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テーマ:悲しみ(5)
カテゴリ:運命について
京都大学の入学50周年同窓会で、京都を訪れました。 夕方5時に岡崎のお宿に集合のところを、私一人だけ午前中に車で乗りつけて、大学周辺を中心に3時間も歩き回ったのです。 しかも、34度の猛暑の中を。 この点は、ここ数年愛用している空調服が役に立っていて、暑さが軽減されていました。 それでも、宗忠神社経由で吉田山を越えたら、かなり大変でした。 それで、土曜日でしたが、大学構内を覗くと、時計台教室の売店で、面白いものを見つけました。 ![]() 生八つ橋夕子と金太郎飴ならぬ京大飴なのですが、面白がって買ってみました。 とまあ、ここまでは良かったのですが、その後北部構内を通り抜けて、哲学の道で南禅寺まで歩きました。 すると、ある思い出が頭に浮かんだのです。 若王子神社(これ、にゃくおうじじんじゃと呼びます。)で、44年前のこの時期に、当時の恋人とデートで、この近くで食事をしたのです。 記憶違いなのか、お店が無くなったのか、その場所が特定できませんでしたが、彼女と京都の勉強会のようなことをしたのです。 結果的には、彼女の勉強というよりは、彼女の無知を暴露しただけに終わってしまいました。 その時のことを聞いた、京大の後輩の聖護院真智さんは、私にこう言いました。 「先輩、恋人がパーだったら、許せますか。」 そうならないように、キスはおろか手も握らずにためになるお話を聞かせ続けて教育しているんだと言い訳したのですが、結果的には、彼女を捨ててしまったようなものになってしまいました。 一番の要因は、私の家庭というか、ひどい両親が問題だったのですが、それで、彼女の両親に反対されて、彼女がおかしくなってしまったのです。 結果としては、彼女との教養の差が原因で捨ててしまったように思わせてしまったのかもしれません。 お店が見つからないと思いながら、そのことをはっきり自覚した私は、何とも言えない悲しい気持ちになりました。 その恋人優佳は、キスさえしないで終わってしまいましたが、とてもいい子だったのです。 そのいい子の心をひどく傷つけてしまったのではないかと、思い直すと、更に悲しくなりました。 何故、当時そのことを考えなかったのか、ごめんなさいと言えなかったのか、それを思うと、私は傲慢だったのでしょう。 私の散歩、哲学の道を南禅寺まで歩いて、岡崎に戻って終わったのですが、その夜の同窓会で、さらに大きな衝撃が待っていました。 京大って、まともな卒業アルバムがないのです。 新聞部が協力して、卒業アルバムの作成もしていたのですが、クラスごとの写真もなく、一応時計台近辺に卒業の3か月前ぐらいでしたが、「アルバムを作るので、写真を撮影します。」と呼び掛けていたものの、個人写真の撮影に協力したのは、卒業生の2割ぐらいに止まったのです。 ですから、そんなアルバムを買う学生は更に少なかったのですが、何と今回の参加者の一名がそのアルバムを買っており、同窓会に持参したのです。 当然というか、持参した者の写真はあったのですが、私を含め、ほとんどの同窓会参加者の写真はありませんでした。 そこで、ふと私は思い出してしまったのです。 悲劇に終わった元カノ摩耶美紀子さん、同期なのです。 確認すると、彼女の写真はありました。 私の記憶通り、上品な美女の写真が。 そう、当時の彼女は、本当に魅力的な美女だったのです。 すると、優佳さん以上に悲しくなりました。 紆余曲折はあったものの、結果的にはハッピーエンドとなった優佳さんと違って、美紀子さんは、43歳で本当に死んでしまいましたから、本当に悲しいのです。 もう彼女が亡くなって20年以上になりますが、改めて考えると、お互いかけがえのない友人(恋人ではなかった)でしたから、もっと悲しいと思っても不思議はなかったのです。 感情欠格のわたしでも、この気持ちには憤りました。 どうして、当時そのことをもっと考えることができなかったのか。 これこそ、後悔先に立たずということなのでしょう。 サヴァンの私としては、稀有な体験の同窓会でしたが、二度とこのような悲しみを味わうことはないと思います。 これって、冷たいのでしょうか。 元々感情のない私ですから、許してください。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
Aug 13, 2025 11:02:32 PM
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