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まだまだ続くし~付点の足音~

(10) 2004年 10月

  

(10)

まえへ(9)


つぎへ(11)


    2004    10/1(金)


今日から10月。
秋らしい爽やかな天気となる。
朝から布団や洗濯物を沢山干した。

グランドゴルフとフィットネスへ出かけたshinからショッキングな電話。
「Tさん(入院仲間)が入院した。電話して分かったんだけど今お見舞いが済んだからこれから帰る」

帰宅したshinの話によると、Tさんは9月下旬に自宅で脳梗塞を起こしたらしい。最初は軽い麻痺がおき、様子を見ていたところだんだん悪くなったので、娘さんの車で救急指定の病院へ行ったらしいのだが、当直に脳外の先生がいなくて一旦自宅へ帰されたらしい。(信じられない!)
翌朝もう一度病院へ行くと「即入院」。

shinの話ではもう歩行も出来ていて話もふつうだったらしいのだが、最初の時点で的確な処置が行われていればもっと軽く済んだはずだ。
出血だと症状がもっと劇的なので周りも慌てるのだが、梗塞は「あれ」と思う程度だったり暫くすると普通の状態に戻る事もあり、そのせいで処置が遅れる事は多々あるらしい。

一度脳血管の病気をした人はおかしいと思ったら救急車を呼ぶべしと思う。
本人と家族、救急隊員がいればきちんとした情報も病院へ伝わるしその後の処置も違うはずだ。
間違っても「担当がいないから明日来て」なんて言われない。

Tさんは8月に別の病気で手術をしたものの、その後は運動や旅行も楽しむまでに回復していただけに、私もショックだった。
服薬もきちんと行い血圧も安定していたと聞くにつれ、再発は見えない恐さだとつくづく思う。

体調管理をしていても再発するのであれば、どうしたらよいのか…と暗くなってしまいそうだが、やはり積極的に生活する姿勢は大切だろう。

外出先で梗塞の典型的な症状(手足の麻痺、言葉が出ないなど)が出たら必ず救急車を呼んでもらおうとshinとも話した。
仮に喋れなくてもバックのポケットを指差してお薬手帳や診察券に気付いてもらえば、病院の選択ひとつにしても違ってくると思うから。
こんな事はあって欲しくはないのだが、万一を考えるのも大事かもしれない。

先日TVで見たのだが、アメリカでは脳梗塞が起きて3時間で適切な処置ができるように体制を作っているそうだ。
名前は忘れたが3時間以内にあるお薬を点滴する事で、目覚しい回復があるとか。
日本ではまだ認可されていないお薬らしいのだが、梗塞を起こしているのに一旦帰宅させるような医療レベルの病院があるようでは、まだまだ道のりは遠いと思う。



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   2004    10/2(土)


週末予定の無いshinは朝からノンビリしている。
次女は友達のお姉さんの高校の文化祭へ行く。
長女は昨日は都民の日で学校は休みだったが、今日はいつもの土曜日と同じ時間割らしい。

私も午後から高校の進路ガイダンスで出かける。
10月というのに暑いくらいで、何を着てよいのか迷ってしまう。
私の故郷では10月の7,8,9とお祭りがあるのだが、その頃まではやはり暑い。
お祭りの終わりと秋の涼しさが一緒に来て、何となく淋しくなったことを思い出した。


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   2004    10/3(日)


昨日と一昨日は「これでもか」って感じのお天気だったが今日は雨。

部活で地域のお神輿に参加しなくてはいけなかった次女は「ラッキー」と喜んでいた。

shinは外出の予定も無く、「音読・計算」の後は掲示板の書き込みをしたり野球を見たりして過していた。
もともとスポーツ観戦は大好きなので病前から日曜日はTVの前に座りこみ、チャンネルを忙しく変える人だった。
病後しばらくはリモコンの使い方も忘れているほどで、スポーツ番組にもさほど興味を示さず新聞の番組欄のチェックもしていなかった。

最近は番組のスケジュールも覚えられるようになり(こんな事は覚えられる)時間は外さなくなった。
今年はオリンピックイヤーだったので特に見るものも多かったが、さすがに深夜のTVはやめて朝から見ていた。

サッカーは特に熱くなるらしく、大きな声で声援している。
子供達は「お父さん、また血管切らないでね」と心配して声をかける事もある。

こうやって自分が好きな事をまた楽しめるようになるのは、とても幸せなのだろう。
病気の後遺症で無気力になったりいろんな物に対する好奇心や興味が無くなる例も聞いたりするにつけ、shinの状態を感謝している。

アメリカではイチローが新記録を更新中。
黙々と努力をする人だと聞いたが、記録達成までのプレッシャーから逃げずに苦しみながらも楽しんだ…と言うコメントを聞くと改めてスゴイ人なのだと思った。

中日の優勝記事よりもイチローの記録達成の記事が大きくて
笑ってしまったが、日本の野球ももっともっと面白くエキサイティングにして欲しい。


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   2004    10/4(月)


