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2016/07/09
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テーマ:洋楽(1823)
カテゴリ:音楽と人


プロローグ


マイケル・ウィリアム・マッサーは1941年3月24日、イリノイ州シカゴ生まれ。独学で音楽への情熱を膨らませつつも、両親の意向に従いビジネスの世界へ。若くして株の仲買人として成功し、ニューヨークの一等地(パンナムビル)のオフィスに通い、9部屋の高級アパートメントに妻子と暮らし、農場を所有。しかし彼の心は満たされず、それらすべてを捨て音楽の世界に飛び込む。デモテープがハリウッドの大御所作詞家ジョニー・マーサー(「ムーン・リバー」「酒とバラの日々」など)に認められ、カリフォルニアにある彼のゲストハウスに身を寄せる。


1.Touch Me In The Morning / Diana Ross (1973)
作詞:Ron Miller
レーベル:Motown

ジョニー・マーサーに連れられて行った業界関係のパーティーでデトロイトから西海岸に拠点を移していたモータウンに声をかけられ、モータウンの金看板であるダイアナ・ロスへの楽曲提供というチャンスをつかむ。。主に60年代(少年期)のスティービー・ワンダーをサポートしていたモータウン専属のソングライター、ロン・ミラーと組んだこの曲で作曲家デビュー。ダイアナ・ロスにとってスプリームスを脱退後のソロとして2曲目のビルボード1位となる。数多くの候補曲の中から選ばれる必要性からか、スタンダード志向の彼には珍しく非常に凝った曲構成となっている。


2.Theme From Mahogany (Do You Know Where You're Going To) / Diana Ross (1975)
作詞:Gerry Goffin
レーベル:Motown

ダイアナ・ロス作品の作曲家としての実績を着実に積み上げ、彼女の2作目の主演映画「Mahogany(マホガニー物語)」の音楽担当に抜擢。キャロル・キングとのコンビで60年代にヒット曲を量産したジェリー・ゴフィンが作詞を手がけた主題歌はダイアナ・ロス3曲目のビルボード1位となり、アカデミー賞の主題歌部門にもノミネート。作曲家としての地位を確固たるものとする。マイケル・マッサー楽曲の特徴がみごとに花開いた曲でもある。

3.Ali Bom-ba-ye / Michael Masser & Mandrill (1977)
(※Instrumental)
レーベル:Arista

「マホガニー物語」の音楽を高く評価したトム・グリース監督に声をかけられ、モハメド・アリの自伝を基にした本人主演(!!)の映画「The Greatest」の音楽を担当。アフリカのリズムと高らかに鳴る管楽器で気分が高揚するこの器楽曲は、前年に異種格闘技戦をおこなったアントニオ猪木に寄贈したとされ、猪木のテーマ曲「炎のファイター~INOKI BOM-BA-YE~」として日本では有名。「ボンバイエ」はザイール(現コンゴ)の首都キンシャサでのジョージ・フォアマン戦(もちろん、この1974年"キンシャサの奇跡"が映画のハイライト)での声援「Boma ye」(リンガラ語「やっちまえ」)が訛ったものと言われている。サウンドトラックの発売元はアリスタ。これを機にアリスタとの関係が深まる。


4.The Greatest Love Of All / George Benson (1977) → "Greatest Love Of All" / Whitney Houston
作詞:Linda Creed
レーベル:Arista

映画「The Greatest」主題歌。捨て身で飛び込んだ音楽の世界で幸運なスタートを切り、成功を手に入れた。しかしそれは多くの作曲依頼をこなすことに追われ消耗する日々の始まりでもあった。彼は疑念を抱き、リフレッシュするために旅に出る。向かった先はエルサレム。ユダヤ系である自らのアイデンティティを再確認し、そして他人の考えではなく自らの考えで行動し何よりも自分自身を愛さなければならないことに気付く。オリンピックで金メダルを獲得しても故郷のケンタッキーでは黒人であるというだけで差別されることに怒りメダルを川に投げ捨て、ベトナム徴兵を拒否したためにヘビー級チャンピオンの座とプロボクサーのライセンスを剥奪されても自らをグレイトの中のグレイト「ザ・グレイテスト」と呼び戦い続け王者に返り咲いたモハメド・アリ。マイケル・マッサーから作詞の依頼を受けたリンダ・クリードは、アリの生き方とマイケル・マッサーがイスラエルで得た考えを重ね合わせる。一方で、70年代前半にスタイリスティックスの「誓い(You Make Me Feel Brand New)」「You Are Everything」をはじめとするフィリーソウルの若き作詞家として成功を収めた彼女は、この直前に当時まだ20代で乳癌を告知される。残り少ないかもしれない人生への決意、あるいは残していく家族へのメッセージとも読み取れる。

 信じてる 子供たちは俺たちの未来だ
 うまく教えて 道案内して
 示してあげて 彼らが内に有するすべての美
 自尊心を与えて そしたら楽になるさ
 子供たちの笑いで 自分がかつてどうだったか思い返し

 誰もがヒーローを探してる
 人々は尊敬できる誰かが必要
 俺はそれを満たす人は誰も見つけられなかった
 孤独な所にいる
 だから自分に頼る術を学び

 はるか昔に決めたよ
 決して誰かの影を歩かないと
 もし失敗したって もし成功したって
 まがりなりにも 信じるように生き
 たとえ何を 俺から奪ったとしても
 尊厳を奪い去る事はできない

 なぜなら グレイテストな 愛情
 が、起きている 俺に
 見つけたよ グレイテストな 愛情
 自分の中に
 グレイテストな 愛情
 を獲得するのはたやすい
 自分自身への愛を学ぶ
 それが グレイテストな 愛情

