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まだまだ続くし~付点の足音~

(5) **リハビリ病院 8/1~8/15**

(5) 2003/8/1~8/15


まえへ(4)


つぎへ(6)



  ~発熱~


*転院17日目*  2003 8/1(金)  

朝からお墓に行きます。
義父は不調のため、義母と子供たちと4人でお気楽モードです。
それにしても年寄りってなんでこんなにお墓が好きなのでしょうか。
入っている人も多いので我家の場合、6/年くらい行く事になります。せめて近所のお墓にして欲しかった・・・な。

昼食や買い物を済ませ夕食の準備を大急ぎでして、4時ごろ病院へ行きました。
今日は洗濯物は無いようです。調整が上手くいったのでしょうか。

夕食中に自宅から電話がありました(携帯を切り忘れていました)。朝から不調だった義父が熱発したようです。
shinにも説明して急いで帰宅しました。

大した熱ではありませんが、様子を見る事は出来ない性質ですぐ病院に行きたがるのは、安心を求めているからでしょう。
義母も一緒に時間外の病院へ行きました。

カゼからの発熱だったらしく、本人も薬を貰い安心し静かになりました。
症状の説明は縷々と本人が出来ますが、医者や看護師の話は聞いてない・・というか理解出来ない・・レベルのようです。
このギャップが第三者にはなかなか分かってもらえません。

何だかとても疲れた1日でした。
こんな時は無意識にため息も深くなります。はぁ~。


*********


 ~ST見学 ~


*転院18日目*   2003 8/2(土)  

熱も下がった義父は朝からケロっとしています。
夕べの騒ぎは何だったの?と言いたいところですが。
でも時間外で行ったので、今日は診察を受けないといけません。
両親を昨日の病院で降ろし、子供たちとF病院へ行きました。

奇数土曜日は外来は無く、入院患者の歩行能力などの測定日のようです。
時間ごとに患者がPT室に降りてきて、いろいろな測定を受けています。
shinは9:30にSTが入っていたので、順番を早めてもらいました。

shinも夫々のリハビリにも慣れた頃なので、S先生に頼んで子供たちもSTの見学をさせてもらいました。
shinの状態は子供たちもそれなりに理解しているので、先生とのやりとりの中で言葉が出てこない父の様子にも特別驚きは無いようです。
shinもそんな姿を見られたくない・・といった後ろ向きの気持ちは無く、淡々としています。

STのリハビリは担当の先生とマンツーマンで行われます。
何気ない雑談からスタートするのがS先生のスタイルのようですが、患者の受け答えから今日がどんな状態であるかを把握しているようです。
狭い個室でのリハビリですが、家族が3人見学するのはちょっと稀だったかもしれません。
でもshinの様子を子供たちなりに受け止めて欲しかったのです。

やはり物の名前がなかなか出て来ません。
家族としても幼児用教材などを使いながら、shinと関わってよい・・と言ってもらえたので、これからも3人で工夫しながら言葉を増やしたいと思いました。

昼前にDr.Kとお話ができました。
「先日のCTの結果は、すでに出血物は脳室内から無くなっているし、意識レベルも入院時より随分クリアになっています」と言われました。

ただ脳室が標準より広いのが気になる点で、髄液の排出が上手く出来ずに脳室が拡大しているのであれば、検査して手術も有り得ますが・・との事でした。

髄液の排出を適量にすることで、意識レベルが格段に善くなる場合があるそうです。
でも急ぐ事でも無く、8月一杯は様子を見る事になりました。
あまり心配しない事にしましょう。

3人だと早めに帰りやすいです。
久々にゆっくり自宅で夕食を食べました。


********


  ~タバコ ~




*転院19日目*   2003 8/3(日)  

長女がオープンキャンパスへ行きたいと言います。
え~それって夏休み前から分かっていたことでしょう?
こんなタイミングで言い出すのが長女なのです。
インターネットで情報を集めて、とりあえず日程が合う学校へ行く事にしました。

