聖徳太子みろくのひびき

2020/05/22(金)16:05

明治維新の群像から学ぶこと

2020年5月22日(金) <ウキ抜粋> 阿片戦争(アヘンせんそう、中: 鴉片戰爭、第一次鴉片戰爭、英: First Opium War)は、清とイギリスの間で1840年から2年間にわたり行われた戦争である。 イギリスは、インドで製造したアヘンを、清に輸出して巨額の利益を得ていた。アヘンの蔓延に危機感をつのらせた清がアヘンの全面禁輸を断行し、イギリス商人の保有するアヘンを没収・焼却したため、反発したイギリスとの間で戦争となった。イギリスの勝利に終わり、1842年に南京条約が締結され、イギリスへの香港の割譲他、清にとって不平等条約となった。 アヘン戦争の主役はサッスーン商会とジャディーン・マセソン商会ですね。 http://inri.client.jp/hexagon/floorA6F_he/a6fhe100.html#03 「デビッド・サッスーンは、1832年にインドのボンベイで「サッスーン商会」を設立し、アヘンを密売し始めた。イギリスの「東インド会社」からアヘンの専売権をとった「サッスーン商会」は、中国で売り払い、とてつもない利益を上げ、中国の銀を運び出した。」 ところで、中国大陸において「サッスーン商会」と並んで二大商社の名を馳せたのは、「ジャーディン・マセソン商会」である。 この会社は、イギリス系商人のウィリアム・ジャーディンとジェームス・マセソンにより、1832年に中国の広州に設立された貿易商社である。 設立当初の主な業務は、アヘンの密輸と茶のイギリスへの輸出で、「アヘン戦争」に深く関わった。 日本も中国と同じようにサッスーン商会・ジャディーン・マセソン商会によってアヘン漬けにされる危険が大だったのです。 明治維新の群像は、日本が中国・清と同じ運命をたどることをレヒューズする救国の志士たちの集まりですね。 ほとんどの志士は自分個人の利益のための行動では無かったのです。 サッスーンやジャディーン・マセソンの手先になって日本を売り渡そうなどと考えた志士は一人たりとも居なかったのではないでしょうか。 伊藤博文を初めとした長州五傑も日本を売り渡して自己の利益を図ろうとしていた筈はないのです。 日本の危機・世界の危機の今、名もない私たち一人ひとりが明治の群像から学び、令和の群像となる決心をするときではないでしょうか。

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