 (繰り返し)

 そしてもし偶然 あの特別な所
 お前が夢見ていた所が
 お前を孤独な所へ導いたなら
 強さを見つけるだろう 愛の中

1984年。アリスタ・レコードは契約した大型新人を業界関係者にお披露目するためのライブを拠点とするニューヨークでおこなう。そこに招かれたマイケル・マッサーは、自らが作った曲を耳にする。ホイットニー・ヒューストンが歌う「The Greatest Love Of All」に強い感銘を受けプロデュースを引き受ける。新人ホイットニー・ヒューストンのバージョン(The の取れた)「Greatest Love Of All」は、彼が手がけた中で最大のヒット曲となる。ホイットニーのミュージックビデオの舞台はニューヨーク、ハーレムにあるアポロ・シアター。黒人ミュージシャン(特にNY郊外と言っていいニュージャージー州出身のホイットニーにとっては)憧れの舞台。スターとしてその舞台に立った現在のホイットニーが夢に向かって走っていた幼い頃を回想するという筋書き。実の母親であるシシー・ヒューストンが温かく見守る母親役を演じている。


5.Saving All My Love For You (すべてをあなたに) / Marilyn McCoo & Billy Davis Jr. (1978) →
Whitney Houston (1985)
作詞:Gerry Goffin
レーベル:Columbia→Arista

60年代に人気を博した5人組男女混合コーラスグループ、フィフス・ディメンションから夫婦そろって脱退したマリリン・マックーとビリー・デイビス・ジュニアのデュオに提供した、ジャズの要素の強い曲。しかし脚光を浴びたのは1985年のホイットニー・ヒューストンのカバー。この曲から7曲連続ビルボード1位という快進撃となる。家族のいる男性との不倫を歌うには35歳のマリリン・マックーよりも22歳のホイットニーの方が当然インパクトがあるのだが、イメージ悪化という親族の懸念を跳ね飛ばすほどのホイットニーの歌唱(グラミー賞 Best Female Pop Vocal Performance 部門を受賞)が、この流麗なメロディーを不朽のものとした。


6.Some Changes Are For Good / Dionne Warwick (1981)
作詞:Carole Bayer Sager
レーベル:Arista

顧問弁護士としてコロムビア・レコード入りし、人材獲得で辣腕を発揮し社長に登りつめたクライヴ・デイヴィス。1973年に解任されるが翌年にはベル・レコードに迎え入れられ、アリスタ・レコードと改称。彼の力により多くの大物歌手が移籍してきます。60年代を代表する存在であるディオンヌ・ワーウィックも、そのひとり。マイケル・マッサーも曲を提供しますが、さらっとした歌い方が持ち味の彼女と壮大な楽曲の相性が良いとは言えず結果は残せませんでした。しかし彼女の姪(移籍組の最大の大物であるアレサ・フランクリンのバックコーラスも経験したゴスペル歌手シシー・ヒューストンの娘)ホイットニー・ヒューストンの存在を考えると、めぐり合わせの数奇さを感じます。


7.Tonight, I Celebrate My Love (愛のセレブレイション) / Peabo Bryson & Roberta Flack (1983)
作詞:Gerry Goffin
レーベル:EMI

「愛は面影の中に」(1972)「やさしく歌って」(1973)で2年連続のグラミー賞の最優秀レコードという史上初の快挙をなしとげ、ダニー・ハサウェイとの数々のデュエットもヒットさせたロバータ・フラック。ダニー・ハサウェイが1979年に亡くなった後、デュエット相手に抜擢したのは12歳下のピーボ・ブライソン。完璧を求めるマイケル・マッサーの厳しい指導の結果、ピーボ・ブライソンはデュエット歌手としての地位を確立し、「美女と野獣」(1991)「アラジン」(1992)とディズニー映画のデュエット主題歌に欠かせない存在となる。


8.Hold Me / Teddy Pendergrass (duet with Whitney Houston) (1984, 1985) ← "In Your Arms" / Diana Ross (1982)
作詞:Linda Creed
レーベル:"In Your Arms" / RCA, "Hold Me" / Asylum→Arista

ハロルド・メルヴィン&ブルーノーツのリード・シンガー、あるいはソロとして、70年代にセクシーなソウル歌手として人気を集めたテディ・ペンターグラス。交通事故で下半身不随となり、そこからの復帰作のプロデュースをマイケル・マッサーに依頼。ダイアナ・ロスに提供した曲をデュエット曲に作り変え、正式デビュー前のホイットニー・ヒューストンを(レーベルをまたいで)相手役に抜擢し、みごとヒット。ホイットニーのデビュー・アルバムにも再録される。

9.You're Still My Man / Whitney Houston (1987)
作詞:Gerry Goffin
レーベル:Arista

デビュー・アルバム『Whitney Houston(そよ風の贈りもの)』では10曲中もっとも多い4曲の作曲・プロデュースを担当。セカンド・アルバム『Whitney(ホイットニーII〜すてきなSomebody)』は11曲中7曲を担当したナラダ・マイケル・ウォルデンが中心となりますが、マイケル・マッサーも質の高い2曲を提供。より高い評価を受けたのは通算5曲目の1位となりグラミー賞の最優秀楽曲にノミネートされた「Didn't We Almost Have It All」ですが、個人的な好みで、シングル・カットされていないこちらを選曲。楽曲は小粒な感じだが、どこまでも伸びて行くようなホイットニーの素晴らしい歌声は彼女のレコーディング作品でのベスト。


