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まだまだ続くし~付点の足音~

(4) 第3ステージ*リハ病院 7/17~7/31*

(4) 2003/7/17~7/31


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   ~第3ステージ ~


*転院2日目*    2003 7/17(木)  

昨日、F病院へは10時過ぎに着きました。H病院から車で15分位の距離ですが、寝台車の運転は慎重でほとんど揺れる事も無く、ストレッチャー上のshinにも緊張の様子は見られません。

入院手続き、荷物の整理の後、3Fフロアーのオリエンテーションと担当看護師Iさんの説明がありました。

途中、shinの主治医になるリハ科のDr.Kが挨拶をして下さいました。40歳前後位の人でしょうか。
私だけでなくshinにもきちんと自己紹介して下さったのが嬉しく、先生のスタンスが見えたようにも思えました。

shinも「私、○と申します。どうぞ宜しくお願いします」と大変立派!?な返事をしました。(ここで先生はshinの高次脳の程度をちょっと軽めに勘違いしたようです)

午後からはDr.Kの簡単な診察のあと、カンファレンスです。
今後のリハビリの予定(ほぼ3ヶ月)、諸申請のタイミング等々。やはりshinの場合「高次脳」が大きな問題のようです。

ソーシャルワーカー(SW)との面談も出来ました。Uさんと言う女性のSWで、当面の問題である休職手続きと傷病手当金についての一般的な説明を丁寧にしてくれました。
また会社への連絡もしなければいけませんが、その点でもいろいろとアドバイスを受けました。

夕方、転院の報告も兼ねて会社へ電話連絡をしました。
18日(金)の夕方、こちらへ来ていただく事になりました。
すでに診断書も届いているので、今度はshinにも会い
休職期間などが正式に決まるはずです。

昼食、夕食ともにデイルームで14~15人と一緒に食事をしました。F病院の場合、食事の自立が出来ていない人はデイルーム利用のようです。

shinはあまり周りには興味がないらしく黙々と食事をしています。
まったく食べれない人から見守りで済むshinレベルの人たちまで様々な障害の人達がいるようです。
看護師さんたちは5~6人で食事の介助をしています。
食事一つを見ても、ここは大変な所だ・・と思いました。

H病院ではベットからの転落防止のために抑制帯を着ける事が多かったのですが、こちらでは様子を見る事になりました。
安全の為には仕方ないのですが、やはり抑制帯は本人も嫌がっていたので、他の方法があればいいなと思いました。

さて今日は次女もお昼には帰宅したので、一緒に病院へ行きました。
shinも次女が来て大変喜びました。
長女にもメールで連絡しましたが、結局返事がありません。

昨日今日と私も緊張していたのか、夕方にはどっと疲れてしまいました。
夕立もあり予定していた買い物も止めて、次女と早めに帰宅しました。

ICUにいた時は一般病棟へ移り、リハビリのスタートが目標でした。
一般病棟へ移ったら、リハビリ専門病院への転院が次の目標になりました。

さていよいよ第3ステージのリハビリ専門病院での訓練が始まります。
どんな訓練内容になるのか、shinの機能がどこまで回復するのか先はまったく読めませんが今は前に進むしかない、そう思います。


********



  ~スタートのために~


*転院3日目*   2003 7/18(金)  

小学校は終業式です。
次女は歯の矯正中で、今日は新たに装置を着ける予定なので
一緒に歯科へ出かけます。
4時に会社の人と病院で約束をしていたので、私は先に歯科を出ました。

約束の4時ごろ、会社のKさんとFさんが来られました。
shinは車イスに乗って部屋から出てきました。
ソツなく対応出来ていたので、内心ホッとしました。
しばらく近況の説明や会社の様子などを話していましたが、デイルームはそろそろ夕食のセットに入るので、shinを残して近くのファミレスへ行きました。

主な話の内容は「休職」についてと「高額医療費・付加給付金」についてでした。

まず休職は8/1~10/31の3ヶ月間。
6月の後半と7月一杯は休職期間には入れないとの事です。
休職期間中は給与ではなく傷病手当金が健保より支給され、
これは最長で1年6ヶ月受給できるそうです。

