テーマ:楽天な心理学(54)
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私が利用している図書館は子供館と大人館に分かれている。そのため大人館は概して静かである。大人館に子供が入ってはいけないという規則はないから、母親が子供を連れて入ることもある。中には喚く子、騒ぐ子、走る回る子もいる。
静かであればあるほど稀にそれを壊す喧騒が気になるのは皮肉なことだ。金曜の晩の地下鉄、アルコールが入って無用に声の大きくなったサラリーマンのがなり立てる声、轟音と軋み、揺れと光の乱流する車内で、本を開き文字に視線を落とすときもある。そういうときは最初から周囲の喧騒を当然のものと捉えているからあまり気にならない。 騒音の中から聞きたい音だけを聞きとる能力が人の耳には備わっているらしく、カクテルパーティー効果と呼ばれている。いわく有りげな名前ほどのこともなく、わいわいがやがや大勢の声が混じる中から話し相手の声を選って聞きだす能力のことだ。 これは裏を返せば、聞きたくない音に意識を向けてしまうと、微弱な音であってもよく聞こえてしまうということでもある。隣人のイヤホンのシャカシャカ漏れる音が耳障りなのは、カクテルパーティー効果にみられる耳の特性の、ありがたくない現れ方の一つではないかと思う。(耳障りな理由はもちろんそれのみではない。高域であるからというのもあるし、周囲への迷惑を慮る気持ちの皆無な行為であるからというのもある) 図書館で喚く子供の声はカクテルパーティーの類ではない。際立っている。かつ聞きたくないと強く意識してしまう音である。注意をそがれること甚だしい。手に取ってみた本の世界に引き込まれて無我夢中で読み耽っていた、というよほど幸運な瞬間でもない限り、喚き散らす子供は迷惑である。 「ダメでしょ、静かにしなさいってゆってるでしょ」 母親がついていて叱るのだが、この叱り方がどうもひっかかるのである。母親の叱る声は、トーンが揃っていて抑えられていて、社会的か家庭的かでいえば社会的な言い方なのである。母親は子供に向かっていうのを装いながら、つまりは周りの大人たちに伝えたいのである。 『館内では静かにしないといけないことぐらい、私もわきまえております。しかし、この歳の子供の利かん坊なこと! なにぶん幼い子供のすること、あなたも大人館にいる大人なら少しは大目にみてやってください。えぇ、わかっていますわ。子供は子供館に、とおっしゃりたいのでしょう。しかし考えてもみてください。昨今の異常な犯罪の多いことを。子供館にこの子を独りにさせて、万が一連れ去られでもしたら、あなたが責任を取ってくれるというのですか。できないでしょう。……ごめんなさい、ちょっと言い過ぎましたね。でもこれでわかってくださったことと思います。そういう時代なんですね。お互い、譲れるところは譲りあって、うまくやっていきましょうね。』 という声が、子供を叱るのに全くふさわしくない声のなかに含まれて聞こえてくるのである。 悪びれる様子のない子供の声が一段大きくなるたび、母親のアナウンスがある。 「ダメでしょ~、静かにしなさいってゆってるでしょ~」 そんな穏やかな言い方できく子供ではないことは見ればわかる。またそのことを一番よく知っているのが当の母親であることも。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2007.03.19 00:24:17
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