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テーマ:旅のあれこれ(10799)
カテゴリ:車について
4月下旬に大学の同窓会がありましたので、ついでに京丹波の廃屋?と箕面のお墓の様子を見るために車で行くことにしました。
昨年7月に、愛車をニューCクラスのC220dステーションワゴンに買い替えましたから、折角高性能かつ好燃費の車ですから、長距離高速も体験したいと思ったからでもありました。 この車、9か月で一番遠くに出かけたのは福島県二本松市だったので、往復200キロ以上の旅は初となります。 出発が金曜日でしたから、高速の深夜割引が使える朝4時前に出発することにしました。 これまでは、長野あるいは新潟から日本海周りのコースでしたが、今回は、圏央道も開通しましたから、オーソドックスながら私としては初の新東名を走ってみることにしました。 東北道の西那須野塩原インターから久喜白岡ジャンクションまでは何度も通ったことがありますが、今回深夜というよりは早朝だったためか、トラックだらけではなく、車が少なくて大変走りやすい状況でした。 我が愛車、ディーゼルのマイルドハイブリッドですから、高速はパワー、燃費とも優れていて、100キロ平均ぐらいで走ると、リッター27キロを超える好燃費であることが実証されました。燃料計の横に走行可能距離が表示されるのですが、今回走行するに従いどんどん増えていく珍現象が起こり、圏央道に入る頃には走行可能距離が1500キロを超えました。 渋滞もなくすいすい行きましたから、最初のトイレ休憩が圏央道の菖蒲パーキングエリアでした。 高速のパーキングエリアのトイレ、清潔だし、新しいトイレは、何と親切にも出入り口に大のトイレの空き状況まで表示されていました。 圏央道に限らず、近年設置されたパーキングエリア、土地の関係か施設は上下共用で、駐車場は内回りと外回りに分けられている所が多いようです。 ところが、パーキングを出て本線に合流しようとしたら、走行車線のトラックが譲ってくれずブレーキを踏まざるを得なくなりました。 追い越し車線がいっぱいなら仕方ないと思うのですが、追い越し車線には車がいませんでしたから、単純な意地悪です。 私は、パーキングを通過する度に、出てくる車がないか確かめ、あれば追い越し車線に移るのですが、この後もパーキングに何回か寄りましたが、本線合流は譲ってくれず少々怖い思いをすることが多かったので、その辺のマナーはあまり良くないと思いました。 圏央道も、早朝だったせいかそれほど混んでいませんでしたから、順調に進んだため、東名に入る前に厚木パーキングエリアに立ち寄りましたが、ここも綺麗な施設でした。 東名は何度か通っていましたが、今回御殿場の先からは、初めて新東名を通行しました。 東名、大井松田の先で二つに分かれるのですが、どっちを通ったら良いのか、毎度迷います。 と言いつつ、何時も右コースを走っていますから、今回も左に行けというカーナビの指示を無視して右コースを通りました。 まあ、どちらもそこそこ空いていましたから、問題はありません。 圏央道までは霧がかかっていたので周囲が余り良く見えなかったのですが、東名に入ると霧が晴れて、白っぽい空ながら、富士山が真正面に見えました。 車から富士山を見たのは、46年ぶりでした。 大学3年の時、大学対抗戦で京都から東京に車で行った時以来だったのですが、一番富士山が綺麗に見えたのは、その1年前にやはり大学対抗戦で上京した時で、東名上りの由比パーキングエリア手前で正面に晴れ渡った富士山がどんと見えた時は、乗っていた3人全員感嘆の声をあげたものです。 新東名、地味に120キロ制限なのですが、強いて120キロで走ろうとは思いませんでしたし、一般の高速と同じく100キロ前後で走っている車がほとんどでした。 