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waiting for the changes

waiting for the changes

51話:GARDEN

ジア・エータは世界政府軍のリド・ブロードという青年が指示した港に停泊していた。損傷が激しくこれ以上の航行は難しいようだ。とりあえずの応急処置が施されている。ミコは命に別状はないが、左腕の骨折と頭部の打撲と裂傷でしばらく戦闘は無理との判断が出された。あの戦闘のあとレッド・バードを回収し、優美の捜索をしていたクルスは時間通り素直に帰ってきた。真琴が迎え入れるとその場で泣き崩れてしまったらしい。レッシュともまた同じだった。レッド・バードが回収され戻ってきたレッシュは部屋に閉じこもってしまった。部屋からは何かが割れる音や、大きな音が聞こえていた。その音が収まってから翼がその部屋に入るとめちゃくちゃになった暗い部屋の片隅でレッシュが座り込んでいた。
「レッシュ」

優美の笑顔が浮かぶ。
もう、その笑顔を見ることはできない。

「俺は・・・守れなかった」
搾り出すようなその声は翼にやっと聞こえる程度だった。拳を握り締め壁に打ちつけた。その拳は力なく壁を伝って床に落ちた。翼はこんなレッシュを見たことがなかった。どう声を掛けていいのかわからなかった。搾り出すような声がした。
「タカ」
「ん?なんだ?」
腕を組んで部屋の入り口横の倒れた椅子の横に腕を組んで壁にもたれかかっていた翼は顔を上げた。レッシュは呟くように言った。
「俺は・・・もう戦わない」
「は!?何言ってんだよ!?」
突然の言葉に翼は声を荒げた。レッシュはぼそぼそと続けた。
「もう、これ以上戦いたくない。もう・・・いやだ」
「お前・・・何言ってんのかわかってんのか!?」
翼は散らかった部屋の中を掻き分けるようにしてレッシュのところに行った。そして、レッシュの胸倉を掴むと強制的に立たせた。
「リッジさんも死んだ・・・優美もいない・・・俺は、世界がどうなろうと構わない」
「“無限”が死んだだと!?・・・誰がそんなことを!?」
胸倉を掴まれてもレッシュは表情をほとんど変えずに起伏のない声で翼に言った。レッシュは目を閉じ、開いた。今度はは震える声で言った。
「“D”が言ってたんだ!“無限はこれで沈んだ”って」
「そんな言葉を信じるのか?」
翼の言葉を聞くと掴んでいた腕を振り払って、また力なく床に座り込んだ。
「もう、どうでもいい。優美がいないなら・・・俺は」
「ふざけんじゃねぇ!!」
翼はもう一度レッシュの胸倉を掴んで持ち上げると、左の頬を殴った。レッシュは無抵抗に殴られ床に倒れこんだ。その口から血が流れてくる。
「じゃあ、何か?“無限”が言ってたことを俺達がすることをもう、やらねぇって言うのか!?」
何も言わないレッシュに翼は叫んだ。
「俺は優美は死んだとは思ってねぇよ」
「・・な・・に?」
その言葉にレッシュは反応した。翼はしゃがみこんで静かに言った。
「俺はあいつがそんな簡単にくたばるとは思ってねぇよ。それにだ・・・」
翼はゆっくりと立ち上がると、また散らかった部屋を掻き分けながら扉のところへと向かう。レッシュに背中を向けたまま翼は言った。
「クルスの報告だとよ、機体が沈んでたんだが、上半身が滅茶苦茶で、“一部”が無いって言うんだよ」
翼は扉を開いた。
「俺はそこが脱出装置だと信じてる。あいつはかなりしぶといからな、脱出して生きてるんじゃねぇのか?」
「・・・っ」
声は聞こえなかったが、翼は感覚でレッシュに気力が戻ってくるのが分かった。部屋を出るとき、翼は振り返ってにやりと笑う。
「お前が優美を信じねぇと、全部終わりだろ。・・・おれは“皇帝”に会ってくるぜ。気が向いたらお前も来いよ」
そう言うと扉は閉まった。翼を見送っていたレッシュは起き上がり壁にもたれかかった。口から流れていた血を拭ってふっと笑う。
「思いっきり殴りやがって・・・」
レッシュはゆっくりとその深い緑色の目を閉じた。
「優美・・・」