10. Nothing Gonna Change My Love For You (変わらぬ想い) / Glenn Medeiros (1986,1987) ← George Benson (1984)
作詞:Gerry Goffin
レーベル:Warner→Mercury

ジョージ・ベンソンの名作アルバム『20/20』(ワーナー)に収録されたシンコペーションの心地よい曲。ハワイのタレント・コンテストで当時15歳のグレン・メデイロスが歌い優勝。翌年に同曲でインディーズ・デビュー。ラジオで人気を呼び、メジャー・レーベルのマーキュリーと契約。ビルボード12位(1987年)、イギリスでは4週連続1位(1988年)の大ヒットとなる。


11. Miss You Like Crazy / Natalie Cole (1989)
(Preston Glass との共作)
作詞:Gerry Goffin
レーベル:EMI

ナット・"キング"・コールの忘れ形見という話題性とその名に恥じぬ実力で70年代半ばに華々しくデビューするも、その後低迷したナタリー・コール。ブルース・スプリングスティーンのロックンロール「ピンク・キャデラック」を流行のディスコサウンドに乗せてカバーというなりふり構わぬ形で前年に息を吹き返し(ホップ)、この曲では一転してポップ・バラードを歌いヒットを飛ばす(ステップ)。ビルボードのR&B部門とアダルト・コンテンポラリー部門で1位(総合チャート7位)、全英2位。マイケル・マッサーの厳しい指導とそれに見合う成果が2年後の特大ジャンプ、偉大な父という切り札を使った(生前の録音とのデュエットを含む)ナット・キング・コールのカバー集『アンフォゲッタブル』での栄冠(ジャズとしては異例のビルボード(5週連続)1位およびグラミー賞主要3部門独占)につながる。


12. Greatest Love of All ("That's What Friends Are For : Arista Records 15th Anniversary Concert") / Whitney Houston (1990)
作詞:Linda Creed
レーベル:Arista

エイズ・チャリティを兼ねたアリスタ・レコード創設15周年記念イベントにおける圧倒的な歌唱。イベント名はエイズ基金へのチャリティーとして1985年にアリスタから発売された<ディオンヌ&フレンズ>名義(ディオンヌ・ワーウィック,エルトン・ジョン,グラディス・ナイト,スティービー・ワンダー)の「That's What Friends Are For (愛のハーモニー)」に由来(ビルボード4週1位・年間1位,グラミー賞最優秀デュオ/グループ部門受賞)。(それだけの逸材だったからではあるが)周囲のお膳立てで一気に大スターになったせいか、ホイットニーのライブの出来にはムラがある。しかしそうやって手塩にかけて育てられたレーベルへの恩返しの場であり、なおかつチャリティという最高の舞台での超本気モードは圧巻。原曲にちなんで例えるならばスポーツ選手のタイトルマッチのような、抜きん出た才能を持つ若者のみが放つ輝きに満ちた(そして短い後半生を考えると、なんと儚い)7分間です。


エピローグ

リンダ・クリード…1986年4月、37歳で死去。ホイットニー「Greatest Love Of All」はアルバムが1985年、シングル・カットされたのが1986年の3月。リンダ・クリードが作詞した曲として初のビルボード1位になったのは亡くなった翌月の5月。

ダイアナ・ロス…「ビリー・ホリデイ物語」、前述の「マホガニー物語」、主要なスタッフ・キャストがすべて黒人という”オズの魔法使い”「ウィズ」(かかし役のマイケル・ジャクソンと音楽監督のクインシー・ジョーンズという『スリラー』コンビはここで出会う)。拠点をデトロイトからロサンゼルスに移してまで取り組んだモータウン=ダイアナのハリウッド進出は、4作目の企画をダイアナが拒否したことで途切れてしまう。流れた企画は転々とし、ケビン・コスナーの手に渡る。コスナーは自らもプロデューサーの一員に加わり、演技未経験のホイットニー・ヒューストンをヒロイン役に招く。それが「ボディガード」。

ホイットニー・ヒューストン…1992年公開の『ボディガード』およびサウンドトラック(マイケル・マッサーは関与していない)で絶頂を迎え、同年のボビー・ブラウンとの結婚を経て90年代までは人気を維持するが、2000年代に入るとドラッグや夫の暴力などスキャンダルばかり目立つようになる。2006年に離婚が成立し、ドラッグのリハビリもおこない、2009年にクライヴ・デイヴィスがプロデュースし持てる力を注ぎ込んだアルバムを発売して復活を印象付ける。しかしかつての伸びやかな声は失われ、私生活のトラブルも続く。2012年2月11日、クライヴ・デイヴィスが主催するグラミー賞授賞式の前夜パーティに参加するため滞在していたホテルで、コカインによる心臓発作により浴槽で溺死。48歳。ひとり娘ボビー・クリスティーナ・ブラウンも3年後に同じ死因により22歳の若さで亡くなる。

クライヴ・デイヴィス…1987年、アリスタはRCA(旧ビクター)と共にドイツのベルテルズマンに買収され、BMG(ベルテルズマン・ミュージック・グループ)の一部門となる。辣腕ゆえか敵も多く、自ら立ち上げたアリスタを親会社BMGの意向で2000年に解任。しかし実力は折り紙つきで、別部門Jレコードを立ち上げ成功しBMGの重役となる。。CD売上げ減少に伴う大規模な業界再編(BMG売却)に伴うリストラにより、2011年にアリスタ・Jレコードともにソニー・ミュージックに吸収され、消滅。現在はソニー・ミュージックのチーフ・クリエイティブ・オフィサーを務める。