今年は涼しい夏だったのに、今日は狙ったように暑いです。
大汗かいて学校に着きましたが、冷房キンキンの階段教室は汗がひくとともに寒くなりました。

先生、学生・・と丁寧な説明でしたが私の理解能力ではよく分かりませんでした。
娘も「私が思っていた学部とは違う気がするので、次は別の
学部にしよう」と平気な顔で言います。ったく!です。

午後から気分転換に映画を見る事にしました。
子供たちの希望は「踊る大○○○」でしたが、一番早いチケットで夜7時だと分かり今日の映画は止めました。

代わりにshinが子供たちとよく行っていた遊園地へ行きました。シューティングやジェットコースター、観覧車などがお決まりのコースだったようです。
午前中は「つまんない」を連発していた次女もやっと笑いが戻りました。

病院へは6時ごろ着きました。
今日の写真を見せると、遊園地の名前は出てきませんでしたが駅名は分かりました。イメージはつかめたようです。

たばこの話になりました。
(shinはホタルでした。どんなに寒い朝でもベランダでプカ~でしたので、いつかここで倒れるよ…と言った事があります。子供たちもshinの喫煙は嫌ってました)

K先生からも喫煙は止められているのに、またぞろ吸う気でいるようなので
「また吸うようだったら、私はこれ以上の看病は出来ないと思うから」と宣言しました。
shinは・・・あさっての方を向いていました。

昼間、会社の人がお見舞いに来られたようです。
「△君が来てくれた」と言いますが、う~ん本当かな。
ナースステーションの面会簿を見ましたが、記名されなかったのかそれらしい名前は見当たりませんでした。
どのような対応が出来たのでしょうか。

連日の外出で子供たちもお疲れモードです。
1時間ほどで帰りました。


**********


   ~吹奏楽~


*転院20日目*   2003 8/4(月)  

8/4 車椅子



今朝は初めての介護保険利用でヘルパーさんが来ました。
今日はたまたま知り合いの方でしたが、義母はウロウロして
落ち着かない様子でした。
早くペースをつかんで欲しいですが、ヘルパーさんが帰った後からシーツや雑巾を洗い出し、どっと疲れた様子でした。

午後からY子ちゃんのお子達が出る吹奏楽のミニコンサートへ行きました。
この春に移動された先生も、着任校の生徒達と参加され賑やかなコンサートでした。

中学生の吹奏楽はほとんどが楽器の初心者なので、土日祝日長期休暇も毎日練習が普通だとか。
でもすごくいい音を出していました。地道な練習の成果でしょう。何かと世間では騒がれる中学生もいますが、音楽に熱く打ち込む若者達の姿にこちらも熱くなりました。ありがとう。

4時過ぎに病院へ着きました。
shinはOTの途中でしたが、夏休み明けのI先生に会うことが出来ました。
今日も籐細工をやっています。

shinに「これは出来たらどうするの?」と聞くと「分からない」と言います。
記念に欲しいナ・・と思っていたら、I先生に
「最後はいただきたいのですが」とネゴしていました。
先生はあっさり「あ、いいですよ。記念ですからね」と言われました。やった~。

PTは大きなボールに座り、反動で立ったり踏ん張ったり。
その後は歩行です。随分安定感が出てきたように見えます。
それからPT室内の練習用階段の昇降です。
う~ん、階段まで来れたかと思うとリハビリの成果も少しずつ形になってきた感じがします。

PTのO先生はshinの右足をもっと踏ん張らせたいようです。
研究熱心な先生でいろんな方法を試みますが、今のところshinの動きがなかなかついていけてません。
でも先生、諦めないでね。

今朝は定例ファックスを出し忘れました。
朝一番で送れるように、夜のうちに書いておくことにします。


********


  ~エフピー ~


*転院21日目*   2003 8/5(火)  