高額医療費と付加給付金についても一定額を超えたところで
(若い人が多い会社の健保なので、かなりの額をカバー出来るらしい事がわかりました)2~3ヶ月のタイムラグで給付があるそうです。
一応健保のガイドブックは読んでいたのですが、たまたまKさんは健保のエキスパートだったので、私の質問にも丁寧に答えて下さいました。

発病からずっと気になっていた事が一つ片付きホッとしました。
3ヶ月という休職期間は長くはありませんが、一応リハビリの予定期間はカバーできるので、あれこれ心配しないで専念出来ると思いました。
リハビリのハード面・ソフト面での環境が整いました。
転職間もない時期での発病でしたので、とても心配していたのですが、会社の対応にも私は誠意を感じました。

リハビリテーション総合実施計画書をもらいました。
心身機能の項目では意識障害と中枢性マヒにチェックが入り、詳細部分で音声・発話障害と失行・失認にチェックがついています。
また活動面ではベット起き上がりと食事以外はすべて、監視から全介助の自立度です。
やるべき事がいかに多いか…。
ほとんど赤ちゃんレベルからのスタートです。
どこまで出来るか…行ける所まで進もう…そう思いながら帰りました。


*********


   ~疲れる気持ち~


 *転院4日目*   2003 7/19(土) 

長女は今日が終業式です。
病院に誘いましたが、月曜の祝日に行く・・と言います。

途中ドラッグストアに寄り、shinのリハパンと夜用オムツを買います。
10数年前は娘達の紙おむつを買っていましたが、大人用はかさばるし重いです。

今日は弟のアドバイスで持って行った大きな電卓を使って右手のリハビリをしてみました。
私が言う数字をshinが右手でキーを押す・・そんな簡単な事ですが、今はそれでも大変です。
聞いた数字を認識し、マヒのある右手を使ってキーを押す・・いつの間にかまどろこしいのか左手を使ったりしていて、可笑しくもあります。

そのうちイラついてきて、またぞろリハビリについての文句を言います。
転院4日くらいでは、リハビリの成果など実感出来ないのも当然でしょう。
そのうちケンカになりました。
土日は原則としてリハビリがないようなので、早く週が変わらないかな・・と思いました。

後で担当看護師のIさんにケンカした事を言ったら
「いいよ、いいよ。奥さんもストレス溜めないようにしてね。
まだ記憶が無いから後には残らないし・・」と言ってもらい
スッキリしました。

帰宅後、両親に医療費・休職・健保関係の3度目の説明です。
う~ん無理して理解してくれなくてもいいんだけどな・・と思いますが。
今はshinと両親はほぼ同レベルでしょう。
こんな時、ズドーンと疲れる私です。

夜、母から電話がありましたが気持ちの余裕が無く、うまく対応出来ずにケンカになるのもイヤだったので、早々に切りました。
ごめんね、お母さん。



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  ~センカタツキテナイ~

*転院5日目*   2003 7/20(日)  

昨日は電卓の他に九九や簡単な暗算などを試してみましたが、前回H病院で一桁の暗算をやった時と比較すると、格段の進歩でした。

もともと数字には強い人でしたので、H病院では計算能力の低さに驚きましたが、一月もしないでここまでリカバリーできると知り嬉しく思ったとともに、一度試して出来ない事もタイミングの問題もある・・・と知りました。
その時出来ないからと言って落胆する事も無いし、諦めずに
時間をおいて試してみればよいのだ・・と思いました。

4歳児用の「国語のおけいこ」を購入しました。
子供たちが小さい頃は「ノンキなカーサン」だったので、幼児教材は買った事も無かったのですが、書店で選ぶとなるとその多さにびっくりしました。
まずはイラストを見ながら名詞、動詞、形容詞・・と言葉を増やしていけたらと思います。

