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Mizumizuのライフスタイル・ブログ

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Travel (イタリア&シチリア)

2009.12.03
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中世ヨーロッパでもひときわ異彩を放つ神聖ローマ帝国皇帝フェデリコ2世。彼についてはすでに1月30日のエントリー4月22日のエントリーで紹介したので、詳しくはそちらを読んでいただくことにして、今日ご紹介するのは、フェデリコ2世が南イタリアのプーリアに建設した「カステル・デル・モンテ」。

カステルデルモンテ
カステルとは城、モンテとは山を意味する。その名のとおり、小高い丘の上に建つこの城は、世界遺産にも登録され、イタリアの1ユーロ硬貨の裏面の絵柄にもなっている。

だがこの山城は、いろいろな意味で謎に満ちている。

まず、まったくもって城らしくない。
カステルデルモンテ
こちらは、ネットから拾った空中写真だが、ご覧の通り、8角形の外壁、8角形の塔が8角形の中庭を囲んでいる。

装飾の花や葉も8枚ずつになっているらしい(ただ、実際に行っても、この目で確認はできなかった)。

13世紀の城といえば、通常要塞の役割を兼ねるのが普通だが、この城は軍事的には、完全に無防備。堀も厩も銃眼も何もない。

客をもてなすための城としても、明らかに役不足だ。大きな厨房もなく、広間もない。中庭を囲む塔とそれをつなぐ空間は、どこも均一で、主従の居室の区別がつかない。

オリーブ畑の続くプーリアの平原。小高い丘のうえに建つカステル・デル・モンテは、かなり遠くからも見える。まるで山のいただいた王冠のよう。

クルマで行ったのだが、城が視界に入ってきてからも、なかなかたどり着かなかった。それくらい、今でさえも辺鄙な場所だ。

フェデリコ2世の好んだ鷹狩の拠点にしたという説もある。なるほど、実用的な意味では、そのくらいになら使えたかもしれない。

実際に城として使うには、あまりに不便な造りなのだが、この実、この城は、ストーンヘンジやマヤの遺跡、あるいはエジプトのピラミッドにも通じる、綿密な天文学的計算に裏打ちされた設計になっているのだ。

カステルデルモンテ内部
こちらは中庭の壁を撮った写真。太陽の影が見えるが、この影は、春分と秋分の日の正午に、中庭の一辺とぴったり重なる(ということはつまり、秋分の日と春分の日の間は中庭の床には日が差さないということ?)

ユリウス暦で8番目の月に当たる月の8番目の日、現在でいうと10月8日に、南西の高窓と中庭側の低窓を太陽光が一直線に結ぶ。

また、夏至の夜には、中庭の中央のちょうど真上にヴェガが来るのだという。

設計自体にフェデリコ2世自身が深く関わったことは文献等から知られている。皇帝は8という数字に、非常に強いこだわりをもっていた。

キリスト教では、8はキリスト復活までの日数であり、イスラム教では天国を表す数字だという。

その知的精神で「最初の近代人」とも称されるフェデリコ2世が、迷信ともいえるような「8」への執着を、大掛かりな城建設で見せたことは、非常に興味深い。論理的で合理的な思考の持ち主が、ある面で呪術的ともいえる神秘主義に傾倒するという傾向は古今東西を通じて、しばしば見られるからだ。

フェデリコ2世は言語の天才で、さまざまな言葉を話すことができた。アラビア人とも通訳なしで話している。言葉にはそれぞれの論理があり、多くの言語を操るということは、それだけ多くの世界を心の中にもつことになる。ある意味でそれは、精神が相対する論理で分裂する危険性をはらむ。

そして、フェデリコ2世の治世後期には、領土内でのキリスト教徒とイスラム教徒の対立が激しくなり、ノルマン・シチリア王国の繁栄も陰りを見せ始めていた。

フェデリコ2世がこの世を去ったのは、1250年の12月。1+2+5で8になるという偶然が、最後までつきまとった。

「城」としての機能をほとんどもたない、「8」という数字と大いなる宇宙の神秘に捧げられたとしか思えない、美しい孤高の城。

小高い丘に建つこの城の上階から眺めると、オリーブ畑と小麦畑が海のように広がり、神の視線を手に入れたような錯覚にもとらわれる。

その眺めはヴァイエルンの狂王ルードヴィッヒ2世の建造した白鳥城のもつ眺望に、ある程度似ている。ネオゴシックだの擬似ビザンチンだの、過去のさまざまな様式をゴッチャにしたルードヴィッヒ2世の城のインテリアを見ると、王のネジの取れっぷりに圧倒されるが、この世にはない世界とつながろうとしたという意味では、フェデリコ2世のカステル・デル・モンテも同じではないか。

