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waiting for the changes

waiting for the changes

34話:REASON

2機のウィング・グロリアスが空中戦を繰り広げる。純白のウィング・グロリアス放つ“G-4”の弾がことごとく空を切った。
「・・・速い!」
「くっ!・・・右手のエネルギーライフルは何だ!?」
くるりと縦に回旋しながら、エネルギーライフルを放つ。並みのパイロットではないことは確実だった。その動きにエルトは舌打ちをした。
「だが、我々は傭兵などに負けるわけにはいかない!!」
お互いブレードを抜いて空中で衝突する。お互い一歩も引かないまま、激しい火花を散らしていた。


「見えたわ!!・・・レッシュ!!」
EVEが反応する。機数3。レッシュにも流れ込んでくる。そして、“漆黒の鷹”であることを知らせた。
「タカ!!」
「・・・レッシュ」
レッシュは牽制の意味を込めてブラック・バードとフライングアタッチメントを装備したシャイニングに向かって、“シルバー・アロー”を放った。それは当たる距離ではないため、翼には牽制目的だと、判断できた。だが、ヴィラは違う。その攻撃が更に彼女の中で“深紅の鷹”のレッシュという存在が憎くむべき対象として強くなる。
「お前がニーバルを!!」
ヴィラのシャイニングが一気にスラスターで加速し、レッド・バードに迫る。地上部隊で苦戦していたレッシュにはシャイニングにまで気を配る余裕は無かった。当たる、その時だった。シャイニングが、突如目に前に現れたものによって受け止められる。大きなブレードを持った灰色のGから通信が入ってきた。
「待たせたな!」
「翔!!」
「コイツは俺がやる!・・・お前は“漆黒の鷹”と!」
「悪い!」
レッシュはレッド・バードを戦闘機形態に変形させ、ブラック・バードに向かった。だが、シャイニングがそれを見逃がすはずがなかった。
「待ちなさい!!」
「待て!・・・お前の相手は俺だ!!」
対峙した状態から離れようとしたシャイニングをスピルスは弾き飛ばした。前回のときとは違う。スピルスは折りたたみ式ではない高出力なブレードを装備していた。そのブレードのグリップと柄は灰色ではなく、白いブレードだった。そして、左腕のシールドには、もう1本同じような白いロングブレードが見える。あの“彼女たち”のブレードだった。
「コイツ!!・・・あの時の灰色のヤツ!」
ヴィラも考えを改める必要だと気づく。この前はブレードの出力差だけが勝っていたようなものだ。それに、ブレードで勝っていても、この“灰色の弾丸”には機体を大破寸前まで持っていかれている。その“灰色の弾丸”はブレード出力でもほぼ同等か、それ以上の性能を持つブレードが装備されているようだった。
「今回のブレードは一味違うぞ!!」
「うっ・・・!」
灰色のスピルスとフライングアタッチメントを装備した黒いシャイニングが光を放って空中で激突した。


