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1

Movie(フランソワ・トリュフォー)

2008.07.06
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<きのうから続く>

『終電車』では、新進女優のナディーヌが映画『愛の天使』の主役をつかんで、売れっ子になるという筋書きになっている。この役について、アルレットは「あれは彼女にはまだ無理」と言っていたのだ。ナディーヌ自身も別の候補がいて、自分が選ばれるかどうかわからない、とマリオン(ドヌーヴ)に話していた。ところが、周囲の予想をいい意味で裏切って…
愛の天使の主役は彼女
…ということになる。

劇場公開版では、この『愛の天使』をナディーヌがやるかもしれないと聞かされたとき、マリオンが一瞬沈黙する場面がある。その沈黙には重い意味があったことが、DVDに特典映像として収録された未公開シーンを見てわかった。

劇場公開版では完全にカットされていたのだが、実はこの『愛の天使』という映画、ベテランの脚本家が最後の情熱をかけてマリオンのために書いたもので、病におかされて余命いくばくもなくなった脚本家自身が、マリオンを口説きに来るエピソードがあったのだ。

マリオンのほうは、「あれは最高の脚本だわ、素晴らしい」と言いながらも、自分の役ではないと思って台本をどこかにやってしまっている。そんなマリオンに脚本家は…
脚本家とマリオン

と出演を要請する。
「あなたの写真を見ながら情熱をよみがえらせた」
だから…
あなただけが演じられる

それに対してマリオンは、年齢が行ってしまったことを理由に…
今は無理

「今はもうとても無理」だと辞退する。そして戦争が終わったら、自分のためにまた何か書いてもらえないかといった話をすると、脚本家は、
これが私の遺作
と答える。

そして、自分の病状が悪いことを話し、マリオンのランチの誘いも「病気を移したらいけないから」と断わって、スイスの療養所へと戻らない旅に出ていく。

『双頭の鷲』の再演をジャン・コクトーから何度も請われながら、ジャン・マレーがついに舞台に立たなかったのも、「君のために書いた」と言われた『バッカス』を演じなかったのも年齢が行き過ぎてしまった(とマレーが思った)せいだった。

自身のミューズである役者のために作家が情熱をかたむけて仕上げた作品を、当の役者が「自分にはもう無理」だと思ってしまうすれ違いの哀しさ。そして、それを別の若い役者が演じ、人気者になるという皮肉。本編ではカットされてしまったエピソードだが、マリオンの誘いを丁重に断わって階段を降りていく脚本家の痩せた肩が、やるせなくもきっぱりと凛々しい。人生とは、かくも思い通りにはいかないものなのだ。

さて、DVDの特典映像には、1981年のセザール賞授賞式で、『終電車』が次々と賞を獲得していく様子も収められている。すでにジャン・マレーはほとんど映画界からは引退して、南仏のヴァロリスで絵画・彫刻・陶器などの制作に没頭していた。芸術家ジャン・マレーの評価も侮りがたいものがある。作品のいくつかは美術館に収蔵されているし、モンマルトルヴァロリスには、マレーの彫刻も野外展示されている。また南仏での芸術家としてのジャン・マレーについて書いた友人の書籍もフランスで2冊出ている。

そんなマレーだが、この年は、『終電車』がセザール賞の本命ということで授賞式にPresidentとして引っ張り出されている。

ジャン・マレーとトリュフォー
手前の老紳士がジャン・マレー。1人女性をはさんで奥に座っているのが監督のトリュフォー。このときマレーは60代後半。トリュフォーのほうは50そこそこ。ところがこの授賞式からたった3年後に、トリュフォーは50代前半の若さで亡くなってしまうのだから、人生はわからない。

壇上のジャン・マレー
壇上で受賞者とその作品を読み上げるマレー。もちろん作品のタイトルは『終電車』。

フランスのヌーヴェルバーグを代表する名監督トリュフォーに非常に大きな影響を与えたのが、誰あろうコクトーだった。といっても、トリュフォーが「何百回と見た」と言ったコクトー原作の映画は、コクトーのミューズたるマレーが演じた映画ではなく、メルヴィルが監督した『恐るべき子供たち』だった。

たぶんに『恐るべき子供たち』の影響が見て取れる『大人は判ってくれない』で1959年のカンヌ映画祭で監督賞を受賞し、ヌーヴェルバーグの旗手として名声を得たトリュフォーは、コクトーへの恩返しとして、資金調達が難航していた『オルフェの遺言』のために、自身の映画の収益を提供する。

