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waiting for the changes

waiting for the changes

「バレンタイン特別編」

キッチンからのいい香りにレナは目を覚ました。甘くその中に混じる独特の香り。背伸びしてレナは電子カレンダーを見た。
“2月13日 AM7:44”
明日は特別な日。今、キッチンに居る彼女も同じだ。ちょうど44分から45分に変わったところだった。目覚まし時計が一瞬鳴ってルナは止めた。
「んんー・・・」
ベッドから起き上がってスリッパを履くと後ろの髪の毛を掻きあげながらキッチンのルームメイトのところに歩いていった。テーブルの上には2人分の朝食が用意されている。味噌汁にアジの開き、ほうれんそうのおひたしに、卵焼き、裏返された茶碗があった。自然と笑みがこぼれてくる。キッチンに向かっている後ろ姿の少女を見た。かなり短めのスカート、ノースリーブのブラウス。薄いブルーのエプロンをしていた。レナは息を吸い込んで元気よく言った。
「おはよう!!」
「わっ!」
その少女はビクっとしてレナのほうに向き直った。肩に届かないぐらいの薄い茶色の髪の毛。毛先が外側に向かって跳ねているのが彼女の特徴だ。同じような大きな薄い茶色の目を見開いて驚いた表情を見せる。だが、すぐに笑顔に変わった。
「おはよう」
優美の手には“へら”が握られていた。その先にはいい香りの正体が付いている。黒くて甘いチョコレートだ。レナはにやにやと笑った。あの先輩に優美はきっと渡すつもりだろう。
「チョコだぁ。・・・やっぱ、ヴィレドル先輩に渡すの?」
「あ、うん・・・一応翼さんにも・・・」
照れる優美を見てレナは笑った。レナはいつものように“あの質問”をした。
「ねぇ・・・何で好きなほうの人が“先輩”で鷹山先輩が“翼さん”なの?・・・普通逆じゃない?」
「えっ・・・なんていうか・・・そのー・・・」
口ごもる優美を見てレナは悪戯っぽく笑う。今日はこの辺にしておいてあげよう。せっかくの朝食が冷めてしまう。
「あははっ、まあ、朝ごはん食べよっか」
「うん、ちょっと待って」
そう言って優美はチョコレートの入ったボウルにふたをした。そして、レナの茶碗を取ると横の炊飯器のふたを開けた。いい香りとともに白い湯気が立ち上る。よそわれた白いご飯粒が輝いて見えた。
「どーぞ」
優美から茶碗を受け取るが早いかレナはまた元気よく言った。
「いっただきまーす!」
自分の茶碗にもご飯をよそうと、優美はエプロンを外して椅子に腰掛けた。レナは味噌汁を一口飲んで、ほうれんそうのおひたしに手をつけた。レナの顔から自然と笑みがこぼれる。
「やっぱうまい!」
「ありがと」
優美も一口味噌汁を飲んだのだが自分の味に満足しないのか、少し首を傾げた。その様子を見てレナは苦笑いをした。
「これだけうまいのに、何か失敗?」
「うん、ちょっと濃かったかな、って」
「全然大丈夫だって!これだけうまいんだからさ」
そう言うとレナは卵焼きの一切れを一口で食べた。優美の作る朝食を毎日食べることができて、自分は幸せ者だとつくづく思う。料理はうまい、性格もよくて、可愛くて、スタイルは抜群、運動神経は化け物か?と思うくらいあるし何の問題もない。

ここは傭兵技術専門学校。
通称“傭技専”
大層で物騒な名前が付いているが、基本的なカリキュラムは他の学校と変わらない。
新しい職種として確立した“傭兵”も嘗ての“傭兵”とは違う意味でも使われるようになった。
傭技専では様々な資格の取得や訓練を行うことができ、いくつもの学科、項目に分けられている。
傭兵になるのではなく、資格を取る為やプロの“ヒューマノイド・ファイター”を目指すものも居れば、普通に企業に就職する者もいる。
幅広いジャンルに精通したまさに“なんでも学校”と例えるのがいいのかもしれない。

優美とレナは“巨人科”つまり、Gのパイロットを養成する学科に所属していた。レナはプロの“ヒューマノイド・ファイター”を目指し、優美は傭兵になることを目指していた。

