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milestone ブログ

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メール 5通目(2)

一瞬、良になんて聞いていいかわからなかった。

しばらくして、良が語りだした。

「本当は、お前が桜井と付き合う前にきちんと話しておけばよかった。
いや、あの時はそこまでひどくなかったんだ。
けれど、こんな結末になるなんて。
でも、だましていたわけじゃないんだ。

実は、桜井からは相談に乗られていた。
相談について、綾香は乗っていた事と時間がいつも夜だからそうだったんだと思う。
実は、桜井の中にはもう一人の桜井がいるんだ。
俗に言う二重人格というやつだ。

けれど、最近は落ち着いていたんだ。
お前の知っている桜井ともう一人のお前の知らない桜井。
それが、俺がお前に黙っていたことだ。
悪かったと思っている。
けれど、この事はすごく悩んだんだ。」

いきなりの良の告白は衝撃が大きすぎて、あまりにも現実味がなかった。
まるで、自分が取り残されて、ブラウン管越しにテレビを見ている感じを受けた。

何かを聞きたい。
けれど、いったい何を。

いつから優子は二重人格なんだ。
いや、私が愛した優子はいったい誰なんだ。
そして、このパズルの正解はどんな形なんだ。

どこにも答えはない。
いや、あるけれども、見たくないのかもしれない。

良のすまなさそうな顔を見ていると、
良の悪いと思っている顔を見ていると、
どこか、責めることが出来ない。

それに昔良に言われたことがある。
相談に乗っているときは、第三者にはそのことは話さないということ。
プライバシーの問題もあるが、相談者に悪いから。
話すときも相談者の了承を得ているときか、相談内容が解決して、時効といえるくらい
日がたってからだと。

それもわかっている。
けれど、わかると出来るは違うんだ。
そして、思いもとまらなかった。

「どうして黙っていたんだ。
いつからだったんだ」

おもわず良に言ってしまった。
けれど、口から出たセリフは聞きたいことの一部だ。
誰かが、言葉は事の端から派生して言葉となったと言ったのを覚えている。
そんなものだ。
言いたいことの何%口に出せているんだろう。

悩みながら良は答えてくれた。

「実は、優子との相談は長いんだ」

長い話が始まった。
ナゾは巡ってくる。

***************************

「良くん。
実は相談があるの」

その相談は唐突だった。
そして、信憑性が低くも感じた。

相談内容はひょっとしたら自分が二重人格かも知れないという内容。
それは、良にとってもはじめての相談だった。

長丁場になるな。
けれど、どうしてプロのカウンセラーのところに行かないのか。
いや、どこかで拒否感があるのだろう。

優子の両親もかつてはカウンセラーだった。
それが、災いしてあの事件が起きたんだから。

「どうして、そう感じるの?」

ただの勘違いかも知れない。
良はそう思いたかった。
けれど、優子は、良が知る限り心理学を選考している中では一番の優等生であった。
それと同時に昔からの一番のクランケ、そう、良の患者でもあった。

長い付き合いから、優子の相談は確信に違いなかった。
やはり、あの事件が優子をおかしくしてしまったのか。

そう簡単に結論付けたくはなかった。

「私も何回も勘違いだと思いたかった。
目を覚ましたときに見たこともない場所にいる。
それだけで不安になった。
知らないところで何をしているのかもわからない。
だから、怖くて自分の部屋に監視カメラをつけたの。
そして、盗聴器も。
寝てはずの私はいつの間にか外に出ていた。
だから、怖いの。
でも、こんなお願いできる人ほかにいないから。
良くん。お願い。今日一日私と一緒にいて。
そういう意味じゃないの。
でも、私の記憶のないときのもう一人の私を捕まえて。
そして、カウンセリングをして。
前みたいに私を導いて」

優子のセリフは良にはすごく重かった。
けれど、良にも逃げるわけには行かない事情があった。

そして、この相談の後から、しばらく、優子の部屋に泊まるようになった。
同居開始から問題は起きた。

優子が寝て、しばらくしたら変化が起きた。

お前は誰だ?

いつもと声の調子も違う優子だった。
これが、もう一人の優子か。
これがもし演技ならばアカデミー賞ものだ。

「あなたは私を知らないかも知れない。
けれど、もう一人のあなたとは友達なんだ。
その体はわけあって、二人でひとつの体を今使っているんだ。
でも、もう一人もかなり困っているんだ。
だから、今日はここにいるわけなんだって・・・」

