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waiting for the changes

waiting for the changes

08話:光る海辺

「先輩、いいんですか?真琴さんに任せておいて?」
「大丈夫だろ?変なことはしないだろ」
心配そうな優美にレッシュは笑いかけた。丁度その時、林道を抜け、レッシュの運転する車は海沿いの道に出た。心地いい風が開け放たれた窓から吹き込んでくる。深呼吸して優美は窓の外を眺めると、もう珍しくなってしまった綺麗な海が見える。銀色のセダンタイプのスポーツカーが太陽を反射してきらきらと輝く。かなり昔の古い車なのだが、手入れが行き届いて、今も昔のままの姿で走ることが出来た。車を運転しているレッシュが優美は一番好きだ。そのせいかちょっと車に詳しくなってしまった自分に笑えてくる。

「シフトチェンジする手がカッコイイのよ」
優美がうっとりして話す。しかし、首を傾げて友達は返してきた。
「ねぇ?シフトって何?」
「ほら、シートとシートの間にあるもので、ギアを変えるのよ」
「ギア??」
「そんなものあったかしら?」
顔を見合わせて、更に首を傾げる優美の友達2人。
「今はステアリングについてるでしょ?」
「ステアリングって何ですか?」
控えめに挙手をしてもう一人が聞いてきた。優美は出来るだけわかりやすく説明した。
「えーっとね、今はハンドルにあるバックとかのボタン。まっすぐ前に進むのにもギア変えなきゃスピード出ないのよ」
「えー!面倒くさいじゃん!アクセル踏んだら進むだけの方が楽じゃん!」
「そうですよね」
「えー・・・なんで・・・」
優美はがっくりと肩を落とす。「あんたはあの先輩が好きだからでしょ?」と止めを刺されてしまった。そういえば、そんなこともあったなー、と優美は思い出していた。

優美は真琴が書いた走り書きのようなメモを取り出して言った。
「クリムゾン・イーグル“深紅の鷲”なんて、カッコイイですよね!」
「ははっ、そうだな。“鷹”にあやかるか?」
“クリムゾン・イーグル”。真琴が考えた戦闘機に変形する赤いGの名前だった。「3日考えた力作よ!」と誇らしげに言っていたが、クルスに「“鷹”のパクリじゃないの?」と一蹴されてちょっと凹んでいたが、レッシュの「悪くないな」の一言で息を吹き返し、「隊長は絶対よ!」と、こういう時だけ都合のいいことを言っていた。