ところが、1959年当時、コクトーが手放しで絶賛したトリュフォー作品を、ジャン・マレーのほうは必ずしも評価していなかったようだ。

「あの作品(=トリュフォーの『大人は判ってくれない』)は素晴らしいと思います。君がそう思わないとしたら驚きです」

これは1959年5月、つまりカンヌ映画祭の直後にジャン・コクトーがジャン・マレーへ送った手紙の一節。ヌーヴェルバーグ映画に対する、当時のコクトーとマレーの微妙な感性のズレが感じられる。

トリュフォーの生き方も、若干コクトーとかぶる部分もある。トリュフォーは映画を通じて得た「父」と「息子」を生涯大切にした。また、政治的に右あるいは左に偏ることがなく、暴力的な映画を好まなかった。

そのトリュフォーのバイブルだった『恐るべき子供たち』は『オルフェ』と同年に撮られた。コクトー自身が監督した『オルフェ』と違って、『恐るべき子供たち』はコクトーが見出した新進の映画監督メルヴィルがメガホンを取る。だが、実際にはナレーションを担当したコクトーはしばしば撮影現場に赴いて、あれこれ口を出していたようだ。その意味では、コクトーとメルヴィルの協同監督作品と言えるかもしれない。

<明日はその映画『恐るべき子供たち』をご紹介します>

















最終更新日  2008.07.07 00:22:31
2008.07.05
<きのうから続く>

『終電車』では、暗い占領時代を経て、パリが解放される様子も描かれる。だが、ある種のプロパガンダ映画のような「解放マンセー!」ではないところが、いかにもパリっ子のトリュフォーだ。

対独協力派から睨まれ、芝居は上演禁止になるわ、「イギリス軍の爆弾より有害」などと中傷されるわ(詳しくは4月29日のエントリー参照)で、逆に一部の市民からはレジスタンスの象徴のように祭り上げられていたジャン・マレーに対して、「忍耐だ、ジャン・マレー。我々はもうじき上陸する」とBBC放送で語りかけた英国軍。彼らの到来をパリ市民はわりあい冷静に見ていた。まるで祭りの出し物を見物するようなパリジャンたちの表情がいい。↓
イギリス軍の空爆

コクトーによれば、解放してやるといさんでやってきたイギリス軍は、予想以上に贅沢だった占領下のパリ市民の生活に驚いていたという。

パリ解放にともなう混乱も描かれる。無差別の銃撃戦が繰り広げられたパリの様子。↓
屋根の上から
屋根の上から攻撃を仕掛けてきた民兵の話は、ジャン・マレーの自伝にも出てくる(詳しくは5月1日のエントリー参照)。

銃撃戦に好奇心
そして、劇場の地下から出て、思わぬ銃撃戦に好奇心を駆り立てられるマリオンの夫。このあたりもマレーの自伝から着想を得たエピソードだろう。

危ないじゃない
「危ないじゃない!」とばかりにマリオンに袖を引っ張られる夫。やはりコクトーとマレーの逸話を彷彿させる。

また、ジャン・マレーとジャン・コクトーを徹底的に攻撃したアラン・ロブローが権勢を振るった「ジュ・スイ・パルトゥ」誌は、パリ解放にともなって社屋が閉鎖され、「ジュ・スイ・パルティー(私は逃亡した)」誌と皮肉られていた。それをもとにしたと思われるエピソードがこれ↓。
ロブローへの皮肉
ベルナールに殴られた対独協力派の大物批評家(「全世界」という新聞紙上で権勢を振るっていたという設定)が国外に逃亡している様子。

マリオンの劇場の演出家兼マネージャーで、ナチスとも対独協力派フランス人ともうまく付き合い、芝居の上演を続けることに腐心してきたジャン・ルーは気の毒な眼にあう。まずは国内軍に逮捕され…
ジャン・ルーの悲劇

ジャンルー再び逮捕
というハメに。このときのジャン・ルーの、「まったくも~、やってらんねぇよ」とでもいった仕草が笑いを誘う。まさに解放の混乱が生んだ悲喜劇。ちなみにこのパジャマ姿で逮捕されるというのは、脚本家兼映画監督のサシャ・ギトリがモデル。ギトリは後年『ベルサイユ語りなば』と『ナポレオン』でジャン・ピエール・オーモンとジャン・マレーをキャスティングしている。

でも、マリオンの劇場では、夫が演出家として表舞台に戻ってきたうえ、新作の芝居も大当たり。
拍手喝さい
拍手喝さいの観客。

夫と愛人
愛人に夫を連れてこさせるマリオン。夫と愛人の仲は別に表立って悪いわけでもなく…

なんとなく幸せなマリオン
左肩は愛人。右肩は夫。2人にはさまれて、なんとなく幸せなマリオン?。結局最後まで、どちらも選ばない(選べない)マリオンはたまらなく人間的、そして魅力的。まぁ、なるようにしかならないわな。今のマリオンには2人とも必要ということのよう。そして2人の男性にとってもマリオンは(今のところ)失いたくないパートナー。