雨の日の外出は皆さんあまりお好きではないだろう。
(小さい頃、新しい雨具を買ってもらった時は雨が待ちどおしかったけれど)
足元は悪いし傘は差さなくてはいけないので片手は使えない。

ハンディキャップがあればなおさらだ。
マヒがある人だけでなくお年よりや赤ちゃん連れ、或いは視覚障害がある方…。
出かけるのであればお天気は良いにこしたことはない。

今日はST・OTのリハビリ2本立てで、おまけに朝から雨。
「病院どうする?」と聞くと「一人で行くよ」と言う。

安全のため杖は持ちたいのだが傘を差して杖を持つとなると両手がふさがるし、建物に入ったり電車に乗ったりする時は傘と杖の2本差しになって、荷物も増えるし忘れ物の原因にもなる。

いろいろ考えたのだが結局杖は使わず、開閉ワンタッチの傘
(傘の先が太くゴムで出来ているので閉じた時についてもスルリと滑りにくい)1本で出かける事になった。

私が駅まで車で送るのが一番手っ取り早くて安全なのは分かっているが、社会復帰を目指しているのに雨の度に家族をあてにするようでも困る訳で。
「一人で行くよ」と言ったshinの前向きな気持ちが少し頼もしかった。


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   2004    10/5(火)


昨日よりすごい雨。朝から本気で降っている。
shinは銀行で払い込みをしてからPCへ行くと言うので、今日は車で送ってしまった。

昔から雨には溶ける(?)体質らしく、帰宅時に雨が降っていると駅から「お迎えコール」がかかっていたが、今日はバスに乗り自力で帰ってきた。
着ていったパーカーもビッショリ濡れていた。

雨の日に傘を差したりカッパを着たりして懸命に歩いている
障害がある人を見る時、「あぁ頑張っているな」と言う思いと共に何となく胸がざわつく事があるのだが、これは私の感傷だろうか。

どうしても出かけなければいけない用事があれば、濡れても
転ぶ危険が増えても外出する。
その前向きな気持ちだけを暖かく思ってあげればよいと分かってはいるものの、余計な事まで考えてしまう私。
障害についてきちんと理解が出来てないんだ、きっと。


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   2004   10/6(水)


雨で延期になったお祭りの提灯が昨日まで淋しく濡れていたけれど、今日はさっぱり乾いて秋空に映えていた。
私はバッテリーがソーラーなので?お天気でないと元気にならない。

さすがにタオルケット一枚では寒い…と子供達からもクレームが出たのでお布団も干さねば。
何日も乾かせなかった洗濯物も沢山干す。
あれもこれも…で狭いベランダは満員になったけれど、こんな時の私の気持ちは結構満足感で一杯。
日頃怠けているので「主婦してる~」って実感できるからかしらん。


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   2004   10/7(木)


昨夜の地震は大きく揺れも長かった。
最近は明け方の地震が多かったので寝ぼけ眼で時計を見るとまだ12時前。
朝聞いてみるとshinは気付かなかったらしい。そう言えば夕べは疲れていたようで、寝たのも早かった。
きっと熟睡していたのだろう。
子供達は「お父さんてば、信じられない」と笑っていた。

今日も良いお天気だったが家の前の道路工事で埃もすごく、洗濯物もあまり干せなくてちょと悔しい。

私の故郷では今日から三日間諏訪神社の秋の大祭「長崎くんち」が始まる。
出し物の当番町、おみこしの当番町は数年おきに順番が回ってくる。
今年は人気の「コッコデショ」もあり街の人たちも楽しみにしているようだ。

小中高と出し物当番町(踊り町)に住む生徒が沢山通っていたのでおくんちに出る子も多く、掃除の時間にホウキやちりとりを持って蛇踊りの真似事を皆でやったのも今では懐かしい思い出だ。

何年も見ていない故郷の祭り。
ゆっくり帰ってみたくなった。


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   2004   10/8(金)


ここ何日か申し合わせたようにいろいろと不具合が出てきたが、今日は台所の水栓の取替えとインターホンの修理。

水栓は新しいのがキレイについたが、インターホンは機械の故障ではなく配線の問題と分かり、また別の業者に頼むことになった。

別に私が工事や修理をする訳ではないが、人が出入りすると何だか慌ただしくペースがつかめないまま一日が終わってしまう。

午前中はPTのT先生の訪問日…。
先生がPTのお仕事で海外に行く事になり、今月一杯で訪問は終わることになった。

両親も私達も大きな信頼を寄せ何かにつけて相談にのってもらっていた心強い存在なだけに、突然のお話は驚きとショックが大きかった。

しかし先生の海外でのお仕事もとても重要な意味があり、先生の持つ素晴らしい能力を外国で活かせるのであれば、頑張っていただきたいとも思う。

特に同じ女性として、乗れるタイミングで良い波が来たら迷わず挑戦して欲しいと心から思う。
がんばってね、T先生。


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    2004   10/9(土)