8/5 ボールけり


午前中、会社へ定例ファックスを送信しお見舞いのお礼状を書きました。

加入している生協の「保証の見直し」を申し込んでいましたが、今日が相談日です。
7月の予定だったのが申し込みが多かったため時期がずれましたが、その間に家族の保険関係を一覧表にする事ができました。


今までは子供たちの学資保険を中心に考えてきていたので、
つい自分達のはおろそかになっており、特にshinの入院保証の薄さを痛感しました。
昨年一つ加入していただけで、後は50歳になってからでいいや…と思っていました。
でも今更どうする事もできません。

生協のFP(ファイナンシャルプランナー)は私と同年代くらいの女性でしたが、話をじっくり聞いてくれましたし、親切にアドバイスもしてくれました。

限られた経済ですので何口も入ってはいないのですが、長女と私の分を見直す事にしました。
私は計画性が無い人間なので保険なども苦手なのですが、
そうも言ってられません。
少し真剣に考える時期が来ているようです。

夕方OTの途中から見学しました。
今日はADL室でのリハビリです。
ここは日常の生活動作が訓練できるように作ってあり、浴槽の出入りや台所での調理動作、洗濯機の操作、畳の部屋での動き・・・などが体験できます。
OTの先生方が曜日毎に交代で使うようです。

I先生は今日の昼食の様子を見てくれたらしく、
「多少スプーンの持ち方に問題がありましたが、おおむね食事はOKでしたよ」と報告してくれました。

OT、PTの先生方はリハビリ室の訓練だけでなく、病棟へ上がってベットサイドの様子や食事の仕方、トイレ等も細かくチェックしているようです。


*********


   ~トイレ事情~


*転院22日目*   2003 8/6(水)  

今日はOTが休みになったので、ちょっとゆっくり行ったら
「遅いから来ないかと思った」と言われました。
そうか、黙って休む手もあるかも・・・。

子供たちは2駅先の矯正歯科が終わってから、病院へ寄ってくれました。

PT(理学療法)室には研修のPTさんが何人もいます。
中には学生も多くF病院付属の大学をはじめ、あちこちの学校から研修に来ているようです。

リハビリの邪魔にならないように移動しながら見学をしていたり、熱心にメモを取っていたり、簡単な動作の補助をしたり・・と真面目な学生さんが多いのが印象的です。

さて今日は他病院の現職の先生のようです。
O先生が「H病院で担当だったS先生と同期の○○先生です」とshinに紹介しました。
「そうですか。苗字の○は同じですね。よろしくお願いします」とshinも挨拶をしています。
前半は○○先生が担当してくれました。

F病院へ転院して変わった事の一つにトイレがあります。
H病院では本人が分かる場合はナースコールをして看護師さんにトイレへ連れて行って貰いました。

ここへ移った当初、私がナースコールをすると、
「ご家族も早く慣れてくださいね」と一緒にトイレへ連れていかれました。
車イスごと入れるトイレは普通のユニットバス二つ分くらいの広さで、ドアは無く車イスで出入りがし易いようにカーテンで仕切られています。
出来る事はさせる…がここのスタンスなので時間がかかっても、車イスからの移動、ズボンの上げ下ろし、手洗いなどはなるべく「見守る」ように家族も言われました。

当初はshinも車イスからの移動も向きを間違えたり、パットを忘れたりしていましたが、やはり学習は出来るものです。
慣れる事で自信もついてきているように感じます。

患者しかいない場合は、まずナースコールです。
「はぁ~い、□さん車イスに乗ってるのだったらそのままトイレの前まで行って待っててね」と答えが返ってくるようです。
看護師さんと現地集合して、ごようが終わります。

夕食後、STの練習をしてみました。
カルタの読み札を読んで覚えてみたり、ことわざの上の句だけをこちららが言って下の句をshinが答えたりとしてみましたが、平日の夜はリハビリでかなり疲れているようで、ノリが悪かったです。
子供たちもそれに気付き、「お母さん、これは午前中か土日にやった方がいいね」と言いました。


