もう一度郵便受けの中を良く見てみろ」

郵便受けにはダイヤル式の鍵がかかっている。私はそのまま引っ張ってみた。
郵便受けは難に抵抗もなく開いた。おそらくかおりがそうしておいてくれたんだろう。
郵便受けの中に入っているものを見る。デリバリー系のちらしと、後、封筒が一つ。
そこには

「高尾祐一へ」

と書かれたもう一つの封筒が入っていた。
中を開けると先ほどの鍵と同じような鍵が入っていた。ただ違うのは「S」という文字ではなく「b」という文字だったことだ。

高見が話し始める。

「祐一がはじめに見た、『S』の文字の鍵。
これは『S』ではなく『5』ではないかと思ったんだ。
つまり、はじめに見た部屋は『601号室』ではなく、『501号室』だったんだ。
ひょっとしたら、何かのいたずらだったんじゃないのかな?
案外かおりのいたずらだったりしてな。
でも、これで、普通に6階に行ってみたらどうだ」

高見はそういって、背中を「ぽんっ」っと叩いてくれた。

そして、高見は、
「オレは下で待っているから、何かあったら声をかけてきてくれ」
と言ってくれた。

6階の鍵で扉のロックをはずす。
頭には、少し前になったかおりから来たメールがこだまする。


「私、ゆうに話さないといけないことがあるの。
それを、知ってもそれでも私を受け止めてくれる?
受け止める自信があるのなら、マンションに来て。」


一体、かおりは何を話そうとしていたのだろう。
そして、時間がたった私を受け入れてくれるのだろうか?

不安を胸にエレベーターを降りた。

先ほどのようにエレベーターをおりて目の前にある門をあける。
この門に一体何の意味があるのだろう。腰くらいの高さ。普通に閂はあけることが出来る。侵入者を防ぐわけでもなく、ただ存在している門。ただ、マンションのグレードの高さだけがわかる。
そう、それくらいだ。
私は門の奥にある扉横のインターフォンを押した。
1、2分はまったが応答はなかった。ドアノブに手をかけてみる。
鍵がかかってる。私は手に持っている「b」の刻印がある鍵で扉を開けた。

中に入ってみる。

「かおり~ かおり~」

よんでも返事はない。
私は部屋の奥に入っていった。
入ってすぐの部屋は衣服を入れている部屋。見たことないタンスがそこにはある。表面が鏡になっていて、服を着替えたあと、その場で自分が確認できるのだ。姿見の鏡の代わりになるタンス。
一体どこで売っているのだろう。私は毎回そのタンスを見て思う。
磨き上げられたタンスは部屋に誰もいないことだけは教えてくれた。
かおりはここにはいなかった。
次は寝室を覗いてみた。
セミダブルのベット。
部屋全体は薄いブルーで統一されている。きれいに片付いている部屋。そこにもかおりはいなかった。
私は一番広いリビングにいった。
料理を食べるときに使っているテーブル。大きな液晶テレビ。テレビを見るためにあるソファー。
一人暮らしの部屋にはいつも見えない。いや、一人でこんな広い部屋に住んでいて寂しくならないのだろうか。
私はそう思ってしまう。この部屋にもかおりはいなかった。
ただ、気になっていたことだけはあった。
いや、どこかで頭の中で何かを否定しようとしていただけなのかも知れない。
そう、何かの匂いがするのだ。
私はリビングにあるテービルを見た。
いつもはそこには果物がカゴに入っているくらいだ。
だが、今は黒い箱と、封筒がある。
封筒には

「高尾祐一へ」

と書かれていた。今日、何回こう書かれた封筒を見ただろうか。
私はそう思いながら封筒の開けた。
中には手紙が入っていた。


「ようこそ6階へ
警察に言わなかったのは賢明だが、誰にも話さずにここにたどり着いて欲しかったね。
でも、どうも『ゆう』は危機感を感じてなさ過ぎだ。
手に入らないものならいっそ、一生手に入らないほうがいい。
もっと、真剣になれるように私から『ゆう』へ一つのプレゼントだ。
受け取ってくれたまえ。
「ライヤー」より」

そして、その下にあった箱をあけた。

一瞬何が起こったかわからなかった。ただ、匂いだけが物語っていた。
いや、この部屋、かおりの部屋に入ったときから感じていた。
ただ、否定をしてかっただけだったのかも知れない。
この事実を。

