ドバイ出張編4
夜のレセプションを前に、昼間街中を散策した印象をいくつか。第一に、知識としては知っていたのですが、ドバイは何人の国なのかわからない。実際は元々のアラブ系民族は20%ぐらいで、残り80%は外国人労働者が占めているようです。朝出勤してくる労働者たちを見ていると、8割がたはインド系、残りはアフリカ系で、アジア系はむしろ技術者層に多いようでした。街中の印象も似たものですが、インド系が6割、アフリカ系が3割、残りが1割というところでしょうか。ですから、私はまだ行ったことはありませんが、人づてに聞いたインドの印象から、物乞いをまったく排除したような街なのではないでしょうか。この点は見事、皆無です。パリには一杯いましたが、ドバイには全くいないのですから。さて、問題のレセプションは、会議の会場でもある超高級リゾート、マディナ・ジュメイラで開催されました。会場まで約30分バスで移動でしたが、片側6車線の道路は混み合いながらも流れは速く、最初の高層ビル街を抜けると、後は道路両脇に自動車ディーラーが林立している向こうは、ほとんど砂漠でした。それでも、その砂漠を切り拓いて住宅を建てまくっています。こんなに建てて大丈夫かいな、と心配したくなりますが、その点は日本の高度成長期とバブルを合せたような状態らしく、建てる側から売約済みになるとか。値段にしても、見かけは結構立派で、日本的感覚からいえば広いのですが、地震がないのをいいことに、結構いい加減な建築ですし、それが日本の東京並みの金額で売られていますから、良く買うものだ、と思ってしまいます。でもまあ、アメリカと違って、高級住宅街、低所得者街の区別はあいまいで、ごちゃごちゃしたところもあるようでした。しばらく行くと、有名な世界一の高さを誇る高級ホテル、バージュアルアラブが見えてきました。このホテル、帆船を模したようですが、まあ、呆れるばかりのでかさであり、豪華さについても、世界一を目指したものだそうです。隣が余りに背が高いので、隣のジュメイラビーチホテルも20階あるのに小さく見えてしまいます。会場のマディナ・ジュメイラもその隣で、5つ星ホテル、ダル・アル・マシャフ、アル・カスル、ミナ・アッサラーム、の3つのホテルが併設されているのですが、これらも最高10階建ぐらいで、決して小さくないのですが、ふたつが余りに大きすぎ、小さく感じてしまいました。会場についてたまげたことは、会場入口まで赤絨毯が敷かれていたのはともかく、中に入ったら、床一面に芝生が敷き詰められていたのです。日本の球場のようなけちな人口芝生ではありません。本物の芝生です。競馬の国際会議でしたので、競馬場のターフコースを模したものなのでしょうが、ここまでやるか、と呆れました。実際歩きにくかったし、つまづく人も散見されたのがご愛敬でしたが、この芝生、何とその夜の内に撤去され、翌日は昨日芝生が敷かれていたとは思えない状態に清掃されていました。ドバイの高級ホテルの慣例のようですが、入口では、お絞りを渡す人、使用済みお絞りを受け取る人、飲み物を渡す人、と女性がずらっと並んで迎えてくれました。でも、何もしないで笑顔で迎えてくれた女性二人を除くと、労働者と同じく多国籍軍で、ウェイトレス役の女性は、アジア系(ベトナムあたりか)が多かったように思いました。国際会議レセプションの慣例としては、最初1時間ぐらいはカクテルパーティーで、主にシャンパンがふるまわれるのですが、流石イスラム、最初に出てきたのは酒ではなく、ジュースとコーラだったのです。しばらくして完全に暗くなったころにシャンパン等の酒も出てきましたが、この点は他国の会議とちがっていました。(最も、翌日以降のレセプションでは、最初から酒が出てきましたから、建前としてデモンストレーションしてみたのでしょうか。)私は、赤いジュースを受け取ったところ、何とスイカジュースでした。しかも、しぼりたてのフレッシュジュースで、種まで入ってきました。日本ではスイカジュースはなじみがありませんが、ドバイではポピュラーなようで、その後どこでも出てきました。ちなみに、他にも2種類ジュースがあり、レモネードとオレンジジュースだったのですが、どちらもやはりしぼりたてフレッシュジュースでしたから、流石に超高級リゾートホテルだけのことはあります。なお、シャンパンの質だけは、本家パリ会議が勝っていました。同じモエ・エ・シャンドン社製シャンパンでも、パリ会議はロスチャイルド家の威光もあってか、ドン・ペリニョンだったのです。普段飲まない私も、この味の差はわかりました。(で、去年の会議は飲みすぎた。)ウェルカム・レセプション、全くアラブらしいところはなかったのですが、今までの会議と大きく違っていたのは、席は用意されていましたが、バフェー形式だったことです。でも、個人の好き嫌いや、宗教上のタブーもありますから、その点ではこの方がよかったと思います。用意されていた料理には、見たこともないものも結構あり、「これは何ですか。」と聞くと、素材の説明はしてくれましたが、「どうぞ、おためしを。」との答えがほとんどでした。料理はさまざまでしたが、デザートの方は普通のケーキが多く、地元名物といっていたのは、デーツのケーキだけでした。調子に乗って試しまくった結果、明らかに食べすぎました。レセプション最後のエンターテイメントも、決してアラブ的ではありませんでしたが、一昨年の韓国の会議、昨年のパリ会議双方出席した人は感心し、韓国とフランスの人は少しむかっときたかもしれません。ドバイの主催者、それらの二つの会議で出されたものをさらに洗練して出してきたのですから。何が演じられたかといえば、アクロバットショーだったのですが、豪華な演出があったうえに、歌は歌手が生で歌っていました。拍手喝采で終わり、時間を見れば22時30分でした。この点は、歓迎です。韓国の時は23時過ぎ、パリに至っては24時近かったのですから。バスに乗ってホテルに戻ると23時、洗濯したりシャワーを浴びて寝たら24時30分でした。明日は、朝の散歩で庶民の暮らしに触れた話をします。