「タカ!」
「レッシュ!」
お互い“シルバー・アロー”とリニアライフルを構えて戦闘機形態で接近した。レッシュと翼はお互い攻撃する意思が無いことに気づく。そして同時に人型形態に変形し、赤と黒の機体が空中でスラスターを掛けホバリングする。2人は通信をほぼ同時に開いた。
「レッシュ・・・」
「・・・俺は」
レッシュの方から映像付きの通信を開いた。ブラック・バードの通信用モニターにヘルメット越しに金髪の青年の顔が見えた。深い緑の瞳でこちらを見ている。そこには懐かしい顔が見えた。
「・・・何にも変わってねぇんだな、お前は」
「そうか?」
翼も自らの画像を通信に掛けてレッシュに送った。レッド・バードとブラック・バードはほぼ同型機、通信システムも同じなら、通信の波長もぴったりと合う。クリアな映像と声がレッシュと翼に届いていた。
「翼君!」
その時、レッド・バードとブラック・バードの間を砲弾がすり抜けた。レッシュは思わず機体をブラック・バードから放した。翔のスピルスと戦いながらも、隙を見つけてヴィラはライフルを放ってきた。
「ヴィラ!やめろ!」
「コイツはニーバルを殺したのよ!」
「・・・今はレッシュと!」
スピルスがシャイニングを弾き飛ばしてレッド・バードから遠ざけた。そこに追い討ちを掛けるように2機の赤いグロリアス・スーパーが迫る。
「よそ見してる場合か!」
「きゃあっ!」
「ミコ!」
「黒いシャイニングを墜とすわよ!」
ヴィラの黒いシャイニングが空中でくるっと1回転し、スラスターを全開にして地面に激突する寸前で踏ん張った。そこを狙って赤い2機のグロリアス・スーパーがライフルとマシンガンを放った。シャイニングのコクピットが赤く染まり警告音が鳴り響く。
「そこよ!」
「しまった!」
直撃するはずの弾丸は巨大な黒い塊に阻まれた。ゆっくりとシールドの向こうから見えた機体は珍しいモデルのGだった。
「だらしないな、ヴィラ」
「ゆ、油断してただけよ!」
余裕のある声がヴィラに届いた。慌てて言い返したヴィラだがこの状況では言い負けてしまう。素直に感謝した方がいい。
「ありがと」
「感謝は後だ。来るぞ!」
バラッドのその声が届くころにはヴィラはシャイニングの体勢を完全に立て直していた。一旦地面に着地し、バラッドの黒い“100”と同時に加速していく。
「“100”!?・・・絶版モデルじゃん!」
「・・・ヤバいわね。“グラウンドマスター”なんて」
現れたその巨体が特徴的な黒いGにミコとクルスは驚く。数年前に操作が難しい上ため生産が停止になったGだった。脚部のみが変形し、地上を高速で移動できる。スラスターと併用すれば地上で追いつけるものはいないとされているGだ。走破性も素晴らしい点から“グラウンドマスター”の異名をとるGだった。
「ヴィラは“灰色の弾丸”をやってくれ、俺はこの“赤い2人組”をやる」
「分かったわ!」
シャイニングが再び空に舞い上がり、スピルスと高度をあわせた。バラッドは100のスピードを上げ一気に2機に迫る。
「クルス!左側から行って!」
「任せて!」
シャイニングは再びスピルスとブレードで激突し、100を相手に赤い2機のグロリアス・スーパーは散開した。


「レッシュ!」
ブラック・バードが再び迫る。だが、今度は“シルバー・アロー”が機体を掠める。思わず翼はレッシュに向かって叫んだ。
「おい!レッシュ!」
「今のシャイニングの攻撃はお前の作戦か?」
冷たく突き放すような声に翼には聞こえた。そう見られても仕方が無いのかもしれない。今はレッシュとは“敵”だ。翼は操縦桿を握りなおした。グローブの中で汗が流れる。
「・・・タカ」
「“漆黒の鷹”・・・危険です」
「わかってる。今は・・・まだだ」
呟くように言ったEVEを制して、レッシュ深い緑の瞳と翼の漆黒の瞳、レッド・バードとブラック・バードは睨みあったまま再び対峙した。