そこには、
小指と薬指。
そして、薬指には見慣れた指輪。
そう、昨日かおりにあげたカルティエの3連リングがそこにあった。

箱は真っ赤になっていた。
そして、むせ返るくらいの血の匂いが広がった。

「うわぁぁぁぁぁあ」

気がついたら叫んでいた。

「手に入らないものならいっそ、一生手に入らないほうがいい」

ライヤーのセリフが痛いほどわかった。
呆然としていると次に、爆発音がなった。

指が入っていた箱が爆発したのだ。

私の手も目の前も血で真っ赤になった。
ただ、指輪だけがむなしく音をたてて転がっていった。
ただ、自分の悲鳴とむせ返る血の匂いだけが、現実だと力いっぱい教えてくれた。



しばらく、呆然としていた。
箱であったものを見つめながら、ただ呆然としていた。どこかで、今起こったことを否定したいとおもっている。どれだけ、血の匂いが充満していても。
けれど、携帯が鳴ったことで現実に戻された。

高見だった。

「なにかあったのか?変な音がしたぞ?」

メールが入る。この、かおりの部屋に高見を呼ぼうかと思ったが、ちょっといやだった。
変な独占欲。
かも知れない。それとも、
かおりに悪い。かも知れない。
とりあえず、高見にメールをしてから洗面台で手を洗おう。
高見には

「かおりはいなかった。
もうちょっとしたら降りるよ」

とメールした。ライヤーの狙いがわからないからだ。
それに、一人でないという事がわかるという事は近くで監視している可能性もある。
これ以上、かおりに何か起こるのはイヤだ。

確かに「真剣」にさせてもらったよ。

ライヤー

洗面台の前にある鏡。そこにうつる自分の顔。
すごく真剣な目だ。
鏡には色んなプリクラが貼ってある。
見たことない女の子友達のプリクラや、結構昔のプリクラ。
けれど、そのプリクラの中に一つ目を疑う事実が。
かおりともう一人写っている人物。
名前は、

「皆口 エリカ」

私の元彼女である。
その元彼女のエリカとかおりのツーショット写真。一体どうして、この二人が知り合いなのだ。

そして、日付。
5月17日。昨日だ。

どこにも接点などないはずなのに。沈黙だけがやたらとこだましていた。


~回想 エリカ~

エリカとの別れは突然だった。多分、私も、周りの誰もがその別れを予想できなかった。
それくらい、私たちは上手くいっていた。すくなくても、私はそう思っていた。
付き合いも長かった。大学の1年生の時にエリカとは出逢った。友達が主催した合コンだった。
隣に座ったエリカはかわいらしい服装をしていた。確かそのときも服はピンクだった。
ピンクに黒の組み合わせが好きなエリカ。かわいらしい服装。少し茶色い髪が長く、いつも甘酸っぱい匂いがしていた。
付き合った当初は大学が違うためなかなか会えなくて、平日授業をサボって会っていた。
夜はお互いバイトをしているし、休日は私が短期バイトを入れることが多かった。
そのため、付き合い出してから半同棲のような生活をしていた。
ボロイアパート。電車で7駅。景色はのどかといえばのどかだが、何もないと言えばそれまでになってしまう。
一応駅付近は小さいながらスーパーがあった。
6畳一間のおんぼろアパートにエリカはよく遊びに来てくれた。
ただ、外観は古いが内装はしっかりしていた。掃除もしてキレイにしていた。
木造だったためか、大きな音を出すと隣近所からクレームが来る。
確かにこのアパートは一人用。同棲なんかしていることが大家にバレたら追い出されてしまうからだ。
だから、出来るだけデートをする時は外に出るようにしていた。
そう、お互い時間を見ては外でデートをする。
どれだけ付き合いが長くなってもそう決めていたんだ。
そして、その日は唐突にやってきた。
付き合って2年くらいした日だった。見たい映画があったから、朝から映画を見ていた。
映画を見終わってお茶を飲んで、少し買い物をして、食事をして、その後にホテルに行った。
その間会話も弾んでいた。エリカはずっと笑顔だった。
だが、、ホテルを出た後にエリカから言われた。

「別れましょう」

一瞬、何が起こったのかも理解できなかった。

さっきまで、エリカのぬくもりを体中で感じていた。
その時から思っていたのだろうか?

