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2019.09.02
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「旅好きが選ぶ! 道の駅ランキング2018」で1位を獲得したという豊北の道の駅。ここは、夏の絶景・角島橋に近いとあって週末は県内だけでなく、九州その他からも観光客がどっとやってくる。

角島の海は、晴天の夏、それも午前中が最も美しい。曇ってしまうとあの「ここって本当に日本??」と思うような澄み切ったエメラルドの海の色は見られない。その意味で、天候と時間帯に大きく左右されてしまう「絶景」なのだが、それでも主に自動車のCMでよく使われて有名になったことから、夏の間は観光客がひきもきらない。

道の駅 豊北は、その角島を遠くに見るロケーション。海に向かって大きなテラスがしつらえてあり、トビの飛び交う海辺の景色をガラスなしで堪能できる。


この景色も人気のうちだと思うのだが、なんといっても週末すごい混みようになるのがわくわく亭というこの道の駅の食事処。


見よ! この大行列。ここは、券売機で食券を買って、セルフサービスで運ぶという庶民的な食事処なのだが、券売機がはるか先で見えないほどの行列になる。夏の間、週末に3~4回行ったが、だいたいお昼前にはこの状態だった。

それでも料理はどんどん出てくるし、回転は案外速い。メニューは豊富。地元の魚を使ったものがメインだが、カレーやうどんのような軽食もある。こういういろんなものをごっちゃに出す食堂はマズイと決まっているものだが、道の駅豊北は、数少ない例外。

絶品…とは言わないが、河豚や烏賊、地元の魚を使った料理は、お値段はとてもお手頃だが、その価格に対しての満足度が高い。逆に「とらふぐの刺身」などの高級食材を使ったものは、その値段のわりにガッカリだった。高級食材は高級店に任せて、ここではもっと庶民的なものを頼んだほうがよい。

Mizumizuのイチオシは、ふぐ天丼。見た目は「天丼てんや」と変わらない――なんて言ったら元も子もないが、不思議と飽きない味。何度もリピートしている。

日によってネタが変わる「おまかせ鮨」も、なかなか。白身の魚中心で、華やかな江戸前鮨に慣れた目で見ると、地味すぎてしょぼくれた印象だが、逆に白身の魚の味、歯ごたえのバリエーションの豊かさを知ることができる。白身魚が嫌いでないならおススメ。

お土産コーナーの魚は日によって違う。一度だけ天ぷら用のキスが売っていたのにあたり、買ってみたらあまりの旨さに衝撃を受けた。さくっとした軽い触感。やわらかいがプリっとした身の味わい。山口市内のスーパーでも、それなりに新鮮なキスは買えるのだが、明らかに一段上だった。

「山口の魚って、おいしいじゃん!」としみじみ実感したのは、有名なとらふぐではなく、ありふれたキスだった――というオチ。




窓越しに明るい海を見ながら、みんながおいしそうに食べている。
平和と豊かさがここにある。












最終更新日  2019.09.02 10:39:04
2019.08.27
あわゆき、淡雪、あわ雪、阿わ雪…表記はさまざまあれど、どれも卵白を甘くして寒天で固めたシンプルなお菓子だ。

Mizumizuがこのあわゆきファンであることは過去にも書いている。なんでもある東京だが、なぜかこのお菓子だけは、あまり美味しいものがない。

以前、愛知県の有名店のあわゆきを期待を持って買ってみてガッカリしたことがある。崩れにくいようにとの配慮なのか、少し硬すぎて、口のなかで、それこそ雪のように「しゅわっ」と溶けていく感覚がない。

あわゆきは、泡立てた卵白特有のこの「しゅわっ」感が命。きれいに箱詰めしている売っている有名店のあわゆきは、のきなみこの生っぽい「しゅわっ」が消えている。

不思議とMizumizuが気に入るのは、山口の小さなお菓子屋で、小規模につくっているあわゆきだ。市内では大殿の風月堂。ここは夏だけあわゆきを出すということだが、大切な「しゅわっ」感、そして甘ったるくない爽やかさを備えており、Mizumizuイチオシで気に入っている。ビニールに密封はされているが、商品名はマダムが墨で手書きしている。小規模手作り感があふれている逸品だ。

その大殿の風月堂に並ぶあわゆきをこの夏見つけた。それは意外な場所。

秋穂よりの防府にある「ふれあいステーションDAIDO(大道)」という地元の農家の直売品を売る店だ。



あわゆきにレモンを合わせた爽やかな味。口の中で溶けていくような「しゅわ」感もあり、甘さと酸っぱさのバランスも良い。

最初見た時は、それこそ地元の主婦の手作り品かと思った。



こんなテキトーな包装なので(笑)。値段も220円ととてもお安い。でも、製造者をよくよく見たら三協製菓という防府のお菓子屋さんだった。しかし、この淡雪「レモン」(「瀬戸内レモン」)、三協製菓のホームページにも出てこない。よっぽど力が入っていないんだろうか(苦笑)。