しばらく話した。
いや、この日だけではない。
もう一人の優子との話は長くかかった。

観察と対話の結果。
名前は翔子という。
もう一人の優子だ。
記憶は優子の家族が殺される前までは共有しているが、それ以降の記憶はない。

あの事故以降、すべてに猜疑心を持ってどこかに逃げ場を探している。
その弱い気持ちを押し隠しているのが優子だが、その押し隠された塊が翔子だ。

これは、確証はない。
ただ、そう感じた。
この翔子という名の少女と話して。

良は思った。

正直、こんなレベルの相談は自分には荷が重過ぎる。
というか、どうしていいのかわからない。
二重人格なんて、「ヤヌスの鏡」や「ビリー・ミリガン」だけで十分だと思った。
しかも、日本という国では精神医学はそこまで認知されていない。
このままでは、優子の人生にも大きくかかわってくる。

そのため、まずはお互いにもう一人の自分がいることを認知してもらうところからはじめた。
それが、良い事なのかもわからなかったが、何もわからない優子よりはよいと思った。

けれど、徐々に変化が起きていった。
そう、お互いの行動の記憶がおぼろげながら残るようになってきたのだ。

良の中で解決の手がかりとともに、大きな、そして初歩的な失敗を犯してしまった。
それに気がついたときは、もう遅かったのかも知れない。

「私、怖いの。
なんだか、もう一人の私、翔子に体をのっとられそうなの。
こんな恐怖ってなに?
良くん助けて」

優子の声が良の頭の奥で陰々とこだまする。

***************************

「それだけなのか」

良の話を聞きながらどこか不安は消えていくが、どこかに影を潜めていく。
私だけ、どこか蚊帳の外だったということなのか。

良がまた気を使ってくれている。

「悪い。
今のお前が考えているような答えは出せないんだ。
しかも、どちらかというと、よりお前をナゾという深みにはめてしまう。
そういう恐れがあったんだ。
だから、なかなか話せなかった。
はじめ、この二重人格のことが知らせたいのかと思った。
けれど、一緒に悩んでいくうちにもう一人の翔子がひょっとしたら優子を殺したのではないかと。
そう思えてきた。

なあ、加藤。
人はいったい一生のうちで何人の人間を救えるのかな。
なにかのドラマでこのセリフを聞いたときすごく頭にこびりついているんだ。」

悲痛な面持ちで話す良を見ていると責める気には慣れなかった。
いつもおどけている良だからこそ、本当に悩んでいたんだと思った。

かなり、悩んだ末なんだろう。
ずっと話したかったという良はウソじゃない。
けれど、優子もすこしは話してほしかった。
たとえ、良のように手助けが出来なくても。

バイブの音がこだまする。
良の携帯だ。

どうやらすぐに会社に戻らないといけないらしい。

「加藤、悪い。
本当はきちんと話をしながら、この未完成のパズルを完成させたかったんだ。
でも、加藤でも整理することは出来ると思う。
今日の夜また会おう。
こっちでもまとめておくから、その時に話し合おう。」

そう言ってすぐに良はファミレスを出てしまった。

整理すること。
確かに学生のときに「問題解決プロフェッショナル」を読んで少しは勉強をした。
あの本は難しすぎて、やくにはたたなかった。
その代わりに良が教えてくれたKJ法だとかなんとかいう整理法は役に立った。

ノートを取り出しながら、書いて整理することに決めた。

取り出してもなかなかまとまらない。
けれど、どこかでこの結末でも悪くないのかもと思っている自分もいた。
どこかに大きな違和感があるが。

けれど、ストーカーや情事のもつれでの殺害に比べればまだ良いほうなのかもしれない。

とりあえず、ノートにまとめ始めた。

疑問点
1・優子は自殺か他殺か
2・メールでなにを伝えたかったのか

まとめるとこれなのかと思った。

1・優子は自殺か他殺か
これは、良や高橋さん、それと私自身も自殺ではないと思っている。
いや、思いたいだけなのかもしれない。
そして、今回良から聞いた事実。
優子は二重人格であった。
そして、もう一人の優子、そう、翔子におびえていた。
だから今の可能性としては翔子とのトラブルで殺されたのかもしれない。

2・メールでなにを伝えたかったのか
これはよくわからない。

今まで来たメールを並べてみると

一通目
「私はあなたと一つになるの。だから苦しまないで。
これは、はじまりよ。私が見てきたものと同じ景色に触れて。
まずは私の部屋よ」
二通目
「あなたと出会った初めての場所。憶えている?
                そこにヒントがあるよ」
三通目
「あなたからもらった
一番大事にしていた宝物は何かわかる?
それをさがしてみて」
四通目
「ようやく、たどり着けそうなの。『K』
  どちらを選ぶの? 行きたい所なの」
五通目
「支えにしているもの突然なくなったらどうする?
それでもあなたはあなたのままでいられるの?
パンドラの箱。あなたなら開ける?開けない?
後少しよ。早く選んで」

この5通である。

まず一通目だが、優子はまず部屋に来て欲しいといっていた。
けれど、優子は私にいったい何を見せたかったのだろうか。
確かに何かいつもと違う違和感があった。
けれど、それ以外にも何か見落としているのかもしれない。
週末もう一度優子の部屋に行こう。

