描くということ
昨夜、名古屋から帰宅しましたが、那須塩原駅を降りたら零下3度で、寒さに驚きました。名古屋も結構寒く感じましたが、絶対的な寒さでは那須とは比べようがありません。さて、今日は何となく続けている描くという行為に着いてです。今の私は、描くというよりは、文章としての表現が中心になっているのですが、過去にはいろいろな方法で表現していたのです。幼少期は、音楽が表現の主体になっていました。最初はヴァイオリンで、次はピアノで。でも、自分自身の表現とは自覚していませんから、前世記憶とつながった方法でもあったかも知れません。幼稚園の頃からは、音楽と並行して絵を描くことも加わりました。これも変なもので、最初は教わったわけでもなく抽象的な変な絵を描いていました。しかし、父の友人の画家は、その絵の方が面白いと評価していました。小学生になると、具象的な絵に転換し、素人受けするようになりましたが、面白くない絵になりました。絵と入れ替わりに、言葉による表現に目覚めました。当時の友人の一人が非常に個性的な絵を描く特技を持っており、私は凄くいい絵だと評価していたのですが、教師も家族も気味が悪い絵を描く変な子だと、私が彼と付き合うことを反対したほどだったのです。私は、それでも彼と付き合いつつ、彼が描く絵に対する物語を語り、それをまた彼が描くという漫画家と原作者のような関係を小学校を卒業するまで続けました。彼は好人物であったと私は信じているのですが、高校以降他人に理解されず、問題を起こして行方不明になってしまいました。高校になると、勉強の方が大事になってきたのですが、ちょこちょこと出来事を日記風に綴ることを始めました。大学に入ると、日記風記録が増えていきました。一頃連載していた大学当時の恋愛小説は、この時の日記が原作です。大学卒業から、就職、結婚まで1年半だったのですが、この頃も大学の延長で日記風に綴っていました。何故か、結婚後は、事実ではない小説も交じってくるようになりましたが、当時はまだ前世記憶シリーズはありませんでした。1995年、選ばれて35日間6か国を巡る海外研修の旅に出ました。その時、不思議な経験が続き、帰国後、パリを舞台にした恋愛小説を書くことになりました。これも、一頃ブログに連載していましたので、興味がある方はお探しください。ところがこの小説、前世記憶が絡んできます。特に、レムリアの前世記憶については、この小説を書いていた時に主人公の前世記憶とつながる形で浮かび上がってきました。同時に、妻も同じ記憶を持っていることがわかってきました。この点でも、レムリアの前世記憶が、前世記憶シリーズの原点になっています。そして、元々の霊感とも結びついて表現の幅も広がっていくことになりました。何時まで続くのかわかりませんが、自分で描いているというよりは、記憶をそのまま表現していたり、誰かの呼びかけを反映しているような形で綴っています。以前に触れましたが、私の著述、全ての登場人物の人格を抱え込んでいく方法で描いています。ですから、ブログが予告なく途切れた時は、個々の人格と自分の人格の統制がうまく取れなくなった時だと考えてください。