マイケル・マッサー…ヒップホップおよび その影響下の音楽が主流となり、彼の持ち味である(彼はユダヤ系なので当然なのだが)黒人らしさの少ない万人受けするブラック・ミュージックは90年代以降は過去のものとなってしまう。2007年にソングライターの殿堂入り。2015年7月9日、3年間の闘病の末、74歳で死去。






Last updated  2016/08/20 09:07:17 PM
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2015/09/21
ラグビー日本代表が

ラグビーワールドカップで南アフリカ代表に勝利しました。

ラグビー好きのひとりとして狂喜乱舞し、ネットで記事を漁りました。

その中で、ひとつ気になる記事が。

共同通信の配信記事として各新聞に転載されている、こちら。


ラグビーW杯:日本、南ア破る 相手国も称賛 命懸けのタックル、勇敢な桜たち(毎日新聞)
http://mainichi.jp/shimen/news/20150921ddm041050100000c.html

南アメディア、エディーJを「勇敢な桜たち」 健闘をたたえる(サンスポ)
http://www.sanspo.com/rugby/news/20150920/jap15092016390003-n1.html


共同が元ネタ(のひとつ)にした「南アフリカのニュースサイト」の記事は、これだと思いますが
Leitch overshadows De Villiers in Japanese win
http://www.sport24.co.za/Rugby/WorldCup/Leitch-overshadows-De-Villiers-in-Japan-victory-20150920
(Michael Leitch が日本代表キャプテン。高校の時来日し、現在は日本国籍の"リーチ マイケル"。De Villiers が南アフリカのキャプテン。)


・そもそもAFP通信の配信記事じゃん(AFP→NEWS24→共同→日本各紙)

・共同通信は日本代表の愛称("侍"とか"なでしこ"みたいなやつ)である

"ブレイブブロッサムズ(Brave Blossoms)"を知らないらしい。

もし知らなくてもカッコでくくって頭文字を大文字にしてたら固有名詞として使ってるって分かるだろ。


-----------


ラグビーの世界で日本が南アフリカに勝つ事が

日本どころか世界ラグビー史に残る快挙だというのは

こういう非専門家の雑談の方が分かりやすい。

ラグビー日本代表の歴史的快挙を生放送しなかった 日本テレビ、歴史的失態(市況かぶ全力2階建)
http://kabumatome.doorblog.jp/archives/65840668.html







Last updated  2015/09/21 06:49:53 AM
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2014/12/24
テーマ:クリスマス(1729)
カテゴリ:音楽と人


「Do They Know It's Christmas?(2014)」で

Bono が歌う「あの」パートの歌詞変更のことですよ。

(1:37~)

     下矢印

(1:52~)

従来の歌詞は、もちろん不遜で不快です。

しかしその不快さというのは、チャリティーという行為の現実と限界がむき出しになったものであって

いわばパーティーのテーブルに七面鳥の内臓を乗せられたような感じ。

場をわきまえろとは思うけど、あたかもそれが存在しないかのように取り繕うのも欺瞞であり偽善の最たるものなんですよね。

で、改変した歌詞はといえば

あまりにも凡庸。あまりにも陳腐。

思うに30年経って曲も人も(叙勲したりね)権威化して無難な方に流れてしまったのかな。

せっかく歌い出しの(つかみはOKみたいな)旬な若手枠と双璧をなす、楽曲的においしい部分を割り振られ、しかも30年後もその位置をキープできるというのは、ポピュラーミュージックの世界で稀有なことなのに

30年かけての表現がこの程度とは情けない。考える時間はそれこそ30年あったわけでしょ。

そもそも、ひとたび世に出した創作物はみだりに改変すべきではないし(批判には新たな別の創作で答えるべき)

もし人口に膾炙したものを、それでも変えるのであれば相応の物が求められるはず。

そのハードルの高さにまったく届いていないというのが僕の結論です。






Last updated  2014/12/24 10:08:13 PM
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2013/02/12
カテゴリ:外国語詞和訳


またもやマイケル・マッサー(Michael Masser)作品です。

だって好きなんだもん。

デビュー・アルバム『Whitney Houston (邦題:そよ風の贈りもの)』

からのシングル・カットで

3曲目のビルボード1位。

オリジナル曲ではなく、カバー曲です。


-------------------


歌というのは、作り手側の様々な想いも経て生まれます。



原曲は、数々の伝説を残したプロボクサー

モハメド・アリ本人が主演(!)する伝記映画

『The Greatest (アリ ザ・グレーテスト)』(1977年)*

サウンド・トラック(もちろんアリスタ・レコード)収録。

歌っているのはマイケル・マッサーと関係の深い

ジョージ・ベンソン(George Benson)

(いかにも彼らしい、マイルドに語りかけるような歌唱です)

その時のタイトルは、The の付いた

The Greatest Love Of All」

映画「The Greatest」でのモハメド・アリの生き方が

当然、反映されているわけです。



作詞はリンダ・クリード(Linda Creed)

スタイリスティックスの

「誓い(You Make Me Feel Brand New)」、「You Are Everything」

の作詞で知られる彼女は

この曲の依頼があった時には

若くして(当時まだ20代)乳癌に冒されていました。

残り少ないかもしれない人生への決意

あるいは残していく家族へのメッセージとも読み取れます。

1986年4月、37歳で死去。



ホイットニーのバージョンは

アルバムが1985年

シングル・カットされたのが1986年の3月

作詞した曲として初のビルボード Hot100 の1位になったのは

亡くなった翌月の5月です。


ノート歌詞の和訳
http://plaza.rakuten.co.jp/miyajuryou/3023/#greatest


ミュージックビデオの舞台は

ニューヨーク、ハーレムにあるアポロ・シアター。

黒人ミュージシャン(特にNY郊外と言っていいニュージャージー州出身のホイットニーにとっては)憧れの舞台。

スターとしてその舞台に立った現在のホイットニーが

夢に向かって走っていた幼い頃を回想するという筋書きです。

母親役は、本当のお母さん

シシー・ヒューストンです。


ビデオYouTube Whitney Houston VEVO
http://www.youtu.be/IYzlVDlE72w





そして、アリスタ・レコード創設15周年記念 兼 エイズ・チャリティのイベント(1990年3月)

