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まだまだ続くし~付点の足音~

(3) **一般病棟へ 7/10~7/16**

(3) 2003/7/10~7/16


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 *入院27日目* 2003  7/10(木)  ーナンバーディスプレイー



7月 歩行練習

shinがICUを出たのを機会に、毎晩子機を枕元に置いて寝るのを止めましたが、その頃から無言電話が頻繁にかかるようになりました。
shinの入院と何か関係があるのでしょうか。
最初は夜中だけでしたが、私は寝不足がたたるタチなので
なので参りました。

その内、昼間もかかるようになり、子供たちも気味悪がります。
子供たちとも相談してナンバーディスプレーを契約することにしました。
手続きは電話でOKでしかも4~5時間後から使えました。
親戚や知人など番号の登録はちょっと面倒でしたが、これで安心して眠れます。
shinにも話しましたがピンと来てない様子でした。

転院が決まったので簡保に入院証明書について問い合わせをしたところ、病院が複数になるのであれば複数の証明書が必要との事です。
早速事務カウンターに申し込みましたが、2週間以上かかる上
7千円もするそうです。

昨日受け取った診断書も結構高額で、書類は高いなと思いました。速達で会社に送りました。

shinが音楽を聴きたいと言ってので、CDプレーヤーを買って病院へ行きました。
カーペンターズや'70年代のフォークなど聞かせると結構楽しんでいる様子です。

日曜から相撲が始まったので、夕食までの時間が楽かな思っていましたが、日によって興味のムラがありテレビだけでは
もたなくなっていました。
リハビリでお腹もすくらしく
「何か食わせろ」「食べに行こうか」など話が「食べる」方にすぐいきます。
民放だとCMも入るので、刺激も強いのでしょうか。
CDを聞いてくれるならシメシメです。
(手続き記憶は弱いので、プレイヤーの操作は覚えられず誰かがセットしなければ聞けませんでした)

昼はY子ちゃんとランチ。
貴重な昼休みに付き合ってくれ、本当にありがたいです。
デジカメの映像を見ながら私の話をよく聞いてくれます。
F病院に移ったら、遠くなるのでちょっと寂しいかも。

先日の夜はボランティアの先輩Zさんに電話しました。
実は今年度はZさんとボランティアの会のお仕事を一緒にする事に決まっていたのですがshinの入院のお知らせをしただけで、そのままになっていました。
すでに私の後任の方も決まっており、Zさんも御存知でした。
本当にいろんな方に迷惑をかけてしまいました。

かわいいお孫さんもいらっしゃる方なのですが、とても若くパワフルで一緒にいるといつの間にか元気になっている自分に気がつきます。
(ご主人の突然の入院体験やお年寄りの介護などなど私の参考になる事をいつもジャストのタイミングで話してくれる方なのです)
ハガキやメール、電話での励ましは本当に嬉しく勇気づけられます。
(合計4ヶ月の入院生活でしたが、ZさんとY子ちゃんがいなかったら私は挫けていたでしょう)


******



 *入院28日目*   2003   7/11(金)  -シンケイスイジャクー


転院が間近に迫ったせいか、S先生のリハビリは内容がだんだん濃くなってきているのが分かります。

5Fの看護師さんたちが
「○さん、F病院に行くんだって?大丈夫?がんばってね」と意味ありげに声をかけてくれます。

F病院ってそんなに厳しい所なのでしょうか。
16日が近づくにつれて私はだんだん不安が大きくなります。
リハ室の先生方にも尋ねますが、あまりはっきり答えてくれません。
○さんのリハはできません…なんて言われたらどうしよう。
もう行くところはないし。

今日はまず、リハ用ベットの上で寝返りの練習です。
上手く右腰を使うのがポイントのようです。
右の手足がマヒしていると言うことは、途中の腹筋や背筋、腰の力も落ちているらしく、病前とは比較になりません。

ベットや車イスからの起立はかなり上手くなりました。
またベットと車イス間の移動も、左を上手に使って重心の移動がスムーズにできるようになっています。
本人の能力を最大限に引き出すS先生の能力はスゴイものだと思いました。