午前中PC、午後から先日入院したTさんのお見舞いの予定だったが、台風22号の影響で朝から雨のため延期。

次女の部活は県大会の応援だったがこれも延期。
長女は制服に着替えて朝食まで食べていたが、学校に電話してみるとやはり休校。
で、みんな家にこもる一日となった。

私はと言えば主婦業はお休みにもならず、ごはんを3回作ってアイロンをかけてネットサーフィンをしているうちに一日が終わる。

夕方からの雨風はすごかったが速度が速い台風だったので通り過ぎるのも早くて済んだのは幸だった。
被害は明日にならないと分からないが、軽くて済むように祈るばかりだ。

子供達は学校や部活が休みになった事で、何となくソワソワうきうきしていたが、これは自然災害を知らないが故だろう。自然を前にして人間は無力だから。


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    2004   10/10(日)


台風一過の晴天…とはいかず、薄ら寒い日曜日となる。
やはり台風の後は晴れて欲しいと思うのは私だけかな。

台風が上陸した伊豆や通過した横浜の大型トラック横倒し、長野の地すべり…など局地的に大きな被害が出ているようで胸が痛む。

昨日行けなかったTさんのお見舞いにF病院へ。
去年と同じ312号室におられた。(ここは自立度の高い患者用の部屋なのでTさんの今の状態もほぼ分かり安心した)
入院前にお会いした時とあまり変わらない様子だった。
マヒも見た目には殆ど分からないくらいだが、歩行が小またになっているし右手が肩より上に上がりにくいとかでST・OT・PTとリハビリは3種類だそうだ。

リハビリ専門病院の特殊性から病院の生活に慣れるのに一月近くかかるのが普通のようだがTさんは病院の様子が分かっているので余裕の表情が伺われ、その分リハビリも快調に進むのではないかと私は思った。

日曜日はリハビリも休みでスタッフも少なめ…ちょっとノンビリした雰囲気が漂う中デイルームで話をしていると、看護師さんたちも顔を見せ、Tさんのお見舞いに来たのにshinも自分の近況を話したりしていた。

退院してほぼ一年が経つのにこうやって入院患者を覚えてもらっているのもリハビリ病院ならではかもしれない。

shinの掲示板の案内はナースセンターにもしておいたのだが
Mさんという看護師さんは「家ではネット接続していないので
病院で時々見てますよ」なんて話をしてくれた。

退院後の患者の様子も少しは分かるだろうし、障害を持つ人たちの日常が病院にも少しはフィードバックできているのかもしれない。

夕方部活に出かけていた次女が帰宅。
今日は大きな競技場のサブトラックへ出かけたのだが、昨日の台風で冠水し利用出来なかった…とブ~ツカ言っていた。
「もっと大きな被害を受けた人たちは沢山いるのよ」



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   2004    10/11(月)


朝から小雨。
次女は土曜日に延期になった県大会の応援で6時に家を出た。
弁当を作るとなると4時半起きで、こんな日は昼過ぎでもう8時間労働は軽く越えてしまい、頭の働きも輪をかけて鈍くなる。

午後から照明の取り替えに電気屋さんが来る。
両親が余りに「部屋の明かりが暗い暗い」と言うものだから新しい物と取り替える事になった。
(暗く感じるのは白内症のせいもあるかもしれない)

今どきの照明は天井付けもカチャッ、パカッで出来てしまい軽くて簡単になっているのには驚いた。

両親は「明るくなった、明るくなった」と大喜びだが、あの白々しい明るさは私の目には痛いくらいで、取り替えなかった台所でホッとする始末だ。

最近の電気製品は省エネタイプが主流なので、両親の消し忘れが多い我家の電気料金も少し軽くなるかしらんと期待はしているけれど。


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   2004    10/12(火)


中学校は後期の始業式。先週末が前期の終業式で土日プラス祝日一日を挟んで「さあ、新学期だ」と言われても…。

子供にとっても教師にとっても、気持ちを切り替えるって結構大事だと思うのだけど…。

慣れの問題もあるだろうが、二学期制とは小中学生にとっては何かシマリの無いシステムにも思える。

午後からは駅伝の試走とかでまた雨の中会場練習に出かけた次女。こうやって体は強くなるのか、疲れが溜まるだけなのか…分からない。

9月からずっと引きずっている健保の問題。
「急ぎ答えよ」と急かしたわりには回答が一向に来ない。

11日で書類を提出してから一月が経つ。
こちらから回答のタイミングを問い合わせることにした。

朝一番でshinがFAXで問い合わせたところshinの外出後、健保より電話があった。
「すでに従来どおりの支給が決定されていますので、○○日に振込みますから」と担当者の弁。

オイオイ順番違わないかな?
そちらが聞いてきたのだから「こうこうなりました」ってお知らせがあってもいいんじゃないの?と言いたかったが、エネルギーは無駄に使わず取っておこう。