H病院のTVはベットサイドのキャビネットからアームが伸びてA4サイズの液晶TVが1日500円で「見放題」でした。
TV好きのshinですがH病院では集中力がなかったのでしょうか、あまりTVに関心は示しませんでした。

F病院は個別に小さなTVがキャビネットの上にあり、各自TVカードを購入して見るタイプです。おまけにキャビネットの中に組み込んである小さな冷蔵庫もTVカードで使えるようになっており、スイッチを押し間違えると使わない冷蔵庫もONになりカードの残がすぐ無くなります。
看護師さんと相談して、冷蔵庫のスイッチには触らないようにペットボトルのキャップでガードを作りテープではりました。

今日は二人でTVを見ていると(shinはイヤホンを使って音声あり、私は映像のみ)九州の雨のニュースが流れていました。
突然「長崎へ電話しよう」と言います。
「誰に?」と聞くと「え~っと」と名前は出なかったものの、私の実家の事だと分かったので、公衆電話からかけてみました。
母は信じられないようでしたが、
「え~、shinさんなの?電話できるの?ああアリガトウ!」と興奮しています。

これはすごい進歩です。
長女の学校の創立者が好んで使われた聖句の一つに
「為ん方尽くれども希望(のぞみ)を失わず」があります。
生前よくお話の中にも使われたようですが、学校のあちこちにもこの言葉が掲げてあります。

shinの場合はどうでしょうか。
私はまだ、為ん方尽きていない・・と思います。
まだリハビリは始まったばかりです。これからどんな展開になるか誰にも分かりませんが、やるだけの価値はある筈です。
挫けそうになったら「まだ為ん方尽きていない」と思う事に
しました。

業者に頼んでいたレンタルの車イスが届いていました。
どこに行くにも何をするにも、まだまだ車イスがたよりです。
ここでは車イスの背中に「歯磨きセット」やタオルなどを掛けている人が目立ちます。
shinの洗面道具もS字フックを使って背中に背負わせました。

「夕食の用意をしてこなかったので、今日は早く帰ってもいい?」と尋ねてみました。
shinが入院してから毎日、夕食の準備をして家を出ていましたが、今日は早く帰ろうと決めていました。
入院も5日目になると気持ちも少し落ち着いたのでしょか、
あっさり「いいよ」と言ってくれたので気が変わらないうちに
帰ることにしました。

F病院の周りはスーパーも多く、買い物をゆっくりしてから帰りました。
30数日ぶりに家族と夕食を摂りました。
アツアツの焼き魚がとてもおいしく、子供たちも嬉しそうでした。

明日からは本格的にリハビリも始まります。
shinの気持ちも落ち着いてきたようなので、きっとがんばれるでしょう。
落ち込む日ばかりでもありません。
かと言って前進する日ばかりでもないでしょう。
でも諦める時期ではないので行ける所まではドンドン行こう
・・そう強く思った1日でした。


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 ~アナログの世界 ~


*転院6日目*   2003 7/21(月)  

子供たちと一緒に病院へ。
4人でベンチに移って、名詞のトレーニングや計算、デジカメで写真を撮ったりしました。

「海の日」で休日なので、静岡のshinの弟にも電話をしてみました。
子供たちの名前はなかなか出てこなかったりするのに、弟の名前はスルリと出るのが不思議です。

月曜日はシャワーの日で(湯船には入りません)、看護師さんと浴室へ行きました。
シャワーの後、バスローブか浴衣を上から掛けて病室まで帰って来るようですが、なかなか適当な物を探せなかったので、水泳用の大きなサイズの巻きタオルを使う事にしました。
上からスッポリ被せられて車イスに乗って帰ってくるshinの図は結構笑えます。