政治的な力をほとんど持たなかったルードヴィッヒ2世と、神聖ローマ帝国皇帝にしてノルマン・シチリア王であり、中世ヨーロッパで絶対的権威をもっていた教皇との対立も辞さなかったフェデリコ2世の人生に類似点はほとんどないのだが、内面に何かしら現実には成し遂げられない壮大な夢を秘め、それを大掛かりな土木工事という形で、うつせみの世に残そうとした情熱には共通点がある。

そして、それは有史以来、「力」を手にした人間がほとんど必ずとらわれる妄執でもある。








最終更新日  2009.12.04 22:19:21


2009.12.02
以前このエントリーでも取り上げた、ローマのタクシーの雲助ぶり。想像以上に悪評が高まっているらしく(苦笑)、こんな記事が出た。

イタリアの首都ローマの最大手タクシー会社「Radiotaxi3570」が、観光客の間で悪名高い同市のタクシーを改善しようと、新たな試みを始めている。

ローマでは、空港から市の中心部まで本来の料金の2倍が請求されることもあり、不慣れな観光客を乗せるため、ドライバー同士が言い争う姿がよく見られる。   

同社は、観光客が自宅を出発する前にインターネットで料金を支払えるサービスを開始し、国内のほかの都市にも拡大する計画。インターネットでの予約時に、英語やフランス語、スペイン語、ドイツ語を話すドライバーを選ぶこともできるという。

市当局は、観光客へのサービス向上や詐欺撲滅などを目指すキャンペーンを展開しており、カラフルな広告を使って、観光業従事者らに「正直になり透明性を保つことが、あなたやあなたの市を救う」と呼びかけている。


インターネットで前払い? タクシー代を?

なんだか、ますますドツボで信頼できなくなりそうだ。ネットで前払いしたものの、「知らな~い」「ドイツ語を話せるやつ? いないね、ここはイタリアさ!」「それはウチの会社じゃな~い。あっち(←と、全然違う方向を教えられる)」「荷物代は別」「夜だから割り増し料金」「そのホテルの道は今工事中。遠回りしなければいけないから割り増し料金」などなど、結局ワケわからないことまくし立てられて、同じハメに陥りそうな悪寒予感がする。

そもそも、モシモシさんのブログにあるように、「空港から市内まで40ユーロ」という規定を決めたのなら、それを周知徹底すればいいだけの話だ。夜間だったらX%増しになると決めてもいい。それだけのことなのに、やれ荷物が大きい場合は1ユーロとか、コツコツ上乗せしようとするからぐちゃぐちゃになる(イタリアのタクシードライバーは、別に荷物の積み下ろしを助けるわけでもないのに、荷物代を割り増しで要求してくるヤツが多い。馬で運ぶならともかく、ガソリン車で、なんで荷物代が別にかかるのか理解できない)。固定料金表は、タクシー乗り場やタクシー内に掲げてもいいし、バンコクやNYのように、何人か別の人を配置して、クレームレターを渡すようにしてもいい。それほど大変なことではないはずだ。

ところが他国では簡単にできることが、イタリアではなかなかできない。というより、やろうとしない。

こういうところを見て日本人は、「イタリア人ってバカだな」と決めつける。

イタリア人はバカではない。ただ、自分の目先の利益にヨワイだけだ。

そもそもタクシーのドライバーに、「正直になり透明性を保つことが、あなたやあなたの市を救う」なんてきれいごと言ったって、信じてもらえるとは思えない。

人間は、「ひきあわないこと」はやらないのだ。日本のタクシードライバーがぼったくりをしないのは、それが「ひきあわないこと」だと知っているからだ。誠実さを見せて信頼してもらうことが、長い目で見れば自分の利になる・・・元来ムラ社会の日本人には、その思考が染み付いている。

イタリア、特にローマは事情が違う。タクシードライバーの客はほとんどが外国人観光客。短期間イタリアに来て、去っていく一見さんだ。イタリア語もできないし、土地にも不慣れ。そんな相手に正直に振舞うより、何だかんだ理屈をつけて1ユーロでも余計に稼いだほうが、よっぽど自分の利益になる。彼らはそう考えている。