二通目だが、これは「ピンクパンダ」に着てほしいという内容だろう。
そこで手にしたオルゴール。
そして、「助けて」というメモ。
けれど、同じオルゴールだけれど、三通目にまたオルゴールにある鍵が出てくる。

そう、三通目で指輪の代わりにオルゴールにある小さな鍵。
そしてその中にあったメモ。

「かきつばた
 
 仮面なんて脱ぎ捨てて!!
 ガラスのようなもろい関係はいや
 やっぱり全てを捨てないとたどり着けないの」

かきつばたという少しはなれたところにある言葉。
そして、優子との不安定な関係。
ここまで隠してまで伝えたかった内容なのだろうか?

この部分がひとつの見えないパズルの断片だ。

そして四通目。
『K』という明らかにいびつな文字。
出張に行く前に読み返した夏目漱石の「こころ」が一番引っかかる。
そして、三角関係。
男性ではなく、これはもう一人の優子、そう翔子をさしていただのではないだろうか?
翔子と優子との間での葛藤。
そうかもしれない。
けれど、どちらを選ぶの。
そして行きたいところなの。
どちらは、優子か翔子かかもしれない。
私はどっちと付き合っていたのだろう?
優子?翔子?
そして、行きたいところ。
それもまたわからない。

これも見えないパズルの断片だ。

そして、今来ている最後のメール。
まず、心の支え。
これは優子のことをさしているのかもしれない。
ひょっとしたら、この時点ではまだ優子は死に直面していなかったの
いや、そう思いたいだけなのかもしれないが。
だから、私に優子が

「私がいなくなったらどうするの?」

といいたかったのかもしれない。
いや、もしかしたら、優子がいつのまにか翔子にのっとられていて、私の知らない人物に変わっているかもしれないと伝えたかったのかもしれない。
そしてもうひとつ。

「パンドラの箱」

始めは良と優子とのことかと思っていた。
けれど、それではないのかもしれない。
開けてはいけない箱。
今箱に近いものといえばオルゴールくらいなものだ。

オルゴールを鞄から取り出してみた。
どこか動くのかもしれない。
そう思いながら押していると、一部動いた。
そして、そこから出てきたものは「☆マーク」の紙切れだった。

これも優子のメッセージ?
一瞬私は何かの間違いかと思った。
けれど、優子の癖のある少しまるまった星のマーク。
確実に優子が書いたものだ。

これも何か意味があるのかもしれない。

完成図が見えそうで見えない。

やはり、良ではないからうまく整理することが出来ない。
ひょっとしたら良はすでにこのパズルを完成させているのではないだろうか。
期待しすぎるのはよそう。
そう思って店を出た。

店を出て駅に向かって歩いているとメールが来た。

宮部からだ。

「F電機の川村課長から電話がありました。
先ほどの評価業務の件ですが、追加でもう一名早急にお願いしたいとのことだそうです。
後、採用担当の皆川さんが折り返し連絡をくださいとのことです。
それと、今日の夜忘れてないでしょうね~     舞」

今日の夜。
そういえば、良も時間を空けてほしいといっていた。
正直良との約束を先に果たしたかった。
けれど、この宮部のことも放置しておくと後に響きそうだ。

とりあえず、宮部のことは後回しにしよう。
先に皆川さんに連絡をしよう。

皆川さんとの電話の内容はこうだった。

F電機に提案していた、未経験者が他社も受けているため、今週いっぱい返事を待ってほしいとのこと。
当人が気にしているのは、エンドユーザーの声が聞きたいということ。
なかなか技術者として、特に開発部隊に入ってしまうとなかなかエンドユーザーの声は聞けないのが現実。
そのため、修理やメンテナンスの会社も受けていて、その会社から返事が今週中に来るとのこと。

皆川さんが言うには、そういうエンドユーザーとの交渉や、開発だけでなく、ほかの部署との交流もあるのかという質問であった。
正直難しいと思った。
エンドユーザーではないが、今回のプロジェクトはいろんなパーツを複数の会社に依頼をしていて、最終的にパーツを集めたものに、自社で開発した部分のパーツを足す業務である。
そのため、多くの業者との交流を行うのも事実だが、果たしてそれで納得するのだろうか?