「・・・レッシュ!」
「わ!・・・びっくりした」
飛び起きた優美は目の前にいた眼鏡を掛けた髪の長い白衣の女性と顔をぶつけそうになった。ちょうどタオルを変えようとしていたところだった。優美は服を着ていないことに気づいて、赤くなってまた布団を被った。
「いや・・・まあ・・・私、一応女なんだけど」
前にそんなことを言われたことがあったなと思って、優美ははっとした。
「ここどこ!?レッシュは!?」
「落ち着いて!」
起き上がってどこかに行こうとする優美を女性が抑えた。それでも優美は振り払おうとする。その顔は必死だった。
「レッシュが!」
「あなた・・・Gパイロットでしょ?昨日戦闘があったのよ!」
「え?」
女性の言葉に優美はようやく落ち着いた。あたりを見回すと広い薄い灰色の殺風景な部屋にコンピューターが2台、大きめのクローゼットが1つあるだけだった。
「ここどこ・・・?」
「私の部屋よ。地中海の小島ね。・・・私の研究施設」
その女性は優美をなだめると、眼鏡をなおしながら肩をあげて小さく笑った。
「研究?」
「まあ、いろいろとやってるのよ」
そう言うと、近くにあった椅子を持ってきてベッドの横に座った。白衣のポケットに手を突っ込みながら話した。
「で、レッシュって誰?・・・あなたうわごとの様に言ってたから」
「私の・・・って、戦闘はどうなったの!?」
優美は布団で胸元を押さえながらその眼鏡の女性に詰め寄った。ため息をついてその女性は足を組んだ。
「もー死ぬかと思ったわよ。破片は落ちてくるわ、Gは近くで爆発するわ・・・ホントに。ほら」
そう言うとその女性はポケットからリモコンを取り出した。優美の右側に向かって「ピッ」っ問いう音がした。壁が動いて窓が現れ、光が差し込んでくる。眩しくて、優美は手をかざして目を細めた。優美は外の光景を見て驚いた。すぐ近くにGのブレードが突き刺さり、何かが爆発したのだろうか、庭が半分吹き飛んでいる。
「これ・・・」
「ね?本当に他でやってほしいわよ。・・・ところで、優美・・・ちゃん?」
またため息をついてその女性は頭を抱えた。気を取り直したようにその女性は眼鏡をなおした。自分の名前を知っていたことに優美は驚いた。
「何で私の名前を!?」
「パイロットスーツの左腕に書いてあったじゃない」
「あ」
そう言えば書いてあったことを優美は思い出した。その女性は続ける。
「あなたすごいわよ。どこで墜落したか知らないけどあの水たっぷり吸ってめちゃくちゃ重かったスーツ着たままで泳いできたんだから」
「え?・・・私泳いできたんですか?」
驚く優美にその女性は呆れた様子で笑った。
「あなた細いのに見かけによらず根性あるのね」
「はぁ・・・」
優美は良く覚えていないようで、曖昧な返答をした。
「覚えてないの?砂浜に上がってきてそこで倒れたのよ!・・・思わず紅茶吹いちゃった」
笑う女性に優美は警戒した表情で様子を伺っていた。それを気づいてその女性は畏まって言った。
「ごめんね、私があなたの名前知ってるのに私のこと知らないのは気持ち悪いでしょ?」
「いえ・・・」
優美は「すいません」という風に頭を下げた。
「私の名前はエリーゼ・トヨタよ」
にっこりと笑うエリーゼに優美も笑顔を、見せた。「樹村優美です」とお辞儀したあと、優美は聞いたことある苗字に首を傾げた。
「エリーゼさん・・・ん?トヨタって・・・」
「あら、知ってるのね。そうよ、私の父はあのルス・トヨタよ。・・・忌まわしい父だわ」
暗い表情を見せたエリーゼと対照的に優美は思いっきり驚いていた。
「えええ!!!」


「あんたが“皇帝”か」
「その名前で呼ばれるのはかなり久しぶりだな」
翼はジャックの姿を見て笑った。確かにそういう雰囲気を受ける。翼は本能で感じ取った。この男は強い。ジャックも苦笑いをした。
「君の事は良く聞いているよ。“漆黒の鷹”の鷹山翼。私はジャック・リーだ」
「ああ、ヨロシクな」
手を差し出してきたジャックに翼は快く握手を返した。翼はにやりと笑う。ジャックはあたりを見回した。あの少女がいない。
「優美、という子はいるか?」
「優美か・・・」
その名前を聞いて翼は少し俯いた。
「今はいない。・・・撃墜されて行方がわからねぇんだ」
「何?」
それを聞いてジャックは顔をしかめた。翼は腕を組んで首を傾げる。
「あんたなんで優美を知ってるんだ?」
「そうだな・・・」
ジャックは椅子に腰掛けて話し始めた。
「私は彼女に世界を変えられたからな」
「は?意味が分からねぇよ」
首を傾げる翼にジャックはふっと笑った。