評判を落として客がパッタリ来なくなるなら考えるだろうが、ローマはあいにく、世界中からおのぼりさんがやってくる街だ。

タクシードライバーは、実入りのいい商売ではない。自分の食いブチ稼ぐだけで精一杯の余裕のない労働者が、ローマ市全体のことを考えるだろうか? 「考えたところで何になる。市がオレらを助けてくれるのかい?」という彼らのホンネが聞こえてきそうだ。

ローマの雲助タクシーの伝統は長い。どのくらい遡れるだろう? 20年? 30年? Mizumizuは少なくとも、思い出せる限り昔からローマのタクシーの悪評を聞いていた気がする。

昔はイタリアの通貨・リラが弱かったから、多少ぼったくっても、リッチな旅行者には、さほどでもなかったのかもしれない。旅行自体が贅沢なことで、限られた富裕層しかできなかった。

今は様相が違う。

このまま汚名返上が出来なければ、観光で食べてるローマにとって、取り返しのつかないことになる・・・ と考えているのだろう。当局のお上は。

だが、個々のタクシードライバーが、そんな俯瞰的な思考をもつとは、どうしても思えないのだ。

人的資源をちょっと活用してシンプルに是正する方法があるのに、上の人間が、やれ認定ステッカーだ、インターネット予約だ、とシステムで何とかしようとするから、下は笛吹けど踊らずで、さっぱり透明で効率的な事業運営ができない。それがイタリア。

このまま汚名返上ができるのか、それこそ「汚名挽回」になってしまうのではないか。

ま、どちらにせよ、ローマではテルミニまでの直通電車のある時間に着いて、タクシーは利用しない、テルミニからは徒歩圏のホテルを予約する、それが一番だとMizumizuは思うのだ。

そして今のMizumizuはといえば、ローマどころか、石垣島どころか、東京から一歩も出られない多忙な日々。12月のスケジュールはすでにいっぱいに埋まってしまい、新たな仕事が来ないようにと祈っている。















最終更新日  2009.12.03 01:36:53
2009.12.01
マルティナ・フランカのことは、よく憶えていない。

ただ、その街もバロックで、白い建物に挟まれた迷路のような路地があり・・・
martina franca
そして、半円形の回廊をもつ広場がこのうえなく優美だったこと。

martica franca1
回廊のアーチ天井から吊るされた街灯の装飾が、あまりにリズミカルで可憐だったこと。

回廊の中にあるタバッキの店主のおじさんと、絵葉書を買うついでに何か会話したこと。
回廊の石畳を歩く人の足音が、やけに響いたこと。

マルティナ・フランカのことは、よく憶えていない。
だがどうしても、襟元をレースで飾った、この小さな広場だけは忘れられない。

プーリア州の中では富裕層が住む街として知られているというマルティナ・フランカ。

なるほど。

ローマや、もっと北のミラノの邸宅ほどではないにせよ、オストゥーニで感じた、街全体に漂う貧しさは、確かになかった。

貴族的なバロック風の装飾を施したバルコニーが、白い路地に華を添えていた。

pulia

街から出ると、そこにはプーリアの田園風景がどこまでも広がっている。貯蔵庫として使っているのだろうか、トゥルッリもちらほら見えた。






最終更新日  2009.12.01 20:35:19
2009.11.30
テーマ:旅の写真(2906)
プーリアには、郷土色豊かな小さな街がたくさんある。中でもオストゥーニは少し異色だろう。

ostuni
オリーブの老木の向こうの丘に建つ白い建物群。丘全体が1つの街になっている。

ここはまるでギリシア。エーゲ海のどこかの島に迷い込んだよう。
オストゥーニ
壁も床も、ただただ白く塗られた家々に、鮮やかなブルーの扉の色がまぶしい。今にも扉をあけて、誰かが出てきそう。買い物に行こうとする主婦かもしれない。エスプレッソを飲みにバールに出かける旦那かもしれない。学校から帰ってきて、遊びに飛び出す少年かもしれない。

途中で、玄関先の床を白く塗りなおしている中年女性の姿を見かけた。こんなふうに部分的に塗りなおすせいか、白の塗装は均一とは言いがたくなり、妙に新しい真っ白なところと、黄ばんだり汚れたりしているところの差が目立つ。

それにしても、なぜこんなふうに憑かれたように街全体を白くしたのか。最初は衛生のためだとか、何か理由があったのだろうが、今に至るまで住民全員の総意で続けている、続けていられるのはなぜなのか。

