48話:REVIVAL「・・・申し訳ございません」レイはモニターの向こうの男に深々と頭を下げた。レイの後ろでは同じようにブラウが頭を下げる。だが、おでこに絆創膏が貼られていて、左手を三角巾に包まれ首からぶら下げていた。左の太ももにも包帯が巻かれている。 「ドーピングが破られるとはな。私も予想できなかった」 黒いスーツの男はタバコを持って煙を吐いた。レイはその反応を見て少し驚いた。こんな男の表情を見るのは初めてだった。ブラウはその男に向かって訴えた。 「でも、ボス!あの銀のGがいなかったら!」 「ブラウ、やめろ」 ブラウを制したレイは男に言われて「はっ!」と頭を下げた。 「“3”(サード)、構わん。“アレ”については調べてある」 「え?」 「これだ」 男は身をかがめるとキーボードを弾いた。隣のモニターに送信された映像を見てレイとブラウは驚いた。そこに映し出されたのは“J”と行方不明になっていた伝説の“ルスシリーズ”のうちの1機“ヴァリアルス”が表示された。基本色だったはずの白からその姿は銀色に変わっている。 「“J”!?“ヴァリアルス”!?」 「ああ、“5”(フィフス)からの情報だ。この“ヴァリアルス”は改造され、ステルス機能が搭載されているようだ」 ステルスという言葉にレイはあっと言う表情を見せた。確かにあの機体の姿は見えなかった。詳しいデータが無いとなると、打開策を考えるのは難しい。それよりブラウは“5”(フィフス)の方が気になっていた。 「あの、ボス」 「どうした?」 「“5”(フィフス)って誰なんですか?」 ブラウが小さく首を傾げた。男は煙を吐いて言う。 「君達は知らなかったな。・・・これが“5”(フィフス)だ」 そして、モニターに映し出された人物のデータを見て2人は再び驚いた。 「“シルバー・ゴースト”?」 「ああ、俺たちはそう呼んでいる。ヨーロッパエリアの傭兵を統率している奴だ」 桜はリーダーと向き合って話していた。桜の後ろではミラが立っている。 「少し前に突然現れたようなんだ。それまで傭兵組織にそのような傭兵は存在しない」 「なんですって?」 桜が驚きの表情を見せ、ミラが後ろから桜に資料を渡した。機体、パイロットすべてが“不明”と表示され、特徴の欄に“銀色”、“ステルス”、“完全消滅”の3つの単語を赤いペンでマークされていた。 「バラバラだったヨーロッパの傭兵どもをまとめて総攻撃を仕掛けてきた。ヨーロッパの傭兵は個々の能力は凄いが、団結力はあまり無かったからな。だが、奴が現れた瞬間ヨーロッパの傭兵の動きが変わった」 リーダーの表情が硬いものに変わり、トーンも落ちた。コーヒーを一口飲むと、桜が見ていた資料を指差す。 「しかもそいつはステルスが搭載されたと思われる銀色のGを操り、神出鬼没、圧倒的な戦闘力、しかも、そのステルスは完全に人間の視界から消える」 「“完全消滅”の意味はそれね・・・でも、技術的には不可能のじゃないの?」 桜は資料を机の上に置くと、腕を組んだ。リーダーはふっと笑って言う。 「時代は進んでるってことだよ。ヨーロッパのどっかの技術者がとんでもないGを作ったってところだろ?・・・圧倒的過ぎて世界政府軍(こっち)もデータを取れない」 「厳しいわね・・・」 桜はもう一度その資料を見た。そこに気になる文章を見つける。 「・・・“ヴァリアルス”・・・嘘!!」 「ああ、辛うじて生き残った仲間が言ったんだが、あれは“ヴァリアルス”だったそうだ。デカいマントみたいなのを背負っているらしいが、そうらしい」 「でも、“ルスシリーズ”は・・・!」 桜がリーダーに机越しに詰め寄った。リーダーは再びコップを口に運ぶと冷静に言った。 「ま、俺たちの脅威になることには変わりねぇよ。俺から言わせれば7年前の旧式にそこまでおびえる必要があんのか?」 「あなたは“ルスシリーズ”の力を知らないから言えるのよ!・・・あの力は7年前のGとは思えないわ」 桜が叫ぶと2人は驚きの表情を見せた。 桜は“スピルス”の戦う姿を思い出していた。 彼の名前は“灰色の弾丸” 桜を援護に来た傭兵だった。 あのスピードは戦闘機すら凌駕する速さだった。 