********


   ~オヤジっ走り! ~


*転院23日目*   2003 8/7(木)  

午前中はヘルパーさんが来てくれました。
両親の部屋を中心に掃除や布団干しなどを依頼しています。
もともと私は掃除が特に下手なので、両親も私も大変助かっています。

今日のPTではO先生はshinだけが担当のようで、自主トレの時から付き合ってくれます。
休憩タイムにshinは「体の機能の回復は元の状態の80~90%を目指しています。期間は8月一杯で」とO先生に話しています。…オイオイだから8月一杯はムリだって・・・。

先生は、よく話を聞いてくれ本人のヤル気を引き出していたが、期間についてはノーコメントでした。

階段昇降が終わると先生は「○さん走ろうか?」と何気に言います。
shinはビックリしていましたが(私も驚きました)PT室の通路を走り出しました。
もう一つ驚いた事に、shinは走れるのでした。
もちろんO先生も転倒に備えて一緒に走ります。
二往復位したところで「○さん、お尻が後ろに突き出てて
オヤジっ走りだよ」とスルドイ一言です。

shinはムッとした様子でしたが、明らかにヤル気は倍増しています。
必死になって走っており、額には汗も流れています。
他の先生方も驚いて見ています。

歩行の練習はよく見ていますが、ランニングマシンを除けば
PT室で走っている人を見たことはありません。
「○さんが走ってるよ、ほら」とひそひそ声も聞こえます。
走っているshinも走らせているO先生も注目の的です。

走り終わったshinは「これでいいんでしょ?」と挑戦的にも見えるような態度で先生を睨んでいます。
先生はOKサインを右手で作り、笑っています。
分かりました。O先生はとっくにshinの性格を見抜き、どうやったらのせられるかを考えた作戦だったのです。
shinはうまくのせられて走れることが実証されました。

もともと負けず嫌いのshinの性格も少しずつ戻ってきているようです。
これはそのまま意欲に繋がると確信しました。
嬉しい出来事でした。
O先生、ありがとう!


*********


   ~宿題~


*転院24日目*   2003 8/8(金)  


10時のSTに間に合う時間に病院へ着きました。
身支度は出来てなくパットも夜用でしたが、乾いたままでした。病室にいた看護師さんが
「○さんは朝5:30頃トイレに行くとばっちりなのよ」と教えてくれました。こんな情報って最近は一番嬉しいものです。

STはプリントの宿題もあります。
患者の症状によっていろんな種類があるようですが、shinは
イラストや説明を読んで物の名前を書いたり、選択肢から選んだりする問題が主のようです。

でも解答が分からないと同室のKさんやUさんに聞いているようです。
70代のUさんもKさんも朗らかな人で、shinの問題を一緒に考えるのも楽しみにしてくれているようではあるのですが…。

STのS先生にも相談すると笑っていました。
一人で出来ない事に悩むより、コミュニケーションも兼ねて
お手伝いしてもらうのもいいか・・・と思うことにしました。
そのような方と同室になれた事に感謝です。

明日は九州の母が来る予定ですが、台風10号が微妙です。
「お母さん、大丈夫かな」とshinも気になるようです。
明日の飛行機がどうなるか・・ちょっと心配ですが、うまく行きそうな気がします、たぶん。


********


  ~オパジャマ パーティー~



*転院25日目*   2003 8/9(土)   

朝からニュースの欠航情報をずっとチェックしていましたが、母が乗る便は大丈夫のようです。

夏休みにお見舞いに行くから、その時に子供たちと2~3泊出来るようにプランを考えてね・・と頼まれていましたが私は同行出来ないし母も持病があるので、遠出をしないで4人でオパジャマパーティーをする事にしました。
病院の一駅手前に洒落たプチホテルがあり料理も美味しいと聞いていたので、宿泊はそこに決めました。