私は110キロぐらいの平均速度で流したのですが、愛車のメルセデス、100キロ前後の定速運転ではリッター28キロの好燃費で走ることがわかりました。 しかし、最高が28.3キロで、それ以上にはなりませんでした。 今回高速を長距離走ってみて少し意外だったことは、制限速度ちょい下ぐらいで走っている私の車を、明らかにスピード違反で猛然と追い越していく車がちょこちょこ居たのですが、その車種で一番多かったのは、外車でも高級車でもスポーツカーでもなく、何とプリウスだったことです。 レンタカーのプリウスで何度か大阪と往復した私の経験から言うと、プリウスは、高速をぶっ飛ばすような車ではないと思います。 何故なら、高速だとエンジン回りっぱなしになって、普通のガソリン車と変わらなくなってしまいますから、ハイブリッドの良さを全く発揮できませんし、燃費もリッター20キロを割り込みます。 プリウスで燃費が良いのは、80キロ以下で、加減速があってかつ渋滞のない、つまりは減速時に充電し、加速時にモーターを補助に使う、とまらずすいすい進む状況です。 私がプリウスを運転した中での燃費最高記録は、金沢~敦賀間の国道8号線をとにかく信号にひっからないようにのんびり走った時で、リッター34.3キロでした。 ですから、何もハイブリッドの不得手な高速でぶっ飛ばすことはないと思うのですが、何故か今回私の車を速度違反で捕まる速度でぶち抜いて行く車の中では一番プリウスが多かったのです。 新東名、カーブが少なくて走りやすく、単純に移動するには大変よい道ですが、山の中をずっと進んでいく感じで、景色の点では、海あり山ありトンネルありカーブもありの東名の方が良いように思いました。 浜名湖のあたり(とは言っても東名と違って全く浜名湖は見えませんでした。)で、8時を過ぎましたが、名古屋港周辺で渋滞が発生しているとの表示もありましたから、岡崎パーキングエリアで休憩することにしました。 東名だと、早朝に音羽蒲郡インターあたりで渋滞した覚えがありますから、傾向的には良く似たもので、渋滞が名古屋に近くなったというところでしょうか。 休憩と言っても、家でポットに入れて来たコーヒーを飲んで、用意してきたパンを食べてトイレに行っただけで、10分も居なかったと思われます。 渋滞情報が、四日市あたりと一宮あたりにあるため、結局名神でも新名神でも所要時間に差はなく、そのまま進んでも渋滞にはまりにいくだけなので、刈谷サービスエリアで再度休憩してしばらく様子を見ることにしました。 刈谷サービスエリア、10年ぐらい前に来た時は、「えびせんの郷」とかいうえびせん専門店の建物があったのですが、今回寄ったら地元の案内所に変わっていて、えびせん専門店は消滅していました。 何時もおみやげにえびせんを買っていたので無くなって残念だったのですが、本線に戻る途中で他の売店を覗いたら、隅にひっそりとえびせんを売っていましたから、そちらをお土産に買いました。 ここまで5時間ぐらい運転してきたのですが、私の車、全くと言ったら大げさですが、とにかく疲れませんから、休憩は今回も10分ぐらいで再出発しました。 その頃には、四日市の渋滞はほぼ解消されていましたが、四日市ジャンクションで、この先の甲賀土山インター付近で工事の影響もあって通過に1時間ぐらいかかる渋滞があるので、東名阪に迂回しろとの表示がありました。 でも、よく考えたらわかるのですが、奈良方面に行く車なら最初から東名阪に行くでしょうし、大津京都方面に行く車は、東名阪に迂回しても、亀山ジャンクションでまた新名神の方に帰って来て、亀山西ジャンクションで新名神に合流するのです。 つまり、その合流地点で大渋滞している現状で迂回すると、遠回りするだけで無駄なのです。 渋滞の原因は、亀山西ジャンクション手前から甲賀土山インターあたりまで車線を1車線に減らしていることでしたが、車線規制が必要な工事のようには思えませんでしたから、わざと渋滞を引き起こしているのではと疑いたくなりました。 