通常のGではそのスピードに捕捉すらできなかった。桜も同じだった。 桜の話す内容にミラは資料を落とすほど驚いていた。 「桜さんは“ルスシリーズ”と戦ったことあるんですか!?」 「直接は無いわ。でも、あれは脅威以外の何者でもないわ」 「まずいな・・・」 その話を聞くとリーダーの表情が曇った。 「“ルスシリーズ”がそこまでのものとなると、“シルバー・ゴースト”の強さにも納得がいく。それに・・・」 「それに?」 桜とミラはリーダーの次の言葉に息を呑んだ。リーダーは近くにあった紙に5機のGの名前を書いた。“ルスシリーズ”の5機である“ファイルス”、“レイルス”、“バスルス”、“スピルス”、“ヴァリアルス”。その中の2機である、“スピルス”と“ヴァリアルス”に赤いペンで丸く印をつけた。 「この2機が傭兵の手に渡ったとなると、残りの3機もウチでは行方が知れん。傭兵どもの手に渡ったと考えてもおかしくは無いだろう」 残った3機に×印をつけた。桜は頷いた。確かにそうだ。リーダーの言う可能性が一番高い。桜はリーダーに質問を重ねた。 「“シルバー・ゴースト”の方が情報は多いみたいね。もっと詳しく教えてくれる?」 「そうだな。・・・ミラ、“シルバー・ゴースト”を」 「あ、はい。お待ちください」 リーダーはミラに指示を出すと、ミラは頷いて後ろにあったコンピューターに向かい合った。画面にデータが表示され、それをミラはプリンターに掛けた。数枚の印刷された紙が排出された。ミラはそれを手に取ると、2つに分けリーダーと桜に渡した。 「これです」 「・・・これは!?」 桜は3枚に渡るデータは机の上にあるものより遥かに詳細だった。外見の特徴だけでなく、予想される武装も書かれていた。最後の1枚は画像は荒いが写真だった。それは銀色のGがまさに消えようとした瞬間だった。桜は資料からリーダーに目を向けた。やっとさっきの資料の意味が分かった。桜は顔を上げて苦い顔をした。納得がいかない。 「・・・なんでこれを先に出さなかったの?」 「ん・・・まあ、君が信頼に値するかどうかを確かめたかったからな」 リーダーは少し視線をそらして言った。 「え・・・?」 「こういうエリアにいる以上味方でも途中から来た者は疑ってかからないとな。裏切られると厄介なことになる」 「そうね・・・」 その理由に桜は少し抵抗があったが納得した。きっと、ここでの戦闘は相当厳しいようだ。桜はその資料の隅から隅まで目を通した。 「この性能・・・ステルス・・・銀色の機体。・・・だから“シルバー・ゴースト”?」 「ああ、情報が遮断されている分、この脅威を外部に伝えることができない。・・・そこでだ」 リーダーは、足元に置かれたカバンからさらに資料を取り出した。それを渡された桜は見た瞬間椅子を倒して勢いよく立ち上がった。そこにあった写真は望遠レンズで撮られたものだった。見覚えのあるものがそこには写っていた。 「これは!?」 「ああ、“漆黒の鷹”、ジア・エータだ。この海の向こう、コルシカ島に奴らはいる」 リーダーはコップを口に運んだ。 「何だお前か」 「俺のスピルスはもう使えない・・・。お前のブラック・バードはどうだ?」 ブラック・バードの近くで作業していた翼に翔が近づいてきた。その顔はどことなく暗い。先の戦闘でスピルスは使い物にならないほどダメージを負っていた。 「オーバーホールしても厳しいかもな。この施設じゃ無理だ」 「マジかよ・・・BBだけが頼りって訳か?」 翼はうーと唸った。レッシュはずっと寝ている。体調面に問題は無いのだが、疲労しているらしい。優美が付きっ切りになっていた。優美の機体も修理が進んでいるが、まだ時間が掛かるだろう。翔はブラック・バードを見上げる。片脚がない。横には赤い換えの足が置いてあった。 「で、一番まともなブラック・バードもこの有様か・・・真琴さんがいなけりゃ終わってたな」 ブラック・バードがレッド・バードと互換性が無ければ本当に終わっていたのかもしれない。 「・・・確かに。アイツはイマイチ苦手だが、腕はすげぇからな」 翔は両手を組んだまま両肩を上げた。翼は苦笑いを浮かべた。