病室でのベットと車イス間の移動も、いちいちナースコールを使わなくても出来るようになり、私も重心のポイントをshinに説明して後は見守りで済みます。

しかしshinの能力については電子カルテにも記載されていないらしく、説明を受けていない看護師さんは未だに移動については「はい私の首につかまって・・」と、腰への負担が大きい作業です。

shinも自分の能力の説明まではできないらしく、「つかまって」と言われれば素直につかまっています。
でもこれは若い女性の看護師さんが多いからかもね。

今日は歩行距離の記録を更新しました。
「ちょっと歩いてみましょうか」とS先生に促され、杖を使って歩き出したshinは理学療法室を出、廊下を挟んだ作業療法室まで歩いています。
「うわぁ、○さんスゴイ!」と作業療法室の方から声が聞こえました。

これだけの距離を歩くとは思っていなかたshinは
「S先生にだまされた」なんて言っていましたが、満更でもない様子です。
これからは自信を持つ事が次に繋がるのだと思いました。

先日私が切れてから、shinは「帰る」とか「もういい」とか消極的な言葉を口に出さなくなりました。
shinの気持ちが変わったのか、我慢しているだけなのか、今のところ私には分かりません。

明日は子供たちと会う予定です。
「お父さんとトランプをしたい」とのリクエストがあったので、夕食を待つ間デイルームでシンケイスイジャクをしてみました。

52枚は多いと思い、半分の枚数でやってみましたがちょっとシンドイようです。
やはり記憶を頼りにするゲームはちょっと早かったかもしれません。

先日からペンディングになっていた会計の明細説明がありました。金額に変化はありませんが、かなり高額な請求の場合きちんと説明が欲しい…と言う事を担当者に言いました。
今日は11日なので5日後の転院時には、また支払いです。
ハァ~。



*******





  *入院29日目* 2003   7/12(土)   ~バリバリ普通~



 
子供たちは学校があるので、ウィークデーはshinに会えません。夏休みが待たれます。
今日は待ちに待った子供たちとの面会日です。

子供たちも午前中は歯科や学校と予定があったので、3時に病院集合としました。
飲み物、フルーツ、ケーキ等を用意してデイルームで午後のお茶です。
土曜日の午後は面会の人も多く、テーブルも一杯でしたが
同室のTさんが席を譲ってくれました。

shinは子供たちと会った瞬間、言葉に詰まったようでしたが、嬉しそうにニコニコしています。
4人でテーブルを囲むのは何日ぶりでしょうか。
病前は何とも感じなかった事の一つ一つがとても大事に思われます。

お茶の後は4人で七並べをしたり、1Fロビーへ行きデジカメで写真の撮りっこをしたりと楽しい時間を過しました。
「お父さん、ゲッツの指をして」と次女に言われ、リクエストに答えたりもしていました。
昨日のシンケイスイジャクは上手くできませんでしたが、七並べは子供たちとしたせいか、ルールも覚えているしスムーズにゲームできました。
やはり記憶をたよりのゲームはもう少し後がいいかもしれません。


帰りの車の中で長女が「お父さんバリバリ普通じゃん!!」と
嬉しそうに言いました。
今日のshinは結構調子も良かったのです。
そう、早く「バリバリ普通」になって欲しいです。



******




 *入院30日目*  2003   7/13(日)  ~裏切り・・を期待~



あれこれ買い物を済ませて病院に着いたのは4時過ぎでした。
眠っていたので、廊下のイスに座り溜まっていたノートをまとめます。

先日ここのソーシャルワーカー(SW)と面談をしました。
私のまとまらない話も辛抱強く聞いてくれました。
急性期の患者が多いので、パニックに陥ったままの家族の話にも慣れているのでしょう。

その中で、「重度障害」と言われてもリハビリをしていく内に
いい裏切りも沢山あり、予想以上の成果を出す場合も多いので、今から諦めてはいけない…と言われました。
慰めも入っているのかとも思いましたが、そう信じることで私の気持ちが少しでも軽くなり、前向きになれるのなら信じてみようと考えました。

またセカンドオピニオンについては、病院としても協力体制は十分だが目的意識をはっきり持たないと、かえって大きな迷いになる事もあるので、よく考えてみるようにアドバイスを受けました。
shinの場合、診断内容や治療方針で迷う・・という段階ではなく、これからは血圧を安定させつつリハビリに励むのであればむやみなセカンドオピニオンは必要ないかもしれません。