アラブ系のような顔つきの住民も多い。そして、明らかに経済的に豊かでない。昼間から時間をもてあましているような働き盛りの男性の姿も見かけた。
ostuni2
複雑に上に伸びた住宅群の縁を、鉢植えの花で飾っている。お世辞にも洗練されているとはいえない、田舎じみた感覚だが、生活感が漂ってくるのが、メジャーな観光地にはない魅力。

あまり有名になってしまうと、街全体がテーマパークのようになって、生活感が消えてしまう。生活感のない街は死んだも同然。ただの野外博物館だ。アルベロベッロで、それを感じた。

青い空に映える、「白」が取り得の街オストゥーニは、まだそれほど多くの観光客を集めるにはいたらず、だからそこ、街のあちらこちらから人々の生活の匂いが漂ってくる。











最終更新日  2009.11.30 06:14:14
2009.11.24
バロックの街、レッチェは、イタリア半島のカカトの底近くにある。バーリからなら日帰りも可能。

駅から旧市街までは徒歩だと少し距離があり、途中で信号待ちのクルマの窓ガラスを拭いて小銭を稼ぐ貧しい少年を見た。新市街も全体的にうらぶれた様子で、イタリアの南北問題、つまり南部の貧困は、やはりまだまだ解決していないのだということを実感させられる。

だが、旧市街に残るバロック建築群は、世界屈指と言っていいと思う。
レッツェ
その最高峰がサンタ・クローチェ聖堂。白亜の素材そのもののもつ壮麗な質感といい、繊細で複雑な装飾といい、この聖堂のファサードを凌ぐものは、そうはないだろう。Mizumizuがこれまでに見たバロック聖堂のファサードの中でも、最高に洗練され、最高に美しいと断言できる。気が遠くなるほど壮大でありながら、同時に考えられないくらい緻密。この一大芸術作品を作り上げた人々の忍耐力と美意識には、打ちのめされるような感動を覚える。

こうした建築を見ると、やはりイタリアはとてつもない文化国家だと思い知らされる。
レッツェ4
ひんやりとした聖堂内の装飾もまた見事。あまり余計な色がないところが、またいい。

レッツェ1
壁全体に装飾を施すのではなく、優美なディテールはレース飾りのように、ある空間を縁取っている。こうした取捨選択のセンスも、他のヨーロッパ諸国ではなかなか見られない。

だが、このサンタ・クローチェ、たしかお昼から午後4時まで「お休み」で中に入れなくなる。夜は何時に閉まるのか忘れてしまったが、午後6時とか、そんなものだと思う。内部も必見なので、何を置いても午前中に行こう。

旧市街を歩いて目立ったのは、石を加工する職人の店。ここで取れる石灰岩は、柔らかく加工しやすいのだという。アラバスターの街ヴォルテッラにも似た雰囲気があったが、職人のいる街には何ともいえない深みが加わるように思う。

職人というのは世界共通で、どこかに置き忘れた魂を捜しているような、浮世離れした顔つきをしている。そうした魂の流浪人が、「加工しやすい石」という素材で、この土地につながれているというのがおもしろい。

小さいけれど個性的な店をのぞいて歩くのも楽しい。重さを考えなければ買って帰りたいような装飾品がたくさんあった。

レッツェ3
バロック建築は、かたまって一箇所にあるのではなく、旧市街に散らばっている。角を曲がるとふいに視界に飛び込んでくる壮大なファサード。

空気を吸うように、最高のバロック建築の息吹に触れることのできる街。こんな街は、世界広しと言えどめったにないし、もう永久に作られることはない。

一生に一度は訪れるべき土地。ことに、何かを作っている人、表現している人なら、絶対に行くべきだ。








最終更新日  2009.11.25 00:11:05
2009.11.20
ガルガーノ半島で宿泊したのは、ホテル・バイア・デッレ・ザーガレ、4つ星。

何といってもロケーションが素晴らしく、食事も相当よかったので、心に残るホテルの1つになったのだが、いくつか予想外のこともあった。

(1)絶景はレストラン棟からしか眺められず、部屋は「海の見える部屋」でも、かなり引っ込んだ場所にあり、松林の向こうに水面がチラと眺められるだけ。
フルボード(3食付き)にすれば、昼間も絶景の海がレストラン棟から眺められて最高なのだが、3食付きというのは、ちょっと日本人には量が多かった。