「出来るようだな・・・だが!」
「きゃあっ!」
エルトの緑のウィング・グロリアスがブレードで斬りかかった。それを優美の純白のウィング・グロリアスがシールドでガードする。だが、ガードしたタイミングが早すぎたため、純白のウィング・グロリアスが吹き飛ばされた。ぐるぐると回転し、錐もみ状態になりながらも、優美は必死に体勢を立て直そうとする。グラビティ・キャンセラーは既に振り切れ、優美の細い体に凄まじいほどのGが掛かった。
「くうっ・・・」
血が重力で持っていかれるのが自分でも良く分かる。意識を失いそうなのをギリギリの状態で堪えてフットペダルを踏み込んだ。スラスターが全開になり、機体が制御される。体勢を立て直して、白のウィング・グロリアスは地面に何とか着地できた。
「はぁはぁ・・・」
「ほお・・・いい腕だ」
緑のウィング・グロリアスが追い討ちを掛けようと白いウィング・グロリアスに高速で迫る。ブレードを振りかぶって振り下ろした。それを白いシールドが阻む。
「何!?」
そこにあるのは白いシールドだけだった。白いウィング・グロリアスの姿はそこには無かった。シールドが縦に斬れたが、7割ほど斬れた途中でブレードが突き刺さり、抜けない。
「やああっ!」
「上だと!?」
優美が絶叫して、突撃した。エルトが上部モニターを見上げる。そこには太陽を反射して白い機体が浮かび上がり、太陽を遮って斬りかかる。逆光になってエルトの目が霞んだ。
「くそっ!」
エルトのウィング・グロリアスはブレードから手を離して、スラスターを全開に開いた。避けようとしたが左腕をブレードが捉えた。緑の左腕が斬り落とされ、地面に叩きつけられるように落ちた。コクピットの内に警報が鳴り響き、左側の映像が乱れる。ダメージは大したことは無いようだ。
「あっ!?」
「くっ・・・!」
腰からライフルを抜いて白いウィング・グロリアスに向かってエルトの緑のウィング・グロリアスは発砲した。だが、再び優美のウィング・グロリアスは飛び上がった。弾丸はその向こう側にあったシールドを捉えただけだった。だが、シールドから“エルトの”ブレードが抜け落ちる。
「これなら!」
エルトは機体を加速させた。低い態勢でブレードを拾い上げて上に向かって振りかぶった。ブレードの刃に斬り裂かれ、シールドの破片が中に舞い上がる。向かって来た破片を優美は軽く避けた直後だった。目の前に青白い光が見えた。ブレードの光だった。
「ああっ・・・!!?」
緑のウィング・グロリアスが投擲したブレード回転し、白い機体を斬り裂いた。
「きゃああ!!!」
「・・・女の子・・・なのか?」
回転するブレードがコクピットを直撃する。胸部の装甲が裂け、コクピットが丸見えになり、内部には破片が飛び散り突き刺さった。破片は優美のパイロットスーツ切りつけ、腕と足から赤い血が流れる。ヘルメットは割れて吹き飛び、頭からも血が流れていた。エルトはモニターに映ったその白い機体を見た。コクピットに見えたのは小さな体とその中から飛び出してきた割れたヘルメットと、薄い茶髪のショートヘアの日系の女の子だった。
「あっ・・・く・・・」
優美は警報が鳴り響き、外が丸見えの状態のコクピットの中で霞む目を開いた。そして、ペダルを踏み込みスラスターを開く。今までに感じたことの無い感覚だった。左腕と左足を見た。破片が刺さって血が流れている。右側の目がはっきり見えない。赤いものが塞いでいた。右側が見えないのは“彼女の目”であって、優美ははっきりと緑色のウィング・グロリアスを捉えていた。全てがクリアに見える。ためらわずに“右腕”を腰に持って行き上げた。フルバースト状態の“G-4”が発射される。回避した緑のウィング・グロリアスの右肩を霞め、装甲が剥がれ落ちた。
「何だこの動きは!?」
“G-4”が連続発射される。逃げる緑のGを白いボロボロにGが追いかける形となっていた。エルトはコクピットに見えたさっきの光景を思い出していた。確かに女の子だった。ボロボロの機体とあの怪我をした状態では考えられない動きだった。その時、エネルギー弾が止んだ。“G-4”がオーバーヒートし、砲身が開きっぱなしの状態になった。
「・・・?」
「止んだ?・・・今なら!」
一気に切り返して、白いウィング・グロリアスに向かう。右腕を振って、右腕に装着されていたブレードを強制的にパージし、それを空中で受け取って展開する。優美は既にブレードに持ち替えていた。お互いの傷ついた機体が激しくぶつかる。グラビティ・キャンセラーが壊されている優美の機体のコクピットには激しいGが襲った。傷ついた体には耐えられないほどのGが掛かった。
「ぎゃっ!!」
「何故君のような子が!?」
「・・・?」
声が聞こえた。優美の耳に男の声が聞こえる。頭がズキズキと痛む。開きっぱなしの通信が緑のウィング・グロリアスのパイロットの声を拾ったようだ。優美の機体がエルトの機体を弾き飛ばす。一旦距離を取って再び、迫る。
「・・・な・・に?」
「君のような女の子が傭兵に・・・パイロットなのだ!?」
エルトは信じられなかった。世界政府軍に所属していた彼の常識は傭兵には通用しないのだろうか。こんな少女にまで戦いが広がっているのか。それとも傭兵はこんな少女にまで戦いを強要しているのか。少なくとも反政府組織も、嘗て居た世界政府軍も前線に少年少女が投入されることは無い。少年少女の兵が居たとしても極少数だった。