今回はダメだったときの対策もSWのUさんと少し相談していたが、使わずに済んで良かった。

shinが病気になってから何かにつけて待つことが多くなり、セッカチの私も随分慣らされたように思う。

「待つ」って心配事も一緒に持ってなくてはいけない事も多く、少々シンドイのだ。

以前は1分でも早くクリアーにしたいっ…そんな性格の私だったから背負っているものの重さに我慢出来なくなる事もあったけれど。

病気と併せてこんな事もオマケでついてきて、気持ちが鈍になってきたのか…。
イヤイヤ少しだけ成長した…と思う事にしておこうか。


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   2004   10/13(水)


パ・リーグのプレイオフも終わり、今日からダイ○ーの「応援感謝セール」が始まる(昨日は新聞休刊日だったので)。

応援ありがとう・・ってうまいなと毎年思う。
セールの準備はやらないといけないけど、勝つか負けるかも分からない。

結果が出てからでは間に合わない。
それで応援ありがとう…なのだろう。

今日の目玉商品は興味薄だったけれど日用品の割引は大きいので消耗品をしっかりget。

帰宅後PC。
昨日買ったアプリケーションをインストール中にトラブル発生。見事にフリーズしてしまった。

こうなるとPCにはど素人の私だからお手上げで、サポートセンターに頼るしかないのだけれど。
サポートの窓口って電話が繋がらないのがお決まりで。
そうこうするうちに生協の配達が来たりお昼になったり。

午後から学校の用事もあったのでPCはそのままの状態で一度出かける。
もしかして・・・なんて思いながら帰ったが直っている訳もなくPCの前に座り込んで電話。

やっとPCメーカーの窓口と話が出来、あれこれ試してみる。
私のレベルがレベルなので向こうのお兄さんの声がだんだん固くなってくるのが分かる。

「…ですから先ほど申しましたように…」あれ、これって私が家族に対して思う苛立ちと同じだわ…と思いながらも切られたら最後なので必死に食いつき、なんとかフリーズ状態から脱することができた。

「あ~ありがとうございました。お蔭で修理に出さずに済みました」と言うと最後にはあちらも「いえいえ、よかったです。ほんとうに」と優しい声音で言ってくれた。

4時間もこの状態であればこのまま改善する見込みは無く、故障覚悟で一度電源を落としますか…と言われたのだから無事解決できた私の喜びは…わかるでしょ。

さて次はアプリケーションの会社に電話して次のサポートに移る。
ここも「只今電話が大変込み合っておりますので、しばらくおまちください」と言うアナウンスを15分ぶん聞いてやっと私の順番になった。

私も随分落ち着きを取り戻していたし、サポートもうまくやってくれて30程度でこちらも解決。ほぉ~。

PCトラブルになる度に自分のレベルが情けなくなるのだけれど、喉もと過ぎれば・・・で今まで来てしまった。
shinの教室の経営者からも「奥さんも一緒にどうですか」と言われた事を思い出し、検討してみようかと真剣に思った一日だった。

はぁ~疲れたよ。



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    2004    10/14(木)


とりあえず雨が上がったのでベランダ一杯の洗濯物を干す。
何日ぶりだろう。
全部は乾かないのも承知で次々に洗っては干し、湿っているものは仕上げの乾燥機に放り込む。

shinは先日延期になったグランドゴルフへ行く予定だったがグランドコンディションが悪く、千切り絵をする事になったようだ。

今回のテーマは「なす」と「もも」の2種類で、繊維がある和紙を手で千切り小さな色紙に貼るのは結構大変だった…と言っていた。

以前地区センターで「もも」を題材に選んでいたのを覚えていたらしく今回は「なす」を作ってきた。

和紙は色合いも深みといいムラがあり、ぷっくり太ったなすが2個出来ていた。
ちょうどいい具合に漬かった糠漬けの色…のようにも見え、子供達にも「へぇ~お父さんが作ったの。なかなかじゃん」と言われ満更でもない様子だった。

病前より右手は「不器」さんだったので、OTの時間の籐のカゴや皮のストラップ、陶芸や千切り絵など病気をしなかったら一生ご縁が無いものだったかもしれない。

そう思えば人との出会いも物との出会いも、皆何かしら意味があるようで不思議な気さえする。




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   2004    10/15(金)


抜けるような青空って今日のような天気を言うのだろう。
本当にすばらしいお天気。百点満点。

1時にT先生とラポー○で会う約束だったので久々に気持ちよいドライブをしたが、あまりの日差しに右手がひりひりしてしまった。

shinは午前中スポーツをしていたのでお昼が遅くなったらしく、先生が見えたときには仲間の方たちとまだ昼食中だった。(この辺の時間の使い方が問題だと思う。でも以前から人を待たせるのは平気な人だったので病気のせいだかどうだか…)