(2)ガルガーノ半島は全般的に下水道の整備が不十分だとか(バーリ在住のイタリア人の友人からの情報)。確かに、4つ星なのに、固定式のシャワー(ホースなし)しかなかった。水の出も悪い。

(3)本当に孤立した、辺鄙な場所にあるので、クルマで来ないと、ホテル内にこもりっきりにならざるを得ない。だが、敷地は広大で、自然の中を散策できるので、そういう休日の過ごし方で満足できる人には、特に欠点ではないかもしれない。個人的には、ガルガーノ半島はやはり、自分でクルマで回ったほうがいいと思う。

(4)事前に聞いたときには、「ガルガーノ半島の美しい絶壁を海から眺められるボートツアーがホテルから出ている」と言われたのだが、実際に行ってみたら、「まだ時期が早い。8月だけ」と言われた。ボートツアーは、マッティナータ(またも・笑)から出ているよう。

とは言え、ホテル内はイタリア的な明るさと美しさに満ちている。

zagare hotel

ホテルの中庭を眺めたところ。白い壁にブーゲンビリアが這い、明るい日差しに照らされてまぶしく輝いている。

hotel zagare pool
ひょうたん型のプール。海の水はまだ冷たかったが、こちらのプールは温度もほどよく、何度か利用。

baia delle zagare beach
ビーチでくつろく人々は、必ずしも宿泊客だけではないようす。「日帰り利用も可」なのではないかと思う。

イタリア人はたいてい波打ち際でポチャポチャやってるだけなのだが、
baia delle zagare hotel
中にはここまで泳いでくる命知らず(?)の人間も。足でも攣ったら命にかかわると思うのだが・・・ こういうことをしてるのはドイツ人が多い。

hotel baia delle zagare1
朝早く、プライベートビーチに下りてみた。まだ誰もいない。海岸は小石がゴロゴロ。

baia delle zagare hotel mattina
朝の太陽を浴びて、小麦色に染まったガルガーノ半島の名物、「絶壁」。

zagare rocca
時間によってはピンク色がかっても見えるが、岩は基本的に白い石灰質。壁になった模様が美しい。絶壁の下を歩いていると、ポロポロと小石が落ちてくる。岩壁から剥離してくるらしい。

zagare bianco
夕方になると、岩肌は青白さを増してくる。

帰りのバスは、
Baia delle Zagare14:00→Foggia 15:30に乗った。

10分ほど遅れてやってきたバスを待つ間、埃だらけのイタ車が何台か通ったが、だいたい道端でポツンと立ってるMizumizu+Mizumizu母の姿を認めるとスピードを緩め、なんなら乗せてあげようか、という雰囲気だった。

バスはマンフレッドニアを過ぎて、半島の付け根にあるマッティナータへ向かう。一度、日本人らしき中年の男女が乗ろうとして、男性のほうが「切符は買えるのか?」と英語で運転手に聞いてきた。「ノー」と言われると、諦めたように歩き出した。

帽子を被っているところといい、英語の平板なアクセントといい、日本人だと思うのだが・・・

大丈夫なの? 乗らないで??

周囲に店も何もないような半島の辺鄙な場所だ。歩いてどこに行くんだろう? 切符を売ってるところはないかもしれない。といって、タクシーもない。次のバスは2~3時間後。ここでバスに乗らなかったら、ヒッチハイクしかないと思うのだが、そんなアクティブなカップルには見えない。まさか、次の街のマッティナータまで徒歩? 気が遠くなる。

罰金を取られるとはいっても、イタリアのプルマン(長距離バス)の値段は、日本の長距離バスに比べると、えらく安い。罰金取られて同じぐらいか、それでも安いかもしれない。

「切符がなければ乗ってはいけない」というルールに忠実に行動してるのが、いかにも律儀な日本人らしいが、それも時と場所によると思う。

運ちゃんはさっさとドアを閉め、バスは日本人らしき帽子のカップルを追い越していった。女性のほうは、少し未練ありげにこちらを見ている。

声をかけて、行き先など聞いてあげればよかったかな・・・

だが、どうだろう。マッティナータに着く前に、検札官が乗ってきて切符の確認を始めたのだ。

やっぱりこういう、切符がものすご~く買いにくい場所では、ちゃんと働くのね、検札官。

ここまで来ると、もはや公的ボッタクリではないかとすら思ってしまう。バス乗り場で切符を売っているのに、買わなかった人を罰するというならワカル。しかし、売ってないクセに「買わなかった」と難癖つけて高い料金を取るなんて、日本人には到底納得できない。

イタリア人は、おかしいと思わないの?