における歌唱は圧巻。

手塩にかけて育てられた歌姫が

レーベル、スタッフ、社長のクライヴ・デイヴィスに恩返しする最高の舞台での

超本気モード。

スポーツ選手で言えば、まさにタイトルマッチのような

抜きん出た才能を持つ者のみが放つ輝きに満ちた

(そして後半生を考えると、なんと儚い)

7分間です。


http://www.youtu.be/NeiW3Cob0nM


-------------------


ちなみに

アントニオ猪木の入場曲「炎のファイター 〜INOKI BOM-BA-YE〜」も

元々は『The Greatest』サントラ収録の

「Ali Bombaye」の猪木バージョン

(アリと猪木の関係性は分かりますよね?)

「ボンバイエ」は

ザイール(現コンゴ)の首都キンシャサでのジョージ・フォアマン戦

(もちろん、この"キンシャサの奇跡"が映画のハイライト)

での声援

「Boma ye」(リンガラ語「やっちまえ」)が訛ったものと言われています。


-------------------


* 同タイトルのドキュメンタリー(1974年)との混同に注意






Last updated  2013/03/03 05:30:12 AM
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2012/12/24
テーマ:クリスマス(1729)
カテゴリ:外国語詞和訳
25周年にあたる今年に新作(8枚目)が出た

スペシャル・オリンピックス支援のためのクリスマス・アルバム

『A Very Special Christmas』シリーズ。



その第1作『A Very Special Christmas (クリスマス・エイド)』(1987年)に収録され

シングルカットされたのが

Run–D.M.C.「Christmas in Hollis」です。



クラレンス・カーターのソウル・クリスマスソング

「バック・ドア・サンタ」(1968年。アレンジを完全に変えたボン・ジョヴィによるカバーが『A Very Special Christmas』に収録)

のイントロをサンプリングしたもの(BPMは落としてある)をループさせ

「ジングル・ベル」「フロスティ・ザ・スノウマン」「Joy to the World(民みな喜べ,もろびとこぞりて)」

という定番ソングを散りばめています。

前年(1987年)にエアロスミスとの『Walk This Way』を大ヒットさせ

ヒップホップとロックの大きな壁(特に人種的な意味で)をぶち壊した

彼らおよびプロデューサーのリック・ルービン(デフ・ジャム創業者。ユダヤ系)にとって

ヒップホップとクリスマス・キャロルの融合というのは、おあつらえ向きのテーマですね。



ビデオ ミュージック・ビデオ(YouTubeのRUN-DMC VEVO)
http://www.youtu.be/OR07r0ZMFb8





前半はヒップホップのメンタリティである一攫千金をクリスマスに絡め

後半は彼らの地元ニューヨーク、クイーンズ区ホリーズ(ホリス)

黒人家庭のクリスマスの情景をライムにしています。


ノート 歌詞の和訳
http://plaza.rakuten.co.jp/miyajuryou/3023/#hollis


------------------------


ヒップホップのクリスマス・ソング、しかもハッピーな内容ということで

使い勝手がよいのか、映画やテレビでしばしば使われています。

最も有名なのは



翌1988年公開の映画「ダイ・ハード」。

バブル期の日系企業(!!)がロスに建てたハイテク・ビルが舞台。

キャリア・アップのために別居して勤務する妻に会うため

会社のクリスマス・パーティーにラフな服装で訪れるニューヨークの刑事。

カリフォルニア気質に面くらい

社長が用意したリムジンの後部座席にふんぞり返ることもできず助手席に座る。

運転するチャラい黒人の兄ちゃんがかけたクリスマス・ソング(と彼には思えなかった)が

「Christmas in Hollis」です。

ブルース・ウィルスが演じるジョン・マクレーンは場違いな所に招かれ

そしてそのまま武装した集団との孤独な闘いに巻き込まれるのですが

その場違い感を表す小道具としてこの曲は使われています。

(エンディングでは、めでたしめでたしという感じでヴォーン・モンローのスタンダード・ナンバー「Let It Snow」が流れます。)






Last updated  2012/12/24 06:24:13 AM
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2012/07/28
カテゴリ:外国語詞和訳
朝食を摂りながらロンドン・オリンピックの開会式を観ていたのですが

これから仕事です。。。


------------------


FAXミューズ、オリンピック公式ソングに(BARKS)
http://www.barks.jp/news/?id=1000080933


ビデオ国際オリンピック委員会による公式動画(YouTube の IOC Media チャンネル)



http://youtu.be/66molzUEkWI


ノート歌詞の和訳
Survival (Official Song Of The London 2012 Olympic Games) / Muse (2012)
words & music by Matthew Bellamy
translation by Miya_Jyuryou

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Last updated  2012/07/28 06:09:19 AM
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2012/02/19
カテゴリ:外国語詞和訳
All at once
I'm drifting on a lonely sea.
Wishing you'd come back to me.
And it's hurt me more than you know.
All at once.

