老化の兆し
今朝もまた寒い那須でしたが、東京の方が雪が降りそうです。今年の寒さは、雪こそ降りませんが、厳しいものがあります。さて、今日は老化の話題。何故かと言えば、今月5日で57歳になってみて、どう変わったかなあという自己分析があったからです。57歳になったから突然どうということはありませんが、血圧は、寒いと見事に上がるようになりました。最高150なんて、数年前にはまったく考えられませんでしたが、今はよくあることになりました。最低の方も、以前は70なんてこともありましたが、今は低くて80、高いと100を超えます。医師には、減量したらいいですよ、なんてアドバイスされていますが、薬が必要なレベルではないとのこと。そういえば、以前別の病院で処方されていた薬の中に、ノバルティスファーマ社のディオバンがありました。私の感触というか、当時出張続きだったこともあって、飲み忘れることが多かったのですが、その経験から、服用してもしなくても、大して変わりがない、つまりは効果がないことがわかった薬でした。そんなもので、気休め程度と信用はしていませんでしたが、まさかあんな騒ぎになるとは思いませんでした。血圧については、高めというだけで、具体的にどうなのか、よくわかりません。問題は記憶力で、20代までは超越的で、ノートを取ったことがなく、30代になっても、議事録作成にテープレコーダーの必要がなかったものでした。それが今は、ノートぐらいは必要になりました。と言うと、妻には、それでも普通の人よりははるかにいいわよと言われますが、自分にとっては、随分悪くなったなあというのが実感です。それ以上に困っていることは、選択的記憶というか、元々人の名前に関してはからきし駄目だったのが、55歳以降は本当に覚えられなくなったことです。ひどい話で、現在部長待遇で、部下が20名ぐらい居るのですが、その名前が直ぐには出てこないことです。名簿を見て、確認してから電話をかけているという情けない状況です。では、仕事に支障があるかと言えばほとんどなく、知識、経験的な記憶にはほとんど影響していないのです。困るのは、現場で知人に会っても、相手の名前がわからないことですが、ちゃんと業務上の会話は成立するのです。最も顕著なのは、本当に短期の記憶で、さあ、2階に上がってマフラーを取ってこようと階段を上がると、何しに来たか忘れることが増えました。これ、私なりの解決法はあり、のんびりして考えると思い出します。ですから、急ぐ時は、忘れることは、どうせどうでもいいことだからと無視します。運動能力的には、4年前に実家の屋根から転落して肋骨5本折る大怪我以来激しい運動は控えていますが、試しに事務所近くから新橋駅までの直線コースを走ってみても、そこそこ速くかつ息切れもしませんから、意外に衰えていないようです。(走ると、交差点3つを全部青で通過できるのです。)元々私の走る速さは、体格とは不釣り合いな肺活量の大きさと、広い歩幅から来ていますから、心肺能力と筋力はそれなりに維持できているのでしょう。ただ、バランス感覚は、我が家の栗の木の枝の上に立って、何にもつかまらずに両手でチェーンソーを操作するのは厳しくなってきましたから、衰えていると思います。新橋の事務所の前に公園があり、周囲が2メートルぐらいの間隔の丸い杭と鉄の鎖で囲われているのですが、5年前なら絶対その杭の上だけ通っての公園一周に挑戦したでしょう。それが、挑戦する気がなくなったという程度の差です。もう一つ感じているのが、一度にいくつのことができるかで、以前なら目の前の人と会話しながらコンピューターに入力したり、別の人の会話を理解したり、4つぐらいのことを楽に並行してできましたから、聖徳太子と皮肉られたりもしたのですが、近年3つ以上は厳しくなりました。大脳の使用可能部位が減少したのかなあ、なんて勝手なことを考えていますが、日常生活上は、そんなにいくつものことを並行してすることはありませんから、支障はありません。なんて、冷静に自己分析をしていますと、妻に怒られます。「あなたは、57歳にしては若いわよ、それでも、自分の歳を自覚しなさい。昔なら死んでもおかしくない歳よ。」東北出身の彼女にすれば、祖父、曾祖父ぐらいの世代は、50代で死んでいたわけで、自分も何時死んでもおかしくないという感覚があるわけです。元々私は、今日生きている、それだけでありがたいと思っています。死ぬ時は、死ぬべき時、母や義母の人生からもそのことを痛感しましたから、私は常々延命治療はするな、と妻や子供たちに言いつけています。このブログが更新されなくなったら、死んだものと思ってください。