T先生は専門の話も分かりやすく説明してくれるので私もshinの病気や両親についても状態が納得できる。

先生は近く技術指導で海外に行かれる予定なので、後任のOTの先生とshinのお見合い?を計画する事になった。

来月あたり一緒に外出をしながらshinの今の状態を判断してもらう事になるようだ。

私もこれは良い方法だと思う。
座って話をするだけでは動作のチェックはしにくいし、外を歩けばどれ位の判断力や記憶力があるかもすぐに分かってもらえる。

shinが話しに加わると先生の目もプロのそれになり、shinの話の端々から瞬時にいろんな判断をしたり質問をしたりするのが、いつもながらスゴイと思う私だ。

雑談をしているようでも大切な事は見逃さずキチンとチェックがはいる。
このあたりshinは気がついているのかどうか。謎。


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    2004    10/16(土)


次女が5時半に出るので早起きの土曜日。
起きると体調が悪いらしく「ノドがいたい」と超不機嫌。
 
小さい頃は目覚めも良かったのになぁ。
そういう私もシッカリ目覚めている訳ではなく、次女の態度に刺激されて朝から親子で険悪なムードになってしまった。

もっと晴れるのかと期待していたが、どんてん。
shinが病気してからというもの小さな花壇もほったらかしで
油断すると野良猫のトイレになっている始末。

でも今日は少し手入れをする事にした。
先に昼食の支度を済ませ、雑草を抜き落ち葉を取り、チューリップとカサブランカの球根を植えた。

今年は夏の楽しみの朝顔と夕顔のタネをまきださず、ちゃっかりお隣の朝顔を期待していたら、「あら~家も今年はまかなかったから○さんの朝顔と夕顔を楽しみにしてたのよ」とお隣さん。

「こんな偶然もあるのねぇ」と二人で笑ってしまった夏だった。

球根は寒い冬を静かにじっと耐えて、一斉に花を咲かしてくれる。
寒さが苦手な私は楽しみを作って春を待つ。

花壇の回りもキレイに掃除をし、葉の整理をした折鶴蘭の鶴の部分やほおずきの実を使って小さなアレンジも作った。

以前は月に一回アレンジメントも習ったりしていたが、最近は気持ちの余裕もなく過しているせいか、植物をさわる機会も減ってしまっていた。

でも今日は土や球根や葉っぱをさわっていると気持ちが落ち着き余計な事は考えずにあっという間に時間が過ぎてしまった。

玄関周りもこざっぱりとして、秋らしい花壇になりちょっといい気持ち。
だれか気付いてくれるかなぁ。




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   2004   10/17(日)


昨日の駅伝大会で、先輩の持ち物を紛失してしまった次女は朝から元気がない。

先生の話、先輩のお母さんの話、本人の話を総合してみても次女の注意力が足らずに起きてしまったことのようだ。

昨夜先輩のお宅にはお詫びの電話をかけたのだが、今朝改めて先輩のお母さんから「どうぞ気にしないでください。Mさんもこれから寒くなりますが練習頑張ってくださいね」と暖かい電話を頂いた。

しょげているのにちょっと可哀相かなとも思ったが、日頃から気になっていた点もあったので次女にはshinと二人で今回の事と、これからの事についてみっちり話をした。

親としてしなければいけない事、それから子供に対する言葉の内容などshinの考えをまず探るような形になったが、病前のスタンスとほぼ一致したので、暖かい電話もあり私の気持ちも落ち着いた。


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   2004    10/18(月)


