2010/09/08(水)03:00
もう1度世界女王の横に座る佐藤信夫コーチが見たい
浅田真央は世界的ブランド・・・と先日書いたが、新コーチが佐藤信夫氏に決まったことを知ったのも英語のニュースでだった。 http://www.universalsports.com/news/article/newsid=491776.html日本国内でのニュース配信とタイムラグはほとんどないのではないか。Two-time world figure skating championの動向は海外からも注目されている。しかも、このニュース記事は美しくも気品のある浅田真央の写真入り。浅田選手のジャンプの問題点は「ジュニア時代の幼さが残っていること」だとか、トンチンカンなことばかりネットに書いて、熱心な浅田ファンから特に顰蹙を買っている自称「元選手」などは、浅田選手のコーチが決まらないことについて、「海外のコーチでないとダメだと思い込んでいるのか?」などと的外れもはなはだしいことをつぶやいていたが、多少なりとも事情を知っている人間なら、浅田選手が日本人コーチを探していることは皆わかっていた。タラソワも浅田サイドにそうアドバイスした。言葉が通じてコミュニケーションが取りやすい日本人コーチを探せと。だが、日本人コーチの選任が非常に難しいのもまた、明らかだった。長久保コーチには鈴木選手、山田コーチには村上選手というように、日本のトップコーチはそれぞれ浅田選手のライバルになる名選手をすでに教えている。一時期、佐藤コーチのもとに日本女子の有力選手が集中してしまったことがあるが、これはあまり好ましいことではない。高橋選手がモロゾフコーチと師弟関係を解消したのも、織田選手がモロゾフについたことがきっかけだった。世界トップを目指せるほどの才能のある選手1人に対しては、やはりコーチも「専任」が望ましい。もちろん、五輪前に「ジャンプのアドバイスをしてもいい」と自ら浅田選手に言ってくれた長久保コーチ、「よく練習場で会っている」と言っていた山田コーチ、両者とも浅田選手を支えていたことは確かだ。長久保コーチをメインコーチに据える、あるいは山田コーチのもとに戻るという選択肢もあったはずだが、浅田陣営としては、自分とはライバルにあたる日本女子トップ選手の心情も配慮しただろう。その点、佐藤コーチは中野選手が引退し、「女子の日本トップ選手」がちょうど空席になった。多くの世界的選手を育て、基礎的な滑りの技術を重視する佐藤コーチから得るものも、浅田選手にとって大きいはずだ。Mizumizuは今でも安藤美姫選手が佐藤コーチから離れた時期が早すぎたと思っている。もう少し佐藤コーチのもとで基本をみっちり練習していれば、今彼女の滑りを見て、「気になる」と思う部分がだいぶ少なくなっていたかもしれない。だが、こればかりは相性ということもある。いい選手にいいコーチ、それだけで条件が十分だということではない。どちらが悪いという話ではなく、人間である以上、理屈では説明できない部分での「合う」「合わない」は、どうしても出てくるし、単に2人の問題だけではない、周囲の人間関係がコーチと選手の間に溝を作ることもある。そうしたことは浅田真央と佐藤信夫にも起こらないとはいえないが、それはまたそのときのこと。まずは、この名選手と名コーチの「縁」に期待したい。スケーティング技術の指導に定評がある佐藤コーチがメインコーチとしてつき、「日本でもっともジャンプを教えるのが上手い」と言われ、日本フィギュア界の最高のジャンパー・本田武史を育てた長久保コーチがジャンプコーチについているということは、理論上は「フィギュア強国」日本の中でも最高のコーチ陣ではないだろうか。さらに振付はロシアの誇るタチアナ・タラソワと北米の誇るローリー・ニコル。まさにフィギュア界の至宝に相応しい最強の教育陣だ。問題は、「船頭多くして船山に登る」にならないかということだろう。長久保コーチと佐藤コーチは、コーチとして「天下を二分」するほどの存在。バンクーバー五輪の3枚目の切符をめぐって争った鈴木選手と中野選手の全日本での競演は記憶に新しい。ジャンプの組み方に関しても、この2人のコーチのやり方はある意味で対照的だった。佐藤コーチのほうは、王道を行く「理想追求型」。完成形のジャンプ構成を組んで、それをできるまで繰り返そうというのが基本。長久保コーチのほうは徹底した「ルール適応型」。ダウングレードされがちなジャンプ、あるいはエッジエラー判定を受けやすいジャンプはなるたけ避け、連続ジャンプがダウングレードされると見るやジャンプシーケンスを多用するなど、柔軟に何度もジャンプを組み替えた。佐藤コーチのほうも、オリンピックシーズンには中野選手のジャンプ構成をだいぶ工夫したが、やや対応が遅かった感もある。長久保コーチのほうが、ジャンプの組み替えに対してはより能動的だったと思う。このトップコーチ2人が1人の選手を同時に見る。これは初めてのことではないだろうか。仕事の「棲み分け」でやや戸惑う、あるいは互いに遠慮する部分が最初出てきてしまうかもしれない。この2人は性格も対照的だ。だが、実績のある超ベテランコーチ同士、「日本の宝を育てる」という目的は同じなのだから、是非ともこの前例のない試みを理論上だけではなく、実際に成功に導いてほしい。先日も書いたが、政治色を強めるフィギュアスケート競技で、日本選手が世界で活躍するためには、この狭い国内でメンツがどうだとか、どっちが偉いとか、せせこましい話にこだわっていてはダメなのだ。皆の英知を結集して、それぞれの強みで選手をサポートする必要がある。佐藤コーチは特に女子で素晴らしい選手を多く育てたが、世界女王の横に座った佐藤コーチは、佐藤有香以来見ていない。あのときのインタビューで、「どんなお嬢様ですか?」と聞かれ、「ワガママな娘で・・・」と言っていた佐藤コーチの控えな喜びの表情は今でも記憶に残っている。もう1度、世界女王のコーチとしてインタビューを受ける佐藤信夫コーチが見たい。浅田選手はジャンプのリフォームを始めたばかりで、長久保コーチは「2年がかり」と見通しを語った。本人もそのつもりだし、ファンもそのつもりで応援している。そもそも浅田選手のルッツの矯正が遅れたのは、「常勝浅田真央」の周囲からの期待に、本人がどうあっても応えようとしたためだ。ジャンプは長久保コーチにまかせるとして、佐藤コーチからもフィギュアの王道を行く選手に相応しい多くのことを学んで欲しい。3月の東京ワールドでは佐藤信夫コーチのフィギュア殿堂入りのセレモニーもあるはず。それに花を添える浅田真央の素敵な演技を、多くのファンとともに、Mizumizuも待っている。