窓枠に手を掛けて笑う優美の髪を吹き込む風が撫でる。カセットデッキからはかすれた音楽が流れていた。真琴に無理言って、カセットテープを探して、作ってもらい、骨董品になったラジカセを探し出し、修理までしてもらってこうやって音楽を聴くことが出来た。苦労したかと思いきや真琴本人は案外楽しかったらしく、苦もなく探して修理したらしい。「またなんか欲しい物があったら言って」と言ってきたほどだ。でも、真琴はラジカセよりレッシュの骨董品みたいなクラシックカーの方に興味があるようだ。「何台かあるんだから分解させて!」としきりに言っている。こんどレストアするときは頼んでみようか?レッシュはと思ってみたりしていた。
「もうすぐだぞ」
レッシュは海沿いの道から少しそれ、更に海に近い少し荒れた道に進路を変えた。背の高い南国風の木々を抜けると、そこには白い砂浜と青い海と空が広がっていた。
「うわー!すごい!!」
優美は思わず声を出してしまう。こんな場所は映像の世界だけでしか見たことが無かった。海に行ったことがなかった無かったわけはでないが、太平洋の諸島に行かないと無理だと思っていた光景がそこにあった。レッシュが車を止めるが早いか、優美は車から飛び出し波打ち際に向かって走っていった。レッシュと優美はレッシュの怪我の休暇を兼ねてかなり遠くまで来ていた。もうほとんど無くなったガソリンスタンドに寄りつつここまでたどり着く。少ないと言っても大きなエリアに1つか2つはあるのでガス欠しておしまいという心配は無い。ガス欠という言葉自体使われることもなくなり始めていた。
「ったく早いよ」
レッシュは笑いながら荷物を降ろし始めた。優美は女の子だが意外と荷物が少ない。小さな頃からGパイロットになるべく傭兵の訓練を受けて来た賜物と言ってもいいだろう。キャンプセット一式を砂浜に降ろしてテントをレッシュは組み始めた。それを見ると優美は急いでレッシュの元に走ってくる。短くカットしたジーンズが濡れていた。優美はへそ出しの白いタンクトップ。嬉しくてはしゃぎすぎて腰に浸かるほどまで海に入っていったようだ。普段から活発で結構ラフな格好が優美には多い。逆にレッシュはカッターにネクタイと堅い格好が多くて、2人並んでいるととてもアンバランスに見える。そんなレッシュも今日はTシャツにジーンズというスタイルで海に来ていた。優美はさっきからずっと笑顔だ。
「水着持ってきたんじゃないのか?」
「持ってきてますよ!でも嬉しくって!」
「いくらなんでもはしゃぎ過ぎだろ。なあ、それ、取ってくれ」
「あ、はい!組み立てたら早く先輩も泳ぎましょうよ!」
優美はレッシュが「それ」と指差して言ったテントのパーツを迷うことなく取り上げて渡した。色々重なっている中で「よくわかったな」と言うレッシュに優美はつい、言ってしまいそうになる。「先輩のことだったら、大体は分かりますよ」と。
「後でいいじゃないですか!早く!」
「あのなぁ、一応飯の準備くらいやっとかないとダメだろ?」
「後で一緒にやりますから!」
そう言って優美は、小さくまとめられたゴムボートのストッパーを外して投げた。一瞬にして2人乗り用のボートが膨れた。その横でハーフパンツタイプの水着を着たレッシュが炭の準備をしていた。白い縁取りの赤いビキニが優美の格好だ。シュノーケリング用のゴーグルセットを付けて優美が急かす。ゴムボートに、浮き輪もある。それにシュノーケリング。全部いっぺんに使うのはどう考えても無理だ。まだ朝の時間帯というのもあるから一日中それらを駆使して遊びそうだ。走って海に飛び込む優美を見ながらこんなことを考えるレッシュは「俺も年寄り臭くなったな」と一人で苦笑した。
「早くー!!」
「ま、こういうのもたまには悪くないな」
海に浮かびながら大きく手を振る優美の笑顔はとても眩しく見えた。


「あー!何で2人で行っちゃったのよ!!私も行ーきーたーいー!」
「おっと!もう、危ないでしょ」
クルスは大きなくまのぬいぐるみを投げつけた。「デートじゃん!」とぶーたれるクルスにミコがそれを抱きかかえるようにキャッチして「デートになるわね」と笑う。“第4倉庫”ではレッシュと優美が2人きりで出かけている上に、翔は依頼で出張中、高姉妹は2人で買い物、真琴と友子とシェリーは“クリムゾン・イーグル”の整備に行ってしまった。戦時下と言うのに緊張感が全くない。それがこの部隊の悪い部分でもあるのだが、良い部分でもあった。クルスとミコのやり取りを見ていた貴子も笑いながら言った。
「優美ちゃん楽しみにしてたんですから仕方ないですよ」
「やっぱ、ゆみっちが先かぁ・・・」
投げ返されたくまのぬいぐるみに寄りかかりながらクルスは愚痴る。
「あれぇ?狙ってたの?」
ミコが悪戯っぽく笑った。思いがけない反応にクルスは驚く。
「ミコさん、なんか明るくなったよね」
「え?そう?」
「レッシュ隊長が来てからじゃない?」
「え?」
クルスはくまのぬいぐるみの腕を動かしながらミコの顔を覗き込んできた。ミコの顔が若干赤い。ここぞとばかりにクルスは攻撃を仕掛けた。
「あー!!ミコさん、レッシュ隊長のこと好きになったんじゃないの!?」
クルスがくまのぬいぐるみの手でミコを指差した。くまのぬいぐるみを自分の方に向け、ミコをちらちら見ながら、「どうしましょうねー」とくまのぬいぐるみと話している。
「違うってば!」
「なんか怪しいですね」
「貴子まで何言ってるのよ!」
「怪しい怪しい」
挑発するクルスにミコは深呼吸して、そして節目がちになって言った。
「雰囲気がね、何となくだけど、弟に似てるの」
「弟さん?あの、病気の?」
クルスもミコの弟の話になるとテンションが下がってしまった。ミコには病気がちの弟がいた。自分が本当は近くにいてあげたいのだが、ミコの弟は傭兵として働く姉がとても好きらしい。だからこそ、傭兵として生きているのだと。レッシュにそんな弟が元気になったような感覚を覚えるのだと言う。
「だから、何となく・・・ね」
「そうだったんだ・・・」
「で、クルスは狙ってたの?」
ミコがクルスに顔を近づけて核心を突く。今度はクルスが・・・っと思ったのだが、クルスは平然として答えた。
「まあね、結構カッコいいじゃん。でも、ゆみっちが隊長のこと好きなんでしょ?割り込む訳にはいかないじゃん」
「へぇ~、案外大人ね」
クルスのその言葉にミコはちょっと感心した。
「私は十分大人ですよ~っだ!」
「あ、前言撤回。まだまだ子供ね」
「なんだとー?」
クルスとミコと貴子で笑った。クルスはまたくまのぬいぐるみを投げつけたが、ミコにかわされ貴子に直撃した。「仕返しです!」と、貴子に投げ返されたクルスは見事に受け止めたのだが、バランスを崩して机から落ちてしまった。こんなに笑ったのは久しぶりかもしれない。みんな傭兵と言っても、その前に人間であって女の子だ。こういう会話が出来なくなると、いろんな意味で終わりのような気がする。こういう時間を大切にしなければならないのだと。床に転がったままで、クルスがぼそりと言った。
「でも、行きたかったなー・・・海」
「まだ言ってるし・・・いい加減諦めなさいよ」
笑い声はその後もしばらく続いていた。