「・・・私は」
「君のような子も戦うとは・・・ここから退け!」
エルトはブレードの峰で白い機体受け止め、蹴って弾き飛ばした。だが、その傷ついた白いウィング・グロリアスは再び向かってくる。コクピットには傷ついた少女の姿がはっきりと見えた。
「私は・・・退く訳にはいかないの!」
「誰に命令されたのだ!?」
優美は気力で叫び返す。ここで退いても、後ろには翼さんがいる。翼さんとは戦いたくは無い。それに、この人とも。でも、今の状況ではどちらかと戦わなければならない。自分勝手な考えと思いながらも、目の前の彼と翼さんを秤に掛け、目の前の人と戦うことを優美は選んだ。心優しい彼女には選ぶことが出来ないはずだが仕方が無い、優美にはそうするしかなかった。彼の言葉に、自分の口から出る言葉と裏腹に優美の気持ちが揺らぐ。
「命令なんかじゃない!私は・・・!!」
「我々には信念があるのだ!ここで退く訳にはいかない!・・・君は何のために戦うんだ?」
明らかに攻撃の手が緩んだ。優美の体も機体も限界に近い。感じるのは何故かクリアに広がる視界と澄んだ感覚だった。死が近いのだろうか。優美は左足から破片を引き抜くと苦痛の表情を浮かべた。
「あぐっ・・・」
「傭兵の信念は“自由”だと言うが、君のような少女の自由を奪って何が“自由”なのだ!?」
「・・・えっ?」
「“自由”は、決まりがあってこその“自由”なのだ!君たち傭兵の望む“自由”の先には混乱の世界しか待っていない!・・・それを分かっているのか!?」
考えたことも無かった。傭兵になって何がしたかったのか。レッシュに言われた“優しい傭兵”なのか、そもそも、傭兵の意義は何なのだろうか“自由”な世界を目指すと言った傭兵組織の代表たち。優美には分からなかった。“自由”の意味も、この戦いも。彼女にあるのは一つだけだった。
「私は・・・レッシュを守りたいの!」
「何!?」
「私はレッシュを守りたい!それだけなの!レッシュのために私は戦う!」
振りかぶったブレードが空を斬った。白いウィング・グロリアスの頭部だけが、その攻撃を回避した緑のウィング・グロリアスを向く。その一連の動きを見てエルトは凍りついた。まるで人間の動きのようだった。
「君は・・・」
「私がここで退けば・・・あなたはレッシュを倒しに行くでしょ!?」
“レッシュ”という言葉に妙な引っかかりは無かった。誰だ、と言う考えより早くすぐにエルトには“レッシュ”と呼ばれたものの対象が分かった。あの赤い戦闘機、“深紅の鷹”だろう。うまく言えないが、彼女の言葉がそう教えてくれるようだった。
「だから私は、退く訳には行かないの!・・・レッシュを攻撃するなら、私はあなたを倒す!!」
ボロボロの機体の丸見えになったコクピットの中に居る傷だらけの少女が発した声とは思えないほど力強い声だった。
「・・・それだけなのか?」
エルトは信じられなかった。
「それだけのために、君は傷つき、命を掛けるのか!?」
「彼を守れるなら」
迷いの無いその言葉にエルトは胸を貫かれたような思いがした。再び2機のウィング・グロリアスがブレードで激突する。激突するたびにエルトの目に映るのはシートベルトから吹き飛ばされそうになるのを必死に堪えている傷だらけの少女の姿だ。恐らく、グラビティ・キャンセラーが壊れているのだろう。想像を絶するGが彼女を襲っているはずだ。
「彼を守って何になる?それが世界のためになるのか?この戦いは、今後の世界のための戦いだ!」
「・・・そんなの・・・私にはどうでもいいの」
優美は自分の口から出た言葉に驚く。しかも、自然に出てきた言葉だったからだ。
「レッシュを守れなきゃ、こんな世界のために戦うなんて意味がないの!私は、レッシュと、仲間を守れるなら、世界なんて・・・関係ない!」
「君は言っている意味が分かっているのか?」
エルトは声を荒げた。彼女の考えは自分には到底理解できないだろう。
「世界が無くなれば、君の大切な人も守れなくなるぞ!」
「それでも・・・私は!」
優美は叫んで頭を押さえる。頭から離した右手を見た。かなりの量の血が出ているのかもしれない。意識が途切れそうになる。
「君には理解できないようだな!」
「難しくても・・・私はレッシュ・・を・・・みんなを守る」
優美は片言のように言葉を放った。エルトの冷たい言葉が優美の心を刺す。
「・・・死んでも守るのか?」
「きゃああああ!!!」
エルトは白いウィング・グロリアスを吹き飛ばす。優美の体にきつくシートベルトが食い込み、意識が持っていかれそうになる。彼女を繋ぎとめているのは“レッシュを守りたい”それだけだった。
「違う!」
「何が違うのだ!?」
「誰かを守って死ぬのは意味が無いの!それは、守られた人が悲しくなるだけ!そうじゃないの!」
優美はもう一度、緑の片腕のウィング・グロリアスに迫る。もう、Gなんて関係無かった。
「レッシュを守って・・・私も生きる・・・生きて、守って・・・ずっと一緒に居られるように・・・誰かのために死ぬなんて、私は嫌なの!・・・レッシュがいつも言ってる・・・“誰かを守って死ぬことは美しいことじゃない”って!!