そして、もうひとつ。
追加要因についてだが、仙台に1名いるが、東京に来るかどうかで渋っている人物がいるそうだ。
住むところや引越し代はこちらで用意すると伝えているが、長男のため、両親を気にしているとのこと。

仕方がない。
F電機の川村課長にはきちんと話をしよう。
こういうことは、ウソをついても後々の信用にかかわることだ。
そして、クレームにつながる。
どうせなら、正直に話すほうがスムーズに流れる。

そうわかるまでには1年の時間がかかったが。

仕事なんて、間違わなければ勝手に流れてくれる
イレギュラーだと騒ぐ必要もない。
それに比べれば、人生のほうがイレギュラー続きだ。

そう、思いながら電車に乗った。

運良く青梅特快に乗れたので早く帰社できる。

電車の中で良にメールする。

「今日、ちょっと野暮用があるから、10時くらいからでもいいかな?
場所はどうする?
できれば新宿がいいんだけれど、良に任せるよ」

本当はもっと早くに良に会いたかった。
けれど、宮部とのこともある。
きちんと決着をつけないといけない。
それはわかっている。
多分、頭の隅のどこかで。


「ただいま戻りました」

気持ちがどうとか、そんなものは関係ない。
ただの流れ作業。
報告書を作成して、日報作成、上司への報告。
一つひとつ終わらしていく。
ただ、それだけ。

そして、その後に待っているのは宮部との食事。
不思議とこれから彼女にしなくてはいけない相手なのに、あまり、乗り気になれない。
まあ、そんなものなのだろう。

宮部がなに知らぬ顔でよってきてメモを渡す。

「今日は亮の家に泊まっていい?」

奥で山口さんがくすくす笑っている。
チェックメイトだ。
どこからかそんなセリフが聞こえてきた。

降りることの許されないベルトコンベアー。

何かに追い立てられている。

優子との付き合いではそんなこと一度も感じたことはなかった。
いや、ひょっとしたら私は優子とともに翔子とも、出会っていたのではないだろうか。

ふとそんな予感がした。

***************************

「これから一週間大阪に出張なんだ」

久しぶりの帰郷。
最近は、めったなことがない限り大阪に帰ることなんてなかった。
仕事が忙しい。
それもあるかもしれない。
そんな時間があれば優子と会いたい。
それは今だからそう思うのかもしれない。

けれど、確かに私は大阪に帰れることを楽しんでいた。

「そうなんだ。
よかったね。久しぶりの大阪でしょ」

優子の笑顔。
そして、優子の声。

いつでも癒されていた。
時折見せる、きれい過ぎる笑顔。

「どうしたの?
じっと私の顔を見て?」

優子に顔を覗かれてはっとした。

「いや、なんでもないよ」

実は、この帰郷にはもうひとつ意味があった。
久しぶりに親父に呼ばれたんだ。

そのことは優子に話してある。

「たまには親子水入らずの話もいいんじゃないの?
それに家のことでしょ。
きちんと話してきたら。
もう、そろそろ結論ださないといけないでしょ」

確かにそうだった。
優子だけはいつでも前向きに私の背中を押してくれていた。

ひとつの悩みは優子が関西に行きたがらないことだった。

「どうして関西がいやなの?」

以前軽く聞いたことがある。

「なんか怖いの。
関西弁が。
でも、それ以上にここを離れることが怖いの。
ごめんなさい。
でも、そのなんとなくが私を縛り付けているのかもしれない。
それに、知り合いがいないところに行くのが怖くて」

この優子のセリフはウソじゃない。
そう、それも事実。

けれど、今だからわかる。
そう、二重人格という事実が優子を東京にとどめていた。

あの時話してくれればよかったのに。
それとも、ほかに話せない理由があったのだろうか?
おそらく、優子は私に負担をかけさせたくなかったんだ。
それが一番の理由だろう。
そう思うことにした。

***************************

「今日は早くあがれたのね。
ありがとう私のためにがんばってくれて」

宮部の声でまた現実に戻される。
最近はトリップしている方が救われる。
変な話だ。

串特急はゲーセンに挟まれたところにある。
西新宿のオフィスビル街から駅に向かう途中にあるところだ。

「加藤さんもこういう所でも飲んだりするんですね。
ちょっと意外。
なんかこう、どこか他の人と違うのかと思ってました」

宮部が何か言っている。
店に入って、お酒を飲んでも何も耳に入らない。
ただ、頭の中にあるのは、早く時間よ、過ぎてくれ。
それだけだった。

「ちょっと、聞いています。
せっかくふたりっきりになったのに。
それとも、まだ死んだ彼女のこと。
あの人のこと思っているんですか?」

騒がしい居酒屋の中でその言葉だけが耳にはいった。
宮部も宮部なりに気を使っているのだろう。

「ごめんな。
わかっているけれど、まだまだ割り切れないんだ。
そう、パソコンじゃないから、デリートしてしまえば、記憶も想いも消えてしまうわけじゃないから」

そう、私は営業。
その場を取り繕うことなんて毎日やっている。
目の前の人を納得させれば勝ちなんだ。
このベルトコンベアーも仕事と同じようにこなしていけばいいんだ。
それが一番よいことかもしれない。