それに、亀山西ジャンクション手前は長いトンネルなのです。今の車は排気ガスもきれいですから大丈夫でしたが、45年前に名神高速の大渋滞に巻き込まれた時に天王山トンネル内で充満した排気ガスで死にそうになった経験がありましたから、その辺も考慮してトンネル内では渋滞させないように車線規制をしてほしいと思いました。 この大渋滞で、1時間半ぐらいロスがありましたし、平均燃費が28キロから25キロぐらいまで低下しました。 これでもリッター25キロも走るのですから、メルセデスベンツのディーゼルプラスマイルドハイブリッド、燃費はいいし、パワーも下手なスポーツカー以上ですから、言うことありません。 ちなみに私、メルセデスベンツを35年間、計11台乗り継いでいます。 その間、妻の車として、フォルクスワーゲン・ゴルフを3年、その後BMWの3シリーズを15年で4台乗りましたが、最初の190だけでなく、その後乗った排気量の大きなEクラス3台を含めても、メルセデスの方が常に燃費は良く、何といってもBMWよりも長距離の運転で疲れませんでしたから、懇意にしていたセールスマンが退職したのを機に15年でBMWは止めてメルセデス2台になり、子供たちが巣立って2台乗る必要がなくなったのをきっかけにメルセデス1台だけにしたのです。 車には関心のない妻が、BMW318からメルセデスのC180に買い替えた時、「こっちのほうがずっといい車だわ。燃費もいいし、15年間損した気分。」と言ったのですから、彼女にもわかるぐらい差は大きかったのです。 今回も、うっとうしい渋滞があったにもかかわらず、全くといってよいほど疲れませんでしたから、メルセデスは素晴らしい。 ただ、近年、自動運転技術が進歩していますが、私は、19歳で免許を取って以来47年間で100万キロ以上運転した経験のためか、自分が指示していないことをしてくれる自動運転は絶対嫌です。 このCクラスも、自動ブレーキだけでなくレーンキーピングアシスト、ステアリングアシストといった安全機能があるのですが、車にハンドル切られるのは逆に恐怖ですから、常にオフにしています。 大学の同期に、プリウスに乗っていて、自分ではブレーキは踏まないと豪語している者が居るのですが、本人はともかく、同乗した者は恐怖だったそうですから、やはり自分で判断して操作すべきだと思います。 また、これからは電気自動車の時代だと言いますが、今回みたいな渋滞で電池切れになったら、レッカーで牽引してもらうしかなくなります。 充電インフラも不十分ですし、電気自体、再生エナジーは不安定ですから、原発を全て再稼働させでもしない限り十分とは言えません。 それに、電気自動車を買った人は、次は電気自動車を買わない人が大半だと言いますから、それだけ問題があるのでしょうし、補助金が出てもガソリン車やディーゼル車よりも割高なのが実態ですから、内燃機関車に代替は、時期尚早でしょう。 1時間以上続いた渋滞が解消して、草津で名神に合流したら、カーナビが京滋バイパスを指示しましたから、宇治から大山崎ジャンクションを通過し、名神を横切って京都縦貫道に抜けました。 この京都縦貫道、大山崎ジャンクションから亀岡までの区間は今回初めて通行しました。 ただ、京都縦貫道、ETCは使えるようになったのですが、どういう関係なのか、篠インターの料金所で一回清算されるらしく、ほぼ1万円の料金が表示されました。 この段階で、深夜割引で4千円ぐらい得したのかなと思いましたが、その後八木西インターでもう一度料金所を通過しましたから、最終の京丹波みずほインターまで合計いくらかかったのかよくわかりませんでした。 京丹波みずほインターを降りると5分ぐらいのところに、4年前にも宿泊し、明後日から2泊宿泊予定の農家民宿「荒牧家」があります。 