レナは卵焼きを食べてため息をついた。
「はぁ・・・私も誰かにあげようかな」
「レナも誰かにあげるの?」
優美は箸を止めるとレナの方に顔を上げた。唸りながらレナは腕を組んだ。
「マジでどうしようか考えてるんだけどね。・・・本命も居ないし、全部義理でいいかな?」
「・・・まさか、ホワイトデー狙い?」
「当たり前じゃん!3倍返しよ3倍!」
威張って言うレナに優美の鋭いツッコミが突き刺さる。
「20円チョコだと・・・60円だよ?・・・小さいポテチが買えるかどうか・・・」
「あ、そっか・・・ダメじゃん」
極力お金を掛けずに何とかしようとしていたレナの目論見は打ち砕かれがっくりと肩を落とした。肩を落としてもレナの箸は止まらない。茶碗を優美に勢いよく突き出す。
「おかわりっ!」
「はーい」

優美とレナは朝から良く食べる。“食べないと死ぬ”が2人の言い分だが、“傭技専”に通う女の子達の大半はそうだった。ハードな授業に朝食を抜くと確実についていけない。弁当も毎日大きめのサイズを用意してあった。皿洗いはレナの担当。横にある弁当の中身が気になる。
「優美ー?」
「んー?」
「今日の中身何?」
自室で荷物の準備をしている優美にレナは声を掛けた。かばんを持って出てきた優美が笑顔で答えた。
「トマトサラダと、のりごはん、梅干、昨日の残りのから揚げとー・・・あと、ひじきとか」
ボリュームたっぷりの中身を聞いてレナのテンションは上がる。お昼が楽しみだ。お昼まで待てないかもしれない。
「早弁はダメだよ」
優美に釘を刺されてレナは渋々頷いた。お昼は彼らといつも一緒だ。食堂で、4人でお弁当を食べる。優美は自分のお弁当を作るより“彼”のお弁当を作りたいはずだ。それがなかなか優美は言い出せなくてレナは何とかしようと考えていた。
「よーし、終わり!さぁ、行こっか?」
「うん」
優美はジャケットを着てマフラーをして手袋をはめた。レナはジャケットの上から更にコートを羽織る。優美を見て毎度よく寒くないな、と思うが彼女は薄着でも平気だそうだ。少し離れた学校へと自転車で向かう。女子寮の前には電動バイクや自転車がずらりと並んでいる。部屋ごとに区分けされたスペースに、赤いマウンテンバイクと水色のクラシックバイクが置いてあった。赤いマウンテンバイクは優美、水色のクラシックはレナの自転車だ。レナが小さく身震いをする。
「寒っ」
「そう?」
ケロっとした表情を見せた優美を見てレナは苦笑いを浮かべた。彼女には「寒い」という感覚はあるのだろうか。あのジャケットの下はノースリーブのブラウス1枚だ。どう考えてもおかしい。
「んじゃ、行きますか」
「はーい」
2人は学校に向かって自転車で走り始めた。