メールが来た。
良からだ。

「実は急遽実家に帰らないといけなくなった。
だからできればもう少しだけ早くしてほしい。
可能?」

いつもなら問題ないと思っていたお願い。
けれど、良にも用事があるなら仕方ない。

返信をしよう。

「誰からのメール。
もう、浮気性なんだから」

そういいながら宮部に携帯をとられた。

「加賀谷良?
ってひょっとして、あの加賀谷さん?」

一瞬固まった。
いったい何が起こったんだ。
なぜ、宮部が良を知っている。
二人に接点なんてないはずだ。

大学も、職場も違う。

「宮部、なんで良を知っているんだ」

戸惑っていた。
いや、最近何か大きな力で振り回されている。
そんな感じを今も受ける。

「でも、あの笑顔って真正面から見たら笑顔だけれど、
横から見たら笑顔じゃないんじゃないかって思ったの。」

不思議と高橋さんの何気ないセリフが頭をこだまする。


***************************

「良っていつからそんなに相談乗っているんだ」

昔、そういえば気になって聞いたことがあった。
就職活動をしているとき、何人もの就職相談や人生相談、はたまた多くの人と出会い恋愛相談なんかも
受けていて、普通に対応している良を不思議に思った。
自分自身のことでも精一杯のはずなこの時期。
どうして、他人のことをそこまで面倒見られるのだろう。

私は不思議で仕方なかった。

苦笑いする良はこういった。

「困っている顔見ると手を差し伸べたくなる。
それだけかな。
後、理由があるとしたら、これは宿命なのかもしれないってね。
でも、人は大きな力の流れに流されているだけで、自分で動いていないのかもしれない。
そんな事をいっていた人を学校で習ったよ。
そのとおりじゃないかな。

ってこんな理由じゃ納得できないか。
昔、救えなかった人がいるんだ。
もし、あの時知識があれば。
もし、あの時勇気があれば。
その思いで相談に乗っているんだ。

でも、これは相談なんて代物じゃないよ。
ただ、その人が望むことを、望む方向に向きやすいように手助けしているだけなんだ。
そして、その先は必ずしも幸せでないかもしれない。
けれど、見守り続ける。
それしかできないからね」

悲しい表情の良を。
このときの良の話を不思議と思い出した。

***************************

「なぜって。
それはたまたまよ。
気にしないで」

いつもと違うトーンで宮部が話す。
いったい宮部は何を隠しているんだ。

「いや、気になるよ。
良は私の親友なんだ。
宮部はいったいどこで良と知り合ったんだ」

いらだっていた。
自分の知らないところで何か大きく揺れ動いている。

どこからか携帯のバイブの音がこだまする。
宮部の携帯だ。

「加藤さん。
ごめんなさい。ちょっと友達がトラぶっちゃって、今から迎えに行かないといけないの。
だから、今日はこれでごめんなさい」

そういって宮部は出て行った。
ナゾだけを残して。

バックサウンドがいびつな不協和音に聞こえる。

店を出て良に電話した。
メールよりもこの方が早いからだ。

すぐ近くの居酒屋「かあさん」で待ち合わせた。

「お待たせ。悪いな」

そういって良は現れた。
いつもは手ぶらだが、今日に限って大きなかばんを持っている。

本題に入りたかった。
優子のこと。

けれど、少し前にトラブルメーカー、宮部がくれたナゾをどうしても解決させて起きたかった。

そう、どうして宮部が良を知っているのか。

その質問に一瞬良は固まっていた。
そして良にこう言われた。

「宮部?
誰だろう。
人の顔と名前は一回でだいたい覚えるが、その名前はわからないな。
もし、よかったら写真かなにかあるか?」

そういえば宮部に携帯で写真を撮られた。
この前宮部の家に行ったときに撮ったものだ。

ツーショットの写真のため少し抵抗はあったが、こういう場合の良はあくまで冷静だ。
だからこそ、安心して相談できる。

写真を見て良はもう一度固まった。

「加藤、こいつが前メールしてたやつか。
あんまり人のことは悪く言いたくないが、こいつだけはやめておいたほうがいい」

そして、こう言われた。

やめたいのは本音かもしれない。
けれど、やめられない理由を告げた。
一瞬考えて良は話し始めてくれた。

「まず、過ちを犯した事実を変えることはできない。
そして、職場の周りに広がっているうわさを消すのも難しいと思う。
話を聞く限り、話を面白く話しているのが宮部。
そして、誇張しているのが山口さんだと思う。
まず、この二人がタッグを組んでいる限り社内の空気は変わらないと思う。
 
うわさを変えるこつ。
それは信憑性を下げることと発言者の信用を下げること。
つまり、ウソのネタを話させてまず信用を下げることから始めよう。
それであれば、簡単だと思う。
 