しかし、飽きない味で、Mizumizuはすでに何度もリピートしている。売り切れている(あるいは入荷していない?)こともしばしばで、行っても買えないとガッカリするので、だんだんと、「あればまとめ買い」するようになってきた。

もちろん、しっかり冷やしていただくのが鉄則。室温に置いておくと、卵白の悪いほうの生臭さが出てきてしまう。それだけ泡立てた生の卵白の食感が残っているということでもある。

防府のお菓子屋となると、それこそネット上で評判のお菓子でもないと、わざわざ行く機会もない。だが、道の駅にも似たこういう直売所だと、新鮮な野菜などを買いにきたついでに目についたら買ってみようかという気にもなる。

この大道の直売所はとても人気があり、いつもたくさんの車が停まっている。道の駅もそうだが、こういう直売所が地方の経済を支えているのだと実感する。

次のエントリーでは山口で最も人気のある道の駅をご紹介します。











最終更新日  2019.08.31 18:59:33
2019.08.23
かつては廻船業で栄えたという阿知須(山口県山口市)。今はその面影はないが、そのかわり、「きらら 道の駅 あじす」付近は、野鳥観察公園やさまざまなイベントでにぎわうきららドームといった施設との相乗効果もあり、それなりに集客力のあるエリアになっている。

ロワゾブルーは、「きらら」施設とは少しだけ離れた場所にあるが、ついでに車で寄るにはぴったりのロケーション。大変な人気店で、週末は狭い店内が人でごったがえしていることもしばしば。



ロワゾブルーの周囲だけ、瀟洒な個人宅が立ち並び(数軒)、ここだけ葉山にでも来たような雰囲気。ここはジェラートも有名だが、なんといってもイチオシはカヌレ。



平日でも夕方には売り切れていることの多い人気商品――味は絶品だ。

カリッとした皮に、半生のようにクリーミーな中身。そのバランスが素晴らしい。カヌレは一時とても流行って、それから定番にしている店も多いが、ロワゾブルーほどの食感の対比をコンスタントに作り出しているカヌレは本当に少ない。たいていのカヌレは皮もしっとりしてしまっていて、対照的な食感が楽しめない。

カヌレは日持ちがするので、たいてい6個ほどまとめ買いをするMizumizu。翌日ぐらいまでならそのまま置いておいても楽しめるが、やはり皮が少し湿気ってしまう。そのやわらかめの食感が好きな向きはそのまま食せばよいが、Mizumizuはカリッとした食感を再現したいので、次のステップで冷凍→解凍して食べている。

1)アルミホイルで1つずつカヌレを包む
2)食べるときはオーブントースターでそのまま10分。アルミホイルをあけて3~5分。
3)カヌレを取り出して、しっかり冷ます。

3)が特に重要。温かいままで食べるより、いったん冷ましたほうが食感の違いを堪能できる。この方法なら長持ちするし重宝だ。



絶品カヌレと有名ジェラートのほかにも、ケーキや焼き菓子も豊富。Mizumizuのお気に入りのケーキはタルトシトロン。そのほかヨーロッパ直輸入だというパンオショコラやスイスショコラもオススメ。すべて窓に向かってしつらえられた店内のカウンターテーブルでいただくことができる。



窓の向こうは、小さなフレンチ風の庭。その向こうは道路でその先は草ボーボーの遊休地。それでも遠くに山が霞み、ちょっとしたバカンスの雰囲気も楽しめる。週末は順番待ちだが、平日ならすいていることが多い。ただし、月曜日・火曜日はお休み。

阿知須の「ここだけ葉山」のカフェ。宇部空港からもわりに近いので、機会があればぜひ。遠くから来る人は、事前に電話で取り置きをお願いしたほうがよいかもしれない。


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最終更新日  2019.08.24 10:00:39
2019.08.21

この夏は山口で過ごしたMizumizu。田舎は退屈かなと思っていたが、なかなかどうして東京暮らしとは違った楽しみに溢れている。

以前は感じた、都会と田舎の「食のレベルの格差」もあまり感じなくなってきた。カフェもそう。東京にも個性的なカフェはあるが、山口だって負けないぐらいある。



ここは山口市で指折りの桜の名所、一の坂川。室町時代に当時の支配者・大内氏がこの川を京都の鴨川に見立てて町づくりをしたという。鴨川と呼ぶにはスケールが小さすぎるが、逆にその「小ささ」が箱庭的な雰囲気を醸し、桜の時期には大勢の見物客でにぎわう。