世界が赤く染まり、長かった一日が終わろうとしていた。レッシュは砂浜に座り込み夕日を眺めていた。その横では優美が可愛い寝息を立てて眠っている。優美は朝から泳ぎまくって、釣りやって、ずっと遊んでいたために疲れて水着のままで眠ってしまった。軽く寝返りをうった優美のほほに付いた砂を払いながら、あの時のことを思い出していた。


「“F”、排除する」
「“F”、貴様は存在してはならない」
何故あいつ等は俺のことを“F”と呼ぶのか?このミドルネームの“F”には何か秘密があるのだろうか。3年前も同じことを耳にしたレッシュはそれがずっと疑問だった。孤児院の先生に聞いたことがあった。


「どうして、僕の名前はレッシュ・Fなの?」
先生は優しく答えた。
「それはね、神様が貴方に“F”と付けなさいとおっしゃったのよ」
「神様が?」
「ええ、そうよ」
レッシュは首をかしげて先生を見上げる。先生はレッシュと視線の高さを合わせて、微笑みながらこう付け加えた。
「神様が付けてくれたのだから、レッシュ君はいつも神様に見守られているのよ」
と。そのことがとても嬉しかったと覚えている。

「神様・・・か・・・」
左手に掴んだ白い砂がサラサラと指の間から落ちて行く。右手は優美のほほに触れたままの形になっていたため、優美が目を覚ましてしまう。
「ん・・・」
「悪い、起こしたみたいだな」
「あ・・・、いえ、いいですよ!」
優美は起き上がって、ジャスチャーで大丈夫ですと言った。まだ、優美のほほには白い砂粒が付いたままだ。優美は立ち上がって、足に付いた砂を払う。ちょっと畏まって、照れくさそうにして優美は言った。
「あの、先輩・・・」
「なんだ?」
「もう少し、泳いでいていいですか?」
「なんだよ、そんなことか」
何を言われるのかと構えていたが、拍子抜けしたことだったので、レッシュはちょっと気が抜けた。優美は真面目なのだが、ちょっとズレた場面でも真面目になってしまうところがある。そんな優美を可愛いとレッシュは思った。
「なんだよ・・・そんなことか。好きなだけ泳いでていいぞ?俺は飯の準備でもやってるよ」
「え、じゃあ、私も一緒にします!」
優美は慌ててテントに方に戻ろうとしたレッシュに駆け寄った。
「いいから、まだ日が沈むには時間があるから泳いでろよ」
「でもっ・・・」
レッシュは足を止めて、優美に向き直った。
「秘密の料理があるから、優美は泳いでてくれたほうが助かるんだよ。楽しみにしといてくれよ」
「え?」
「だから、まだ泳ぎたいんだろ?目がそう言ってるぜ?」
「・・・じゃあ、お言葉に甘えさせていただきます!」
一礼した優美は海に走って飛び込んでいった。あれだけ昼間泳いだのにまだ泳げるとは、優美ってあんなに体力あったか?とレッシュは首をかしげて笑った。
「さてと・・・」
レッシュは「秘密の料理」の準備にゆっくりと取り掛かった。日が沈んで、優美が戻ってくる時間に丁度になるように。