「よう!こっちだ」
黒髪のツンツンヘアーの男が手を振っている。その横には金髪の青年が座っていた。優美はその青年を見て息を呑んだ。心臓が止まりそうになる。その様子を見てレナも手を振り返すと優美を引っ張って彼らの元に向かった。黒髪の男がにっと歯を見せて笑う。名札には“鷹山”と書かれてある。その横の青年には“VILLEDOLL”と書かれていた。
「早かったな」
「授業早く終わりましたから」
レナは笑って2人の前にあった料理を見た。翼の前にはきのこのパスタ、スープ。レッシュの前にはサバ味噌定食。「普通逆だろ!!」と突っ込みたくなる衝動をレナは抑えて弁当を広げた。翼が早速食いついてくる。
「やっぱ、うまそうだな。・・・なあ、俺にも弁当作ってくれよ」
「え・・・翼さんにですか?」
突然のことに優美はドキリとした。これはチャンスとばかりにレナは“仕掛けた”。
「優美はこんな先輩より、ヴィレドル先輩の方がいいよね?」
「な・・・レナ!?」
「なんだ、やっぱそうか・・・なあ、レッシュお前も頼んだらどうだ?」
翼はレッシュの肩を叩くとにやりと笑った。翼はレナの意図が理解できたのか、レナだけに分かるように目で合図をした。レッシュが曖昧な返事をするとレナは優美を見えない部分で小突いた。今しかない。
「俺が?・・・いや、でも」
「あの、もし良かったら・・・お弁当作りますけど」
照れながら言う優美にレッシュは申し訳なさそうな顔をした。
「優美が・・・」
「何だよ?いらないのか?欲しいなら欲しい、って言えばいいだろ?」
煮え切らないレッシュに翼はレッシュを小突く。レッシュが困った顔をして翼に、優美に言った。
「優美に負担が掛かるだろ?それに・・・」
「あの!・・・負担とか思ってません・・・。お弁当、作りたいです」
はっきりと意思を見せた優美にレナはにやりと笑った。心の中で「押せ!押せ!」と叫びながら2人のやり取りを見た。レッシュは頭を掻いて言った。顔が照れている。
「優美がいいなら・・・作ってくれるか?」
「あ、はい!・・・じゃあ、明日から作りますね!」
笑顔を見せた優美を見て翼もレナも目で合図をして笑った。とりあえず、一件落着だ。翼が優美に向かって言った。
「ついでに俺の分も・・・」
「え?」
「はぁ?」
優美とレナに同時に渋い表情をされて翼は唸った。便乗に失敗する。
「ちっ・・・優美の飯うまかったから、せっかく食えると思ったのによ」
「鷹山先輩は食堂で十分ですよ!」
レナは笑って言った。前は翼に声も掛けれないほど怖かったが、今はそんなことはない。彼は目つきが悪く怖い見た目と違っていい人だ。“人は見かけによらない”が当てはまるのが、まさに彼だ。優美がすぐにフォローを入れる。
「今度また作りますから」
「マジで?・・・じゃあ、カレーが食いたい」
「先輩子供ですか?」
「ガキか?」
今度はレッシュとレナに突っ込まれた翼はぐっと押し黙った。3対1は圧倒的に不利だ。横ではレッシュが箸を器用に使ってサバ味噌をおいしそうに食べている。
「何だよ・・・イジメかよ」
小さくなる翼をみて3人で笑った。


