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二年前。
ワシは九州の宗像神社にいた。 本宮の裏の巨木に呼び止められた。 何故か、する事は解っていた。 触れて、「氣の交流」だ。 ワシに澱んで浄化しきれなかったモノ。 それが一瞬でスッと消えた。 同時に巨木もワシからの「氣」を喜ぶ。 何故だか知らない。 時には「いいかげんの氣」も必要なのだろう。 ワシはヒーリングの深い意味に気づいた。 「分かち合い」がヒーリングの本筋なのだ。 お互いが同時に支えあう時がある。 お互いが同時に必要だったと気づく時がある。 お互いが同時に回復(回帰)する行いがある。 天河の大銀杏に2年前を重ねていた。 予想は外れた。 予想はよそう。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2006/08/19 10:56:05 PM
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