これって、イタリア人妻と離婚しないマルチェロ・マストロヤンニと長く三角関係状態だったカトリーヌ・ドヌーヴへのトリュフォーからのエールだったのかも。

この映画が魅力的なのは、ナチスを断罪してるわけでもなく、レジスタンス活動を持ち上げているわけでもなく、あくまで「そういう時代」を生きた演劇人の情熱と愛を臨場感豊かに描いている点だ。正義の味方も完全なる悪人もいない。先の見えない世の中で、ときに一途でときにだらしない普通の人間が、自分の仕事に集中することで困難を克服し、前へ進もうとした。その姿が押し付けがましくない感動を誘う。とても大人の映画。

ロマンチックな恋愛映画でもなく、ナチス占領とパリ解放に伴う重く深刻な人間ドラマがあるわけでもないこの作品、配給元は「当たらない」と思っていた。ところがフタを開けてみれば大ヒット。セザール賞を総なめにし、カトリーヌ・ドヌーヴとジェラール・ド・パルデューに初めての主演女優賞・男優賞をもたらした。DVDにはその様子も特典映像として収められている。

<明日に続く>










最終更新日  2008.07.06 18:40:26
2008.07.04
セザール賞10冠に輝いたフランソワ・トリュフォーの代表作『終電車』。ナチス占領下のパリで、芝居に情熱をかける演劇人たちと彼らの舞台劇を愛するパリ市民の姿を描いて、フランスでは大ヒットした。

あまりに楽屋オチ的なストーリーであるためか、その時代や演劇文化を共有しない日本人にはほとんど受けなかった。観客は最初は占領下でのユダヤ人迫害とレジスタンス運動がテーマかと思って見ることになるのだが、途中からパリの演劇人の真剣かつ不道徳な恋愛模様になってしまい、その型にはまらない展開に唖然とする。そして、それがたまらなく洒脱なパリっ子らしい映画なのだ。

まずは、予告編からご覧ください。

http://jp.youtube.com/watch?v=SXvxpMc2EfE

これ見たら、まるでサスペンスのようでしょう? ところが、この予告編はまったく人を食ったダマシなのだ。それもこれも本編を見るとわかる。

映画はまず、占領下の1942年にフランスでヒットしたリュシエンヌ・ドゥリールの歌うシャンソン「サン=ジャンの恋人」で始まる。↓

http://jp.youtube.com/watch?v=PkwAhADSI18&feature=related

この歌詞がなんともニクイ。以下映画の字幕から。

どうしてかわからないけど
サン・ジャンのダンスホールに行った
ただ一度のくちづけで身も心も夢中になった
どうにもならなかった
あいつの大胆な腕で抱きしめられて
つい甘いささやきを信じてしまった
あの眼で語りかけられて
どんなにあいつを愛したことか
サン・ジャンで一番の色男なんだもの
わたしはうっとりして力も失った
あいつに接吻されて
もう考えもなくあげてしまった
わたしのすべてを
口のうまいあいつがウソをつくたびに
わたしは知っていた でも惚れた弱みさ
もうどうにもならなかった
あの大胆な腕に抱きしめられて
甘い愛のささやきを信じてしまった
あの眼で語りかけられて

どんなにあいつを愛したことか
サン・ジャンで一番の色男なんだもの


この歌は色男に惚れこんで、愛されていないとうすうす知りつつ自分のすべてを捧げてしまった女性の苦い思い出を歌っているのだが、ジメジメと恨みっぽくないところがステキなのだ。

あの人はもう私を愛していない
過ぎたことね
もうこの話はやめましょう


こんなふうにサッパリと終わっている。

この当時のヒット曲が映画の冒頭に流れることで、一挙に占領下のパリの時代へ観客を誘おうというトリュフォーの作戦(日本人にはピンとこないのだが)。

そして、物不足の中でパリの人々が劇場に殺到した様子が語られる。
終電車
このシーン↑は、芝居がはねたあと、終電車に乗ろうと地下鉄の通路を走っていくパリジャンの姿。

こうした当時のパリの雰囲気や、演劇人たちの生活を描くのに、トリュフォーは俳優の自伝を参考にした。そして、その代表格がもちろん…
ジャン・マレー自伝

名高いマレーのスキャンダル、対独協力派の大物批評家殴打事件も映画のワンシーンになっている(もちろん、ドキュメンタリーではないので、ストーリーにそって独自に脚色した逸話になっている)。