突然
私は漂っている 孤独の海
願いは あなたに戻ってほしい
そしてその痛みはあなたの理解を超えるの
突然...

All At Once / Whitney Houston (1985)


---- --------

2月11日(日本時間12日)

グラミー賞発表の前日の日曜日だったので

僕は過去のグラミー賞関連のブログに手を加えようと思って

昨年7月に若くして亡くなった

(後にアルコールの過剰摂取による事故死と検視官が発表)

エイミー・ワインハウスが席巻した4年前を見返していました。

(今回のグラミーで遺作となったトニー・ベネットとのデュエットが受賞。エイミーの父とトニーが感動的なスピーチを行いました。)

それが終わり、ブラウザのホームボタンを押して表示される

トップページのニュースで

ホイットニー・ヒューストン(Whitney Houston)の訃報を知りました。



極東の一市民である僕とホイットニーには

別に因縁も何もありません。

因縁と言えば、ホイットニーが亡くなったのが

クライヴ・デイヴィス(Clive Davis)

(コロムビア・レコード社長→アリスタ・レコード創設者→J Records創設者→RCAミュージック・グループ社長→現在はソニー・ミュージックエンタテインメントのチーフ・クリエイティブ・オフィサー(CCO)。ロックの殿堂入り)

主催のグラミー直前パーティー(Clive Davis Pre-Grammy Party)

に出席するために滞在していたホテルだということ。

世界最高の音楽イベントであるグラミー賞には

音楽関係者が終結します。

そのプレ・パーティーですから

ただシャンパンを飲むというのではなく

ビジネスの話をしたり

業界の大物であるクライヴがプッシュするアーティストの

ショーケース・ライブをしたりするわけです。

ホイットニーにとっても、近年で言えば

2009年の<復帰アルバム>に向けて

2008年2月,2009年2月のこのパーティーでメイン・ゲストとして登場。

結果的にビルボード1位を獲得するアルバム発売に向けて

クライヴ・デイヴィスが仕掛けたプロモーションの一環としての

華やかなアピールとなったパーティーです。

(ただしグラミー賞の対象期間ギリギリに発売時期を合わせたけど、残念ながら1部門もノミネートされませんでした)

それから、わずか3年後。

こういう形でニュースになるとは...


---- --------

訃報後に改めて聴いた曲の中から

2曲いっぺんにやります。

1曲目は





(上がオリジナルのジャケットで、下は僕も持っている日本盤独自のジャケット)

ファースト・アルバム(1985年)収録の

「All At Once」です。

同じアルバムの「Saving All My Love For You (すべてをあなたに)」

セカンド・アルバム(1987年)収録の「You're Still My Man (愛の絆)」

に続いて、またまた

マイケル・マッサー(Michael Masser)作曲となってしまいました。

(主にコンビを組むジェリー・ゴフィンではなく、作詞はジェフリー・オズボーン)

しかも本国アメリカやイギリスではシングル化されず

「すべてをあなたに」のB面。

(日本を含めシングル発売された国もあります)

僕の好みで選んでいるので偏った選曲ですが

ポップ寄りの楽曲においては

マイケル・マッサーとの組み合わせが最高なんだから

しょうがないでしょ。



ビデオ「All At Once」視聴(ソニーミュージック)
http://www.sonymusic.co.jp/Music/International/
Arch/BV/whitneyhouston/BVCM-37774/index.html



ホイットニーと言えばアリスタ(Arista Records)ですが


<アリスタ略年表>
1974 クライヴ・デイヴィスがColumbia Records系のいくつかのレーベルを統合、アリスタ(Arista Records)を創設
1979 BMG(Bertelsmann Music Group)の傘下に
(1979 ディオンヌ・ワーウィック加入)
(1980 アレサ・フランクリン加入)
(1985 ホイットニーのデビュー)
(1992 『ボディガード』大ヒット)
(1994 ディオンヌ・ワーウィック離脱)
2000 クライヴ・デイヴィス退任。BMGの出資でJ Records創設。
(2002 BMGがJ Records吸収。クライヴ・デイヴィスはBMG系列RCAの社長に)
(2003 アレサ・フランクリン離脱)
2004 BMGがソニーミュージックと対等合併しSony BMGとなる
2008 ソニーがBMGの持ち株分を買収して、ソニーの完全子会社Sony Music Entertainmentになる
2011年10月 アリスタレーベル(J Recordsも)の閉鎖を発表。所属アーティストはRCAレーベルへ転籍


ですから、2012年現在での所属レーベルは

アメリカは「RCA Records」
http://www.rcarecords.com/artists/whitney-houston

日本だと「ソニー・ミュージックジャパン インターナショナル」
http://www.sonymusic.co.jp/Music/International/Arch/
BV/whitneyhouston/index.html


です。



ノート「All At Once」歌詞の和訳
http://plaza.rakuten.co.jp/miyajuryou/3023#allatonce


ファースト・アルバムが『Whitney Houston』

セカンド・アルバムが『Whitney』

何かしらのコンセプトを付けるわけではなく

伝えたいのはホイットニーの魅力。

そういう意図を感じるアルバム・タイトルですね。

日本盤の

『そよ風の贈りもの』
『ホイットニーII』(←はマトモだけど、リイシュー盤からは「すてきなSomebody」というサブタイトル付き!!)