病室は6人部屋でナースセンターのすぐ近くです。
皆さんshinより年上の方ばかりですが、結構うまくやっているようで、今日もKさんと談笑していました。

子供たちを「私の娘です」と紹介していました。
自分でも名前が覚えられない事は自覚しているので、困ると
「先輩」と呼んでいるようです。

リハビリの担当は、PTがO先生、OTがI先生、STがS先生と決まりました。ST以外は日曜を除く毎日リハビリが原則のようです。

最新設備のH病院に比べたら、ここはスペースは狭く、天井も低く奥に長いので暗く、子供たちは「H病院は豪華ホテルで、ここは民宿みたいだね」と言います。

リハビリの時間もH病院はパソコンですぐ分かるようになっていましたが、ここは毎週ナースセンターのホワイトボードに書き出されます。(たまに間違っている事もありました)
患者や家族はそれを見て、時間を確認します。
すべてアナログの世界ですがshinにはかえって都合が良いかもしれません。



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  ~スポーツジム?~


*転院7日目*   2003 7/22(火)  

午前中会社へ定例ファックスを送ります。

OTが3:45だったので、ちょっと早めに行きました。
I先生にデジカメでの撮影について尋ねると、他の患者さんに被らなければOKとの事でした。

今日は籐編みや細いスティックの移動などを先生とコミュニケーションを取りながらやっていました。
H病院では自分の右手の重さをどうする事も出来なかったのが、何とか動かせるようになっています。

やはりこの6ヶ月のリハビリが重要である・・の意味がよく分かります。ちゃんとした訓練をすれば、ある程度の機能は回復できるのです。

OT室は学校の教室の2倍位の広さでしょうか。
先生方もざっと10人はいるようです。

夫々の患者さんが時間になると入って来ます。歩行や車イスの使用が自立していない患者は、看護師さんが連れて来ています。
中には時間の関係で、一人の看護師さんが3~4人の患者さんを一度に連れて来る時もあるようです。
いくらエレベーターで移動するとは言え、大変な労働だと思います。

OT室ではテーブルでのリハビリが主なので、必ず車イスから
普通のイスへ移ります。
これもスムーズに行く人とかなり大変な人がいるようですが、shinは見守っていれば随分移動も上手くなったようです。

PTのO先生は火曜日が休みのようです。
リハビリは休みにはならず、若い女性のK先生が担当でした。
今日は杖を使ってPT室内の歩行をしていました。
またマットの上でストレッチやマッサージもやっていました。
 
PT室はOT室の4倍くらいの広さで、さながらスポーツジムのようです。
先生方は20人はいるでしょうか。
H病院とは比較になりません。
歩行機やバイク、大小のエクササイズボール、ダンベル、杖、装具・・等など沢山の道具と敷き詰められたマット。

患者は夫々決められた課題を先生と共にこなしています。
平らな所の歩行が出来るようになるとPT室から出て、階段や屋外での歩行練習もあるようですが、shinにもそのような日が来るのでしょうか。

PTが終わるともう夕食です。
3Fのデイルームでは今日も10数人の仲間が食事を始めます。
shinはKさんと話をしながら食事が出来るようになりました。

食べる事に精一杯だったり、失語症がひどく話が出来ない人もいるのですが、隣の人と話しながら食事が出来るようになったのはやはり進歩でしょう。

ベットの抑制帯はなくなりましたが、ベットの足元に、踏むとナースセンターに繋がるセンサーマットが敷かれました。
勝手にベットから降りたり車イスから移ったりすると分かるようになっています。
shinは結構鳴らしているようなので、まだまだ要注意です。

また車イスに座っている間は、赤ちゃんの安全ベルトのような物を転落防止の為に必ず着けなくてはいけません。
車イスを使用していてこのベルトを着けていない人は、逆に言うと安全が確認できる人なのです。

今日はそのベルトをどうやったのかくぐり抜け、トイレで転倒したところを看護師さんに見つかったようです。
幸いケガもなかったのですが、ヒヤリとしました。
せっかくここまで来たのに、怪我や骨折だけはしたくありません。

本人にも「まだ一人でトイレに行ってはいけないのよ」と言いましたが、明日まで覚えていられるかどうか。



*********


 ~会社、辞めようか・・・ ~



*転院8日目*    2003 7/23(水)  