昼頃、母が着きました。
「到着地の天候次第では引き返すこともある」と、条件付のフライトだったらしいのですが、無事着けたのでヤレヤレです。

両親、子供たち、母と皆で昼食です。
子供たちも久しぶりのお客さんで嬉しいようです。
義母と母は喋りだすと止まりませんが、子供たちもソワソワしだしたので3時過ぎに家を出て病院へ向かいました。

まだ雨は降っていますが、皆ちょっとウキウキしています。
shinも母に会えて喜びました。
前回はICUに居た時だったので、shinの記憶はありません。
でも今日は「私の母」と認識出来ているようです。
まだ自分の両親には会ってないので、その分余計に嬉しいのでしょうか。

母も予想以上のshinの回復ぶりに驚き、そして喜んでくれました。
7時ごろまで皆でお喋りをしたり、デジカメで写真を撮ったり
して楽しい時間を過しました。

すっかり雨も上がり、4人で賑やかな夕食を済ませてホテルへ行きました。
小さなホテルで、エキストラベットを入れても4人部屋には出来ないと言う事だったので、和室を予約しておきました。
もともとお茶室のようで、とても綺麗なお部屋でした。
トイレ・お風呂もゆったりと作ってあり、「え~ベットじゃないのぉ」と言っていた子供たちも大はしゃぎです。
私も久しぶりにノンビリした気分になりました。
母に感謝です。


*********


   ~日曜日~


*転院26日目*  2003 8/10(日)   

朝もスッキリ目覚めました。
母も子供たちもニコニコしています。

朝食を済ませて、F病院とホテルの中間にある教会へ行きました。
たまたま母が通っている教会と同じ系列?の教会があり、長女も「夏休み中に教会の礼拝に2回参加する」宿題があったのです。

初めての場所でしたが長崎に縁のある方もおられ、次々に声をかけてもらいました。
This is キリスト教  って感じでしょうか。

礼拝の最後にS牧師から母の紹介がありました。
感激した母はちょっと涙声になってお礼を述べていました。

礼拝後、S牧師ともお話をしましたが、私が小さい頃のかかりつけの小児科の先生(母が通っている教会の信徒代表)ともお知り合いである事が分かりました。

私はキリスト教の信者ではありませんが長崎という土地柄もあって、教会はわりと近い存在でした。

F病院に移ってからはshinの病状も安定しているので涙も流しませんでしたが、今日の礼拝ではちょっと湿ってしまいました。キリスト教は言葉の宗教・・と聞いた事がありますが、ナルホドと思いました。

「F病院の帰りはいつも教会の前を通ります」と私が言いましたら、「教会の扉はいつも開いていますよ」と優しい言葉が返ってきました。

夕方病院で集合する事にし、母と子供たちは出かけました。
私は一度病院へ寄りました。
洗濯物も無く髭剃りを済ませて、一旦帰宅しました。

両親も変わった様子もありません。
夕食を整えて、夕方また病院へ。
shinも毎日賑やかで嬉しそうです。

夕食後shinのオムツ類を買い、3人をホテルへ送りました。
私は自宅が気になったので、今日は帰る事にします。


*********


  ~楽しいことは・・ ~


*転院27日目* 2003 8/11(月)   

9時に母たちと病院集合にしたので、その前にH病院の近くの映画館でチケットをゲットしました。

母も子供たちも元気に病院へ来ました。
shinの髭剃りをしたり、お泊りで使った鼻パックをshinにさせたりとはしゃいでいます。

母と別れる時、shinが涙を流しました。
母はしっかりとshinの両手を握って励ましてくれました。

さて、これからはお楽しみコースです。
と言っても母の飛行機の時間もあるので、映画を1本見るのが
せいぜいですが。

今日の映画はもちろんこの前見れなかった「踊る大○○○」。
ずっと待たせていたので、子供たちも喜んでいました。
若者向きの映画かな・・と思っていましたが母も結構面白がって見てくれました。

