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カテゴリ:判例、事件
戦後の言論弾圧事件である「横浜事件」の再審について、免訴の判決が最高裁で確定。
戦前の治安維持法によって、一部出版関係者が逮捕され、戦後間もなく(治安維持法の廃止直前)、有罪判決が出た。そこで有罪とされた人やその遺族が、再審を申し立てていた事件だったそうです。 私は不勉強でこの事件のことをよく知りませんでしたが、出版関係者が左翼的な言動をしたという疑いで検挙され、何人かの言論人が獄死したり、いくつかの雑誌が休刊に追い込まれたりした。 その「疑い」は、当局の思い込みやでっち上げに基づくものである疑いがあるとか。 元被告人や遺族側は、「無罪」判決を勝ち取ることによって名誉回復を図ることを願っていたようですが、最高裁は、無罪ではなく「免訴」という判決で事件は終結したとした。 無罪というのは、起訴された犯罪事実が存在しないことを意味する。 免訴というのは、刑事訴訟法337条によると、犯罪後の法律の改正でその刑が廃止され、犯罪でなくなったときなどに出される。 いずれも被告人を有罪にせずに裁判を終了させるという点では同じだけど、 無罪は、そんな事実はない、と言い切るのに対し、 免訴は、そんな事実があったかどうかはともかく、法律も変わったから裁判打ち切り、というニュアンスがある。 この件に関して言えば、 治安維持法に該当する事実はないから無罪、と言ってもらったほうがよいのか、 治安維持法なんてなくなったから免訴、と言ってもらったほうがよいのか、 どっちがよいのでしょう。私自身は、後者のほうが良いように思えたのですが。 いずれにせよ元被告人や遺族は、この再審公判を、なぜ横浜事件が起こったのか、なぜでっち上げの事実に基づく言論弾圧が行われたのかを解明し、日本の国が抱える言わば闇の部分を解明する場とすべく努力しておられたようです。 その努力には敬意を表しますが、残念ながら、それを刑事裁判に求めるのは誤りでしょう。 似た話はすでに当ブログでも書いたかと思いますが、刑事裁判は、法律に則って、起訴された事件に判決を下す場であり、刑事訴訟法に「刑が廃止されたら免訴」とある以上、そう判決せざるを得ない。 元被告人や遺族の名誉の回復は、刑事補償や国家賠償、そしてその他の言論活動によって行われるべきであって、刑事裁判を「利用」するのは、求めるべきものが間違っているように思えます。 関係者の方の名誉回復の闘いはまだ始まったばかりでしょう。 刑事裁判などという小さなフィールドにこだわることなく、真の名誉回復を果たされることを祈ります。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2008/03/18 08:41:44 AM
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