翔は翼の肩をぽんぽんと叩くと、ジア・エータの居住区に向かうことを告げた。 「俺は、貴子の所に行くよ。後方射撃でも何でもやるしかないだろ?」 「ああ、こっちはなんとしても仕上げないとな」 翼は翔が去ったあと、もう一度ブラック・バードを見上げた。 「“漆黒の鷹”を落とすの!?」 「ああ、ジア・エータを奪うつもりで行く。白兵戦だ」 「でも・・・」 桜は自信たっぷりに言うリーダーにうまく言い返せなかった。“彼ら”は強い。桜はそれを身をもって体験している。それに、ジア・エータにはレッシュがいるだろう。 「やめたほうがいいわ。・・・“彼ら”はそこら辺のとはケタが違うわ」 「美山少佐はその“ケタ違い”とやりあって、こうして生きてるんだろ?あんたも、その“ケタ違い”じゃないのか?」 桜の言葉にリーダーは強く返してきた。彼らからすればそれは伝わった証拠だ。目にした証拠ではない。戦ったと言ってもほとんど圧倒的に蹴散らされているというのが正しい。情報がうまく伝わらないのは、桜以外の主力級のほとんどが撃墜され、データが残らないからだ。それに、言えない理由もある。・・・レッシュの存在だ。彼が居れば、ミッションと割り切っても無理だ。桜にとって彼は唯一の希望だからだ。 「ジア・エータを奪うとして・・・クルーはどうするの?」 「結末は決まっている。捕虜にしても、どうせ銃殺刑になるのがオチだ。だったら、最初から全員消す」 「全員・・・」 そこにはレッシュも含まれるだろう。それはなんとしても避けたい。すでにこの作戦は動き出している、とリーダーは付け加えた。桜は、慌ててリーダーに言った。 「待って!」 「・・・なんだ?」 「あそこには・・・私の・・・仲間が捕虜になってるの!この前の戦闘で、捕虜にされてるはずなの」 桜は今思いついたことを必死になって言った。このままだと、レッシュもろとも皆殺しにされかねない。 「捕虜?・・・そいつは本当に居るのか?」 「ええ、特徴は金髪で深緑の瞳・・・20歳くらいの男よ」 「わかった。突入できたら探させよう」 桜の声のトーンが落ちる。このことがバレると自らも銃殺刑になりかねない。 「あ、名前は?」 「・・・レッシュ」 「レッシュ・・・誰だ?」 紙にペンを走らせていたリーダーが顔を上げた。その時桜ははっとした。レッシュのファミリーネームが思い出せない。レイが言っていたことを必死に思い出そうと試みた。 「ファミリーネームは?・・・わからねぇのか?」 「・・・」 「・・・ったく、自分の部下の名前ぐらい覚えてやれよ。なぁ、ミラ」 ため息をついてリーダーはミラの方を向いた。ミラはちょっと膨れてリーダーに言い返した。 「リーダーも私のファーストネームなかなか覚えなかったじゃないですか!」 「あ・・・まあ、なんだ・・・こういこともある」 ペンで頭を掻きながらリーダーは苦笑いした。そのことに桜はほっと息をついた。これ以上疑われると危なかった。 「概要はジア・エータの指揮を白兵戦で奪う。“シルバー・ゴースト”のデータをなんとしても上層部に届けないとな。・・・んで、この“レッシュ”って男も奪い返す。他は全部消す。美山少佐にも手伝ってもらうが・・・いいな?」 「・・ええ」 そう言うとリーダーは勢いよく立ち上がった。そして、手を差し出して歯を見せて笑う。 「っと、自己紹介がまだだったな。俺はシェーン・リーダー、よろしくな」 「リーダー?」 「だから“リーダー”だ」 「ふふっ、ややこしい名前ね」 桜はその名前を聞いて苦笑した。リーダーはミラのほうを向いて笑った。 「まあ、呼びやすくていいだろ?な、ミラ」 「初めての人は同じような反応をしますけどね」 ミラは書類を片付けながら、小さく笑った。 「・・・ジル」 「わかってるわよ!・・・なんでこんなところに“アレ”がいるのよ!」 コクピットのモニターが光り、ジルは言い返した。目の前の光景を見てジルは息を飲む。アラスカ。世界政府軍の基地をジルは数機の味方を連れて攻略していた。が、無数の“白いG”たちが現れ、ジルたちを圧倒していった。味方は撃墜され、もう自分1人しかいなくなったとき、それは突如現れた。それは圧倒的な力を見せつけ一気に“白いG”たちを撤退に追い込んだ。 