エルトは息を呑んだ。このような考えを持っている人間にエルトは初めて出会った。エルトの中で何かが動いた。
「それに・・・身近な人も守れなきゃ・・・何も変えられない」
「何・・・?」
その時、同時に出撃してきた2機のグロリアスが居ないことに気づいた。自分と共に戦ってきた仲間も自分は守れなかった。優美の言葉がエルトに圧し掛かった。優美のGがブレードを振りかぶり、頭部を叩き落とす。エルトのコクピットのモニターが全て砂嵐に変わる。その瞬間エルトは確信する。この状況においても、ボロボロになっても、この少女は自分を殺さずに倒すことを考えている。彼女の言葉は攻撃に裏づけされているようだった。そして、エルトは思う。
「・・・私は間違っているのか?」
「・・・間違っていません!それは・・・あなたは、世界政府軍のやり方では、世界は滅茶苦茶になると思うのですよね?」
エルトはコクピットハッチを開放した。ダイレクトに少女の姿が目に映る。怪我の状況はよく分からないが、かなり出血しているように見える。時々頭を押さえて、小さく呻いている。その声も通信が拾っていた。
「私は君のような“意志”で戦っている人を初めて知ったよ。私は小さな力でも世界を変えたい・・・私たちが変えなければ・・・と躍起になっていた」
エルトのウィング・グロリアスはブレードを下げた。それを見た優美のウィング・グロリアスの動きも止まる。
「身近な者も守れずに、世界など変えられるはずも無いな。・・・君のような子が世界を変えていくのだろう」
「大きさとか関係ないです!“意思”に大きい小さいとはありません!!」
少女も落ち着いたのか言葉遣いが変わる。きっと、限界なのだろう。肩で息をしているのが見える。
「やはりな・・・。私は君には勝てないのかも知れないな」
「え?」
「・・・名前を・・・教えてくれないか」
エルトは静かに聞いた。その問いかけに優美は驚く。優美は目を閉じて、開きゆっくりと素直に答えた。
「樹村・・・優美です」
「ユミ・・・か。それは“優しく美しい”の優美なのか?」
「・・・はい」
エルトは通信用のモニターを開いた。優美のコクピットにエルトの顔が映る。優しそうな男性だった。優美も壊れかけの通信用モニターを開いた。エルトはその顔を見る。可愛らしい少女だった。15、6歳だろうか。頭から血を流してはいるが、目の力は失っていないように見えた。
「私は・・・エルト・リー、元世界政府軍の大尉だ」
そして、エルトは覚悟を決めた。彼女の名前を呼んだ。
「優美さん、君に出会えて良かった。だが、私は退く訳には行かない。君を倒すしかないのだ」
「エルトさん!」
優美の呼びかけが聞こえたが、エルトは聞こえないふりをした。ブレードを構え、ペダルに足を掛け、スラスターを開こうとする。
「私の力でも、君が言うようにできることもあるのかも知れない」
「エルトさん!!・・・もうやめませんか!?これ以上戦っても・・・もう」
「私にも、君にも退けない理由がある。それを賭けて、私は戦う!!」
エルトはペダルを目一杯踏み込んで、白いウィング・グロリアスに突っ込んだ。優美の必死の表情が見える。彼女はどう出るだろうか。
「はあああっ!!!」
振りかぶったブレードの起動に優美は自身のGのブレードの軌道を合わせた。が、そこにブレードが来ることは無かった。振りかぶっただけで、止まっている。優美ウィング・グロリアスのブレードがエルトのウィング・グロリアスを切り裂いた。コクピットが一気に押しつぶされる。
「あああ!!エルトさんっ!!!」
「・・・これで・・・いいんだ」
「どうしてなんですか!?どうして攻撃しなかったんですか?」
優美は泣いて叫んだ。燃え上がるコクピットの中で炎に包まれたエルトにもその涙声の叫びが聞こえる。
「君は強い。強くて優しい・・・。君のような子が世界を変えていくんだ・・・」
「早く脱出して下さい!!」
優美のウィング・グロリアスは抜けないブレードを手放して、押しつぶされ閉じかけたコクピットハッチに手をかけた。その動きは周りに気を付けながらも、大胆に掴んでくる。まるで人間の手のようだった。2機は絡み合ったまま落下していく。
「私はもう無理だ・・・離れるんだ」
「まだです!まだ助かります!!」
「離れろ!!」
エルトは操縦桿を思いっきりスライドさせた。ウィング・グロリアスの右腕が動いて優美のウィング・グロリアスを突き飛ばした。優美は身を乗り出して必死に叫び続ける。
「エルトさん!!エルトさん!!」
「私は・・・世界を“変えよう”としていた。だが、世界は“変わるもの”なのだな。君のような子が、世界を“変えていく”んだ・・・」
エルトはそっと目を閉じた。彼女には辛いことをさせてしまったと言うことを謝ろうとしたが、「悪かった」のその言葉は、途切れ途切れの通信がそれを遮った。私はここで終わる。彼女たちが作り上げる世界を見ることが出来ないのは残念だが、きっと素晴らしい世界を作ってくれるだろう。そう願いたい。
「エルトさん!死ぬなんてダメです!!・・・生きて・・・エルトさんのしたいことを・・・」
優美がそう叫んだ瞬間、掠れた通信が通った。その言葉がエルトの最期だった。
「・・・がとう」
緑のウィング・グロリアスはバラバラになりながら、地面に叩きつけられた。そして、爆炎を上げた。白い傷だらけのウィング・グロリアスがその横に崩れるように着地する。コクピットの中から優美の嗚咽が漏れていた。目の前では小さな爆発を繰り返しながら、叩きつけられた衝撃で原型を留めないほど壊れた機体が燃えている。
「いやあああぁぁ!!!!」
体の痛みも忘れるほど、彼女は泣いた。


