水上陽平の独善世界
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第十章(3) 無無明亦無無明尽 乃至無老死亦無老死尽
迷いや閉塞感の「無明」だ。 そんなのは、日常生活で普通に起こる。 闇の中で迷いながら、アチコチぶつかりながら生きている。 それも含めて、生活する、暮らす、という事だと思う。 それだけでは苦しい、淋しい、辛い。 苦しむ為に生きているわけじゃない。
「無明」を否定しても解決しない。 現実(生活)的ではないからだ。 無明から脱却しなさい、なんていうのは寝言だ。 そんな事を真顔でいう宗教家は詐欺師か(厚顔)無知だ。 「無明」を抱きしめる。 それをブッちゃん(仏陀)は「慈悲」と言ったのだ。
だから「無無明」は肯定の言葉だ。 「無明」に「こだわるなよ」と言った。 更に「無明」も愉しめるぜ、と言った。 バカ(無明)は可愛いと思える心。 それが仏教の真ん中にある「慈悲」だと思うぜ。
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