「・・・」 その赤いGはゆっくりと空中にホバリングするジルのGの前に高度をあわせた。それは世界最強と呼ばれるG、“MU-GEN”・・・つまり、“無限のクーパー”だった。 「何で・・・こんなところにいるのよ!?」 「“Z”か?」 「え・・・」 ジルが叫んだとき通信が開いた。落ち着きのある声がヘッドフォンから聞こえる。ジルは突然のことに声が出なかった。もう一度その声は聞いた。 「“Z”かと聞いている。間違いないな?」 「ええ・・・」 ジルはつばを飲み込んで頷いた。 「私のことは知っているかと思うが・・・私はリッジ・クーパー。君に話がある」 「“無限のクーパー”・・・」 「ああ、そうだ。簡潔に言う」 リッジは“Z”の白いGを見つめた。彼女も彼と同じだ。 「レッシュを助けてやってくれ」 その言葉にすぐさま彼女は反応してきた。 「ちょっ!待って!何でレッシュが!?」 「・・・話は後だ。何か来るぞ」 ジルの言葉にリッジが割って来る。同時に、ジルのAIも反応した。 「ゲート反応確認。ジル、“イクシーダー”だ」 空の一部が湾曲し、揺らめいた。ゆっくりと1機の白いGがそこから現れた。 「・・・見つけたぞ。“Z”・・・“無限”も一緒か。まあいい・・・。ここでお前たちは死ぬ」 その声は、リッジとジルに直接語り掛けてきた。それだけで十分だった。彼が“エデン・チルドレン”だということを。“Z”から早口でリッジに通信がかかる。 「“無限のクーパー”!!」 「何だ!?」 「私はジルよ!」 ジルからの通信に頷くとリッジはMU-GENの向きを変えた。リッジはシステムを切り替えて対エデン・チルドレン用に切り替えた。 「ジル!こいつはエデン・チルドレンだ!簡単には倒せない!」 「わかってるわ!“イクシーダー”は“イクシーダー”じゃないと対応できないわ!・・・でも、どうしてあなたは“イクシーダー”なの!?」 自分でも言っていることがわからなかったが、リッジには伝わったのかすぐに返事が返ってきた。 「私の能力(ちから)ことは後で話す!まずはこいつだ!・・・君はこいつが“何番”かわかるか?」 ジルはリッジの発言に驚いた。この男はどこまで知っているのだろうか。“エデン・チルドレン”とどこまで関わっているのだろうか。ジルは目を閉じて感覚を開いた。白いGのパイロットの感覚が流れ込んでくる。 「多分・・・多分だけど・・・“D”よ」 「ご名答。・・・知ったところで無意味だからな」 2人には同時に声が届いた。通信を介さずに直接流れ込んでくる感じ。“彼ら”と対峙したときは同じような感覚をリッジは覚えている。今は慣れたがあまりいい感覚ではない。敵意を持った感覚は息が詰まるようだ。 「こいつ・・・ヤな感じ・・・早く倒すわ!」 「待て、ジル!!」 「え?」 ジルが“D”のGに対し攻撃を仕掛けようとした瞬間だった。そのGが視界から消えていた。次の瞬間、ジルのGの右横で閃光が走る。赤いMU-GENが“光る盾”を展開していた。“D”のGのブレードがその“盾”に押し返された。リッジは歯をかみ締めた。もう少し反応が遅れていればジルは真っ二つにされていただろう。それほどこの白いGは速い。 「きゃっ!!」 「エネルギー・バリアか・・・」 「気を抜くな!こいつは今までと違うぞ!」 白いGは左手のブレードを軽く振ると、右手に固定されたエネルギーライフルをMU-GENに向かって突き出した。コクピットで“D”が静かに笑みを浮かべる。 「“最期”にこの機体の名前を教えてやるよ」 「何?」 目を閉じて“D”は言った。ジルは固まって動けないでいる。 「Gを形式記号でしか呼ばない上の連中に俺は飽きてるんだよ。こいつは俺の一部だ。俺の好きなようにする」 「何が言いたい?」 リッジの言葉を受け、「慌てるな」と言って、“D”は続けた。 「まあ、早い話、これは俺のオリジナルだ。“無限”の言うとおり俺は“違う”」 にやりと笑うと“D”はペダルを思いっきり踏み込んだ。スラスターに光が収束し、白いGが一気に加速した。そして、“D”は自らのGの名前を告げた。 