5時のPTに間に合うように病院へ行きました。
昨日買ってベット下の引き出しに入れておいたTシャツを着ています。

午前中はST(言語療法)があったらしいのですが、その様子を少し覚えており、先生の名前など私にも話してくれました。

PT(理学療法)もOT(作業療法)も先生は何人かの患者を並行してリハビリをしているようです。

まずは目の届く範囲で自主トレをさせながら、他の患者のリハビリも行うのがどうやらF病院のスタイルのようです。

しかし先生方の観察力は細かく、小さい事も見逃しません。
危険な場合はすぐ飛んで来たり、近くの別の先生が補助をしたりするのは普通の事です。

また後から「さっきは××していたけど、あの場合は△がベストの選択だったね」ときちんと指摘されます。
まあ、患者の側で覚えていられない事も多いのですが・・。
それでも先生方は手を抜かないし、患者とキチンと向き合ってくれるのは有り難いと思います。

O先生が「5分休憩したらユラユラクッションに座っておいてね、○さん」と言い残してリハビリが終わった患者を車イスにのせ、病棟まで送っていきました。

私は黙って見ていましたが、shinは時計を見て5分後に指示されたユラユラクッションに座りバランス訓練を始めました。
先生方は機能訓練だけでなく、記憶力や判断力のレベルについても常にチェックしているようです。

PTが終わったのは6時を過ぎていました。
shinが最後の患者なのでO先生もじっくり時間を掛けているようです。
デイルームには2人しか残っていませんでしたが、ゆっくり食事ができました。

夕食後shinが「仕事を辞めようかと思う」と話すのでビックリしました。やはり気になっていたのでしょう。
期間については話さなかったのですが、「今日、診断書と一緒に休職願を会社に送ったのよ」と言うと「そうか」と安心した様子でした。
また高額医療費についても説明しましたが、一応納得したようです。

明日は午前中にOTとSTがあるので、次女と早めに行こうと思います。


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 ~トラブル ~



*転院9日目*   2003 7/24(木)  

今朝は雨でラジオ体操は休みです。
6年生の次女は喜んでいました。
昨夜から風邪気味だった長女は、夏期講習を休みました。

9:30STスタートと聞いていたので、次女と間に合うように病院へ行きましたが、明日の9:30の間違いでした、ナント。
人間が書くホワイトボードと人間が入力するPCとではどちらがより正確なのでしょうか。

昨日の新聞を持って行ってみました。
デイルームのテーブルで熱心に読んでいます。
もともとshinは新聞好きなのですが、入院してからはなかなか「読みたい」とは言いませんでした。

昨夜のサッカーの日韓戦の結果を聞いてみました。すると
「1対1の引き分けだったよ」と覚えていました。
スポーツ観戦も大好きな人だったので、興味のある事から記憶も濃くなっていけばいいな・・と思います。

OTも午前中に終わりデイルームでいつものように昼食です。
今日はちょとトラブルがありました。
shinの隣はTさんが座っているのですが、どうも失語症らしく
言葉がほとんど出ない人のようです。

言葉を理解する事はできるらしいのですが、「うー」とか「あー」等と言って要求をしているようです。
それが日が浅いshinにはうるさかったらしく、「ちょっと、ウルサイよ」と言ってしまいました。
Tさんも言われた事に腹を立てたようで、「う”-」とshinの方を向いて怒っています。

様子に気がついた看護師さんが二人をなだめましたが、超険悪な雰囲気です。
Tさんもshinと同じ位の年令でしょうか。まだ自分の状態をしっかり受容できていないのかもしれません。

shinも以前はこのような行動を取る人ではなかったのに・・・
家族としてちょっと悲しい気分です。
やはり病気のせいなのでしょうか。

夕方のPTはパスして次女と早めに帰りました。



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  ~リクエスト~


*転院10日目*   2003 7/25(金)  

10時のST(言語療法)に合わせて家を出ました。
F病院は駐車場スペースも少なく(40台ちょっと)混み合う時間だと1時間待ちも珍しくありません。
今日は幸いにも待たずに入れました。ラッキー。