桜を見るのにぴったりなカフェが川沿いにいくつかあるので、桜の時期はとんでもない混みようになるが、普段はとても静か。「ラ・セーヌ」もそんなカフェの1つ。モダンでアートフルな空間が特長。大きな窓の向こうの緑を眺めながら一息つくのもよし、奥のテーブル席でさまざまに置かれた雑誌や新聞に目を通すのもよし。



ここでMizumizuが頼むのは、抹茶パフェ。だ~い好きな白玉と、抹茶のアイスのコンビネーション。器はガラスではなく萩焼きというのも山口ならでは。上にのったウエハースと下に忍ばせたフレークはありがちだが、ふりかかった苦めの抹茶の粉も、東京のカフェのようにケチケチしておらずたっぷりで、良いアクセントになっている。小豆餡も抹茶アイスと白玉に合う上品な甘さ。



たまにはコーヒーゼリーも。特に強い主張はないが、安心して楽しめる良品。水もおいしい。

出ようとして、壁にかかったイラストに目をやると、「あれっ!」

東京在住で先ごろ歌手デビューした「マスターの彼」のCDジャケットを描いた人の作品だ。作風を見れば一目瞭然。猫が特に生き生きとしていて、この作者が持っているであろう強い「動物愛」が一直線にこちらに届いた。

山口、一の坂川、ラ・セーヌ。小さな出逢いのあるアートカフェ。


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最終更新日  2019.08.21 16:47:35
2019.02.03
カテゴリ:Essay
<昨日のエントリーから続く>

パパの作りばなし [ 関周 ]


関周/パパの作りばなし 【CD】

マスターの彼は、ピアノやアコーディオンも弾くが、プロデューサー的な仕事もする。店には彼に伴奏してもらって歌を歌うのを目当てに来る人もいるが、彼がプロデュースしたライブを聴きに来る人も多い。

「クイーンエメラルダス」は、彼の店で定期的にライブしている。松本伊代のお姉さんが、実は歌唱力抜群だということを私が知ったのも彼の店だ。

だから、てっきり発売されたCDも、「歌手デビュー」といいつつも、彼自身のプロデュース色の強いものだろうと想像していた。

だが、まったく違った。3曲通すと、クラシックの室内楽を聴いているような心地よさに浸っている自分に気づく。演奏メンバーは明らかに正統派の手練れだ。電子的に「足した」音は一切しない。

1曲目は、ピアノに加えて、バイオリン、ビオラ、チェロ。弦の音の厚みが、ごくごく一般的な、けれどももしかしたら得難く幸せな、親と子の情景を語る歌詞にかぶってくる。

これ、作った人たち、タダ者じゃないでしょ。

マスター個人の技量だけで勝負してる、知る人「だけ」が知る街角の小さなライブハウスに入ったつもりが、迎えてくれたのは、さっきまで、それぞれ別々の専門のフィールドで演奏してたその道のプロたちだった――という驚きだ。

2曲目では、弦に加えて、スキルフルなソプラノサックスの音。3曲目では、一転してピアノとフルートのみ。フルートが人の吐息に聴こえる。それは昔、バッハのフルートソナタを聴いて感じた心地よさに通じる体験だった。

音合わせを何度も重ねてスキのないものをつくる…というのが、CD制作をする人たち、ましてや生演奏だけで音を入れる人たちが一様に目指す方向だという先入観が私にはあったのだが、見事に、心地よく、ひっくり返された。つまり、ある種の即興の良さ、のようなもの――が感じ取れるのだ。その「一期一会」感が、なんともイイ。

音にのってくる彼のちょっと素人っぽい歌声が、また不思議に新鮮だ。これが、声楽をみっちり学びました…なんていう声だったら、「へーー、うまいねー、ほーー、すごいねー」とひれ伏して、それで終わりかもしれない。

これなら自分にも、歌えるかもしれない、歌ってみようかな――そんな、付け入るスキのある歌唱。それでいて、彼が送ってきた人生だとか、音楽が作り出す世界に対する考え方だとか、そして、自分はこの歌を聴いてほしいのだという情熱も、さりげなく伝わってくる。