「落ち着いた?」
「あ、はい」
エリーゼは紅茶の入ったコップを渡すと優美はそれを両手で受け取った。ゆっくりと一口飲んだ。暖かいミルクティが体にしみ込む。エリーゼはゆっくりと聞いた。
「で、あなたは何者なの?」
優美はコップをゆっくりと下ろすと、顔を上げた。
「私は・・・」

優美は今まで起きたことを話した。
戦っていること。
“エデン・チルドレン”のこと。
仲間のこと。
そして、レッシュのこと。

そこまで話して優美の目から涙が落ちた。それがミルクティに波紋を広げる。
「私は・・・」
小さく肩を震わせ、泣いた。エリーゼは黙って優美を見つめていた。
「私は・・・もう、レッシュを守れない」
優美は窓の外の景色を見た。吹き飛んだ庭の向こう、あの青い海に彼を守る力が沈んでいる。
「もう・・・その力が私には・・・」
また俯いてしまった優美に今まで黙っていたエリーゼが口を開いた。足を組むのを止めて、コップをベッドの脇の机に置いた。
「ねぇ」
「・・・?」
ゆっくりと顔を上げた優美の目から涙が頬を伝って落ちる。
「あなたが言う、あなたの大切な人を守れないっていうのは・・・Gが無いから?」
エリーゼは眼鏡をなおしながら首を傾げる。優美は小さく頷いた。
「それは違うわね」
「え?」
驚いた表情を見せた優美にエリーゼは小さく笑って言った。
「誰かを守る力って言うのは、Gが全てじゃないわ」
「でも!機体がないと、レッシュを守れない!!」
優美は声を荒げた。彼女が必死なのがエリーゼには良く分かった。彼女に諭すように言った。
「誰かを守りたい意思、それさえあればいいのよ・・・Gはその延長線上にあるだけ、それだけなのよ。・・・ちょっと待ってて」
エリーゼは立ち上がると、部屋を出て行った。すぐに部屋に戻ってくると優美の下着とインナーウェアを持って戻ってきた。クローゼットを開けると白いワンピースと下にあったサンダルを持って優美に歩み寄ってきた。
「着替えて」
「え?」
サンダルを床において、服を渡す優美に渡すとエリーゼは笑う。そのワンピースは子供用なのかサイズがかなり小さそうだった。スカートのすそがレースになっている。
「外に出ましょ?この部屋出て右に行ったらドアがあるからそこから外に出て。待ってるわ」
そう言うとエリーゼは部屋を出て行った。優美は少しの間渡された服を見つめた後、その服に着替え始めた。


「ジャックさん」
翔が最大の疑問をジャックにぶつけた。
「あの“スピルス”は何なんですか?・・・俺のが“スピルス”じゃないのですか?」
「ああ、あれか」
机の上で手を組むとジャックは話し始めた。
「あれがスピルスだ。君のは私のスピルスのレプリカに過ぎない」
「レプリカ!?」
翔も驚いたが翼も驚いた。ジャックはゆっくりと続ける。
「レプリカってどういうことだよ!?」
「私のスピルスがオリジナルのスピルスだ。スピルスは“ルス・シリーズ”の中で一番量産化に適した機体だったからな。軽量化したGに大推力のスラスターを装着、ジェネレーターに合わせるためにエネルギー武器の排除を行えば・・・スピルスの完成だ」
ジャックの言った言葉に翔は納得する部分があったのか、頷いていた。翼はやはり難しい話は分からない。首を傾げて唸っている。
「そうか・・・それだと話が分かります。“伝説の機体”と称されるほどの“ルス・シリーズ”があの程度のはずはないですよね。・・・なるほど、レプリカか」
頷く翔にジャックは続けた。
「だがな、いくらレプリカでもスピルスはスピルスだ。操縦が難しくてパイロットを選んだ。・・・そのため、パイロットが減り、残されたレプリカは2機となった」
「そのうちの1機が・・・って、もう1機あるのですか!?」
翔が驚いて椅子から立ちあがった。ジャックは腕を組んで考える。
「ああ、確か最後に2機編成の部隊があったはずだ・・・」
ジャックがそういうと翔は息を吐いた。
「まあ、いいですよ。と、いうことはアレがオリジナルなんですね」
「そうだ」
ジャックが頷くと、翔は目を輝かせて喜んだ。
「見ていいですか?」
「かまわんよ」
「ありがとうございます!!」
そう言って翔はお辞儀をすると
部屋を出て行った。その姿を見て翼は顔をしかめる。
「いいのかよ?“ルス・シリーズ”は機密じゃないのか?」
「構わん。私は君達の力になるために来たんだ。・・・優美が・・・彼女がいないのは残念だが」
ゆっくりとジャックは天井を見上げた。


