救世主
2月初めて、しかもテスト期間中って嘘じゃねと突っ込みたくなるような更新。※長さ注意(途中で切れませんでした) 短編小説「救世主」 我ながら人生は流れるものだと思った。 うまい具合に事が運んでいる。 その感動からかはたまた寒さからか体の震えが止まらない。まぁどっちでもいいことだ。 山中はいよいよ薄暗く、視界は狭まっていく。風は強さを増し、木々のざわめきをひどくしている。足元の落ち葉は巻き上げられ、乾いた音を立てる。その落ち葉を踏みつけながら、僕の足はふらふらとあてどない方向に進んでいく。行くところはない。目的もない。眼下では人の住まう建物がひしめき、僕の周りには森しかなかった。歩を進めようとしたその時、何かの気配を感じた。動物だろうか。自分に向かってくる気がする。僕は動きを殺して身構えた。何だろう。心臓がとくとくとなっている。「あれ?」静寂を切り裂き突如声が聞こえてきたので、僕は面食らった。え、人間? 困惑のあまり、僕は動けなくなり、相手はゆるゆると近付いてきた。「ああすみません、驚かせて!大丈夫です旅の者ですから」足袋…じゃなくて旅だよな?相変わらず反応できずにいると、その旅の者は顔を近付けてきてにやっと笑った。沈みかける太陽のわずかな光でやっと人の姿が確認でき、僕は大きく呼吸した。胸を抑えて、落ち着かせる。その間に旅の者は僕の近くにどっかり腰を降ろし、呟き始めた。「ふぅここまで来るのに結構時間かかっちゃったな」唖然としながら彼を観察すると、なんとも不思議な格好をしている。旅の者らしくボロ布を幾重にも巻き付け、頭にはへなちょこの穴あきとんがり帽子がのっている。背中にはギターらしきもの、両手にはさみこんだ形で地面につきたてているのは鉄パイプだ。て、てつぱいぷ!!「ひやぁぁ!?」僕の第一声はなんとも気の抜けた女の声のようになってしまった。相手は真逆の声でゆっくり答えた。「ああこれは杖がわりですよ~そんなこわがらないで下さい。何もしませんから~」はわわわ…とりあえず僕は力を抜き不可抗力でその場に座りこんでしまった。「丁度いい具合に拾ったんでね、これ」開いた口が塞がらない状態の僕を尻目に彼はやはりぶつぶつ続けた。「突然ここに行きたい!!ってなったら止められないんですよぼく。山越えしたり海岸歩いたり旅の旅です」麓を見つめていた彼が突然くるりと首を回し、話題を振ったので、また僕はびくびくした。「あなたは?」僕は目線を外して関わらないようにしたかった。答えるだけの理由なんてない。「趣味ですよ。あなたの好きなこと教えてください♪」てっきりここにいる理由を聞かれているのかと思ったがそうではないらしい。脳の考える部分が急に変わって僕はまた混乱した。「休日とか何してんですかぁ?」僕が故意に目線を外していてもおかまいなしの視線が頬に刺さる。とりあえず答えないと解放してくれなさそうだ。自分は仕事がない日に何をしていたっけ。「えと…料理かな」まぁ嘘ではない。作るのは好きだった。「料理!!尊敬します」いきなりハイトーンの声と握手がやってきた。僕を無理矢理くるりと回転させて向かい合わせ、肩をばんばん、手をぎゅと握り上下に振り回した。「いやっこんな具合ですから料理は有り合わせばかりでして! いいですね料理! 今度ぜひぼくに!因みに得意分野は?」今気付いたことだが、この人の声のトーンのバリエーションに驚かされる。高い声から低い声まで、まるで大勢と談話してるかのような錯覚を覚えた。「やっぱ日本料理…かな」「おおおお!いいですね、やっぱ和が一番ですよねぇぇ和食好物です」更にかんだかくなった声に僕の最後「かな」は彼に聞こえてない確信が持てた。「休日は奥さんと一緒に作ったり食べたりするんですねー羨ましい限りです」え、と思っていると、暗闇の中延びてきた指が僕の結婚指輪を指差した。ああ、なるほどね。なかなか抜け目ない男だ。僕は結婚指輪を見つめて、家の間取りと温かさを思い出していた。気付くと、彼はまた勝手にヒートアップし始めていた。(和食の云々かんぬん)このままずっと彼と一緒にいると、山のてっぺんから朝日を見ようなんて言われそうなノリで、僕はたまらずそっと腰を上げて立ち去る体勢を作った。「美味しい物たべたーい!!!」耳をつんざく声があたりに響いた。僕は思わず、腰を浮かせようと体重を支えていた手を耳に回さねばならなかったし、周りの草は声の衝撃波に圧されて倒れこんだかに見えた。