「コイツの名前は“ダッジ”だ」 「・・・まあ、時間の問題だとは思ってたけどな」 「ブリッツェン艦長にはすでに報告してあります」 友子はモニターから翼の方へと視線を移した。そこには通信ログと同時に、ミッションログが表示され、ミッションログの件数は0件と表示されていた。つまり、この基地に入ってクルーが入れ替わって以来、まったく“上”からのミッションが降りてきていない。今までの翼たちの部隊では考えられないことだった。翼は腕を組んで渋い表情をした。 「どうする?」 「とりあえず、私達の行動があちらに出ているということは、ここに長くいるのは危険ですね」 「だな・・・ヨーロッパを突破して北極圏を抜けるのが無難だな。んで、アラスカ経由で一気にオーストラリアまで南下する」 翼は友子が横の表示していた世界地図の上をなぞるように言った。友子は頷いて翼を見上げた。 「では、ココを立つ準備を進めますね・・・出発予定は・・・」 「明日だ」 「明日ですか!?・・・はい、では皆さんに伝えておきます」 友子は翼の言葉に驚いたがすぐに表情を戻し、キーボードをはじき始めた。 「ブリッツェンとレッシュには俺が言っておく」 「わかりました。よろしくお願いします」 そういうと翼は部屋を後にしていった。その後姿を見送ると、モニターに向き直り、置いてあったディスクを挿入した。開かれたデータには今までのログや戦闘記録が記されていた。それを見つめて友子は静かにつぶやいた。 「・・・これで、私は・・・」 そのあと艦内があわただしくなり、明日の出発に向けた準備が始まろうとしていた。 「美山少佐、これでどうだ?」 「私のグロリアス!・・・直ってる」 桜はきれいに修理された自分のGを見上げて感嘆の声を漏らした。正直、自分のGがどうなっていたのか不安だった。その顔を見てリーダーが不満そうに笑った。 「なんだよ、ココの施設じゃ直るはずがない、って思ってたんじゃないだろうな?」 「え?・・・ああ・・・まあ、正直言うとそうかも」 ばつの悪そうに言う桜の背中をリーダーがバシっと叩いた。 「ったく、信用してくれって・・・。まあ、これでなんとかやってくれ」 「ええ、ありがとう」 微笑みかける桜にリーダーは歯を見せて笑った。その後ろでミラがボソリとつぶやく。 「リーダー?今のセクハラですよ」 「な?今俺何かしたか?」 背後からの突然の言葉にリーダーと桜は少し驚いた。ミラがリーダーのことを睨んでいた。 「とぼけても無駄です!大体リーダーは綺麗な人が来るとすぐに・・・」 「まぁまぁ・・・」 2人のやり取りを見て桜が小さく笑った。これだとどっちが上官だかわかったもんじゃないと思いながら、もう一度Gを見上げた。桜色のGはそこに静かに佇んでいる。 「今度こそ・・・必ず終わらせる」 桜はつくった拳を強く握り締めた。 「そんな・・・くっ・・・“無限”が」 ジルは目の前の状況に絶望していた。あの、世界最強と目される“無限”がここまでやられてしまうとは思ってもいなかった。すでに左足、左手を破壊され装甲も激しく破損し、飛行し、逃げ回るのがやっとの状況だった。そして自らも“ダッジ”から射出されたトリッキーな動きをする自律型兵器に翻弄されていた。オービットシステムとは違う種類のものだ。オービットに比べ動きが早すぎる。 「くっ・・・なんだ・・・」 「がっかりだな。これが世界最強の“無限”か。この程度で世界最強なら世界政府軍を潰すのも時間の問題だろう」 “D”が言った言葉に2人は驚いた。 「何だと・・・?」 「世界政府軍を潰す?・・・アンタ、世界政府軍じゃないの!?」 ジルは“無限”の出現、“D”の出現、“無限”を圧倒する“D”の力に頭が混乱しそうだった。そして、今放たれた言葉はジルを更なる混乱へと落とした。 「まあ、いいだろう。お前らはここで死ぬんだからな。教えてやる」 “ダッジ”は攻撃を止め、2機の傷ついたGに向き直った。 「“エデン”は世界に絶望している。世界政府軍も、反政府軍もすべて。よって、世界は“エデン”に創り変えられる。強者だけが生き残り、その中の強者だけが世界を得ることのできる世界。我々にしてはまさしく“楽園”。これほどすばらしい世界はない!