夕方の飛行機に乗る母を、リムジンバスの乗り場まで送りました。帰りは台風もなく安全に飛行機も飛ぶでしょう。

次女が「あ~楽しい事はすぐ終わっちゃうのねぇ」と帰りの車の中で言いました。そのとおり。
短時間でしたが、母と過せて良かったと思いました。
お母さん、ありがとう。

しばらく涙は流さなかったのに、昨日教会へ行ってからバランスを崩してしまったようです。
母と別れる時も、ちょっと泣いてしまいました。

shinの状態も安定し、リハビリもこの一カ月で随分進み、何となく落ち着いてしまった感じがあります。
その一方で何かしら見落としているものがあるような気もするのですが、それが何なのか分かりません。


*********


~トイレ リクエスト ~


*転院28日目*  2003 8/12 (火)


8/12  OT


午前中は何となく疲れが取れずに、ボンヤリ過してしまいました。
母からは夕べ、無事に着いたと連絡がありました。

夕方病院へ行くとOT室でI先生がビデオを持っています。参考資料にするためにリハビリ中のshinを撮影するのだとか…。
shinに「ねえねえ、ギャラの交渉したの?」と尋ねると
「あ、いけねぇ」と笑って答えました。
先生も「すみません、次回からは事務所を通しますね」と笑っています。

自宅復帰に向けて家庭内の写真を撮ってください・・とI先生に依頼されました。
階段、段差、風呂場、トイレ…などまず写真でチェックした上で自宅改装なども検討されるそうです。
デジカメでOKなので気が楽です。
でもその前に掃除をしなければ…。

「お母さん無事帰った?」と昨日の事を話題にします。
昔の話は出来ても昨日の話は出来なかったのに、ちょっと驚きです。少しずつ覚えられるようになってきたのでしょうか。

shinの担当看護師Iさんが
「最近トイレのお呼びがあります。ナースコールも使えるようになりパットを使わないで済むようになってきてますよ」とshinの進歩を一緒に喜んでくれました。
私も嬉しい!!

今週はPTのO先生は夏休み中なので、K先生が担当です。
マットの上で膝立ちをしたり、階段昇降を練習していました。

shinが「あと2ヶ月と言わないで」と言いました。
自分は長くても1ヵ月半と考えているので(大して変わらないと思うのだけど)回りからそれより長く言われるとガッカリするらしいのです。

この話になるといつもケンカのようになるので、最近私は触れないようにしてきましたが、自分から持ち出してきたのも
一つの驚きです。
「いいよ、言わない。一月半と思っているのならあなたもしっかり頑張ってね」と答えておきました。

14日で発病2ヶ月。16日で転院1ヶ月が経ちます。
次のステージに移るにあたっての目標は何でしょうか。
9月の連休あたりで外泊が出来たらいいな・・とも思います。


*********


   ~面会 ~



*転院29日目*   2003 8/13(水)   

今日はOTは休みでPTが2時からになりました。
同室のKさんの奥さんと一緒になり、リハビリを見学しながら
いろいろと情報交換をしました。
奥さんは私の母より少し若いかな…。でも頭の回転も早く、話していても気持ちの良い方です。

3時過ぎごろshinの弟夫婦がお見舞いに来てくれるというので、shinも楽しみにしています。

発病後初めて会うので、shinも興奮しているのが分かります。でも同じ話題を2度3度…。弟たちもどう対応してよいか
戸惑っている風です。
「自分が話している事の記憶があまり無いようです」とSTのS先生が言われましたが、その通りだと思いました。

発病当初から会う機会があれば、shinの回復度もわかるのでしょうが、遠くに離れている上に特に電話がかかる訳でも無く、弟たちにすれば今日のshinがすべて…でしょう。
先日母がshinの回復ぶりをとても喜んでくれましたが、何だか無邪気に喜んでいるshinが可哀相になりました。
こんな風に思う私が変でしょうか。