立ち寄って、持っていくと約束していたハヤトウリの種ウリを置いただけで、箕面の勝尾寺を目指しました。 京丹波到着が12時30分ぐらいでしたから、那須塩原から京丹波まで700キロ少々の所要時間は9時間でした。 今回の旅の主目的は大学の同窓会ですが、ついでの目的は、京丹波の廃屋と箕面の勝尾寺にあるお墓の様子を見ることでした。 とりあえず、廃屋の方は明後日回しにして、勝尾寺のお墓に行ってから大阪で宿泊し、翌日京都に移動することにして、京丹波には5分も居ずに京都方向に逆戻りをするかたちになりました。 箕面には、行きの反対で縦貫で亀岡まで戻るのが一番早いのですが、お金がかかるのと、どこかで軽油を給油する都合と、9号線が混んでいなければそれほど時間も変わらないのとで、国道9号で亀岡まで戻りました。 燃料計の残量はまだ半分以上ありましたが、亀岡で給油したところ、走行距離は732.6キロで、入った軽油27.12リットルでしたから、リッター27.01キロでした。 同じような条件で運転していたら1700キロぐらいは無給油で走れるわけで、1時間の渋滞があってすらこの数値は凄いと思います。 亀岡からは、法貴峠を越えて勝尾寺を目指しました。 この峠、道もかなり狭い箇所があり、5年前だったかの台風の倒木被害で通行止めになったりする難所なのに40年以上改修されなかったのです。 ところが、台風後この4年で遅まきながらところどころ道路が拡張されたり真っ直ぐに修正されたりしていました。 次に来るときはもっと走りやすくなっていることでしょう。 勝尾寺、桓武天皇の兄にあたる開成王子が開いた由緒正しいお寺で、大阪からも近く、観光の名所でもあり、外国人観光客もかなり訪れています。 4年前に来た時は、中国人の団体が、山門前で大騒ぎしながらダンスを踊っていて驚きましたが、今回は中国、東南アジア系の観光客が少数居たものの、静かで安心しました。 本堂までお参りしてきた後でお墓参りをしましたが、元々ここのお墓、祖父が亡くなった時に、山口にあった先祖代々のお墓が改装となったのですが行方が分からなくなり、事実上消滅していたため、求めたものでした。 祖父の死後1年、明治100年の年でしたから、1968年、昭和43年なのですが、勝尾寺境内に墓地の造成が始まった最初の区画である「い区画」にお墓を立てて、既に55年になります。 この間、祖母が亡くなり、両親は離婚した後亡くなって(正確に言えば父は離婚訴訟を放り出して行方不明となり、平成23年に亡くなっていたことが昨年ようやく判明)しばらく放置されていたものを、霊苑永代使用許可の権利を私が相続することになったものなのですが、私の両親、大変ひどい人たちで、祖父母の遺骨は京丹波の家の仏壇の上に放置し、お墓はあっても納骨していなかったのです。 それで、母が死んだのを契機に3人分の遺骨を海に散骨しましたから、このお墓には誰も納骨されたことがなく、言ってみれば石碑のままなのです。 それで、年間1万2千円ぐらい管理料がかかっていますから、墓じまいをするかどうか検討しましたが、納骨されていないから単純な墓石片付け料だけになるためまだ安いのですが、それでも下手したら数十万かかると言われたので、とりあえず管理料を払い続けて、大阪京都を訪れる際、墓地を所有している護持会員は、会員証で無料で入れますから、お墓参りと言うよりは観光で訪れることにしています。 もっとも、変な霊感のある私は、そのお墓に行くとそのあたりに漂っている?霊たちから期待されるようで、般若心経を唱えてあげるとよろこんでくれます。 お寺の方でも1時間に1回般若心経を読経してくれて、それが何とスピーカーで境内中に流れますから、浮遊霊たちにも居心地がよい墓場だと思います。 お墓には柘植を植えていて、55年たっても枯れなかったのは大したものだと思うのですが、長年放置した分茂って周りに迷惑かけていますから、行く度に剪定しています。 