最後に沢山の心配事があると思うが、必ず必要な時期に必要な現象が起こるので、あまり先回りして考えすぎないように…と言われました。
考えても不安になるだけだったら、かえって辛いものです。
F病院にもSWがいるようなので、必要な時に専門家に相談すればよい・・と割り切りました。
(必要な時に必要な現象・・本当にその通りでしたので、何かに迷ったらこの言葉を思い出すようにしました)

昨日の帰りがけにshinの足の指にタダレを見つけました。
担当看護師のKさんがいたので、報告しておきました。
脳卒中の患者のフットケアは結構重要らしく、明日皮膚科を受診できるように手配します・・と笑顔で答えてくれました。

Kさんに限った事ではないのですが、ここの看護師さんは誰もがどんな時も笑顔をかかしません。
決して人手が足りているようにも見えませんが、患者や家族の質問や依頼にも笑顔で答えてくれます。
そうするとこちらも笑顔になるから不思議です。
疲れていると、いつの間にかブスっとした顔になったりしているのが分かるのですが、「こんにちは」と笑顔で挨拶されるだけで家族も新鮮な気持ちになります。
仏教で「顔施」(もしかしたら違う言葉だったかもしれないが笑顔も施しの一つと言う意味の言葉がたしかにあった)という言葉があるらしいのですが、まさしくこれでしょう。



*******





  *入院31日目*   2003   7/14(月)  ~リハビリ見学 ~




4点杖




長女は学校が休みなので一緒にリハビリの見学をしました。
リハビリは原則として月~土(午前中)なので、子供たちはshinのリハビリを実際には見たことがありません。
shinには言っていなかったので、嫌がるかともおもいましたが、「いいよ」とあっさりOKが出ました。

I先生もS先生も張り切っています。
今日は杖を使って10mほど歩きました。
娘も飽きることなく真剣に見守っています。
shinにも緊張が見られますが、頑張っているのはヒシヒシと伝わってきます。
やはり娘に見学させて良かったと思いました。

父の様子、他の患者さん、リハビリの先生方…彼女は何を感じたでしょうか。

長女をバス停まで送り買い物をして戻ると、shinはすでにナースステーションで食事を始めていました。
「ごめんね」と言うと「あっち(デイルーム)に移ろう」と言うので、食事の途中で席替えです。
デザートに買った果物はほとんどshinが食べてしまいました。娘に見守られたリハビリに疲れたのでしょうか。

食後は先生方と撮ったデジカメの写真に書き込みです。
「ありがとう ○ shin」とこれだけの事ですが、やはり書字は難しいようです。
スケッチブックには上手く書けましたが、「あ」が「お」になった物もありました。
書き直そうかとも思いましたが、これもご愛嬌です。そのまま使うことにしました。

H病院のイスはどこの物も適度な固さで、座り心地がよいので
仮眠にもよく利用します。
今日もひと眠りし8時半ごろ帰宅しました。

今日でちょうど入院一カ月が経ちました。
いろんな事を考えた長い時間でした。


私に足りなかったものがあるとすれば、それはバランス感覚でしょう。目隠しをしてまっすぐ歩いているつもりでも、気がつくとナナメに進んでしまう事ってありますが、まさにそれかもしれません。

一生懸命やってもベクトルの向きが違っていればどこかに無理が出てきます。
今回の事はそれに気づく為の痛い試練だったのかも・・と思う気持ちも生まれました。
最初はパニック、次は「どうしてshinなの」「なんで私たちなの」…そんな気持ちとの戦いでした。
でも、きっとそんな気持ちのままでは先に進めないと思います。誰かのせいにしてしまうのでもなく、自分だけを責めるのでもなく…。

しかし私の中にあった思い上がり、自己満足、そして焦りに似た気持ち、そんなものがない交ぜになって私をずっと取り巻いていましたが、「感謝」という気持ちを忘れていたのも事実です。
もう少しで「今在る事」の幸せを失うところでした。

この病院ともあと2日でお別れです。
これからどんなリハビリが行われるのか想像もつきませんが、shinにとっていろんな面でよいリハビリの良いスタートができたと感謝しています。



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  *入院32日目*   2003   7/15(火)  ~転院準備~



F病院へ移る前に、私の身辺も整理しないといけません。
仕事は辞めましたが、細々と点訳のボランティアをやっていたのでそちらの事もあります。
今はとても続けられる状態ではないので責任者へ連絡をし、預かっていた本は返却して続きを打って下さる方を探してもらう事になりました。