夕方自宅に来た弟の家族と夕食を一緒にしました。
独自のテンポを持った一団なので、たまに会うとすごく疲れます。

PCが不調です。
どうやら今騒がれている、「ブラスター」に感染したようです。サポートセンターに電話しますが、まったく繋がらずラチがあきません。



*********


   ~外泊・・目標 ~



*転院30日目*   2003 8/14(木)  



朝から雨が降り気温も低く淋しい天気で、何だか体に力が入りません。
こんな日はジワ~としていたいな。

PC対策は相変わらず出来ません。
サポートセンターにも電話も繋がらないので、メール・インターネットは使えません。
こうなるとPCってただの箱です。

OTの途中から見学です。
書字の時、左手で右手を握って書いていましたが、今日は右手のみで練習しています。
結構大変そうです。

I先生とも相談し、9/14,15の外泊予定をこれからの1ヶ月の目標とする事にしました。
外泊に合わせて、トイレ・洗面・お風呂…等のレベルアップをはかろうとshinと計画を立てました。

トイレへは車イスで入りますが、車イスのブレーキ・起立・方向転換・ズボンの上げ下ろし等もほぼ一人で出来るようになりました。
先日、私がいないタイミングで長女がトイレに付き合ってくれたようですが、そんな事もshinのヤル気に影響しているのでしょうか。

それはそれでいいと思うし、私はむしろトイレに一緒に入ってくれた長女の行為が嬉しかったのです。

PTは今日もK先生の担当です。
仰向けに寝て大ボールに両足を乗せて左右運動をした後、普通サイズのボールで先生とキャッチボールです。
先生はわざとコースを外したりして、shinのとっさの動きを引き出そうとしています。
もともと球技は好きなので、shinも楽しそうにやっています。

H病院では転落防止のため抑制帯をしていましたが、こちらに来てからはベットの足元にナースコールマットが敷いてありました。
ベットから転落したり、一人で勝手に動いたりするとナースセンターでチャイムが鳴ります。
落ちた事はありませんでしたが、掟破りでしょっちゅう鳴らしていたようです。
でも今日、マットが外してありました。

担当看護師さんに確認すると
「○さんはもう必要ないでしょう」と言われました。
一人一人の患者の進歩を確認しながら、先に進ませてくれる病院の姿勢に嬉しくなりました。

入院してからずっとベットサイドにカレンダーをかけ入院日数を記入していました。
ここ数日、私が記入する前にshinが書いている事が多くなりました。決してきれいな数字ではありませんが、shinが自分でやり出したのは評価できます。ニジュウマル。


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  ~暇な夕方 ~



*転院31日目*  2003 8/15(金) 
 
4時に病院へ着きましたが、PT・OT共に時間の変更があり間に合いませんでした。

リハビリのない夕方の時間は、夕食までが長くとりとめも無いものになってしまいます。
単フレーズを聞く→覚える→言う をやってみましたが病室では集中できない事が分かったので、次からデイルームでやろうと思いました。

shinも落ち着いた状態だったのでリハビリについての私の考えを話しました。
OT・PTについてはさほど心配はしていない事。
今shinに積極的にやってほしいのは言葉・思考に関する訓練だという事。
テキストや参考になる本を布バックに入れてベットサイドに置いておくから、午前中は読むようにして欲しいと言いました。

shinは一応真面目な顔をして聞いてはいましたが、「やってみる」とも「いやだ」とも言いません。

でもこれはshinが一人でやるには限界があると思います。
そして時期的な問題もあるかもしれません。
私の時間の当て方を変えてみるのも一つの方法かもしれません。

雨が続き温度も低いので、長袖のTシャツを着る事にしました。転院するときに買った半袖パジャマは…結局着ませんでした。


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