「どうしてだ?
さっきまで幸せそうだったのに。
それとも何かあったのか?」

私はこのときびっくりしていた。何か大きなことでも見落としていたのか?
いや、知らないうちにエリカを傷つけていたのだろうか?
そう思ってしまった。

だが、エリカの口から出たセリフは違っていた。

「私、ゆうの事好きよ。
初めて付き合ったのはゆうで良かったと思っている。
ゆうに対して、不満はないのよ。
唯一の不満は、不満がないことかも、、、しれない。
別れたいって思ったのは今日がはじめてじゃないの。
理由は上手くいえないけれど、私、ゆうといると甘えすぎてしまうの。
だから、もっと成長した時に出会いたいの。
だから、だから、私のわがままを許して。
でも、待っていて欲しいの」

ホテルを出てすぐの通りで泣きながらエリカが話した。
周りは怪訝な目で私たちを見ていく。ホテルから出て女性が泣き崩れているのだから。
私は意味が解らなかった。
何を言ってもエリカは変わらなかった。そう、別れたい理由はわからなかったが、別れたいという意思だけはかたくなだということだけは痛いほどわかった。
そう、別れは唐突におとずれたのだ。
もう一つびっくりしたことは、その次の日にアパートにあったエリカの荷物が全てなくなっていたことだ。
今思うと前々からエリカは自分の荷物を整理していたんだ。
この失恋の時、私は痛みから逃げ出したくて違うことに没頭をした。
そう、ひとつのビックイベント。
就職活動だった。
やりたいことは決まっていなかった。まだ、誰も着手していない。
今から出来るのは他の業界よりも早く応募を出している広告業界だった。
私はとりあえず、動くことを決めた。

その中で高見とであった。

この失恋、高見との出会い。私の環境は大きく変わった。
ただ、変わっていないのは、別れてもエリカとは連絡を取っていたということ。
そして、たまに会っていたということ。そして、どうしてもエリカにいえなかったことがあった。

「かおり」の存在のこと。

そう、新しく彼女が出来たにも関わらず、ずっとエリカにいえなかった。

「でも、待っていて欲しいの」

エリカの最後のセリフがすごくこだまする。
いつから、エリカは「かおり」の存在を知っていたのだろう?

気がついたら、エリカにメールしている自分がいた。

「今日、話がしたいんだけれど、あいているかな?」

確かめたい。でも、どうやって。ここ数ヶ月はエリカとはメールしかしていない。
そう、メールだけ。
それは、罪悪感からかもしれない。そう思う事で少し自分が楽だったはずだ。
私はただ、逃げていただけなのかも知れない。色々な事から。
エリカからメールはすぐに返事が来た。

「いいけどどうしたの?
どこにいけばいいのかな?」

何度かエリカとメールのやり取りをして1時間ほどで駅に着くと解った。
ちょうどいい時間だ。
下にいる高見に相談しよう。相談。
一体何を。
指が吹っ飛んだことを話すのか?それとも、元彼女『エリカ』の事を話すのか?
急激にいろいろな事が起こり、思考能力が低下している。それが良く解る。
落ち着け、落ち着け。
そう思いながら、マンションの下に降りていった。

~高見~

マンションを降りると人だかりが出来ていた。
世間話で集まっているという感じではなかった。何かの様子を見るために人が集まっている。
一瞬、さっきの爆発音が漏れて誰かが警察に通報したのかと思った。

「もちろん、警察なんかに話した場合、ゲームオーバーとさせてもらうよ。」

ライヤーが送ってきたメールを思い出した。
こんなことでゲームオーバーになんてさせたくない。
私は何が起こったのかわからなかったから高見の携帯に電話をした。
なり続ける呼び出し音が余計に不安にさせる。

人だかりから声がする。

「この辺も物騒になったよね。ひき逃げですって」

爆発音でなかった。ゲームオーバーでない。私は安心をした。
遠くから救急車のサイレンが聞こえる。
そういえば、この近くの救急病院は駅前の大きな病院くらいしかない。
そう、全てが駅前に集まっているからだ。
人ごみがどんどん離れていく。
その中心に高見が、横たわっていた。

「どうしたんだ?」

おもわず駆け寄った。
ひき逃げ?