自己満足レベルからプロはだしのレベルまで、彼の店ではいろいろな人が歌を歌うが、そうした幾千の歌を聴くうちに培ってきた「何か」が彼の表現にはあるように思う。

作詞は伸我。初めて聞く名前だったが、まるで自分の心の中を覗かれたように、どきりとするフレーズを書く人だ。興味を持ったので、他の作品を探してみたら、「メタセコイアの枯れ葉」に、やはりどきりとさせられた。

♪あなたを失ったことより 現在(いま)を変える勇気が少しも残っていない それが悲しい

ここにも不思議な符号。私の実家のすぐそばには、壮麗なメタセコイアの並木を持つ公園があるのだ。

そして、また、あの3曲に戻る。繰り返し聴くうちに、彼の死をきっかけに、私の思考を暗く孤独な終焉へと引きずりこんでいたOld Balck Joeが、過去の歴史的名曲というあるべきポジションに帰っていってくれた。

そもそも、彼も、彼も、私も、Old Balck Joeではない。私たちは誰も綿花畑で苛酷な労働など強いられることはなかった。Old Balck Joe――あるいはBalckという言葉を好まずOld Old Joeと歌う人もいるが――の人生は、その哀しみと寂しさは、立場を超えて多くの人の共感を呼ぶとはいえ、それは私の人生ではない。

彼も、彼も、私も、音楽にまつわる楽しみを知っている。それはある程度、私たちの親たちが授けてくれたものだ。そして、それは幸運なことだ。

彼も、彼も、私も、同じ場所にいたのは高校卒業までだ。そのあとは、それぞれ違う場所で、違う生き方をしてきた。彼にも、彼にも、私にも、それぞれが知らない人と交わることで築き上げた世界がある。生きることでしか描けない円がある。彼と、彼と、私の描く円は、時に近づき、時に交わる。

彼が歌手として参加したこのCD。その制作に携わった人たち、彼の「円」の中にいる人たちを、その才能を、私は今回初めて知ることができた。

これからも、彼と、彼と、私と、それからまた別の彼や彼女たちの描いた円は、近づいたり、遠ざかったりするだろう。ひとりの彼は、すでにこの世から去ってしまったが、彼の描いた円は、やはり確かにこの世にある。

タイムリミットが迫る直前に、彼が彼に会いに行き、実際に会えた瞬間に、彼と彼の円が交わり、そこで他人にはうかがい知れない何かが受け渡されたかもしれない。

これが彼と、彼と、私の物語だ。ロンド(輪舞)と呼ぶほど劇的でも特別でもない。だが、この機に語らずにおけるほど、私にとって小さくもない。

これからも、あなたと、あなたと、あなたの円が近づき、思いがけず交わったとき、あなたは、あなたとは別の円の中にいる人たちの美しさ、素晴らしさを知るのかもしれない。

そのときに、円は縁になる。

https://www.amazon.co.jp/%E3%83%91%E3%83%91%E3%81%AE%E4%BD%9C%E3%82%8A%E3%81%B0%E3%81%AA%E3%81%97-%E9%96%A2-%E5%91%A8/dp/B07N1CHJ1T/ref=zg_bs_2129354051_26?_encoding=UTF8&psc=1&refRID=XWZQ7GN08G6F2218W737







最終更新日  2019.03.14 11:37:43
2019.02.02
カテゴリ:Essay
<昨日のエントリーから続く>

同級生の死というのは、実際にそれが来てしまうと、想像していた以上の寂寥感をもたらす。ご家族やさらに近しい人々の心情を想えば、「私も悲しんでいます」などとはおこがましくて言えないが、中学という若い時代、人生を四季にたとえるなら、春のただなか、あるいは夏へ向かう、みずみずしく元気な時代のイメージしか、ほぼない人の、それも病死となるとなおさらだ。

病魔は、いくら人間が気をつけていてもふいに襲ってくるものだ。それがたまたま「彼」であっただけの話で、「彼」は「私」だったかもしれない。「彼」に訪れた終焉は、思うより早く「私」のそばに来ているのだろう。得体の知れない影のようにひたひたと迫ってくる孤独感は、「もうあの人に会うことも、話すこともできないのだ」という信じがたく、受け入れがたい事実の悲しさ以上に、自らにも迫ってきた死への恐怖なのかもしれない。

このところ、私はしばしば山口の実家へ帰る。実家に転がっている古いモノたちは、ふいに忘れた過去の記憶をよみがえらせる。たとえば、古い楽譜。

中学の英語の授業の中で、ある歌を歌ったことをふいに思い出した。

Gone are the days when my heart was young and gay,
Gone are my friends from the cotton fields away,
Gone from the earth to a better land I know,
I hear their gentle voices calling Old Black Joe.