病室へ上がり髭剃り、トイレを済ませます。
朝のトイレもまだだったらしく、夜用のパットが多数出てきます。看護も大変なのでしょう・・・。

看護師さんたちも患者の自立を目指すケアが基本のようですが、やはり労働力の問題もあり着替えや髭剃りなどの優先度は低く、一人で出来ない患者や気が付かない患者は家族のフォロー無しでは「整容」はできません。

H病院ではレンタルの病衣で一日を過していましたが、転院を機会に朝晩の着替えを目指しました。
しかし今のshinは朝晩自分で気付いて着替えや髭剃りが出来るレベルではないようで、また毎日シフトが変わる看護師さんたちにも着替えを促す事を頼むのは無理のように感じました。
しばらくは一日を通してジャージの生活です。

STは読み・聞く・話すの検査の続きです。
すんなり出来る事とまったく出来ない事がハッキリしているようです。
特にある種類の言葉を集める・・野菜を10種類とか動物名を10種類など・・が苦手のようです。

shinの状態の特徴として一つの言葉に拘り、何を聞かれても
拘った言葉しか出て来ない・・・事が多々あります。
今はSTも検査が主なのでshinの状態を正確に把握した後、今後の方針が立つのでしょう。

その後CT検査を受けるはずでしたが、機械が不調のため延期となりました。
ちょっと不機嫌になります。

帰りに売店の前を通ると、新聞とパックの飲み物をリクエストされました。
今まで自販機の前を通っても気が付かないようでしたから、これも一つの進歩かもしれません。

昨日の世界水泳で200m平泳ぎでWR金を取った北島康介が一面トップに載っていました。
shinの大好きな世界です。
3Fのデイルームのテーブルに新聞を広げ(まだ両手を広げて新聞を持つ事は出来ません)飲み物を飲みながら、ゆっくりした時間を過します。

子供たちも夕方から盆踊りの予定があり、今日は午前中で帰る事にしました。

帰宅するとネットで注文していた闘病記が4冊届いていました。
早く読みたい気もしましたが、2時間ほど昼寝をしました。
頭も体もスッキリして気持ちが良かったです。

今年の夏は天気が安定しません。
折角盆踊りに行った子供たちも、雨の為早々に帰宅しました。


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  ~ケンカ~


*転院11日目*   2003 7/26(土)  

次女と病院へ行きました。

今日から左手で右手を持って書字の練習を始めました。
用紙はスケッチブック、筆圧が無いためマジックペンを使います。
デイルームのテーブルで練習していると、OTのI先生が通りかかり覗いていきました。

明日は義母の誕生日なので、shinにメッセージを書いてもらいました。
プレゼントは病院の隣の店で次女と選びました。

昼食後、またケンカです。
「三ヶ月」が気に入らないようです。
何故三ヶ月もかかるのか・・・が理解出来ていない・・と言うよりは前回説明された事を記憶出来ていない為でしょう。
本当に(悪いけど)両親と同じレベルです。

「三ヶ月」が具体的にいつまでなのか、それまでに出来なくてはいけない事がどれだけあるか・・を順々に説明するとだんだん納得の顔になりましたが、また忘れてしまうかも…。

つい大きな声を出してしまいましたが、公衆電話の傍のソファーに座っていたので、電話を掛ける人や次女にも悪かったなぁ・・・と思いました。
こんな時、上手く対処出来ない自分にも落ち込んでしまいます。修行がたりないのかなぁ。
でもまた何回も説明する事になるのでしょう。


*********

~談笑~

*転院12日目* 2003 7/27(日)  


朝、義母の誕生会をしました。
昨日shinに書いてもらったメッセージとプレゼントを渡しました。
ケーキは暑い時なのでオーブンを使わない冷たいお菓子を作りました。
shinにも少し持っていきます。