また相互公正をしていたFさんにも連絡をして、私の代わりの人を探してもらう事にしました。
Fさんとはボランティア仲間で、年令が近いこともあり、点訳だけに限らず悩みを相談したり趣味の世界の話をしたりしていましたが、すっかり迷惑をかけてしまいました。
shinの事を知らせるととても驚いていましたが、しっかり励ましてくれました。

Oさんにも連絡です。この方もボランティア仲間ですが、いろいろと経験豊富で、かつパワフル&がんばり屋さんです。
点訳の受講生の頃から大変お世話になりました。
私のメールが舌足らずだったせいで、Oさんは両親のどちらかが病気になったと勘違いし、Fさんから詳しい話を聞いて、驚いて訂正メールをくれました。
OさんもFさんも私が40代になってから知り合った大切な仲間です。点訳の関係で立ち上げた掲示板の管理もお二人に任せてしまいました。
いつかは私も点訳を再開したいと思っています。

スーパーの特売日なので、shinの下着や洗剤、本等買い物を済ませて病院へ。

ここでのリハビリも今日で最後です。
shinには毎日転院の事は話していますが、タイミングまで覚えているのかどうか・・と不安でしたが、最後には先生方にちゃんとお礼を言っていました。

又この病院へ来ることがあるでしょうか。
とてもお世話にはなりましたが、できればもう入院はしたくないです。あまりにも強すぎる経験でしたから。

Y子ちゃんにはとても力になって貰いました。
貴重な昼休みに誰にも言えない事を黙って聞いてくれまし
た。忙しい体なのに毎日メールにも付き合ってくれました。
本当に感謝しています。

この一月Y子ちゃんZさんをはじめ、いろんな人たちに助けて貰いました。
その時々の気持ちを忘れないようにしなくては・・と思います。
そして一人で抱え込むのはヤメにしなくては。
もっとしなやかに「HELP」を言おうとも思います。

リハビリとはもう一度持てるようになる・・と言う事でしょうか。
明日からの新たな目標は rehave,rewalk,respeach!! 
です。


******




 *入院33日目*    2003   7/16(水)  ~また来ます?~



     ICU


いよいよF病院への転院の日です。
早めに病院へ来てほしいと昨日看護師さんから言われたのですが、道も混まず8時には着くことができました。

まず3FのICUへ行き勝手にフットペダルを踏んでドアを開け、shinが書いた手紙とお礼のお菓子を中間ドアの前にそっと置いてきました。
いけない事とは承知の上でしたが、ICUを出るときも突然だったので私は挨拶もしていなかったし、その後ICUのスタッフに会う機会もありませんでした。

今のshinがあるのはICUでの10日間があるからです。
どうしても感謝の気持ちを伝えるために、いけない事をしてしまいました。ちょっとドキドキしました。

病室では食事と洗面・髭剃りを済ませていたので(昨日セットしておいたので男性看護師のTさんがやっておいてくれたらしい)ベットで着替えをしました。

ちょうど着替え終わったところに脳外のDr.IとDr.Kの回診がありました。
最後にキチンと挨拶が出来たので良かったです。

リハ科のDr.Mも来てくれました。昨日「F病院での事も心配ですし、良かったらリハビリ室のメールアドレスがあったら教えていただきたい」とお話をしていたところ「メールアドレスはありませんが、私の医療用PHSのナンバーです」とメモを渡して下さいました。

F病院の見学もしておこうと思っていましたが、時間切れで様子も分からないまま転院する家族には本当に心強いメモです。Dr.Mありがとうございます。

shinの用意も出来、荷物もまとめました。
入院費の精算と車イスの返却、入院証明書の申し込みを済ませました。

5Fのナースセンターも一切贈り物は受け取らない事になっているようです。
しかし今日で転院だし、お仕事とは言え本当によく看護していただきました。
私たちが出てから見つかる分はいいか・・と考え、shinが昨日書いた手紙とお礼のお菓子をキャビネットの後ろへ置きました。

shinも落ち着いています。
発症した6/14は、私は次女と外出中で救急車には乗っていません。今日はH病院が寝台車で送ってくれるので、shinと一緒にF病院へ行けます。

いよいよです。shinはストレッチャーに乗せられました。
朝のシフトの看護師さんたちが沢山お別れに集まってくれました。
「○さん元気でね」「リハビリがんばってね」
能天気なshinは「はい、又来ますね」等と答えています。
皆さん笑いながら手を振ってくれました。



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