歌詞の書かれた楽譜を机の上に立てながら、皆で歌ったとき、私の隣りの席に座っていたのは、おそらく亡くなった彼だった。

I'm coming, I'm coming, for my head is bending low,
I hear their gentle voices calling Old Black Joe.


彼を含めて、先に逝ってしまった友人たちの顔を思い浮かべながら、この歌を口ずさむ、Joeのように年老いた自分の姿が、ひどく現実味を帯びて目に浮かんだ。この歌を習った頃には、まさか自分がOld Balck Joeになるなんて、思ってもいなかったのに。

実家では、亡父の遺した持ち物を、少しずつ整理している。もう父が亡くなって10年以上。いい加減に片付けなければ。「片付ける」とは、すなわち「捨てる」もしくは、「売る」ということだが。

父が買った初期のシンセサイザーがあった。中学の頃だ。またも、忘れていた思い出が蘇る。

シンセサイザーが家にあると級友に話したら、誰より強い反応を示したのが、亡くなった彼だったのだ。「シンセサイザー、くれよー」などと言ってきた。冗談にしては声が本気すぎた。そもそもシンセサイザーなるものの存在さえ知らない人がほとんどだった時代に、なぜそこまで彼が関心を持つのか、その時は理解できなかった。

彼が音楽好きで、自分でシンセサイザーを買って曲まで作っていたのを知ったのは、彼が闘病ブログを書き出してからだ。彼所有のエレキギターの数々にも驚かされた。機能まではブログの写真では分からないが、色やフォルムからして、「コレクション」と呼ぶにふさわしい、美しき現代の撥弦楽器。

そこでまた奇妙が符合が起こる。亡父は抱えて演奏するタイプの民族弦楽器を集めていた。インドのシタール、中国琵琶、沖縄の三線、ベトナムのダン・タム、ロシアのバラライカ… すべて現地で購入してきた。父の生前は、壁にかけて飾っていたこともあるこれらの美しい弦楽器は、半ば壊れてしまったものも含めて、今も実家にある。

亡くなった彼は、「ギターもね、なんであんなに集めちゃったんだろうと思う」と、私へのメールに書いてきたことがある。病気が悪くなってきた頃で、「かみさんは興味ないから、自分で処分しないと」と、気にしていた。

もしがんと共存できたら、古民家を買って改築して住みたいというのが彼の希望だったから、古民家にあの美しいエレキギターが飾られたらさぞやステキじゃないか、と実家に遺った民族弦楽器――撥弦楽器も擦弦楽器もあるが、私から見れば形からしてギターの仲間――のコレクションを思い浮かべながら思ったが、何も言えなかった。

私だって自分で買うほどの興味はないが、「遺された」弦楽器は捨てずにいる――そんな話の流れになってしまいそうだったから。

彼が亡くなったのは、2018年12月8日。彼がCDデビューしたのが、2019年1月23日。それから、四十九日。その3日後、1月29日は父の命日だ。山口の実家で朝メールを見ると、デビューした彼からメールが入っていた。

ダウンロード配信が始まったというお知らせだった。そして、アマゾンのデジタルミュージック、アルバム、キッズ・ファミリー部門で1位を獲得したという

さっそくサイトにアクセスし、聴いてみる。マスターの彼には、なにげに驚かされることが多いが、今回も、だった。

<続く>









最終更新日  2019.02.03 00:27:39
2019.02.01
カテゴリ:Essay
彼とは中学時代に山口県でクラスメートだった。彼のお母さんが私の父のお弟子さんだったという、ちょっとした縁もあった。高校も同じだったが、科が違ったのでクラスはずっと別だった。大学は私も彼も東京。私は上野に通い、彼は本郷だったから、地理的には近くで学んでいたはずだが、特段の交流はなかった。

卒業後、私が山口の実家でくすぶっていた頃、彼は一流企業に勤め、スイスで活躍していた。彼のお母さんが私の実家にクッキーを届けてくれたときに聞いた話だ。

その後のことはほとんど知らずにきた。私は再び東京に戻り、仕事が忙しくなった。新しい仕事上の交友関係も広がり、過去を振り返ることもなくなった…というより避けていた。

そんな時代がひと段落した頃から、中学・高校の仲間がときどき集う店ができた。大都会の片隅、グランドピアノが置いてあるこじんまりとした店。マスターの彼も、私と同じ中学、同じ高校の出身。だが、私はマスターの彼とは面識はなかった。