こだまなのかなんなのか頭の中でぐわんぐわん声が反響している。尻餅をついた腰もじんわり痛みを感じる。「あ、すみません…熱くなるとついこれで」「つい」であんな声が出るなんて天晴れもいいとこだ。理解不能な世界が広がっていく。僕はもう何が何だか訳がわからなくなって、笑いがこみあげてくる気がした。月明かりでなんとか彼の姿が確認できる。彼はまたにやっと笑って、「約束しましょう」と力強く言った。「一体何を?」「日本料理のご馳走です」「ぷっははは!あなたってホント変わってますね」今度彼は唇を横に広げて、やんわり笑った。「その代わりぼくの名曲をプレゼントします」その瞬間笑顔が引っ込んだのは言うまでもない。まさかあんな、あんな大声で唄うんじゃないかと、不安が一気に膨らんだ。僕は顔をひきつらせながら、旅人を見守った。背中からアコースティックギターを取りだし、ぽろんぽろんとそれらしいチューリツを始める。「よーし」彼がギターを弾き、口を開いた瞬間、不安が感動に変わるのがわかった。ギターはいまいちかもしれないが、声の音が美しく紡がれ、曲となって耳に届く。さっきまで風まかせになびいていたかに見えた草木もメロディにノリはじめた。僕に感想を求める間もなく彼は二曲三曲と続けた。ひとつひとつ違う色を持つ曲だった。三曲目の途中で彼は突然唄うのを止めた。気付いたように静かになったあたりに、僕は不思議に思った。「どう…したんですか?」彼はすくっと立ち上がり、澄んだ声で言った。「よかったですね、助かりましたよ」闇の深い林の中に、ぼんやりと懐中電灯がいくつも浮き上がり近付いてきていた。そう、遭難者捜索隊の灯りだった。 それからどうやって下山したのか全く覚えていない。気付くと麓にいて、泣き崩れていた妻から強烈なビンタを受け取ったところで目が覚めた。「もう人に、迷惑かけて、だ駄目、じゃない」泣き声から微かに聞き取れた。僕はしんみりとぶたれた頬を撫でながら、出来事を振り返った。昨夜は社内キャンプで今朝下山する予定になっていた。しかし、僕は道をはずし、ひとりはぐれてしまった。「つい先日、あなた…お医者さんから『うつ気味』と云われたばかりで、心配で、どうしようもなくって」 妻は目頭を拭き吹き、ずっと僕に連れ添ってくれたであろう旅の人に説明していた。 そう、正確に言えば考え込んでか故意的にか、僕は遭難者となった。気づけば一人だったし、それでいいと思っていた。妻に気晴らしにと推されたキャンプもどうもぱっとしなかった。一人のとき、森の中で消えていく自分がまざまざと思い浮かばれ、好都合だと思った。下りる努力などせず、奥地に入っていくよう道を選んだ。「捜索隊が発とうとしている時に、ちょうどこの方に会ったのよ」 少し落ち着いた妻が今度は僕に話しかけてきた。紹介された旅人は鉄パイプを弄びながら、照れくさそうに笑った。「もう暗くなりかけてるのに、この方『この山に登りたくなったので行って来ます』っておっしゃっるもんだから、藁にもすがる思いで頼んだの。本当に必死だったの。『男性を見かけたら引き留めていてくれないか』って」 思いがけない展開に僕は旅人と妻をかわるがわる見比べた。妻は僕の行動を予測し、旅の者は全てわかって僕をあの場所に留めさせていた。僕はきっと誰とも会わずにいたら、もっと奥に分け入っていたであろう。「いや、しかし危険な賭けでした。地元であるこの山のキャンプコースは知ってましたけど、本当にまさか発見できるとは」 彼は妻に申し訳なさそうに言った。「あ、でも耳と声は自慢なので、勘と耳に賭けました♪」 おどけた彼に妻は少々笑みをこぼしながら、ありがとうございます、と何度も言った。僕は彼のくたびれた帽子やギターを見つめているうちに、自然と涙が止まらなくなった。あの時、あんな大声を出したり、歌い始めたりしたのは全部捜索隊が早く発見できるようにと図ってのことだった。無理に下山させようともせず、僕に大切なことを思い出させてくれた。談笑する二人が涙ににじんで見えなくなった。彼がそんな僕の肩に手を置いて、「もう大丈夫ですよね」と明るく言った。僕が大きく頷いたのを見届けると、満足して立ち去ろうとした。「あの、お礼を!」「あれ~お礼はお手製日本料理の筈ですよ? 違いましたか?」彼はいたずらに笑い、僕と妻は満面の笑みをこぼした。「あ、それからお名前は!?」彼は遠ざかりつつ、親指を立てて答えた。「"救世主"」 了 後書き。 ↓匿名批判感想大歓迎↓