「やったじゃん!」
「うん!」
夕食の準備をしながら優美は笑顔で頷いた。夕食のメインはロールキャベツだ。皿を並べていたレナのピンクの携帯が居間のソファーの上の鳴り響いた。
「はいはいー」
パタパタと小走りでソファーに行くと携帯を取った。サブディスプレイには“レッシュ・F・ヴィレドル”の文字が流れている。レナは電話に出た。
「アロー?」
「・・・なんでフランス語なんだ」
すばやい突っ込みにレナは思わず吹き出した。あはは、と笑って、レナは電話の理由を聞いた。
「優美にですか?」
「ああ、そうだな」
「ていうか、優美も携帯持てばいいのに」
レッシュはレナの言葉に苦笑した。確かに、優美は携帯を持っていない。非常に珍しいことだ。だから、優美への電話は部屋なのだが、ほとんどレナの携帯に掛かってくる。
「だって、携帯持ってないとか、おかしくないですか?」
声を小さくしてレナは言った。レッシュが電話の向こうで笑っている。
「ま、それが個性だろ?あいつらしいだろ」
「あはは、確かに」
そう言ってレナは優美を呼んだ。
「優美ー!ヴィレドル先輩から」
「え?・・・ま、待って」
慌てて火を緩めるとエプロンで手を噴くとフローリングをぺたぺたと裸足で走ってくる。優美は家にいるときはいつも裸足だ。その方が楽だと優美は言う。年中生足丸出しの優美は、足出してないとやってられない、とよく意味がわからないことを前に言っていた気がする。電話を渡された優美はソファーに畏まって座った。いつものようにガチガチに緊張している。その様子をみてレナはくすくすと笑う。
「は、はい。優美です」
「優美か?突然悪いな」
「いえ・・・大丈夫です」
優美は横に首を振った。レッシュは話を切り出した。
「明日夕方暇か?」
「明日・・・ですか?・・・あ、はい。すごく暇です」
“すごく”という表現にレナは笑いを堪えるのに必死だった。ソファーの上で口を押さえ、おなかを押さえて苦しんでいる。
「どっか出かけないか?」
「え!?」
優美はドキリとした。鼓動が早くなって、顔が赤くなる。と、レッシュの言葉のテンションが少し下がる。
「・・・っと、タカが言ってるんだが」
「翼さんが・・・ですか」
その声が聞こえてレナはがくっと肩を落とした。2人きりでは無いようだ。優美も少しがっかりした表情を見せた。レッシュは続ける。
「飛崎も一緒にな」
「私も!?」
自分の名前が聞こえてレナはびっくりした。レナも優美の持つ携帯に耳を寄せた。「何だ聞こえてるのか」と言うレッシュの声が聞こえた。優美は苦笑する。
「じゃあ、何時に行けばいいですか?」
「そうだな、俺が迎えに行くよ。寮の前で6時でいいか?」
レッシュは時計を見て言った。横では翼がにたにた笑っている。優美はぎこちなく頷いた。
「あ、はい」
「予定はこっちで立てるから・・・あ、正装で来てくれ」
「正装・・・ですか?」
その言葉に驚いた。どこかにディナーを食べに行くのだろうか。優美とレナは顔を見合わせた。その時、電話の向こうでレッシュが翼に何か言われている。
「優美、飛崎と代わってくれ」
「あ、はい」
そう言われて優美はレナに携帯を返した。不思議そうにしてレナは電話に代わった。電話はレッシュではなく翼だった。
「飛崎か?」
「あ、鷹山先輩?何ですか?」
「とりあえず、優美を追い払え」
電話から指示され、レナは優美を夕食作りに戻した。電話の内容が気になりながらも優美はロールキャベツの鍋の前に戻っていった。後姿を確認するとレナは電話に小声で言う。
「撤退を確認」
「よし、・・・とりあえず、セッティングはこっちで任せろ。4人の方が優美は誘いやすいからな」
「ですね」
レナは頷いた。
「席は4人一緒だと思うんだけど、そのあとに2人っきりになれるようにすっからよ、お前も協力してくれ」
「分かりました。喜んで」
その言葉を聞いて翼もおどけて言う。
「詳細は追ってメールで伝える。指示を待て」
「了解!!」
ソファーの上に立ち上がって敬礼しているレナを見て優美は苦笑した。何を話しているのだろうか。電話を切るとレナはキッチンに歩いてきた。優美は電話の内容が気になった。
「何だった?」
「うふふ、鷹山先輩から愛の告白♪」
「えええ!!?」
驚きまくる優美を見てレナは声を出して笑った。
「冗談よ。明日の話」
「脅かさないでよ・・・」
ほっと胸を撫で下ろした優美にレナは悪戯っぽく笑った。いい香りにレナはその香りを吸い込んだ。
「そろそろいいんじゃない?」
ちょうどロールキャベツがいい感じになっていた。


つばを飲み込んでレナは優美のチョコを見る。ハート型ではないが実においしそうに見える。赤い箱にゴールドのリボンが巻かれたものが用意されている。その横には少し小さめの黒い箱もあった。
「赤いほうがヴィレドル先輩?黒いのは鷹山先輩?」
「うん」
優美は頷いてそれを箱に詰めた。赤い箱と黒い箱に入っているチョコは微妙に違うようだ。
「ちょっと味変えてあるの?」
「うん・・・味見してみる?」
その優美の言葉にレナは目を輝かせた。これを待っていたといっても過言ではない。優美が作るチョコはどんな味がするのだろう。最初に黒い箱に入れる予定のチョコを1つ食べた。甘くほろ苦い香りが口に広がる。
「んーうまい」
「こっちも、どーぞ」
優美はもうひとつのチョコを渡した。レナはそれを頬ばった。さっきよりも甘い感じがする。
「こっちは甘いねー。優美の気持ち?」
「え!?」
悪戯っぽく笑うレナに優美は少し赤くなった。味は文句なしに言い。レナは優美に真剣な顔をして聞いた。
「まだチョコって残ってる?」
「うん、素材用だけど」
「・・・私に教えて」
レナが言うと優美は快く頷いた。
「うん、いいよ。・・・誰かにあげるの?」
「秘密よ」
2人の楽しげな会話は深夜まで続いた。