廊下を歩く。サンダルは少し小さいが気にするほどではなかった。どちらかと言えばワンピのほうがサイズが小さい。丈もかなり短めだが、優美はこれくらい短い方が好きなのでちょっと気に入っていた。髪留めを触って、それがそこにあることを確認する。胸元では小さなペンダントがゆれる。扉を開くと、眩しい光が差し込んでくる。そこには多くの花が咲いている庭が広がっていた。向こう側が吹き飛んでえぐられているが、こちら側は綺麗だ。エリーゼが優美を見て「へぇ」と笑った。
「なかなか似合うじゃない。ちょっと胸がきつそうだけど」
「あはは」
照れ笑いする優美に、白衣のポケットに手を突っ込んで立っていたエリーゼは歩み寄ってきた。スタイルがいい彼女には良く似合う。足も適度に細くて長い。少し日焼けしているのが惜しいと感じた。と、おもむろに優美の腰に手を当てた。こそばくて、優美は変な声を上げてしまった。
「ひゃぎっ!」
「・・・うーん、これ私が13,4歳くらいの頃のものなのよね・・・羨ましすぎる」
まじまじと見つめられて優美はまた赤くなった。スカート丈はギリギリでかなり短くなっているがウエストも、肩周りも問題無い。問題は・・・。
「くっ・・・これが決定的差か・・・」
開き気味のペンダントが掛かった胸元を見て自嘲気味にエリーゼは自分の胸元を見た。悲しくなってくる。
「ホントはこれインナーがあるのよ。まあ、優美ちゃんは“大きい”からこれくらい開いてる方がいいのかも」
「まあ・・・こういう格好好きですから大丈夫ですよ」
ジェスチャーを交えながら話すエリーゼに優美は笑った。心地いい風が吹き抜ける。花の香りが辺りを包んだ。エリーゼは真面目な表情になって庭の隅、海の方を向いた白いベンチに優美を誘った。
「あそこで続きを話しましょ」
「はい」
庭に敷かれたレンガの上を2人は歩いた。サンダルの底がコツコツと音を鳴らす。ところどころレンガが欠けている。Gのパーツだろうか、それがいくつか転がっていた。ベンチに座って海を眺める。海の音と風の音しか聞こえない。2人の髪を風が通り過ぎて行った。しばらくの沈黙のあとエリーゼが口を開いた。
「ホントに昨日ここで戦闘があったとは思えないわね」
「はい」
優美は小さく頷いた。海は穏やかで、風が心地いい。エリーゼは優美の方を向かずに海を見たまま続けた。花壇の花がゆっくりと揺れている。
「さっきの続きだけど・・・誰かを守りたい力はGじゃないわ」
「・・・はい」
「あなたがいればその・・・」
「レッシュです」
彼女が言っていた彼の名前が思い出せなくて、エリーゼは唸った。優美にすぐさま言われて「そう・・・」と続けた。
「レッシュを守るのはあなたよ。あなた自身なの。Gじゃないわ」
「え?」
その時になって初めてエリーゼは優美の方を向いた。強い風が吹き抜ける。
「力はあなたにあるもの。あなた自身が彼を守るのよ」
「でも・・・」
優美が目を伏せるとエリーゼはふっと息を吐いた。
「確かに・・・Gに乗るレッシュって彼を守るためにはGが必要になるわね」
ゆっくりとベンチから立ち上がると庭の隅の柵までエリーゼは歩いて行った。優美はその後姿を目で追った。
「じゃあ、私がその力をあげる、って言ったらあなたはどうする?」
「え?」
エリーゼは振り返らずに海を見ながら言った。優美はいまいち意味が分からずにいた。
「そうね。直に見たほうが早いわね。・・・ついてきて」
エリーゼは優美を連れてまた建物の中に入っていった。
ブレードが突き刺さった半分の庭では花たちが海風に揺れていた。





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