・・・強き者がルールとなり、“エデン”はその頂点に君臨する。・・・世界政府軍のような古く腐った体質をもつものなど“楽園”には必要ない」 ジルは“エデン計画”のことを直接聞いたのはこれが初めてだった。“エデン計画”自体なかなか手に入れることのできないため、“D”の言葉にジルは動けなくなってしまう。リッジも同じように驚いていた。 「待て・・・!お前達の最終目的は何なのだ!?」 「それ以上知る必要はない。ここで死ね」 “D”は冷たく言い放つと銃を向けた。リッジはペダルを踏み込む。 「ジル!君だけでも逃げろ!レッシュに伝えるんだ!」 リッジは機体を加速させ、“ダッジ”に体当たりを仕掛けた。 「え・・・あ・・・でも」 「遅い」 ジルが戸惑いを見せたその瞬間だった。MU-GENの赤い機体の胴体を輝くブレードが貫いた。光を放って爆散し、破片が海に落ちる。 「ぐああああ!!」 「クーパーさん!!」 「あんたもだ、“Z”」 “ダッジ”が左手を翳し、“行け”の合図をとるとジルのGの周りをワイングラスのような自立型兵器が取り囲んだ。 「消えろ」 「きゃあああ!!」 ジルのGが無数のエネルギー弾に浴びせられ、ばらばらになって海へと落下していった。それを見下ろしながら“D”は静かに呟く。 「この程度か・・・まあいい。“F”の居所は掴んだ」 “ゲート”が“ダッジ”の横に開き、その中に彼のGは消えていった。 ―――数日前 「・・・誰だ?」 ベッドの上で目覚めた男の横には見知らぬ青年が立っていた。そこで男ははっとした。辺りを見回すと見たこともない病室だった。いつのまにか自分は知らない場所へと搬送されたようだった。 「ここはどこだ?」 「ノルウェーです」 青年はゆっくりと口を開いた。まだ視界がぼやける。 「ノルウェー?・・・なぜ私はここにいるんだ・・・私はアフリカで・・・」 男はそこで思い出した。アフリカであのG、あの少女が乗るGに討たれたはずだった。だが奇跡的に救出され、世界政府軍の艦に収容されたと、“前”にいた場所で聞かされた。そして、今はノルウェーにいる。艦独特の音がしない。空気も圧迫されていない感じがする。 「起きられますか?」 「ああ・・・右腕のこれがまだうまく使えないけどな」 そういって男はベッドに腰掛けると右腕の義手を動かした。まだ少しぴりぴりと動かすたびに反応する。青年の顔を今度ははっきりと見ることができた。日系の男のようだ。 「立てますか?できたら着替えてください。外でお待ちしております」 「ああ・・・私をどうするつもりなのだ?」 礼儀正しい青年は机においてあった着替えを手渡した。男は受け取ると部屋を出ようとした彼を呼び止めた。 「来ればわかる、と私達の隊長が申していました」 「隊長?・・・ああ、わかった」 男は立ち上がると着替えを始めた。久しぶりに地面に立った気分は新鮮だった。片足の一部が義足、と言っても足の中に鉄とボルトが打ち込まれているだけだが違和感はない。むしろ前よりも軽いような気もする。服を着替え、部屋を出るとそこにはさっきの青年が立っていた。青年は男を連れて歩いていく。そして、あるドアの前で歩みを止めた。 「ここにお入りください」 「私一人か?」 「はい」 青年に促されるまま、男はドアの前に立った。そして、青年はドアの横にあるキーコードを打ち込みドアを開けた。開くドアの向こうにいた人物に男は驚きの声を上げた。 「お前は!!・・・リッジ・クーパー!!」 リッジは笑うと部屋に入るように促した。うしろで青年がドアを閉めた。 「久しぶりだな」 「何故ここにいるんだ・・・」 目の前にいるリッジに男はまだ混乱していた。リッジはこちらを見て腕を組み、その上にあごを乗せ、こちらを見ている。 「もう何年になるかな、お前が軍を抜けて・・・なあ、エルト・リー。・・・いや、世界政府軍特殊部隊元大尉、通称“スピード・オブ・サウンド”・・・ジャック・リー」 その名前を前に呼ばれたのは彼が最後で、再び聞くことになったのも彼が最初となった。 ジャンル別一覧
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