「・・・強い!」
「ミコ!ミサイル!!」
赤いグロリアス・スーパーがミサイルを回避する。地上を高速で移動する100をミコとクルスは捉えきれずに居た。機体性能の差がありすぎる。攻撃が当たったとしても2人の火力ではあまりにも非力だ。スピルスの“ショック”かレッド・バードの“シルバー・アロー”でないと致命傷を与えるのは難しいのかもしれない。
「・・・ヴィラ、早まるなよ」
100のコクピットでバラッドは赤い2機の相手を静かにしていた。


「ダメ・・・速すぎる」
スピルスの圧倒的なスピードにヴィラのシャイニングは限界に近づいていた。レッド・バードを狙う機会もない。
「レッシュ・・・早くカタをつけてくれ!」
翔が叫んで操縦桿を一気にスライドさせる。両方のブレードが同時に炸裂し、黒いシャイニングを突き飛ばした。
「きゃああ!!」
ヴィラはディスクが挿入されたモニターを見る。そこには“待機中”の文字が浮かんでいる。

「安心して、“ヤバイ”って時にしか使わないから」

今が“ヤバイ”時だ。ヴィラは、思い切ってそのディスクを起動した。シャイニングの周りに見えない衝撃波が走る。
「何だ!?」
「・・・ん?」
翼と翔のコクピットモニターにノイズが走った。1秒ほどだったため、2人はそれほど気にはならなかった。だが、レッシュは違った。
「・・・!」
頭痛がして、頭を押さえる。次の瞬間世界が“戻った”。コクピットから見える視界に変わっている。“Linker”システムが強制的に解除されたようだった。見回すとモニターは砂嵐で辺りが見えない。通信も強制解除させられている。
「ああああ・・・ああ」
「EVE?どうした!?EVE?」
機体が小刻みに震え始めた。レッシュは操縦桿を動かすが反応が無い。何が起きているのだろうか。レッド・バードはゆっくりと震えながら、ブラック・バードに銃を向けた。
「レッシュ?」
直後、“シルバー・アロー”が放たれた。だが、それは空を切った。滅茶苦茶な射撃だった。翼はそれを回避しながらレッシュに叫び続けた。
「EVE?・・・応答しろ!・・・強制システム・・・ロックされている!?」
レッシュがコンピュータを弾くがEVEが反応しなかった。その瞬間、特徴的な発射音が聞こえた。“シルバー・アロー”が連射されているようだ。レッシュには何が起きているか分からなかった。もう一度、機体とリンクさせようとレッシュは集中し目を閉じたが、ダメだった。
「何なの・・・これ!」
ディスクが挿入されているモニターに目をやると見たこともない数列が並んでいる。何のプログラムなのだろうか。だが、レッド・バードが狂ったようにあの銃を放つということは、その時のヴィラの考えから導き出される答えは一つだった。
「暴走プログラム・・・!やっぱり、アイツはただの“兵器”よ!」
歯をかみ締め、レッド・バードを睨む。ブラック・バードがそれを回避しながらも近づけない状況だった。ヴィラが翼に通信を開いて叫ぶ。
「翼君!・・・やっぱりそいつは、兵器なのよ!殺して!!」
「く・・・!レッシュ!・・・何とか言いやがれ!」
本当にレッシュが暴走したのか。突如切れてしまった通信がその可能性を更に高めた。それは翼が一番考えたくないことだった。その時レッド・バードがブラック・バードから離れて、シャイニングに対象を変えた。
「アイツ・・・コロス・・・アタマガ・・・アイツコロス」
「え?」
「プログラム・・・ジコボウエイボウエイ・・・ハカイスル」
EVEの言葉に反応してぎこちなく動くレッド・バードの“シルバー・アロー”の砲身が輝きだした。6つ全てのリボルバーが輝き出し、光が収束する。
「ヴィラ!・・・逃げろ!!」
「そこだ!!」
スピルスが左手のブレードを放り投げた。それはシャイニングの足に直撃する。
「きゃああ!!!!」
その反動でシャイニングはバランスを崩した。光の流動が、“シルバー・アロー”の“フルバースト・モード”の光が放たれた。