という、収録曲(しかも邦題)を冠したアルバム・タイトルは

蛇足だと思います。


---- --------


1963年生まれのホイットニー。

ファースト・アルバムの前に、御披露目も兼ねて

テディ・ペンターグラス、ジャーメイン・ジャクソンという

アリスタ所属の大物とのデュエット相手に抜擢されたのが1984年

(いずれもファースト・アルバムに再録)

デビューからの3枚のアルバムが1985,1987,1990年。

歴史的名唱と言われた、スーパーボウルでの国歌が1991年。

そして『ボディガード』が1992年

20代のホイットニーの歌は、見事としか言いようが無い。

ただ、そのホイットニーより更に若かった僕は

当時はそんな事は考えてもみませんでしたが

(ただただウットリするだけでした)

彼女の歌ってアスリート的なんですよね。

持って生まれた才能を

本人の努力と周囲の手厚いサポートで花開かせたわけですけど

それを爆発させたのは若さの力あったればこそ。

いずれは(特に伸びやかな高音は)衰えていたのでしょう。

不摂生が加速させたのは間違いありませんが。



(長くなったので、2つに分けます)







Last updated  2012/02/19 05:51:40 AM
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カテゴリ:外国語詞和訳
(承前)


2曲目は「I Look To You」



早すぎるラスト・アルバム

(年齢的にもリリースから間が開いたという意味でも)となった

『I Look To You』(2009年)のタイトル曲です。

訃報を知って最初に聴いたのが、このアルバムです。

その時はいいアルバムだと思うんですよね。

リリース時に買って聴いた時もそうでした。

「あの」ホイットニーという事をいったん意識の外に置けば。

しかし、そこから改めて過去のアルバムを聴き直して比較すると

声の劣化に愕然としてしまいます。

その印象をダメ押しするのが、この曲。

トリッキー・スチュワート(Christopher "Tricky" Stewart)

ハーヴィー・メイソン・ジュニア(Harvey Mason, Jr.)

の共同プロデュース。

作詞・作曲は

マイケル・ジャクソンの最後のビルボード1位曲も手掛けた

R・ケリー(R. Kelly)左矢印(葬儀で歌った!!)

磐石の布陣ですが

アレンジがシンプルなので、誤魔化しようがないんです。

(ほかの曲は、その辺りを巧く処理している)

かつて聴き手に幸福感をもたらした

美しく艶やかで強さのある、「あの」歌声はどこにも無く

ざらついて不安定な苦しさを感じてしまいます。


ビデオ「I Look To You」ミュージック・ビデオ
(YouTube Whitney Houston VEVO)
http://www.youtube.com/watch?v=5Pze_mdbOK8


楽曲の良さやアルバムにおける位置づけはともかくとして

こういう歌唱の重要度が高い曲を

どうしてリード・シングルにしたのか訝るほどでしたが

何度も聴き返して(なぜか心に残る)

ようやく納得しました。

それこそが、この歌のメッセージなんだと。

墜ちるところまで墜ちて

たいせつな物を失ってしまって。

そこから前に進むために必要なものを

苦しみながら求めている姿を

ありのままに晒しているんだと。


ノート「I Look To You」歌詞の和訳
http://plaza.rakuten.co.jp/miyajuryou/3023#looktoyou


しかし、他人の書いた歌詞とはいえ

最終的に彼女の命を奪った心の弱さを露呈しているとも言えます。

(20代までが、あまりにも恵まれ過ぎだったのかもしれません)

彼女と同時代に脚光を浴びたソロ歌手で

現在まで常に第一線を走り続けているのは

おそらくマドンナだけですが

マドンナがそうである大きな要素として

ハートの強さがあると思います。

もともとの路線の違いはもちろんありますが

下から這い上がって来たマドンナは、たとえ低迷したとしても

こういう歌詞は歯牙にもかけないでしょうね。


---- --------

After I lose my breathe
There's no more fighting left
Sinking to rise no more
Searching for that open door

息が切れてしまって
闘う力はもう残ってなくて
沈んでもう浮かべないの
抜け出る所を探しているの

I Look To You / Whitney Houston (2009)



ホイットニー・エリザベス・ヒューストン(Whitney Elizabeth Houston)
August 9, 1963 - February 11, 2012


 エグゼクティブ・プロデューサー Clive Davis (1932-)

 母 Emily "Cissy" Houston (1933-)

 従姉(シシーの姉の娘) Dionne Warwick (1940-)

 名付け親(ホイットニーが生まれた頃、シシーがバックコーラスを勤めていた) Aretha Franklin (1942-)



父 John Russell Houston,Jr が2003年に亡くなったくらいで

みんなご存命ですよ...







Last updated  2012/02/19 06:02:45 AM
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2012/02/18
テーマ:洋楽(1823)
カテゴリ:音楽と人


2月11日(現地時間)に死去した、ホイットニー・ヒューストン。

彼女の葬儀について。

自分のための覚え書きの意味合いが強いので、箇条書きで。

・EST(アメリカ東部標準時)2月18日(土)正午から。
JST(日本標準時)だと2月18日(日)午前2時から。

・ニュージャージー州ニューアークのニュー・ホープ・パプティスト教会にて。
(幼少期に通い、聖歌隊にも所属。)

・その後、2003年に亡くなった父ジョン・ヒューストンの横に埋葬される。

・1500人の招待者のみの葬儀。ファンの参列は遺族の意向で取りやめ。混乱を避けるため、近辺は通行規制される。

・その代わりテレビカメラが入ることが許され、生中継をおこなう。

・CNN(日本でもケーブルテレビやスカパー!などで放送)
2月19日(日)01:00-04:00
http://www.jctv.co.jp/cnnj/program/program.php?pid=367

・ネット生中継
AP通信が撮影し、ストリーミングサイトUstreamの自社チャンネルで配信
2月19日(日)02:00~
http://www.ustream.tv/aplive