トイレが間に合わないらしく、洗濯物もオムツの使用量も増えています。
キャビネットにはオムツ類は入らないので、ナースセンターの前の棚に置くのですが、買い足しておくように看護師さんに言われました。

デイルームで次女と書字の練習をしていると同室のKさんやUさんが車イスで登場し、3人で談笑を始めました。
shinとは20歳以上年上の方たちですが、話も結構合うらしく
楽しそうに話しています。

時々チグハグなやり取りもあるのですが、それもまた面白く
こうやって話をして下さる相手の方がいて有難いと思います。
少しずつここでの生活にも慣れてきたようで、家族としても安心できます。

看護師さんに「○さん、明日は眼科の受診があるので付き添いをお願いします」と言われました。
主治医から何も聞いていないので、ちょっと気になりました。
F病院には眼科はないので同系列の病院を受診しなければなりませんが、車イスごと専用車で送迎してくれますし1分の距離です。

F病院転院の際に他科を受診する場合は家族の付き添いが必要と言われましたので、明日は8時には家を出ないといけません。
それにしてももう少し予定は早く知りたいと思います。




******




  ~ウレシイ発見 ~


*転院13日目*   2003 7/28(月)  

眼科受診の付き添いのため、次女と8時過ぎに家を出ました。
15分程走ったところで、携帯に連絡が入りました。
「あのお、眼科は今日ではありませんでした・・。スミマセン」
ちょっとぉ、それはないんじゃないの?と思いましたが、リハビリも午後からなので、一旦帰宅する事にしました。

午前中は会社への定例ファックスを送り、電話の問い合わせなどをしました。
shinが入院してから面倒な問い合わせも増え、夜出来ないものは時間がなかなか取れずに、皆どうしているのだろう・・と思う事もしばしばです。
今日は溜まっていた電話も片づけられました。

午後からの病院は私一人で出かけました。
ちょうどDr.Kと3Fフロアーで話が出来ました。
結局、眼科受診はshinではなく同室のKさんの間違いで、shinは今のところ眼科を受診する必要はない事が分かりました。
やはり昨日「主治医の説明が無いのにおかしいな」と思ったのは間違いではありませんでした。

今回はこの程度で済みましたが、お知らせのタイミングも前日でしたし、人違いのまま他科を受診したり薬を間違えたりする事も有り得る訳です。
ちょっと恐いと思いましたので、ナースセンターにもひとこと言っておきました。
きっとウルサイ家族と思われた事でしょう。

OTのI先生は今週が夏休みなので、違う先生が担当になります。いつもと違う環境ですが、shinも結構うまくやっているようです。

PTも久々に見学しましたが、歩行がしっかりしてきています。
O先生の話ではshinの場合、手足の運動機能より脳からの命令系統の方が問題のようです。
先日から読んでいる闘病記にもイメージの重要性が書いてありましたので、リハビリの前に「自分の動きにイメージを持ってみてね」とshinに言いました。
本人も「分かった」と答えましたが、O先生からも
「○さんの動きに対する考えが、今日はよく分かったよ」と言ってもらえました。
少しずつ意識する事も出来てきているのでしょうか。

夕食まで付き合いましたが、今日はフォークとスプーンを右手で持って食べていました。
ぎこちない動きではありましたが、自分の意思で左から右へ持ち替えたようです。
2~3日早く帰っていたので、ちょっとウレシイ発見です。



*********


  ~PTはつらいよ ~


*転院14日目*   2003 7/29(火)  

昨晩からデジカメが不調です。PCに画像をコピー出来なくなってしまいました。
H病院の近くの電気店で購入したので、そこへ持って行きました。
あれこれテストをしていましたが、結局カメラ本体とケーブルを交換する事になりました。

2時ごろY子ちゃんとランチです。
F病院に移ってからは会う機会もなく、久々におしゃべりが出来ました。
お昼休みは交代で取るらしく2時の昼食も珍しくないようですが、いずれにしても貴重な休み時間です。