マスターの彼の店で開かれる同窓会では、クラスメートだった彼と会うこともあった。マスターの彼は、時折ピアノを弾く。最初に店に行ったときは、ベートーベンの月光の一節を少しだけ。「子どものころ、ちょっとやってたからね」――ちょっとやってただけで月光が弾けるとは到底思えない。背筋を伸ばした姿勢の良さ。そして打鍵の強さ。本格的な基礎訓練を受けた人のものだった。

驚いたのは十年ちょっとのち。店に行くと、またほんの少しだけマスターの彼がピアノを弾いてくれたのだが、音が格段に「まろやか」になっていた。熟成された音といってもいい。ピアノを替えたのかと思うぐらい。十年弾いてりゃうまくなるでしょ、などと言うのは簡単だが、それはある程度の年齢を超えてからでは、容易なことではない。音楽に関しては、その現実はさらにシビアだ。

楽器を弾くというのは、スポーツに似ていて、技術的なピークはかなり若い頃に来る。その時期をはるかに逸したあとになって、技術を向上させるなど、並大抵のことではない。そして、相変わらずの姿勢の良さ。どうやって腹筋・背筋を鍛えているのだろう――と思ったら、高校時代に打ち込んでいたバスケットの、シュート練習を今もほぼ週一回、公園で一人続けているらしい。

そして――

クラスメートだった彼が、病気になった。

胃がん。

手術、抗がん剤。それぞれの治療の先には、常に良いシナリオと悪いシナリオがあるが、彼の場合は、ことごとく悪いほうに流れていった。闘病が続く中、東京にいた彼は、九州に居を移した。その狭間の短い間、偶然、彼は私の家の近くに住んでいて、田舎の親類にもらった里芋が多すぎて、おすそ分けに持って行ったことがある。

里芋を玄関先で渡し、階段をおり、停めておいた自転車にまたがって帰り道をこぎ始めた私に、彼がふいに、「また、ゆっくり」と声をかけてくれた。私は振り返って、彼に軽く手をあげて応えた。彼がそんなに律儀に、こちらの帰路を見守ってくれてるとは思っていなかったから、驚いた。

「また」はあるだろうか? 正直に言ってしまうと、「ないかもしれない」と思った。

彼が九州に引っ越すことは決まっていた。戸口に立つ彼は元気そうだったが、がんというのは、いよいよの末期となるまで、案外元気でいられるものだ。彼はブログで自らの病状について詳しく綴っていて、「転移」「腹膜播種」の文字は、父をがんで失った経験のある私には……

彼が九州に行ったあとも、私はマスターの店に行った。東京在住の同窓生たちに会うために。頻繁にではない。だからこそ、行くたびに思うのは、駅からの道、あまりに多くの店がなくなり、新しい店ができていること。一瞬、道を間違えてしまったかと思うほど。それでもしばらく行けば、見慣れた彼の店がある。

「ここは何年? 長いよね」――ひとつの店、ひとつの仕事。それをやり続ける困難さを知る人だけが、彼のことを褒める。

九州に行った彼の病状がいよいよ差し迫ってきた頃、マスターの彼が、どうやらCDデビューをするらしいという話を知った。マスターの彼はピアノも弾くが、自分で作詞・作曲もする。てっきり、シンガーソングライターとしてデビューするのかと思っていたら、そうではなかった。

彼はとっくに、適材適所の才能を自分の周囲に見つけ、関係を築いていたのだ。

マスターの彼もブログを書いている。CDデビューに向けて、また日々の仕事でエネルギッシュに動き回っている。病気の彼もブログを書き続けている。東洋的な諦念と、そうしたものに抗うべきとする西洋的な意志の向こうに、どうにもならない終焉が迫ってくる。

冬のある日、マスターの彼は、多忙を縫って、そして迷った末、九州の彼を見舞ったという。

彼が亡くなったと知らせがきたのは、それから1か月もたたないうちだった。

<続く>

 







最終更新日  2019.02.02 20:59:40
2019.01.26
カテゴリ:Essay





Mizumizuは現在、ペッパーミルはプジョー製、ソルトミルはコール&メイソン製を使っている。ソルトミルのほうはもうずいぶん長く――おそらく15年以上は――同じものを使っている。毎日使うほどではないが、といってほったらかしということもなく、常に食卓の上にあり、切れることなくピンクソルトが入っていて、しばしば使うという感じ。

ペッパーミルのほうは、ソルトミルより少し早く、ウサギ形のものを買った(メーカー名は失念)が、数年で壊れてしまい、次におしゃれっぽい小物を売っている店で、1000円ちょっとの安いものを買ったが、それもすぐに胡椒の詰まりがひどくなり使えなくなってしまった。そこで、質に定評のあるプジョー製に替えたら、それ以来ずっとトラブルなく快適に使えている。