次に信憑性を下げるだが、これは少し難しいと思う。
そのため宮部と山口さんの間を不仲にさせよう。
まあ、簡単なのは忙しい加藤だから可能だと思うけれど、なかなか時間が取れないからという理由で急に宮部を誘ったり、急にキャンセルしたりすれば徐々に、宮部が付き合い悪いと思われるようになる。
そうして、最後にちょっと細工をすれば宮部の信用は落ちるだろう。
そうすれば、職場にいにくくなるのは宮部になるだろう。
まあ、うまくいくかわからないけれど、現状のままで加藤がよいと思うなら何もしなくてもいいが、何か後悔という思いがあるならば、何かするべきだと思う」

一瞬びっくりした。
どうして、今苦悩の末ベルトコンベアーの乗ろうとしているのが良にわかったのか。
そして、どうしてこんなに良の指摘が鋭いのか。
けれど、ひとつ疑問は残る。
そう、どうして良は宮部を知っているのか。
この疑問だけは片付けたい。

「それで、どうして良は宮部を知っているんだ?」

はやる気持ちは抑えきれない。
良に問いただしてみた。

「そうだな。
百聞は一見にしかずという。
現実を見ておくほうがよいかもしれない。
ちょっとまってくれないか?」

良はそういって、メールを打ち始めた。
すぐに返事が来た。

「今日はダメだ。
明日の夜時間あるか。
その時にこの不安は解消できるよ。
では、今日の本題に入ろうか」

良はそういって、鞄からノートを取り出した。
そういえば、昔良から聞いたことがある。
相談じゃなくカウンセリングをするときは書きとめていくということ。

私は良にカウンセリングを受けるのだろうか?
私はそんなに精神的に参っているのか?

そうかもしれない。
すべてが終わったら休暇が取りたい気分だ。
そう、すべてのベルトコンベアーからの開放。
一番、望んでいることはそれかもしれない。

「んで、なにが始まるんだ」

まるで注射を待つ小学生の気分。
そんな気持ちで良に話しかけた。
けれど、待ち構えていたものは杞憂に終わった。

「これは、優子と翔子との間にとったカルテなんだ。
実は、これを読み返しながら思ったことがある。
これは加藤の悩んでいるパズルの答えじゃないかもしれない。
けれど、このまとめだけは必要だと思った」

そう、もって来たのは優子のカルテであった。

カルテの中身は膨大なため良が整理してくれたノートをみた。
そこには箇条書きでこう書かれていた。

優子が高校生の時に両親が殺されたこと。
しばらく優子が心をとざしていたこと。
そして、良が優子の一番の相談者であったこと。

出だしはこれであった。
次は

心を閉ざした少女から活発な少女へと変わったこと。
優子は遺産を引き継いで一人暮らしを始めたこと。
そして、優子が二重人格であることを認識したこと。

すべて事実が羅列されている。

そして、

優子と翔子がともに認識しあうようになったこと。
徐々に翔子が現れる間隔がかわってきたこと。
そして、優子が家族の死を認識してきたこと。

最後に

新しい人格の出現?

このノートはそれで終わっていた。
それだけだった。

「良。
これはいったい」

驚きより、何より怖かった。
私の知らない優子ばかり。
私はいったい誰を愛していたんだ。
私はいったい誰に愛されていたんだ。

教えてほしい。

トリップしているのを良の声が戻してくれる。

「加藤。
実は優子は確かに二重人格だった。
優子はどこかで家族の死を認識できずにいた。
けれど、優子は優等生だったんだ。
自らの思いを深層心理にふさぎこんで新たな翔子というものを作って乗り越えてきた。
けれど、お互いの存在、してきたことの記憶の共有をする中で何かが変わってきた。
おそらくそれはちょっとずつ加藤と接するときにも現れて聞いたのかもしれない。
そして、その中での優子の死。
ずっと考えていた。
私にではなく、加藤に送り続けているそのメールの意味。
おそらくそれにはもっと深いメッセージがこめられているのではないだろう?
そして、そのメッセージは優子と翔子の合作なのではないだろうか?
でも、これはすべて憶測に過ぎない。

けれど、憶測だけの話しでいいなかこれから話すことを聞いてほしい。
いいかな」

気を使いながら話す良のセリフに肯定以外何も選択はない。

良の整理が始まった。

***************************

「別れましょう」
「どうしてだ?」
「くすっ」
「また、明日ね」

短いセリフ。
そう、私と優子が最後の会話だ。

このセリフだけが陰々とこだましている。

***************************

「加藤、整理を始めるが大丈夫か?」

良に言われた。
短めのトリップだった。

「ああ、すまん。
ちょっと疲れているのかもしれない」

そういいながら思った。
多分、良は私よりも疲れているはずだ。
ここまでの整理。
そして、ここまでの冷静さ。
疲れていないはずはない。

良は語り始めてくれた。

「まず、加藤が出張に行っていた間の1週間。
この間に優子、そして翔子との関係についてだ。

実は、ここ最近は優子と翔子の行動はもむ二人の中では共有できていた。
その代わりに第三者とも言うべき存在が現れてきた。
正確に言えば、優子と翔子の二つの人格が足されたものだ。