「くそ!」
「ちょっ!・・・待ちなさい!!」
「クルス!!・・・あれ!」
バラッドが舌打ちして100が一気に飛び上がった。地上でも速いがジャンプ力も相当なものだった。あの図体であの速度と考えるとゾッとする。100はミコとクルスのグロリアス・スーパーを置いてシャイニングに一直線に向かった。そして、レッド・バードが“シルバー・アロー”を展開し、シャイニングに小刻みに震えながら狙いを付けていた。
「隊長・・・?」
「様子が変よ!」
ミコとクルスはその異変に気づいた瞬間だった。
“シルバー・アロー”が放たれた。


「きゃああ!!!!」
「ヴィラ!!」
光の流動が迫る。もう、ここで終わる。死ぬ。ヴィラの血の気が引いた。だが、目の前の何かが光を止めた。
「・・・逃げ・・・ろ・・・」
「バラッド!!」
掠れる通信でバラッドの声が聞こえる。100のコクピットの内部温度が一気に限界を超え、バラッドの体を蒸発させる。シールドがあっという間に融解し、機体に直接ダメージが貫通する。大爆発が起き黒い100がヴィラの目の前から跡形もなく消滅した。
「ああ・・・」
「バラッド!!!」
翼は叫んで操縦桿を握り締めた。そして、レッド・バードに向かって怒りを込めてライフルを放った。
「レッシュ!!!・・・お前ぇぇ!!」
レッド・バードの視界が回復した。そのブラック・バードから放たれた弾丸を回避したことで操縦系統が自分に帰ってきていることが確認できた。何が起きたのかレッシュにはわからなかった。100が見当たらないこと、何かが爆発した余韻があること、“シルバー・アロー”が放たれたことは確かだった。
「レッシュ!!!お前ぇバラッドを!!!」
「何だ!?」
ライフルを投げつけ、2本のブレードを展開する。レッシュも“シルバー・アロー”をパージして背中から2本のブレードを抜いて激突した。地面に“シルバー・アロー”が突き刺さり、そこにミコの機体が赴く。
「自分がしたことが分かってるのか!?お前ぇ!!!!」
「何が起きたんだ!?タカ!」
レッシュは率直な疑問を翼にぶつけた。視界が遮られ操縦系統を奪われた状況で何が起きたのか知りたかった。そのことが更に翼の怒りを掻き立てた。
「お前は・・・バラッドを殺した!!」
「バラッド・・・?」
何のことだか分からないレッシュにも翼の怒りが伝わってくる。ブラック・バードと激突している間に横から、シャイニングが迫る。
「この悪魔!!」
「っ!!」
ブレードを突き出した瞬間、灰色の機体が2機の間に割って入った。ブレードはシールドの端を破壊してそのまま胴体に突き刺さった。スピルスだった。下腹部を貫かれたまま、壊れかけのシールドをパージし、左手をシャイニングの頭部に添えた。
「ショック起動!!!」
シャイニングの頭部とフライングアタッチメントが吹き飛ばされる。ヴィラのコクピットの上部が丸々無くなり青空が見えた。2機とも真っ逆さまに地上に落ちる。
「きゃあああ!!」
「ち・・・ここまでか」
警告音が鳴り続けるコクピットで翔はぼやいた。どうやら彼女との約束は守れそうに無い。そっと、コクピットの写真に触れる。コクピットは赤く染まり警告音が鳴り響いていた。スピルスは頭部の下にコクピットがあった。ショックでジェネレーターのエネルギーのはけ口も作った。レッシュへの誘爆は避けたかった。これでいい。もう脱出できない。足が挟まっていて抜けない。右腕も折れているのかもしれない。このまま地面に叩きつけられ助からないだろう。そう思った瞬間だった。