「関係者の方ですか?」

誰かがそういっていた。気がついたら、救急車に乗っていた。
高見は頭と腕から血が流れている。何か話している。

「高見、どうした」

高見は何かを話そうとしている。声が聞き取れない。
私は高見に耳を近づけた。
高見の声は弱々しかったが、きちんとこう聞こえた。

「かおりの携帯に電話してみろ」

それともう一つ、手渡されたもの。一つのメモだった。メモにはこう書かれている。

「答えはそ・・・」

途中から文字がかすれていてなんて書いてあるのか読めない。
いったいこのメッセージは。それにかおりの携帯はここにあるのに、かけて何が起きるというのだ。そして、この途中までしか読めないメモ。

「答えはそ・・・」

「そ」から始まる言葉を考えて見る。だめだ、あたまがまわっていない。一体なんなだ。


駅近くの病院へ高見は搬送されて、検査が始まった。頭を強く打っているため、念のために検査をするとのことだ。だいたい検査は30分くらい。
高見自信が意識を失っていることから検査をして、問題がなければそのままで終わるということだった。怪我自体はそこまでひどくないとのことだった。
それだけが救いだった。ただ、ひき逃げだから、この後は警察へいかないといけない。
相手が見つかればの話しだが。

しばらくして、メールが入る。そういえば、携帯の電源を切っていなかった。
ばたばたしていたから忘れていたのだ。

メールはエリカからだった。

「もうすぐ駅に着きそうだけれど、今どの辺?」

そうだ、エリカとこれから待ち合わせをしていたんだ。
忘れていた。ちょうど、病院は駅近く。

看護士さんに少し外に出る事を伝えて駅へ向かった。
この時、もう少し落ち着いていれば、高見の検査が終わるのを待っていただろう。
いや、今日はずっと落ち着いていなかったのかもしれない。こんな状態で冷静を保つなんて出来そうにないから。そう、自分に言い訳をいいながら駅へ向かった。

駅前にエリカはいた。いつも、独特のかわいらしい服を来ている。
ピンクを基調としたワンピース。甘栗色の髪はツインテールにして、ピンクに黒で縁取ったリボンをしていた。ふわりとした感じは今も昔と変わっていない。
甘酸っぱい匂い。いや、何か違うようにも感じてしまう。
さっき、むせ返るくらいの血の匂いをかいだからかも知れない。私は首を横にふった。
エリカは相変わらずかわいいかっこが好きだ。
確か、エリカの好きなブランドは

「ピンクトルネード」

という服だったはずだ。
一度、一緒に店に見に行った時に、値段の高さに驚いた。

「この店、かわいい服が多いの。でも、値段はかわいくないのね」

そう言っていた事を思い出した。もう、昔のこと。
けれど、記憶はまだ、私の中で確実に生きているんだ。
そう私はどこかで「エリカ」を過去に出来ないままでいた。卑怯だと思う。
友達以上だけれど、恋人ではない。寂しい時に会って話したり出かけたりしていた。
そう、かおりと付き合うまではそういうことを繰り返していた。
ただ、違うことは、この3ヶ月は会うということをしなかっただけだ。

「なんか『ゆう』と会うの久しぶりじゃない?で、今日はどうしたの?」

明るいエリカの声で、現実に戻された。
私は何度この声に救われてきたのだろう。
不思議とエリカと私は別れてから恋人がずっと出来なかった。
ただ、もう一度付き合うというタイミングがわからなかった。また、同じように唐突に終わるのかも知れない。私はずるかったと思う。どこかでエリカをセーフティーネットにしていたのかもしれない。
ただ、今の私にとって一番は「かおり」だ。
私はそう自分に言い聞かせた。何度も。

「とりあえず、ちょっと話しがあるんだ。お茶でも飲もうか」

私はそう言った。エリカは

「あの店がいいな」

と言って来た。
そう言ってエリカは駅前にある喫茶店「ルーシュ」へ向かった。
その喫茶店にあるジャンボプリンパフェをそういえばエリカと食べた記憶が蘇ってきた。大きなプリンがパフェの上に君臨していた。ジャンボプリンパフェ。そういえば、エリカは細い体なのに、このパフェを良く頼んでいた。
最後のコーンフレークを食べるのはいつの私だったな。
よく思えばいたるところに思い出がちりばめられている。
その思い出をかおりで塗りつぶしていったのも事実。
だからこそ余計にかおりと出かけることを増やしていたのかも知れない。
ただ、かおりはジャンボプリンパフェを頼むなんて事はしなかったが。
普通のチョコレートパフェを一回頼んだくらいだった。
思い出が交差する。いや、今、目の前に起きていることをただ単に拒絶しているだけなのかも知れない。
私はまとまりきらない思考をどうにかまとめようと必死だった。
そう、エリカにまず話さないといけないことが多いからだ。
待てなくてすまなかったとでも話すのか。
いや、そもそもエリカは待っていたのだろうか。
エリカは私と同じ年。もう27歳だ。そろそろ周りも結婚してきている。
けれど、エリカを見ていると、いや、エリカといると、まるでタイムマシーンで過去に戻ってきたみたいに錯覚する。
そう、エリカの服装が昔と変わっていないからだ。
まとまりきらない思考のまま、私は喫茶店についてしまった。