しかし、今回持参した剪定ばさみではとても切れないほど枝も太くなっていましたから、今度行く時には、のこぎりと大きな剪定ばさみを持って行ってちょん切って来たいと思います。 ![]() ![]() ![]() 勝尾寺には参詣を含めて30分ぐらい居て、今夜のお宿に移動しました。 大阪京都で宿泊する場合、宿泊料も割高ですが、駐車場確保も大変で、無料で格安のところを探したら、大阪国際空港の側のホテルAPになりました。 ここで、最新のカーナビが威力を発揮しました。 何とそのホテル玄関前には車が入れず、駐車場に入るためにはホテルのある区画を一周して裏側から入ってくる必要があったのです。 そのため、最初経路が表示された時、何かの間違いではないかと思ったのですが、現地に行ってみると、カーナビが正しいし、指示通りに行かなくては駐車場にたどり着けないことがわかりました。 今のカーナビ、実写映像を投影して矢印で行先を指示する機能まであるのです。 メルセデスでも、導入初期のカーナビはバカーナビとしか言えない代物で、4台目のメルセデスで初めて純正装着されたDVDから地図情報をインストールする方式のカーナビは、冬に冬季通行止めの道に案内したり、地元の人すら知らないという狭い道や、幅員2.3メートルのトンネルに案内したり、笑うしかありませんでしたが、今のものは本当に優れものです。 大阪で一泊し、翌朝7時前にホテルを出発、同窓会の会場である京都岡崎のお宿を目指しました。 カーナビは、吹田インターからの名神高速利用を指示しましたが、学生時代に当時住んでいた茨木から車で通った国道171号を通ってみることにしました。 土曜日の早朝ですから、ほとんど渋滞もなく、いわゆる大阪高槻京都線をのんびり行きました。 笑ってしまったのは、茨木の資生堂工場の看板「資生堂ホネケーキ」が50年以上たった今でも健在だったことです。 これ、英語の誤表記の例に紹介されたこともある看板なのですが、ハニーケイクと書くべきところを、ローマ字読みでホネケーキになってしまったらしいものでした。 カーナビの指示に従って、171号線を向日町まで進んで京都外環状線に右折、羽束師で左折して狭い道をごちょごちょと通り抜け、桂川を久我橋で渡って葛野大路を左折して塔の森で右折して西高瀬川と鴨川と越え、京都南インターの側の細い道を左折し、竹田でまた左折、鴨川を勧進橋で渡って(逆戻りになるが)十条通を右折してまた鴨川を渡り、鴨川東岸線に左折して北上、三条で右折して東大路を左折、東山二条を右折して目的地岡崎法勝寺に着きました。 なお、向日町以降の市内のごちゃごちゃした道、カーナビの指示があったからこそスムーズに行けたもので、この時もカーナビには感謝しました。 2時間かからずに着いたため、今夜のお宿に車を預けて散歩というよりも徘徊に出かけました(別編京都徘徊初物尽くし編参照) なお、京都市内に入って目的地少し前の鴨川東岸線で、MKタクシーの黒塗りハイヤー3台と並んだのですが、今まで見たことがない車でしたからよくよく確かめると、相次ぐ火災事故で、「走る火葬場」と有名になった韓国製電気自動車のヒョンデ(ヒュンダイ)・アイオニック5でした。 隣に並んで確かめてみた第一印象としては、とにかくでかい。一緒に走っていた日産エルグランドかなんかのでかいバンのハイヤーよりも車幅が広く(1890ミリだそうです。)、この車、普通の機械式駐車場に入れるのは大変だそうです。 こんなでかくて最小回転半径約6メートルと取り回しの悪い、しかも電池からの火災事故を起こしている車に日本で乗ろうと言う人の意図がわかりません。 さて、その日は岡崎のお宿で、44年ぶりの同窓会を楽しく過ごし、翌日の14時ごろに解散となって、15時頃に岡崎のお宿を出て京丹波に向かうことになりました。 夕方までに農家民宿「荒牧家」に着けばよいため、急ぎませんから、国道9号線をのんびり走って行きました。 