コール&メイソン製のソルトミルはオーストリアのバートイシュルの岩塩専門店でピンクの岩塩を買ったときに、それ用ということで買ったもの。話が逸れるが、ここで買ったピンク岩塩は、日本でよく売っているヒマラヤのピンク岩塩なんて及びもしないほど美味だった。塩の味の中に不思議な甘みがあり、まろやかな味。記憶の中で美化されている部分もあるとはいえ、その後、あの味を越える塩にはお目にかかれていない。

で、ミルに話を戻すと、壊れないのでずっと使い続けていたのだが、先日、ピンク岩塩が切れて、たまたま気まぐれでクリスマス島のクリスタル結晶の塩を買ってみた。何の気なしにソルトミルに入れると…あれ? 削れない。なんだか滑ってしまっているようだ。

調べてみると、ソルトミルは厳密には岩塩用と海塩でギア(刃)の作りが違うようだ。それはそうかもしれない。だが、Mizumizu所有のは刃はセラミック。セラミックなら海塩でも大丈夫な気がする。

ま、もし海塩が原因で削れないのなら、岩塩にすればいいだけだ。というわけで、いつものピンク岩塩を買って入れてみた。が、結果は同じだった。滑ってしまっているようで、削れない。

「ソルトミル 削れない」で検索してみたが、たいした妙案はなかった。

塩を全部出して、構造をじっくり見る。バラすことはできないが、中にバネが入っていて、頭部のツマミを閉めるとその圧力で、上下になっている下のほうのギアが移動し、噛み合わされて削るというシンプルなものだ。

下のギアの部分を見ると、だいぶ塩がついている。単純に、これで削れなくなっているように見える。だったら、水洗いして、しっかり乾かせばよいだけの話ではないか?

バラせないから乾燥させるのがちょい難しいかな、とは思ったが、もし水洗い→乾燥で直らなかったら、それは壊れたということだし、コール&メイソンはギアを交換してくれるという話もあるので、聞いてみてもいい。

というワケでお湯を勢いよく流し、そのあと少しお湯につけてセラミックのギア部についた塩を除去してみた。

これが洗浄後。こびりついていた塩はきれいに取れた。

そして、内部の乾燥には、コレ↓

ダイソンのヘアドライヤー! 

コイツがすんばらしい働きをしてくれた。このドライヤーは、元来のドライヤーとしても、心からおススメできる。あっという間に髪が乾いて、しかもふんわりとボリュームが出る。値段は飛び切りだが、実にGOODなドライヤー。

コイツをコール&メイソンのソルトミルの開口部に近づけて、中の水滴を次々と飛ばしていった。ドライヤーだけでほぼ乾いたといえるぐらいになったが、それでも念のため、数日放置して自然乾燥。

で、ピンク岩塩を再度入れたら…

おー! ちゃんと削れる。新品に戻ったようだ(って、新品時代のことは実はもうよく憶えてないのだが)。



これでまた使える。めでたし、めでたし。こんなことなら、もっと早く、というか、もっとマメに水洗いするべきだった。

コール&メイソンのセラミック・ギアは、実に秀逸なのだなあ…と改めて感心した。クリスマス島の海塩が削れるかどうかは、実はまだ試していない。

大丈夫な気がするが、万が一、せっかく直ったミルなのに、海塩が原因で削れなくなってもイヤなので、海塩用のソルトミルをもっとしっかり調べてから、ピンク岩塩が終わったあとにこのミルに海塩を入れて使うか、あるいは別に海塩用のミルを買って、同時に違う塩を楽しむのもいいかな、とも考えている。

もちろん、次に買うのも、定評あるミルメーカーのものにするつもり。






最終更新日  2019.01.26 23:31:05
2019.01.18
カテゴリ:Gourmet (Sweets)





新宿の伊勢丹デパートの地下食品売り場で、わりと目立ってるFika。ショーケースをのぞくと、いかにも北欧風のクッキーが並んでいる。


箱のデザインも北欧風でカワイイ。


てっきり北欧のお菓子屋が日本に進出したのかと思いきや、実は北欧をコンセプトにした伊勢丹オリジナルブランドだった。

そのせいかのか、デザインはいかにも日本人がイメージする北欧だが、味はきっちり日本人好みになっている。パッケージのデザインもこじゃれているので、お土産にも良さげ。

クッキーの種類ごとに写真手前のようなモダンでカラフルなデザインの箱がつく。詰め合わせも用意されていて(上の写真の向こう側の細長い箱)…


中身はこんな感じ。左側の馬形クッキーは、封をあけるとふわっとバターの香りが漂うしっとり系。

右のパウンドケーキは…


シナモンがこれでもかってぐらい効いている、案外に大人の味。


こちらの箱詰めクッキーは、ハッロングロットル
という名前らしい。へー、何語だ? 知らなかった。この名前自体は知らなかったが、この手のクッキーはよくある。生っぽい生地にジャムを詰めたモノ。こういうクッキーが好きな人には美味しい。逆に嫌いな人には、やっぱり受けないだろうなと思う(まったくもって意外性のない感想だ)。