・主な参列者
母エミリー(ゴスペル歌手シシー)・ヒューストン、いとこディオンヌ・ワーウィック、など親族
アレサ・フランクリン(母の知人で、ホイットニーの名付け親)
クライヴ・デイヴィス(所属レコード会社の社長。エグゼクティブ・プロデューサーとして彼女のキャリアを築き上げる)
ケヴィン・コスナー(「ボディーガード」共演者)
チャカ(シャカ)・カーン(ホイットニーはデビュー前に彼女のバック・コーラスをつとめる)
キム・バレル(主演映画「天使の贈り物」で歌ったI Believe in You and Meをカバー、今回の葬儀でも歌う)
ブランディーとレイ・J(離婚後に交際していると噂された相手)姉弟
オプラ・ウィンフリー(彼女の番組でホイットニーは離婚やドラッグについて赤裸々に語る)
スティーヴィー・ワンダー
など。

・元夫、ボビー・ブラウンが参列するかどうかは、おそらく直前まで揉める。現在は二人の間の娘ボビー・クリスティーナと共にいる。






Last updated  2012/02/18 06:49:06 AM
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2012/02/13
テーマ:洋楽(1823)
カテゴリ:音楽と人


昨年と同様、今回のグラミー賞も
仕事の合間にWOWOW(洋楽部署)のTwitterで結果を確認しました。
ちなみに昼休みは
ホイットニー・ヒューストン(CDをmp3に落としたもの)を聴いていました。
とりあえずホイットニーの事は日を改めて。



54th Annual GRAMMY Awards

1. Record Of The Year
王冠[Winner]
「Rolling In The Deep」Adele
Paul Epworth, producer
Tom Elmhirst & Mark Rankin, engineers/mixers
Track from: 21
[XL Recordings/Columbia Records]

2. Album Of The Year
王冠[Winner]
『21』Adele
Jim Abbiss, Adele, Paul Epworth, Rick Rubin, Fraser T. Smith, Ryan Tedder & Dan Wilson, producers
Jim Abbiss, Philip Allen, Beatriz Artola, Ian Dowling, Tom Elmhirst, Greg Fidelman, Dan Parry, Steve Price, Mark Rankin, Andrew Scheps, Fraser T. Smith & Ryan Tedder, engineers/mixers
Tom Coyne, mastering engineer
[XL Recordings/Columbia Records]

3. Song Of The Year
王冠[Winner]
「Rolling In The Deep」Adele
Adele Adkins & Paul Epworth, songwriters
Track from: 21
[XL Recordings/Columbia Records; Publishers: Universal-Songs of Polygram/EMI Music Publishing]

4. Best New Artist
王冠[Winner]
Bon Iver


パソコン公式サイトgrammy.com
http://www.grammy.com/

ビデオYouTube Adele VEVO
http://www.youtube.com/user/AdeleVEVO

ビデオYouTube Bon Iver Official Channel
http://www.youtube.com/user/boniver




アデルが主要三冠含め
ノミネートされた6部門すべて受賞(今回の最多受賞)。

結果は1週間前の予想通りと言っていいでしょう。
なぜ「最優秀楽曲」を外したかは後で書くとして
予想の時に書いた「いろんな意味」について。

まずは売上が圧倒的だった点。
もちろんその年の売上1位が主要部門にかすりもしない例は
山ほどあります。
ただし、去年の大きなニュース
・アメリカの市場規模が史上初めて日本に抜かれた
(日本が伸びたのではなくアメリカが著しく減少。為替の影響もあるだろうけどね)
・メジャーの一角、EMIが分割され売却
と、市場規模が縮小する中での記録は
インパクト(業界への貢献)があります。

そして、なぜそんなに売れ、しかも評価も高いのか。
大晦日のNHKみたいな表現になりますけど
「歌の力」を改めて知らしめたという事ではないでしょうか。
失礼ながら外見で彼女のファンになる人ってあまりいないと思います。
(なんか実年齢の倍くらいに見えません?)
肌を露出したり派手な格好をするわけでもない。踊るわけでもない。
歌だけ。
しかも猛威を振るったオートチューンのような加工した声ではなく
生の声。
ビジュアル的な表現は
レディー・ガガで行き着くところまで行っちゃいましたし
何か新しい音楽のムーブメントが出てくるわけでもない。
(日本じゃ売りつけるテクニックばかり発達するし)
そんな中、マイク1本サラシに巻いてじゃないけど
彼女のような歌本来の力で説得力を持たせる存在が
どれだけ貴重なことか。
ちなみに僕はセカンド・シングル
「Chasing Pavements」(2008年)のビデオで彼女の存在を知りましたが
「Rolling In The Deep」のビデオ
(今回「77. Best Short Form Music Video」受賞)
もそうですけど
おそらく意図的にCGなどは使わず
現実の物体・生の身体表現で高い芸術性を獲得しています。

ただ、ね。
さすがに評価がインフレ気味な気はします。
だから「最優秀楽曲」の予想には入れませんでした。
歌唱抜きの作詞作曲賞ですからね。
受賞したのは雪崩れ現象かな。
言い回しに気をつけなければいけないけど
「白人補正」のような気がしないでもない。
こういう黒っぽい歌い方ならば、それこそホイットニーじゃないけど
(授賞式でホイットニー追悼の熱唱をしたジェニファー・ハドソンも含め)
黒人に素晴らしい歌い手が何人もいるじゃないか、と。

-------------

みたいな事を授賞式後に携帯電話でポチポチ打っていました。
まじめに仕事しろよ、俺。








Last updated  2012/02/13 08:34:17 PM
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