そう、お互い失っていた記憶を融合して、お互いなりたかった自分の共通点。
その先が真実の『桜井優子』だと思う。

おそらく、加藤が知っている優子とは違う『桜井優子』だ。
無論、私が知っている翔子とも違う。

やさしくもあり、冷たくもある。
保守的でもあり、行動的でもある。
そう、すごくバランスの取れた人格に変わりつつあったんだ。

そして、その間。
『桜井優子』の中ではすごい葛藤があったと思う。
加藤を好きな「優子」
そして、加藤を知らない「翔子」

その二つの人格を統べる『桜井優子』という存在。
おそらく、すべての『優子』は加藤を好きだったと思う。
これには確証は正直ない。
けれど、この死後くるメールが加藤に送られているということは、
伝え切れていない何かを伝えたかったということではないだろうか。

その考えの下で送られてきたメールを並べてみる」

良はレポート用紙に手書きに書いたメモを出してくれた。

一通目
「私はあなたと一つになるの。だから苦しまないで。
これは、はじまりよ。私が見てきたものと同じ景色に触れて。
まずは私の部屋よ」
二通目
「あなたと出会った初めての場所。憶えている?
                そこにヒントがあるよ」
三通目
「あなたからもらった
一番大事にしていた宝物は何かわかる?
それをさがしてみて」
四通目
「ようやく、たどり着けそうなの。『K』
  どちらを選ぶの? 行きたい所なの」
五通目
「支えにしているもの突然なくなったらどうする?
それでもあなたはあなたのままでいられるの?
パンドラの箱。あなたなら開ける?開けない?
後少しよ。早く選んで」

そして良は語り始めた。

「まず一通目だが、ロジック分解をしてみる」

そういいながらレポート用紙をめくっていった。




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一通目

私はあなたと一つになるの

だから苦しまないで(苦しむことが待っている。それは優子の死?それ以外は?)

これは、はじまりよ。(何かがはじまる。その中身は?そして終わりはどこ?)

私が見てきたものと同じ景色に触れて

まずは私の部屋よ(次はどこ→ピンクパンダ それ以外は?見てきたものでほかのイメージは?)

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「まず、一つ目のメールを整理するとこうなる。
このナゾの答えは多分、加藤のどこかにある。
いきなり言われてもわからないと思う。
けれど、問題の回答は当事者の中にあることが多い。
それを気がついていないだけなんだ。
そういうのを導く手法としてコーチングという手法がある。
加藤も名前だけは知っているのよな。
ちょっとまねてみるから付き合ってくれ」

いきなりロジック分解をして、話し始める良の勢いに私はびっくりした。
そう、そして、解決は良ではなく、私の中にある。

そうなのかもしれな。
良に言われてちょっと信じることができた。

「では、加藤にとって苦しいことってなんだろう?」

やさしく良が語ってくれる。

苦しいこと。
イレギュラーなことがおきることかもしれない。
もう、ここ最近日常のベルトコンベアーでないものばかり乗っている。
それが苦しいことかもしれない。
でも、優子は耐えられることだといっている。
それは、私が優子なしでもがんばっていけということなのだろうか?

少し、そんな気がした。

次に良が語ってくれた。

「桜井とすごした中で、ここが思い出の場所って所はほかにある?」

やさしく良が語ってくれる。

思い出の場所。
出会ったところ以外ならば、告白したトリトンスクエア。
けれど、店の中でもなく、ショッピングモール内。
では、トリトンスクエアのイメージは?
海、青色。
青から想像するとしたら空。

思いが固まらない。
場所としてはトリトンスクエアだ。
しばらく営業にも行っていない場所。
明日、トリトンスクエアに行こう。

「わかった。
おそらくこの加藤宛のメールは『優子』なのか『翔子』なのか『桜井優子』なのか、
まだわからない。
けれど、多分、何か加藤に気がついてほしいけれど、直接いえないからこうしたのだと思う。
ひょっとしたら、単語一つひとつに重要な意味はないのかもしれない。
けれど、一つひとつを分析して進めていくほうが見えてくるかもしれない。」

そういって良は、メモに付け加えていった。

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一通目

私はあなたと一つになるの

(でも、私が死んだからといっても)だから苦しまないで

これは、はじまりよ。

私が見てきたものと同じ景色に触れて

まずは私の部屋よ(次は『ピンクパンダ』、その後に『トリトンスクエア』)

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「では、二通目にいこうか」

良のセリフを聞いて今日は長い一日になると思った。

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二通目
あなたと出会った初めての場所(ピンクパンダ)

そこにヒントがあるよ(オルゴール→「助けて」)
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「この二通目はピンクパンダへ行くことに加藤が、気がつかないのではと。
そういう不安から桜井が書いたのではないだろうか?
おそらく、このメールは『優子』『翔子』そして『桜井優子』が加藤をどこかに導こうと
して作ったんだじゃないかと感じるんだ。
ところどころに桜井のやさしさが感じられる。」

良のセリフには説得力がある。
そして、そのまますいこまれていく。

「この二通目は特に解決の道は隠されてないような気がする」

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三通目
あなたからもらった宝物(指輪)

何かわかる?