寮の前で2人の少女がドレス姿で立っている。優美は胸元の開いた白いレースの装飾があるミニスカートのドレスにファーの付いたコートを着ている。レナは先輩から借りた同じようにレースの装飾がある胸元が開いた黒いドレスを着て、コートを着ていた。スタイルがいい優美はいいのだが、レナは胸元がかなりスースーする。それに待つのも寒い。
「寒っ・・・」
小さく震えながらレナが待っていると、坂道を駆け下りてくるすごい音にレナは驚いた。車のライトの光が眩しい。ボボボっと重たい音をした銀色の車が2人の前に止まった。見たところすごく古い車に見える。それに電気ではなく、ガソリンで動いているようだ。後ろから煙を吐いていた。レナはその車を見てちょっと驚いた。横を見ると優美は嬉しそうにしている。ドアが開かれると運転席にはスーツ姿のレッシュ、後部座席には同じようにスーツを着た翼が座って居た。2人ともよく似合っている。翼が「悪いな」と言った。
「何だよ、待ってたのか」
「こんばんは」
2人でお辞儀するとレッシュと翼も「こんばんは」「よ!こんばんは」と挨拶をした。早く中に入るようにレッシュは急かした。
「寒いだろ?早く乗れよ」
「あ、はい」
「飛崎、お前は後ろだ」
翼にまた目で合図されレナは頷いた。メールで作戦は聞いている。最初にかばんを渡すとシートを前に倒して後部座席に乗り込んだ。独特の振動がシートから伝わってくる。助手席には優美が座る。ドアを閉めると薄暗い車内に戻った。シートベルトを締めるとレッシュは優美の方を向いた。
「寒くなかったか?」
「・・・はい」
「今日、弁当ありがとな」
「ううん・・・気にしないでください。お弁当作るの楽しいですから」
照れながら言う優美を見て後部座席の2人はにやついていた。こっちが“セッティング”しなくても案外2人はいい感じだ。小さな声でレナと翼は話す。
「いい感じですね」
「だな、レッシュも優美もこういうの奥手っぽいからな」
翼が唸るとレッシュが振り返ってきた。
「そろそろ行くか」
「ああ、そうだな」
銀色の車は一旦バックすると海岸線に続く道に走っていった。


着いたレストランはいかにも高級そうな店だった。
コートを預けて椅子に座る。
レッシュの横には翼、レッシュの前に優美、翼の前に私だ。
レッシュと翼はてきぱきと指示を出して料理を運んでもらっている。
優美は料理を食べて「おいしい」と言って嬉しそうにしている。
正直、私はこういう店は向いていない。
緊張してしまって味がいまいち分からなかった。
店を出るころには逆に私は疲れていた。

その様子を見て翼が心配そうに聞いてきた。横では優美が駐車場の方を見てレッシュの車が来るのを待ち遠しそうに見ていた。
「お前、大丈夫か?」
「うん・・・私ああいう店ダメです。肩が凝りますよ」
「そっか・・・まあ、これから本番だからな、ヘバるなよ?」
「分かってますよ」
レナは苦笑すると翼が「しんどくなったら言え」と言ってきた。やはり、イメージとは違う。みんな彼のことを誤解していると思う。レナや優美の友達も翼を良く思ってない人も少なくない。怖い見た目のイメージと荒い言葉遣いが先行してしまう。その時レストランの駐車場から銀色の車が走ってきた。辛うじて覚えているのは、その車の名前が20世紀後半に極東日本の企業で作られたもので“KPGC10”という名前だということだ。
「さあ、ドライブだな」
3人は車に乗り込んで海沿いの道を更に走っていった。