3時ごろ「OTが終わったんだけど奥歯がイテェから歯医者かな」とshinから電話。

ちょうど次女もカゼ気味で病院へ連れて行こうかと思っているところだったので、急いで歯科にも連絡を取る。

少々のカゼぐらいだと自力で直させたいと常々思っているのだが、両親にうつると可哀相だし特に義母は体力が無いので一旦病気になると直りも遅い。

そんなこんなでちょっとのカゼにも病院へ行く子供に育ってしまった。

shinは歯科には随分行っていなかったが、以前からかかっていた先生に連絡を取ると「すぐOK」。

診察前に去年の病気と服薬中の薬を説明した上で診察台へ。
オヤシラズがキチンと出ていないので周りの歯茎が化膿しているらしい。

抜いた方がいいとも言われたが、取り敢えずは痛み止めと抗生剤で痛みと腫れを取ってからになる。

抜く場合は持病もあるので全身管理が出来る大きな病院を紹介しますから・・・と言われたが様子を見てみる事にした。

10年前にも右の奥の歯茎が同じように腫れオヤシラズの抜歯を勧められたらしいのだが、腫れがひいてそのままにしていたようだ。

もともと歯磨きが嫌いな人でマメに磨くようになったのは病気をしてからだ。

F病院でデイルームで食事を摂って居た頃は食後は看護師さんの誘導で、患者はそのまま洗面所へ直行していた。

車イスの背中には歯磨きセットを皆さん吊るしていたので、場所を移動するだけですぐ歯磨きできたのだ。

トイレに入るときも歯磨きセットをつけたまま入る事になるので最初は抵抗もあったが、いちいち部屋に戻る手間も要らずいい方法なのだろう。

退院後も歯磨きだけはマメにするようになり、子供達も「お父さんスゴイじゃん」などと言っていた。

ただ右手でブラシを使っていたのでコントロールは良くなかったかもしれない。
歯ブラシがすぐ広がっていたのも力の入れすぎだろう。

ただでさえも磨きにくい奥歯だからshinにはきっと難しかったのだろう。

よく見れば左のほっぺが腫れており、本当にさえない顔をしている。
お気の毒と思いつつ、ちょっとだけ可笑しくもあった。


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   2004   10/19(火)


shinの頬は少し腫れもひいたようだが、まだ口は開けづらそうでいまいち元気もない。

午後からは久々にY子ちゃんとお茶をする。
「12月あたままで仕事も調整中だから…」と誘ってくれた。

子供の事、自分や親の事、将来…とおしゃべりのタネは尽きないのだが今の私達って現実的な問題が多い年代なのかもしれない。

30代までは子育て一直線だったけれど、ふっと気がつくと40代で。
子供も進学の問題が大きくなり、それから親の健康状態が気になる。

そうこうするうちにもう自分達の老後も考える時期になり、
あれ~結婚生活って結構早く経つのねぇ~。

お互いの事情が分かっているY子ちゃんと話すとスーッと気持ちが軽くなるのが分かる。

おしゃべりの最後はペットコーナーに行き、かわいいワンちゃんをチェック。
ワンちゃん飼おうかな、子供みたいに反抗しないよね・・・なんて笑いながら話してY子ちゃんと別れた。

一人で暮らしていればもっとじっくり人生を過す事もできるだろう。

家族の存在は暖かく時として重たい。
さらに辛さが加わる事もある。

この一年間を振り返れば、少なくとも子供達は推進力になってくれたように思う。
子供がいたから頑張れた…のではなくて子供達に引っ張られてここまで来たようにも思う。

私一人ではshinの事も両親の事も、投げ出してしまっていたかもしれないな…。

そう思いながら帰宅すると二人の娘が久々の熱発。
昨日から風邪気味の次女に加えて明日まで中間試験の長女も目がウルウルしている。

おでこに貼る冷却シートもきれていて、「前回熱を出したのは誰だったかなぁ」などと考えながら台風の雨の中をドラッグストアまで車を走らせた私だった。


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   2004    10/20(水)


目覚ましがあるのだから・・・朝は起こさない事にしているのだけれど、今朝はちょっと心配で長女に声をかける。

パジャマの上にセーターを着、冷却シートをおでこにはりマスクまでかけて寝ていたので笑ってしまった。
熱も少し残っているようだが(昨夜飲んだドリンク剤は効果なし)学校には行くと言う。

食欲もあり全体の様子も悪くないので、中間試験最終日と言うこともあり登校させる。
ただ雨も降るので大甘かとも思ったが駅までは車で送った。

「私って少し熱があるほうが調子がいいのかもしれない。試験はね見たことある問題が沢山あったよ。へへ」と帰宅後言う娘。く~っ、心配していたのにぃ。

夜から台風の雨風がひどくなる。
月曜日のshinの不調から始まり、今日は私も調子がいまいち。

気圧が下がると頭が重くなるのかしらん。
こんな日は早く休む事にしよう。


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   2004    10/21(木)


台風23号は各地に大きな被害を残して通り過ぎた。

バスの屋根の上で寒さに震え救助を待ったご老人は生きた心地がしなかっただろう。

美しい帆船の「海王丸」が大きく傾き波に洗われる姿は悲しかった。

亡くなった方行方不明の方も沢山おられて、心が痛む。

今年は台風が多いから…と片づけてしまうにはあまりにも被害が大きすぎる。

自然の前には人間は無力…の証明が今年はこれでもかこれでもかとなされたようにも思うのだが。

人智を超える災害には人はなす術もないのだろうか。
どんな情報も瞬時にお取り寄せできる時代に生きる私達は情報を得た時点で安全まで手に入れたと錯覚してしまうのかも
しれない。

「用心する」謙虚さを忘れてはいないだろうか。
私ももう一度自分の足元を見直してみたい。


****

   2004   10/22(金)


T先生の最後の訪問日だったが先生が風邪気味のため来週に振り替えになった。

海外へ行かれる準備もあるだろうし、慌ただしい毎日なのだろう。先生早く良くなってね。

これから風邪の季節に向かう。
両親ももうすぐインフルエンザの予防接種を受けるだろう。
shinと私も今年も予定している。

特に次女は今年は風邪ばかりひいているので、体調が回復したら早めに接種させようと思う。

それにしても接種料金がまちまちなのには驚いてしまう。
私が知っている範囲では2000円~4000円とひらきがあるが
これは何故だろう。
要チェックだ。


****

   2004    10/23(土)