外へ出ろ
レストランで自分たちを攻撃した卑劣な批評家に出くわすところは、まったくマレーの自伝どおり。『終電車』では、主人公の俳優ベルナール(ジェラール・ド・パルデュー)自身への攻撃ではなく、マリオン(カトリーヌ・ドヌーヴ)に対する不当な批評にベルナールが怒ったことになっていた。

殴打事件
雨の中、批評家のもっていた杖を道の向こうに放り投げるベルナール。「この杖で殴ったら殺しかねない」とマレーが思ったためで、実際の殴打事件をかなり忠実に再現している(ジャン・マレーの批評家殴打事件については4月1日と4月2日のエントリーをお読みください)。

主人公ベルナールはこのように男気のあるまっすぐな性格。もともとは格の低い恐怖劇出身の俳優だったのだが、舞台での才能を買われ、マリオンが経営する伝統ある大劇場に引き抜かれてきた。そのときも、たまたま、
「ユダヤ人だから解雇するんですか!」
と劇場側に抗議してる役者を見てしまい、
「もしぼくが彼の役を取ることになるんだったら、この話はなかったことにしてほしい」
と言ったりする。そして、ベルナールは舞台を降りると、レジスタンス活動家ともコンタクトを取っている。

そんなベルナールなのだが、女性に対してはハチャメチャにだらしない。

劇場の若い女優ナディーヌにこんなふうに↓
ナディーヌとベルナール
声をかけたりする。ところが、ベルナールはナディーヌにはそれほど燃えないらしく、あっさり口説くのをやめる。彼の本命はどうやら、劇場関係者の中でも圧倒的なオバちゃん度を誇るデザイナー(舞台の装置と衣装を担当する)のアルレットらしいのだ。
オバちゃんを口説きます

なぜ? とあっけに取られて見てるうちにも、ベルナールはオバちゃんを口説きまくり…
本命のおばさん?

そして、そのたびにコテンパンに振られまくる。
ダメだし

なんと、アルレットにはこんな、若くてカワイイ恋人がいたのだ!
若い恋人

ありですか?? このカップル。
恋人同士

そんなこととは知らない(鈍い)ベルナールは…
おばさん
…なんてことを劇場の新しい演出家ジャン・ルー相手に言ったりする。「彼女」とはデザイナーのアルレット。本気?

無駄だよん
アルレットを知ってるジャン・ルーはさりげなくベルナールを諭したりして。

アルレットの若い恋人はとっても野心的。スターになるべく朝から晩まで、ラジオの朗読、舞台での演劇と仕事を入れまくり、積極的に映画のオーディションを受けている。
野心的なナディーヌ

日本だと、たいていこういう野心的キャラは挫折するか、何らかの悲哀を味わい、平凡で才能もなく、ヒガミっぽい一般ピープルがそれを見て溜飲を下げることになっている。

だが、『終電車』では、見事にオーディションで大作映画の主役をゲット。売れっ子になるというハッピーな展開。

出世した恋人と
そしてアルレットも、出世した若い恋人と一緒に映画の仕事をしてハッピーに♪。アルレットの愛も相手の出世とともに確実に深まっている(実は上のキスシーンのときは、アルレットはそれほど本気ではなかったのだ)。いいなぁ、トリュフォー!

さて、カトリーヌ・ドヌーブ演じるマリオンは有名な女優。劇場主で優秀な演出家でもある夫がユダヤ人だったため、逃亡したということにして、劇場の地下にかくまっている。占領下のパリで健気にも1人で劇場を支え、「この芝居が当たらなければ破産」というギリギリの状態で新作を舞台にのせようとしている。

その重要な芝居で自分の相手役に抜擢したのが、若く、才能あるれる役者のベルナールだったというわけ。夫は地下で2人の練習に耳をすませ、陰で演出の仕事を続けている。たとえば、役者のベルナールが、
演技にのれない
と演出に疑問を呈すると、夜マリオンと相談して、ベルナールの考えにそった演出に修正するように指示を出したりしてる。

そんな夫を支える貞淑な美人妻マリオン… と思ったら、実は彼女は夫以外に惹かれてしまった男性がいて…
マリオンが?
↑こんなことになってしまう。この映画、ドヌーブの脚線美が炸裂してる。成熟した大人の女性の色香のただよう太腿。といって、ラブシーンは扇情的ではなく、控えめなのがいい。

しかも夫はマリオンより先に彼女の気持ちに気づいていて、愛人の男性に、「マリオンは君を愛している」なんて言ったりしてるのだ。

はたしてこの三角関係の行方やいかに?

<続く>

















最終更新日  2008.07.06 02:19:16

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