「きれー・・・」
優美は海を挟んだ反対の街並みを見た。夜景が美しく輝いている。2月の14日だが、寒い上にこんな時間にこんな場所に来るもの好きはそうは居ないだろう。横でレッシュが柵に手を掛けた。
「だろ?穴場だよ」
「はい!・・・すごく綺麗です」
優美はレッシュの顔を見て言った。外灯にレッシュの顔が照らされる。その顔を真っ直ぐ見れなくて優美は顔を逸らした。顔が赤くなっているのが分かる。夜景を見ながら沈黙が続く。優美が意を決して口を開いた。
「今日は、ありがとうございます」
「楽しんでもらえたら嬉しいよ」
レッシュは笑って優美の方を向いた。優美は小さなカバンを開いて金のリボンが巻かれた赤い箱を出した。
「あの・・・チョコレートです。バレンタインの」
「俺にくれるのか?」
「・・・はい」
レッシュは箱を受け取ると驚いた表情を見せたがすぐに笑顔を見せた。優美は照れながらレッシュの顔を見上げる。
「食べていいか?」
「あ、はい」
リボンを外すとレッシュはポケットに仕舞った。バレンタインカードが挟まってるのを見るとふっと笑った。
「これは後で見たほうがいいかな?」
「・・・できれば、そうしていただけると嬉しいです」
赤くなってもじもじする優美を見てそのカードもポケットに入れた。レッシュはベンチに優美を呼ぶとハンカチを出してそこに座るように言った。2人が座るとレッシュは箱を開けた。7つの丸いチョコが入っている。
「いただきます」
食べるレッシュを心配そうに優美は見ていた。味見はした。胸がドキドキする。こんなに近くにレッシュが居るのは夢のようだった。レッシュの顔がほころぶ。
「んー、うまいな」
「ほ、ホント?」
「ほら」
そう言ってレッシュはチョコをひとつ摘まむと優美に食べさした。普通に食べた優美だったが、レッシュのしたことと自分が自然に食べてしまったことに真っ赤になった。レッシュから食べさせてもらったチョコは少し違った味がした気がする。
「て・・・味見したよな?」
「は・・・はい」
優美は赤くなって俯く。その様子を少しはなれた後ろから翼とレナが見ていた。
「ああ!!・・・見た見た?」
「おお・・・レッシュが食べさせたぞ・・・決定的瞬間だな」
2人はにやつきながら顔を見合わせた。レナはカバンからおもむろに箱を取り出した。それを恥ずかしそうに翼に渡す。
「はい、これ」
「何だこれ?」
珍しそうに翼は渡された箱を見た。レナは少し赤くなって言った。
「チョコよチョコ!・・・今日のお礼です。勘違いしないでくださいねっ」
と、レナが言っている傍から翼は箱を開け始めていた。ひとつ摘まんで頬張った。
「うん、いい感じだな」
「マジですか?」
「正直に言っていいか?」
真剣な顔をした翼にレナはドキリとした。何を言われるのか緊張する。鼓動が早くなったのが分かった。翼はにっと笑って言った。
「優美から貰ったやつより、うまいぜ」
「え・・・」
「俺はこっちの味のほうが好きだな。・・・お世辞じゃないぜ」
レナは嬉しくて俯いた。その時空から舞い落ちてくるものがあった。

「雪だ」

雪の降る量はあっという間に多くなって白くなっていく。レナは小さく身震いをした。その時、あったかいマフラーがレナの首に巻かれた。翼が横で笑っている。
「これで暖かいだろ?」
「・・・ありがとうございます」
レナは少しだけ翼に体を寄せた。ゆっくり優美とレッシュの後姿を見た。さっきよりも2人の距離が縮まったように見えた。そした、翼の顔を見上げる。何か照れくさいが、レナは翼の腕に肩に顔を傾けた。


「寒くないか?」
「私、寒いの平気ですから」
優美は頷いてはにかんだ。「足いつも出してますから平気です」と優美は言う。傍から見ればあんな格好で平気かと思うだろう。優美は空を見上げて立ち上がって手を広げる。
「綺麗・・・」
見上げた黒い空から白い雪が降り注いでいた。優美はくるっと回って笑った。雪が黒いコートに白く光る。レッシュは立ち上がって優美の横に立った。
「また、どっかに行くか」
「え・・・?」
突然の言葉に優美は驚いた。レッシュは優美の顔を見る。
「今度は2人でな」
「・・・はい」
頬を染めて優美は頷いた。

寄り添う2人を雪が包む。

赤い箱の中に並んだ2つのチョコレートに白い雪のデコレーションが輝いていた。







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