「気持ちいい・・・」
優美は夕焼けに赤く染まった海を泳いでいた。肌に触れる冷たい水がひんやりと心地よくて、吸い込まれそうな感覚を覚える。水着の赤と、優美の白い肌も世界も全て朱色に染まり、水面が鏡のように光り輝いていた。それは昼間の青い海と違った一面を見せてくれた。海中にもぐると、光が差し込み赤いカーテンが掛かっているように見える。ゴーグルをしないで見る海中の世界がより幻想的にさせた。優美はレッシュがこれを見せたかったんじゃないかと思って、嬉しくなった。
「綺麗・・・」
思わずもれた言葉を優美はもう一度かみ締めた。砂浜ではレッシュが丁度火を起こしている最中だった。優美は彼の言葉に甘えてもうしばらく、心地良いこの赤い世界を感じていたかった。


レッシュが用意した料理は“ジンギスカン”と呼ばれた料理で、優美は珍しそうに見たあと、ぺろりと食べてしまった。「少なかったか?」とレッシュは笑ったが、優美は赤くなって首を横に振る。2人分では結構な量を用意してしまって、失敗したかとレッシュは思っていたようだ。
「大丈夫です!とてもおいしかったですよ」
「そうか?よかった」
笑顔のレッシュにつられて優美も笑う。後片付けは優美が率先してやった。これ以上先輩に迷惑かけちゃいけないと優美のできる精いっぱいのことがそれぐらいしか浮かばなかったからだ。優美が片付け終わった頃にレッシュが優美の肩を叩く。
「これで、フィニッシュだ」
「うわぁ、花火!」
「いっぱいあるからな」
日が沈んで、2人は花火を始めた。小さな打ち上げ花火やロケット花火、様々な種類の花火をレッシュは用意していた。優美は花火を持ってレッシュを追いかける。
「うわっ、危ないだろ!」
「うふふ!」
この時間がいつまでも続けばいいと優美は思う。レッシュがこんなに笑っているのは、学生時代、あの怖そうな男の人といるとき以来と言ってもいいかもしれない。でも、怖そうなのは見た目だけで、意外と優しかったりする、変わっている人と先輩は仲が良かったな、と思い出していた。
最後に線香花火に火をつけて、2人で寄り添う形でそれを見つめていた。しばらく黙って花火を見つめていたが、優美がレッシュにそっと話しかける。
「先輩、今日は本当に楽しかったです。ありがとうございました」
「そうか?だったら良かったよ。またなんか考えとくよ」
「え?先輩、ホントですか!?」
レッシュは付け加える。
「いい加減、先輩って言うの何とかならないか?翔のことも先輩って呼んでるだろ?」
「え?あ、まあ・・・」
「他の呼び方ってのがあるだろ?レッシュとか、ヴィレドルとか」
「あ、でも・・・、いいんですか?」
優美の真面目な一面がこういうときに邪魔してしまう。
「ったく何年パートナーやってるんだよ?レッシュでいいぜ」
「じゃあ、レッシュ、って呼びますね」
レッシュはおどけて優美に敬礼をする。
「ま、これからもヨロシクな、優美」
かみ締めるようにして優美はその名前を呼ぶ。
「はい!・・・レッシュ」
嬉しくて、照れくさくて目を逸らす。その時、レッシュと優美の線香花火がほとんど同時に砂浜に落ちた。顔を上げるとそこには漆黒の海が広がっている。月の明かりが海面を照らしていた。時間によって海は表情を変えて行く。こんなに長い時間海と接したことはなかった。焚き火も炭が赤くくすぶる程度になり始めていた。
「・・・優美?って、寝ちゃったか」
優美はレッシュに寄りかかりそのまま眠ってしまう。水着のまま眠ってしまった優美を抱きかかえて、テントまでレッシュは連れて行った。毛布をかけて、レッシュはそっとテントを閉める。優美は可愛い寝息を立てている。


「おやすみ、優美。いい夢を」




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