市内では渋滞があったものの、亀岡以北は順調に進み、途中丹波の須知のコメリで昨日警告が出たウォッシャー液を買って補充しました。 今回「荒牧家」には2泊しましたが、寒くて朝夕はエアコンをつける状況だったものの、食事は前夜の割烹旅館に負けないすばらしいもので、元々一日一組限定なのですが、一人で独占した状態で快適に過ごせました。 ちなみに、初日の夕食は和牛のすき焼き、二日目は舞鶴産のブリとハモのしゃぶしゃぶでした。 ![]() ![]() 翌朝、問題の廃屋に出かけたのですが、同じ町内で山を一つ越えるだけなのに10キロぐらい距離があり、京丹波は広いなあと実感しました。 コロナの影響もあり、4年も訪れずに放置しておいたためか、50メートルはある侵入路に草が茂っていて、しかも上り坂のため、草でスリップして、途中で動かなくなりました。 進入路を共用していた入口隣の家も住人がお亡くなりになって空き家になり、我が家も水道も電気も廃止しているためメーター検針に訪れる人もなく、本当に誰も通らない道ですから、入口付近までバックして駐車しました。 道路の草よりも驚いたのは、母屋から一段下がった場所にある車庫の2階の二部屋の方で、元々ツタが絡まっていたのですが、そのツタが2階に二部屋ある居室のドアーを二つとも覆い尽くし、剪定バサミを持って行って刈りまくらないと扉のところまでたどりつけない状況で、そこからドアー周りのツタを切って、ようやく開扉させることができました。 ツタは何と部屋の中まで侵入していて、アンコールワット状態になっていました。 車庫の2階までの通路を確保した後、道路の草刈りに取り掛かりました。 母屋に4年間放置されていた草刈り機、背負い式で、動力が本田の4サイクルエンジンの定価10万円以上する優れものなのです。 それを通信販売で約半額で買って、最初は自宅で使っていたのですが、自宅用に新しいものを買って(同じ機種)、車で行き来した時に持ってきて、置いておいたのです。 4年間放置されていたので果たして動いてくれるか心配だったのですが、オイルを点検し、ガソリンを入れてロープを引っ張るセルを回したら一発でエンジンがかかり、その後約5時間、タンクが2回空になるまで家の周辺の道路も含めて草を刈りまくりました。 綺麗に草を刈って気づいたのですが、進入道路の2か所に穴が開いていました。 そのまま突っ込んでいたらタイヤがめり込みそうな大きさでしたから、無理して登らないで正解でした。 石ならそこらじゅうにいっぱい転がっていますから、持ってきて穴をふさいで、母屋周辺の木にからみついたツタやクズを、長い柄のついた剪定ばさみ(ホラー映画でマスクを着けたジェイソンだったか誰かが持っていて、犠牲者の若者たちの手やら指やらをちょんぎっていたようなやつ)で刈りまくり、16時ごろまで作業を続けて一日が終わりました。 お宿に帰ってゆっくり食事を楽しんだのですが、翌日は天気が悪化して早朝から冷たい雨になりましたし、もう雨の中でできることもあまりありませんでしたから、二日目は作業はせず、家の中を少し片付けて撤収することにしました。 8時頃に京丹波の荒牧家に別れを告げ、10時頃まで雨の中廃屋を片付け、今夜の宿である東横イン上越妙高駅西口に向けて出発しました。 日本海周りコースのため、京都縦貫の京丹波わちインターから乗って行く手もあるのですが、舞鶴若狭道が、敦賀の手前あたりで通行止めとの情報がありましたから、美山から山を越えて小浜に出て、敦賀まで国道27号線を走り、敦賀インターから北陸道に入って、最初の杉津パーキングエリアで休憩した後はひたすら走り、上越ジャンクションで上信越自動車道に入って上越高田インターで降りたらすぐで、午後4時半ごろに到着しました。 金沢新幹線の上越妙高駅の前で、裏山?にはまだ雪がありました。 