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カテゴリ:遺言
唐突ながら、私は父親失格である。
独身時代は、自分で子供が好きだと思っていたし、自分の子供ができたらそれはもう、目一杯可愛がるだろうと信じて疑わなかった。 実際に子供が生まれてみてどうだったか。たしかに一通りの面倒はみたと思う。妻からすれば不満の残る父親だったであろうことはともかくとして。しかし、どこか自分本位だったことは否めない。都合のいいときだけベタベタして、ちょっと虫の居所が悪いと邪険にする。一歩間違えると虐待ではないか、と思えるような場面も多々あった。 中学にあがって間もなく、子供がばったり寄りつかなくなった。いや、明らかに嫌われていたと思う。ことさらに私の前で、父親と仲がいい友人のことを「考えられない」などと話したりすることから始まり、およそ父親から教えられたことは全否定である。妻は「そういう年頃」と言う。そうなのかも知れないが、そこで大人になりきれなかった。「そっちがそうなら」とばかりに、こちらも関わりを避けるようになり、最低限必要な意思伝達も、妻経由でやるようになった。今では娘の方が大人の対応をし、何かと立ててくれるまでになったが、意固地だったころの心のしこりみたいなものがどうしても自分から消えず、ぎくしゃくした反応をしてしまう。 幼いころの、自分と仲がよかったころの子供との思い出に逃げようとすることもしばしばある。しかし、不思議といい思い出は頭に浮かんでこない。思い出すのは、「どうしてあの時、もっとやさしく接してあげられなかったのだろう」「どうしてあんなことで怒鳴らなければならなかったのだろう」という類のことばかりだ。思い出すのもつらいので、そのうち昔を思い出すことをやめてしまった。 こんな具合なので、子供が離れていったのもやむなしとしなければならないだろう。何も年頃云々のせいだけではないと思う。まさに父親失格である。 それにもかかわらず、自分の人生は、子供を持ったことでより豊かになったことは事実だろうと思う。具体的な出来事を思い出すと上述のとおりつらいことだらけだが、漠然と浮かんでくる子供の笑顔、幸せそうな寝顔、泣いたり怒ったりするときの仕草、表情など、そんなことが一瞬だけ頭の片隅をよぎるとき、なんともいえない幸せな、ほっとするような気持ちになる。父親としては最低だったが、少なくとも自分の幸福感・充実感という面では、子供がいなかったよりはるかに豊かな人生だったと思う。 先日、二十歳になった誕生日に「今まで育ててくれてありがとう」という手紙を妻と私宛にもらった。昔のTV番組の「減点パパ」もかくやというくらいの涙ものである。しかしそれ以上に思ったのは、「育ててくれてありがとう」はむしろ話が逆で、「育ってくれてありがとう」ということだ。二十歳まで成長してくれた、という点では、じつは安心感―これで責任まっとうできたという-の方が圧倒的に大きいのだが。 思えば、小学生の時に交通事故に遭い、第一報できいた状況(現場もよく知っている場所だった)から、明らかに即死だろうと思い、子を失ったと覚悟をした。次の瞬間、「今ICUにいる」と聞いて、「え?助かったの?」と思ったぐらいだ。取り急ぎ単身赴任先から戻り、病院に行った時、衝撃的な写真のような娘の顔を見て愕然としたが、翌日には意識を取り戻し、食事も摂れるようになり、食べ物が口の中でしみると言って泣いた顔をみて、「泣けるんだから安心だ」と思って思わず涙が出そうになったことを昨日のことのように思い出す。 本当に自分は強運の星の下に生まれた人間だと思う。 そんなこともあって、ただただ、今はほっとしている、というのが正直な気持ちだ。 しかし、自分が一番の幸せを感じるのは、さきほど書いたとおり、具体的な出来事はつらいことしか思い出さないが、漠然と浮かんでくる幼き日の、断片的な、記憶ともつかぬ仕草・表情といったイメージが浮かんできたときである。親から「子供というものは、3歳までに育ててもらう恩を先に返してしまう」ということを聞いたことがあるが、今にしてその意味がわかったような気がする。「育ってくれてありがとう」の前に、「生まれてきてくれてありがとう」なのだ。立派に育つ(何をもって立派というかは難しいがそれはさておく)ということはそれはそれで「安心」を与えてくれるが、結局はそれは本人の人生であり、冷たい言い方をしてしまえば「自己責任」の次元だ。親にとっては、生まれてきてくれること自体が最大の喜びなのではないだろうか。 こんなこと、面と向かって口で言うことなどもちろんできない。書面に残すものでもない。でも、いつ自分の人生が終わるかわかったものではない、と思うとどこかに残しておきたくなった次第である。当事者たちに伝わるかどうかはわからないが。間違って読んでしまった方には退屈だろうと思うがかくのごとき次第なので容赦されたい。 最後に改めて、 ―娘よ、生まれてきてくれてありがとう お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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