またしても私がワーッと喋ってしまいました。
Y子ちゃんはいつも聞き役です。
人に話す事で楽になる・・ってあるのですね。
聞いて貰うだけで気持ちも軽くなります。

OTの4時に合わせて病院へ着きました。
同室のKさんはいつも気持ち良く挨拶をしてくれます。
耳は良いようなので、ちょっとした雑談もスムーズに出来るのが嬉しいです。

shinの入浴用マキマキタオルがKさんの所に置いてありましたが、本人もKさんも気がついていません。
名前は書いていましたが、看護師さんも気がつかない事もあるようです。
こんな事も本人が指摘出来るようになればいいのにな・・と思います。

火曜日はPTのO先生はお休みです。
今週もK先生が担当のようです。
マッサージをしてもらいながら、shinは
「PTがリハビリでは一番辛いですよ。でもね、少しずつ前日との比較が出来るようになってきたので、自分の進歩が分かって嬉しいです」と話していました。

病前から話は長い人だったので先生も5時を過ぎてお疲れモードのようでしたが、自分の気持ちを整理しながら誰かに伝えようとする意思とshinのリハビリに対する気持ちが分かり私も嬉しかったです。

手足の動きが少しずつ回復し、頭の方も考える事が出来るようになってきたのは、やはり進歩です。
2週間でもこれだけの前進があった・・これはリハビリの成果でしょう。
自分で成果が実感出来るようになれば、リハビリに対する不満や退院を急ぐような事も言わなくなるかもしれません。

実績を作ってそれを実感できるのは大事な事です。
がんばれ、shin。


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  ~洗濯物~



*転院15日目*   2003 7/30(水)  


両親の介護保険がおりたので、事業所の人に来てもらい契約をしました。
最近は事業所も選ぶのに迷うくらい沢山ありますが、両親にはこれと言って心当たりもなかったので、加入している生協の居宅サービスを利用する事にしました。

来週から月・木でケアにはいってもらう事になりました。
これでもし両親に何かあっても、相談する人が出来ました。
ちょっと安心です。

病院の行きがけにドラッグストアでオムツ(パット、リハパン、夜用スーパー)を買いました。
この1週間ほど、ズボンの洗濯量が増えています。
トイレが間に合わないのか、量が増えたのか、一時的なものなのか、脳のダメージと関係があるのか、冷房で冷えているのか…まったく分かりません。

おまけに天気が悪く洗濯物がなかなか乾きません。
生乾きを持って行って病棟の乾燥機で乾かすことにしました。家の洗濯機も時々水漏れもするし、乾燥機がついたタイプの種類も多くなってきたので、買い替えの時期かな・・と思ったりもしますが。

お隣のベットのNさんの奥さんが「夜用スーパーは吸収力もスゴイですよ」と教えてくれました。
昔、公園で子供の紙オムツの情報交換をした事を思い出しました。



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  ~再会~


*転院16日目*    2003 7/31(木)  

いろいろと用を済ませて4時過ぎに病院へ着きました。
shinは同室のUさんと談笑していましたが、私を見ると
「今日はいつもより遅かったね」と指摘しました。
あれ、こんな事も分かるようになったのでしょうか。

昨夜は看護師さんと相談し、紙おむつもスーパーをダブルで使ったはずですが、やはりベットサイドに洗濯物が置いてありました。
看護師さんのタイミング次第だと思いはしますが、担当の人によって汚れ物もざっと洗ってあったりなかったり・・です。置き方も、さりげなくでも分かるように・・からドスンと豪快に・・と様々です。

PT室でH病院で一緒だったYさんと再会しました。
転院が決まった後、会えなくて挨拶も出来ないままこちらに来てしまっていたので、私も気にはなっていたのですが。
Yさんも「○さんに会えないので心配してたのよぉ」と言ってくれました。

Yさんの病室は1Fだそうです。
「お互い無理せずにがんばりましょうね」と言いましたが、何だか思いがけず同級生にあったようで、私もYさんもPT室で泣いてしまいました。
でも一緒に頑張る仲間がいるのは、とても心強いと思いました。



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