今回、京都のお宿とこの東横イン上越妙高駅西口の二つは、旅割が使えたのですが、京都のお宿は、宿代と二日目の昼食代で割引とポイントを使い、上越では、宿代割引と、ポイントはスマホに登録した後、駅まで行ってお土産買いに使いました。 今回の旅、ずっと寒かったのですが、この日の夜は台風並みの強風が吹き荒れ、新しいホテルなのに凄い風の音がしていました。 最終日は家に帰るだけですから、のんびり一般道を走っていくことにしました。 以前仕事で金沢に行く際、車で行くことも多かったのですが、那須からだと、山を二つ越えて只見から越後小出に抜け、更に山を二つ越えて、十日町、上越と抜けてくるコースをよく通りました。 そのコースが通れるか、ホテルで道路情報を検索したところ、何と越後小出から只見に抜ける六十里越えが冬季閉鎖のままでしたから、十日町に抜ける前に松代から津南町、石内、越後湯沢、苗場、沼田、片品村、日光、今市、矢板と進むコースで行くことにしました。 ![]() ![]() 翌朝、東横イン名物のほぼ全国共通の朝食を6時30分に食べた後、8時前に出発しましたが、昨夜ほどではないものの強風に雨交じりの天候がずっと続きました。 越後湯沢までは一度通ったことがあるコースでしたが、新しくトンネルができていたり道路が拡幅されていたりして走りやすくなった半面、昔あった店や食堂等がなくなっていたりして、全体にさびれた感じになっていました。 途中怖かったのは越後湯沢からの国道17号線の三国峠越えで、昼間としては今までで最も濃い霧の中の走行でした。 関越を通らず17号を走ろうという酔狂な者は少ないようで、道は大変空いていましたから視界最悪ながらも順調に進んで、沼田を11時前に通過しました。 そこからがお笑いで、カーナビの目的地を自宅にセットしておいたところ、何が何でも関越に乗せたかったらしく、Uターンして関越沼田インターを目指す指示を出し続けたのです。 どこまでその指示を出すのか面白がってみていたのですが、沼田から片品村を通り越しても出し続け、なんと日光金精道路の菅沼まで行ってようやく日光方向に指示が変わりました。 今回の旅行、ずっと寒かったのですが、帰りで怖かったのは三国峠の濃霧よりも日光金精道路の区間で、道の両脇はまだ積雪があり、金精峠ではシャーベット状の積雪路面だったことです。 今年は3月末から異常に温かくなりましたから、もう雪が降ることはあるまいと思って、スタッドレスから夏タイヤに履き替えていたのです。 もっとも、1週間後のゴールデンウィークに、東北北海道では、雪によるスタッドレス規制が出ていましたから、今年は異例と言えるでしょう。 カーナビの指示で興味深かったのは中禅寺湖を過ぎてからで、いろは坂を下って日光で日光宇都宮道路を指示するかとの予想を裏切って、日光から今市、塩谷、矢板、那須塩原と一般道路指示でした。 我が家に帰着したのは13時前で、上越からの約280キロを5時間弱で走ったのですから、平均時速56キロって、一般道としては大変速いペースでした。 給油したのは那須塩原に帰ってからになりましたから、亀岡から大阪、京都、京丹、小浜、敦賀、敦賀から上越までは北陸道、上越から那須塩原までは一般道で、総走行距離は1008.2キロ、軽油44.85リットルで、燃費はリッター22.48キロでした。 往路の27.1キロには負けましたが、一般道が半分以上でリッター22キロを超えるとはすばらしい経済性です。 我が家の車庫で緊急ブレーキが働いたり、葬儀場前でも緊急停止したり、いろいろ変なところもありますが、長距離走って疲れない、本当にいい車です。 8月にも大阪で中学校の同窓会がありますから、その時も車で行こうかと考えています。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
Jun 11, 2023 10:18:59 PM
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