とても久しぶりに次女の矯正歯科へ一緒に行った。
shinの発病の日、去年の6月14日には一緒に行ったのだがもしかしたらそれっきりだったかもしれない。

行けば発病の日を思い出しそうで無意識のうちに矯正歯科は鬼門になっていたのかも。

…でずっと一人で行かせていた事をしっかり後悔してしまった。
次女の場合、歯に矯正の装置を着けているのだが、それだけで済む問題ではなく、舌の位置(上あごの天井につけるのが普通らしい)を意識したり、食事以外の時間は上下の装置を小さなゴムで繋いでいたりしないといけないのだが、周りが関わる事をこの一年以上私はすっかり忘れていた。

しばらく様子を見た上で「今まで避けていましたが、抜歯か顎の骨を削るか舌をカットするか・・・Mちゃんどれも痛いかもよ~」と先生は脅すし。

次女も恐くなったのか神妙な顔をしている。
これから自分がやる事を少し意識してくれればいいな…とノンキな母は思った。

夕方、地震がおきる。
震源地は新潟県。大きな地震のようだ。
被害が少なければいいが・・・。


****

   2004    10/24(日)


一夜明けると新潟の地震はとんでもなく被害が大きくなっていた。

被災された方は数知れず、新幹線の脱線、道路寸断、町や村の孤立、停電、火事…など言葉もない。

高校の同窓会ML経由で六日町に住む同級生が安否を知らせてくれた。
幸い怪我も無く自宅も大丈夫だったようだが、昨夜は用心して車の中で休んだらしい。
それでも余震が続いてトランポリンの上にいるような一夜だったとか。

恐かっただろう。人間の力ではどうすることも出来ない災害だけに私達はことさらの恐怖を感じる。

なくなられた方々のご冥福をお祈りするとともに一日も早く復旧に取り掛かれるよう願うばかりだ。


午後、F病院で同室だったKさんの奥さんのK子さんから電話を貰った。
Kさんは70代、K子さんは60代だがお二人とも明るくて気持ちが若く、好奇心も沢山あるご夫婦だ。

それぞれ退院し外来で会う度に「携帯買ったら連絡するわね」と言われていたが、とうとう待望の電話がかかってきた。

最近はshinが一人で病院へ行くことも多くなり、私はしばらく会っていなかったのだが、お二人とも元気そうで「近く温泉へ行ってみようかと思うのよ」と嬉しそうに話しておられた。

メールアドレスも教えてもらったので初メールも送る。
退院してからもこんな形でお付き合い出来るのはとても嬉しい事だ。


****

   2004    10/25(月)


「今日で退院一周年だね」とshin。
あっと言う間の一年だった。本当に。

お天気になり温度も上がって動きやすい日となった。
shinは先週のオヤシラズの続きで午前中は歯科。
午後からボッチャという軽スポーツをしに出かける。

shinが60歳だったら…今のままの生活でぼちぼちリハビリを兼ねて活動してくれればそれで良い…そう思っただろう。

しかし子供達もまだ教育の途中だし、shin自身50歳のご隠居さんは辛いだろう。
だから何としても社会復帰して欲しい…と願って頑張った一年だったが。

焦りもあっただろう。もっと長い目で見ていい事も沢山あったと思う。
私のきつい言葉にshinも随分ストレスを溜めたかもしれない。

ただ分かって欲しいのはshinが事あるごとに「100%の回復は無理としても70~80%を目指したい」と言っていたから、私もついつい口を出し、手を出し、したのかもしれない。

嫌な事や苦手な事を避けて通れば楽ではあるが、脳血管の病後でも一日一日の積み重ねは大きく、3~4ヶ月のスパンで比較をすると進歩も見えてくる。

社会復帰まではまだ道のりは長いはずだが、ニコニコしながらウルサイ奥さんを続けよう。


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    2004    10/26(火)


ケアマネージャーKさんの訪問。
10時の約束だったが義母は土曜日のインフルエンザの予防接種のせいか体がダルイらしく、なかなか起きれなかった。

「Kさんに報告する事はメモしておこうね」とshinにも話しておいたので、まとめてはいたようだがメモ帳は部屋に忘れて降りてきた。

いつもながらニッコリじっくりのKさん。
一緒にいるだけで気持ちも落ち着くのはKさんの人柄だろう。

今日の父は随分冷静な判断力で話をしていたので、よしよしと思っていたが、後半は同じ事を何回も何回も繰り返し、それに気がついていない。

Kさんは忍耐強く話を聞いて下さるが、やはり大変なお仕事だと思う。

shinは脳出血がもとで高次脳機能障害になり感覚性の失語も指摘されているが、加齢からくる失語もあるのだろうか。

感覚性失語は、人の話・自分の話を客観的に聞くことが出来ないために何度も同じ話を繰り返す症状があるらしいのだが、これは多くのお年寄りでも見られる現象だと思う。

高次脳と加齢の年齢的な境界があるのだろうか。
一度誰かに聞いてみたいと思う。


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    2004   10/27(水)