喫茶店「ルーシュ」。この喫茶店は少し変わっている。
毎回来るたびに奥側に通される。奥側はテーブルが小さく向かい合わせにいるのにかなり距離を近く感じる。初めて来た時、手前側の広いところがいいと思ったくらいだ。
だが、後で調べたのだが、カップルでの来店の場合は奥のちょっと小さめのテーブルに通すというのがこの喫茶店のルールなのだと。
だから、この喫茶店に来るということは「付き合っている」という証なのだと。
エリカと別れてからも何度かこの喫茶店に来ていた。
喫茶店に入って、妙な沈黙がつづいていた。目の前のジャンボプリンパフェはまだ減っていない。
先に口を開いたのはエリカだった。

「ひょっとして、気がついた?」

そう、これだけだった。一瞬、心が凍りそうだった。
かおりの事黙っていたことなのだろうか。それとも、他に何かあるのか。
黙っていると、エリカから話し出してきた。

「ゆうがずっと話してくれないから。
 私、話してくれるの待っていたのよ。
 でもね、ゆうが選んだ人があのかおりでよかった。
 だって、あなたたちはあまりにも似合っていなかったから。
 いつか、別れる。
 それまで、私はあなたがもう一度私に振り返るように、
 自分を磨いていよって思っていたから」


不適に笑うエリカを見ていて、私は一瞬怖かった。でも、一体、いつからエリカは知っていたんだ。そして、どうして昨日会っていたんだ。
おそらく、最後にあった人間はこのエリカだろう。私は、今朝からかおりが行方不明になっている事をエリカに話した。

「ふ~ん、そうなんだ。
 大変だね。でも、あの年齢で誘拐されてただで済んでいるって事ないよね。
 そんな人とちゃんとこれからも付き合っていられるの?」


エリカがなんとなく言ったセリフは重かった。けれど、だからといって、ここで逃げるわけには行かない。そう、逃げるわけにはいかない理由が今の私にはあるんだ。
私は一つの疑問をエリカにぶつけた。

「昨日、かおりとあっていたよな。 何かなかったのか?」

エリカは考えながら話してくれた。


「う~ん、何も覚えていないわ。
 というか、普通に出かけて、お茶して、プリクラ撮って、それで、別れたの。
 特に何もなかったよ。
 あ、そうそう、私香水変えたんだけれど気がついた?」

そう言われて、出された手首からの匂いは、どこかなつかしかった。いや、つい最近この匂いを嗅いだ記憶があったからだ。
かおりのマンション。そうだ。
いつもかおりが付けている香水と違う匂いがしていた。
ただ、確信はない。そこまで、自分は香水に詳しくないからだ。

「この香水って?何?」

恐る恐る私はエリカに聞いてみた。

「いいでしょ~
 もらい物なんだけれど、入れ物がかわいいの。
 エンジェルハートって言うのよ。
 ほら」

そういって、エリカはカバンから、赤いハート型の香水のビンを出した。今、赤い色のものは見たくない。
むせ返すような血の匂いしか思い出さないから。そう、だからこそ、匂いに自信はなかった。

「もらいものって、誰から貰ったの?」

なんとなく私は言った。特に何も考えていなかった。けれど、その答えは返ってこなかった。
その代わりに、私の携帯がなった。見たことのない番号だ。
相手は、高見が搬送された、病院の事務の方だった。
内容は

「検査が終わって結果を伝えようとしたら高見さんがどこにもいないんです。
 そちらにいっていませんか?」

という内容だった。
そして、行き先に心当たりがあれば教えて欲しいといわれた。
だが、思いつかなかった。一体、高見はどこへ行ったのだろうか。
しかも、事故の後、検査の後ににいったい。
高見がいっていた言葉を思い出した。

「かおりの携帯に電話してみろ」

電話を切って、かおりの携帯に電話をしてみる。すぐに留守番電話サービスに繋がる。
圏外らしい。
だが、私が持っているかおりの携帯は、私の携帯と同じく3本アンテナが立っている。
では、この携帯は一体誰の携帯なんだ。
いっそうナゾは深まっていった。



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ウソ -3へ移動


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