それをさがしてみて
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「この三通目も一見問題がないように見える。
でも、ちょっと気になるから加藤に質問なんだけれど、
宝物が指輪として、実際の指輪はどこにあるんだ?
葬儀のとき桜井は指輪をしていなかった。
どこか心当たりはないか?」

良のセリフにどきっとした。
そう、このメールで確かに鍵を発見した。
それで納得していた。
けれど、このメールが伝えようとしているのは指輪。
ひょっとしたら、間違って鍵を発見してしまったのだろうか?

では、あのオルゴールの中のメモ。
あれはひょっとしたら今回のパズルとは違うものなのだろうか?
わからない。

「たとえば、桜井が指輪を後置きそうなところはどこだ。
それがひょっとしたら本当に伝えたかったことじゃないのかな?」

良に言われてから考えた。
優子の部屋にあるのはパソコンとCDと衣装ケース、化粧ポーチ。
物は少ない。
もし、おくとすれば、衣装ケースの上か、CDを置いているラック。
けれど、いったいそこに何を残したのだ。
わからない。
明日、トリトンスクエアに行った後に優子の部屋に行こう。

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四通目
ようやく、たどり着けそう(二人でまだ行っていないところは?
             桜井が目標としていたものは?)

『K』(イニシャル? それとも、何か意味がある?)

どちらを選ぶの?(優子と翔子?それともほかのもの?)

行きたい所なの(選んだ後に行くところ?)
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「おそらく難解なのがこの四通目のメールだ。
加藤に聞きたいこと。
それは、桜井とまだ行っていないけれど行きたいといっていたところはあるか?
それか、桜井が行きたがっていなかったところはないか?」

良のやさしいセリフにふと思うのは、『関西』
そう、優子は関西には行きたがらなかった。
けれど、関西に行くということならば、優子は私との未来を考えていたはず。
その途中で何か変更があったのだろうか?

場所として思いつくのは関西だった。

「それは、わからないな。
けれど、結果で判断するならば、それは間違いかもしれない。
いや、正解が何かもわからないものにチャレンジしているのだ。
可能性として考えておこう。

そして、もうひとつ『K』という響き。
普通に考えるならばイニシャルだが、これが加藤の『K』ならばわざわざイニシャルにする必要性は低
い。
ならば、ほかに何かあるのだろうか?」

いつでもやさしい良のセリフ。

『K』についてはいままでイニシャルとは考えていなかった。
確かにイニシャルだと加藤になる。
それと良には夏目漱石の「こころ」の話をした。
三角関係のもつれから小説内では『K』は同様に自殺している。
たんなる偶然かもしれない。

「まだ、この四通目はなぞなままだな
仮としてこうまとめられるという一案でまとめておくか。」

そう、良はいってレポート用紙に書き加えた。

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四通目
ようやく、たどり着けそう(加藤の実家に)

『K』(加藤)
どちらを選ぶの?(優子と翔子を)

行きたい所なの(加藤の実家に)
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確かにこの内容だとわかりやすくはある。
そう、優子が生きていればの話だ。

だが、実際はもう優子はもういない。
どれだけ現実逃避をしても変わらない事実だ。
時折良が時間を気にする。
そう、今日、良は実家のある相模大野に帰るんだった。

先を急ごう。

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五通目
支えにしているもの(優子?)

突然なくなる(優子が死ぬ)

それでもあなたはあなたのままでいられるの?(心配している?)

パンドラの箱(オルゴール それ以外では?)

あなたなら開ける?開けない?(普段からあいていない 鍵がかかっているもの)

早く選んで(開ける、開けないを選ぶということ?)
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同じように難解かと思っていた五通目だが良はかなり分析をしていてびっくりした。

「オルゴール以外で鍵がかかっているものあるかな?」

ずっとやさしいセリフの良だ。
実際は時間も気にしているはずだ。

でも、オルゴール以外で鍵がかかるもの。
後は優子が住んでいたマンションくらいだ。

「いや、案外それかもしれないな。
だから、家に何回も来るようにしているのかもしれない。
明日もう一度優子のマンションに行こう」

良とそう結論付けた。
これは、後から思えば間違ってはいなかった。
けれど、正解でもなかった。

いつだってそんなものだ。
過ぎてからでないと見えないものが多いから。
長い一日が終わった。


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