最近野菜が高く、特に葉っぱものはあまりの高さに手が出ない。
でも新潟では暖かいものすら食べられない方たちもまだ沢山いらっしゃるので、文句は言わない。
私はもやし専門。なはは。

水曜日は生協の日だが、ダメもとで注文したお野菜が沢山きたので今日はビックリ。
不順な天候でもお野菜を作り続ける農家の方たちにも感謝だが、こんな時は価格が決まっている生協に卸すのも大変だろうな…と思ってしまう。

新潟の被災地は余震がなかなかおさまらないようで、復興までにはまだ時間もかかるのだろう。
雪が深い所だけに、これから冬に向けての心持を考えると本当に胸が痛む。



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   2004    10/28(木)


午後から散歩を兼ねて、shinと外出。
私のプリペイドタイプの携帯は1年半使って充電のもちが悪くなり、買い換える事にした。

長女にも中間試験前に人参を吊るしたのだが、気がついたのかつかないのか…。
一人で機能を覚えなくてはいけないのだけれど、新規0円に惹かれて決心したのだ。

携帯の世界は3ヶ月サイクルで新製品が出るらしく、おばさんにはついていけない。
でも携帯ショップのお兄さんが丁寧に説明してくれ、shinと長女の家族割引に私も入る事にした。

メールが主の長女の料金プランを変更し、上手に使えば3人分の料金もshinと長女が以前使っていた時とさほど変わらない計算になるのだが…。お楽しみ。

それにしても取説の字の小さい事。
私のロービジョンの目ではかなり厳しい。
やはり長女も一緒に変えれば良かったかな?

手続きの待ち時間があり、shinとゆっくりコーヒを飲む。
流れている音楽のボリュームが気になったのだが、かえって人の耳を気にせずにすむことがわかり、ナルホドと納得。

退院一年を思い出してアレコレ話ができた。
たまには環境を変えるのって悪くない。


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    2004   10/29(金)


本日はK先生の診察日。
shinは早めに着くように行き、書類の受け取りやTさんのお見舞いを済ませる。

私は2時に現地集合。
SWのUさんに先日からの健保の報告とお礼。

K先生の診察はいつも多いのだが、shinが早めに診察券を出していたようで2時ちょうどに呼ばれた。
退院1年、近況、右腕の痛み、脳外の受診予定などをshinが報告する。いつものようにキチンと話を聞いてもらえ家族としても気持ちが落ち着く。

退院時からshinの薬は朝、血圧関係の薬を飲み、昼と夜は胃薬だけになっていたのだが、昼夜の薬が今日から無くなった。それで一包化の必要も無くなりバラで薬を出してもらったので、朝の薬の個数だけをチェックすればよくなった。

一包化をいつのタイミングで止めるか夏ごろshinと検討していたのだが、自然な形で次のステップに進めた。
必要な事は必ずタイミングが決まっているから…とH病院のSWにアドバイスしてもらったが、こんな時に「やっぱりそうだな」と納得する私。

PT室の前で最初の病室でお世話になったUさんに会った。
「通院リハビリはつづけていたのですよ」と奥さんが言われたが私は一年ぶりだったので、Uさんの歩行レベルがグッと上がっていたのが嬉しかった。

久しぶりにお話ができたが、少々お疲れの様子だったのが気になる。やはり高齢のご夫婦お二人ではどちらかが病気になると大変なのだろう。
介護保険なども上手に使って、なるべく平らかに過してもらいたいな…とおせっかいながら思ってしまった。


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   2004   10/30(土)


shinは午前中PT。
T先生の訪問は10時。

両親がそれぞれリハビリをしてもらう。
来週の金曜日は後任の先生と一緒に来ては下さるが、先生の訪問日としては今日が最後になる。

この一年あまり、両親も私達も大変お世話になったT先生。
特に私達は精神的にもシンドイ一年だったが、要所要所でキチンとフォローしてもらいどれだけ心強かっただろう。

T先生本当にありがとうございました。
これからの新しい世界でも是非先生の力を発揮してもらいたいと心から思う。



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2004 10/31(日)


長女の携帯が不調になった。
帰宅途中に販売店に寄って見てもらったら「要修理」と言われたそうだ。
 
修理代を聞くと、とても1年半使った携帯にかける金額ではなく、機種変更する事にした。

午前中、娘とSHOPへ行き、先日私が購入したタイプの色違いに決める。(これでわからない事は娘に聞ける!)

しかしよくよく調べてもらうと、娘の携帯は壊れたのではなく、受信メールを削除していなかったためにマンタン状態になり一種のエラー表示が出ていた事が分かった。ナント。

本人は…バツの悪そうな顔をしていたが、人騒がせ!、本当に。



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