ちなみに、Mizumizuは大好き。生地はバター感ほのかで、甘さも控えめ。口に運ぶとほろほろと崩れる。写真のジャムはアプリコット。このほかにストロベリーもあるが、個人的にはアプリコットジャムが好き。この手のクッキーはよくあるが、その中でも素材の良さが光る。リピート確定。



上の写真右は、ストロベリージャムのハッロングロットル。ジャムがあまりに甘くてフツー過ぎた(だから、こちらのリピートは、ないな、多分)。
左はシナモンとジンジャーを効かせたハード系のクッキー「ペッパルカーコル」で、ハッロングロットルのようなふにゃっとしたクッキーは苦手、でもスパイスを使った硬めのクッキーは好きという人には受けるだろう。ちなみに、Mizumizuはどっちも好き。ペッパルカーコルは、明らかに大人の味。

子供向けかと思いきや、案外に大人向けのクッキーだった。しかも、様々な嗜好に応えられるようにラインナップが幅広い。幅広いから、誰に贈っても、1つは好みのものがありそうだ。その意味でとても無難なお土産だと思う。

クッキーは日持ちもするし、見た目も味も高レベル、実家へのお土産にしようかな――と、思ったら、同じようなことを考える人が多いのか、新宿伊勢丹のFika売り場、2018年の年末は凄いことになっていた。


見よ! この「中間地点」のプラカード。行列が長すぎて、他の売り場の迷惑になるので、行列をいったん区切っているのだ。


「最後尾」はさらに遠い。これじゃ、いつになったら買えるか分からない。

もちろん、こんなことになっていたのは年末の帰省シーズンだけ。クリスマスの頃もそれなりに行列だったが、これほどではなかった。いやいや、人気店なのね、Fika。

だが、人気店はたいてい、凋落も早い。

それこそ毎週末「中間地点」のプラカードが掲げられてた、東京進出当時の堂島ロールも、いまや行列どころか、買い手すらまばらな状況。そのうち東京から撤退するかもしれない。つくづく、ブームというのは続かない。

帰省シーズンのFikaの人気も、いつまで続くだろう? とりあえずMizumizuは、混む時期を外して買う、ことに決めた。






最終更新日  2019.01.18 17:52:50
2019.01.09
カテゴリ:Gourmet (Sweets)





ホレンディッシェカカオシュトゥーベのお菓子は、クセになる味のものが多い。一口食べてインパクトがある派手なスイーツとは一線を画す、どこか懐かしい正統派の味。

こちら↓のマルガレーテクーヘンも、いろんな意味でドイツっぽさ満開。


マルガレーテ=マーガレット、クーヘン=ケーキという、工夫も何にもない、見たまんまのストレートなネーミング。満開のマーガレットの花一輪を、ケーキの上に咲かせたベタすぎるデザイン。かわいいと言えば、かわいいが、小学生の描く絵みたいだ。

切り分けてみると…




それなりにかわいい。そして型崩れしないのが素人にはありがたい。

味はといえば… しっとり・さっくりした、少しだけサバラン寄りのパウンドケーキといったところ。ラズベリーで爽やかさをプラスしたアンズジャムが、そこはかとなく効いている。この「効き目」、最初はそれほど意識されないが、何度も食べるうちに、クセになってきて、「また食べたいなー」という願望を時限爆弾のように、あとから呼び起こす。

不思議だ、ホレンディッシェ・カカオシュトゥーベ。

花の材料はマジパンだそうで、それだけで食べるより、生地と一緒に味わったほうがいい。花の部分だけだと、あまり美味しくはないのだが、生地の風味にしっとり感をプラスし、アーモンドの風味を加える。ここにあまり主張しすぎないフルーツの甘酸っぱさが忍び込み、なんとも言えない独特な味になる。ふんだんに使われているバニラビーンズの甘やかな香りもいい。

単純なようでいて、奥深い味。奇をてらうことのない正統派の、洗練されたドイツ菓子。いいなぁ、ドイツ。フランスやイタリアとは違う美意識とこだわりがお菓子にも息づいている。






最終更新日  2019.01.09 18:13:57

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