「翔さん!!」
落下Gが無くなった。目を開けると傷だらけの白い機体が目に映る。コクピットの部分が大きく割れ、血まみれの少女が必死に呼びかけている。
「・・・優美ちゃん?」
「レイザーに戻ります!!」
「その怪我は!?」
「・・・平気・・・です」
機体がグラリと揺れる。優美は歯をかみ締めて、ペダルを踏み込んだ。まだ、ここで倒れるわけには行かない。
「無茶するんじゃない!」
「・・・静かにしてください!!」
優美の強い言葉に翔は黙り込んだ。彼女はこんなになりながらも戦い続けて、自分を助けた。やはり他の子とは違う“何か”を彼女は持っているのかもしれない。赤い2機のグロリアス・スーパーも飛び上がって、レイザーに戻っていくのが見える。
「翔機中破!優美機中破!・・・優美さんが負傷しています!」
「全速で離脱!隊長にも伝えてください!」
貴子がキャプテン・シートから立ち上がって叫んだ。後ろにはギア・ロッドの姿も見える。スピードではレイザーが上だが、火力は圧倒的にあちらの方が上だ。撃ち合って勝ち目は無い。
「ヴィラ!!」
「翔!!」
「レッシュ・・・!翔さんは・・・無事です・・・」
掠れる声にただ事ではないことを直感で感じ取る。EVEも反応しない。
「タカ!!・・・お前は!!」
「レッシュ・・・やはりお前は“兵器”みてぇだな!・・・俺が必ず“破壊”してやる!!」
ブレードが弾け、再び距離を取った瞬間だった。レイザーから何かが射出された。友子からの通信が届く。
「隊長!“シルバー・アロー”射出!受け取ってください!」
「了解!」
レッド・バードは戦闘機へと変形し一気に飛び上がった。それをブラック・バードも戦闘機形態になって追いかける。
「待て!!レッシュ!!逃げるんじゃねぇ!!」
翼は飛んでくる何かを見た。“あの銃”だった。人型に変形し空中で受け取り、ブラック・バードに向けた。“フルバースト・モード”だった。
「お前が俺を殺すなら・・・俺は優美や翔のためにもお前を倒す!!」
「お前は“兵器”だ!危険すぎるんだよ!・・・それに、バラッドを殺した!ヴィラも!・・・俺がお前を破壊する!!」
お互い憎しみの言葉をぶつけ終わった後、レッド・バードはブラック・バードが居ないあらぬ方向にむかって“フルバースト・モード”を放った。
「何処を撃ってんだよ!?」
ブラック・バードが振り返えらせた瞬間、翼は背筋が凍りついた。そこには、ギア・ロッドが居た。
「回避!!」
「間に合いません!!直撃します!!」
ブリッツェンが叫んだ。回避行動を取ったギア・ロッドの左舷を抉って破壊する。炎を上げて、地面に落ちようとしていた。
「左舷大破!!バランス保てません!・・・不時着します!!!」
「・・・なんだこの破壊力は・・・」
直撃していたと考えるとブリッツェンはゾッとした。その時翼との通信が開いた。
「大丈夫か!?」
「何とかな・・・。一旦退いてくれ。ハイオルス君の回収に向かってくれ」
「ヴィラ!?」
翼は驚いた。回収に向かうと言うことは生きていると言うことだ。
「・・・生きていたのか」
胸を撫で下ろした翼のブラック・バードが振り返ると、そこにはレッド・バードの姿は無かった。操縦桿を握り締め、空を睨みつける。
「レッシュ・・・俺が・・・お前を殺す」

揺らぎ始めた気持ちが再び仲間の死によって“元の場所”へと翼を引き戻した。






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