そもそも、バスの運ちゃんが切符を売れば、往復で買うのをうっかり忘れた客のほうが、わざわざ露店の兄ちゃんに頼んで切符を準備するなんて煩雑なことをしなくてもすむのに。

案の定、切符がなくて、検札官に払っている人がいた。さほど法外な値段ではないらしく、あまり文句も言っていない。ということは・・・やっぱりさっきの日本人(?)も乗ってしまえばよかったのか?

フォッジアから鉄道に乗り換え、インターシティでバーリへ行った。

17:22Foggia→Bari18:25。

プーリア州の州都バーリ。ここからを拠点に、アルベロベッロ、マテーラ、レッツェなどのアドリア海側の南イタリアの街を巡るのも楽しい。

















最終更新日  2009.11.20 09:50:22
2009.11.18
テーマ:旅の写真(2906)
イタリア半島のカカトの上のほうに、鳥の蹴爪のように突き出た半島があるのにお気づきだろうか?

アドリア海に面したここは、ガルガーノ半島と言う。
ガルガーノ半島
ご覧のように、地質・地形が半島を境にくっきりと違うのがわかると思う。実は、この半島は昔は島だった。間の海を、島の険しい山から崩れてきた堆積物が埋めて、地続きに。

MizumizuがMizumizu母と、ここを訪れたのは、夏のバカンスが始まる前の6月初旬。

ローマから電車で、まずフォッジア(Foggia)へ。

7:15→11:16

そこからプルマン(長距離バス)で、ガルガーノ半島の南側にあるBaia delle Zagare(ザーガレ湾)を目指した。

ザーガレ湾は人里離れた小さな入り江で、断崖絶壁の上にホテルがぽつんと建っている。周囲から孤立したリゾートホテルで、バス停こそ、Hotel Baia delle Zagareとなっているが、ホテルはバス停から500メートルほど離れているという。

荷物を引きずりながら500メートル歩くのは辛い。事前にメールでバス停まで迎えに来てくれるように頼んだところ、「フォッジアからバスに乗る前に、到着時間を教えてくれ」と言われた。

そこでフォッジアのバスの切符売り場で、Baia delle Zagareの到着時間を聞いたところ、時刻表も確認せずに、「30分ぐらいだよ」と教えられた。バスの出発時間は12時50分。30分ということは、途中多少渋滞にあっても、1時半には着くということだ。

もっと時間がかかると思ってたので意外だったのだが、疑いもせず電話でホテルに、「1時半ぐらいにバス停に迎えに来て」と伝えた。

ところが・・・!(←イタリアではお決まりの言葉)

距離から考えても、そんなに早く着くワケがなかったのだ。途中でアドリア海に面したマッティナータという、そこそこの街を通ったときには、すでに1時半をとっくに周っていた。

実際の時刻表は・・・

フォッジア12:50→14:30ザーガレ湾

だったのだ。

そして、もう1つ、バスに乗ってしまってから気づいたことがある。

しまった! 帰りの切符を買ってない!

今は改善されたかもしれないが、イタリアのプルマンは、バスの中で切符を売らない。しかも全部のバス停に切符売り場があるとは限らない。

ザーガレ湾のような、街のない辺鄙な場所になると、切符売り場そのものがないかもしれない。そして切符を持っていないまま乗るとどうなるか? 

タダで乗れるかもしれない。だが、検札官が途中で乗ってきたら、罰金を取られるのだ。

罰金は場所によって違ったと思うが、確か3倍が相場(苦笑)だったと思う。

その場合、切符売り場がバス停の近くになかったことは、罰金逃れの言い訳にはならない。

この極めて不合理なシステムに腹を立てているようでは、イタリアでは生きていけません。

14時半にHotel Baia delle Zagareの停留所で降りるとき、バスの運ちゃんに、

「切符はここで買える?」

と聞いてみた。バス停以外は何もない辺鄙な田舎道だ。案の定、

「ノー」

というそっけない返事が返ってきた。

「じゃ、どこで買えるの?」

重ねて尋ねると、

「マッティナータ」

マッティナータですと!?
あのさ~。フォッジアから乗って、マッティナータを通り、ここに来たのよ。でね、帰りはマッティナータを通って、フォッジアまで戻るワケ。

なのに、なんで切符を売ってるのがマッティナータなのさ! 

しかし、イタリアに慣れると、この程度の不条理には驚かなくなる。

「ありがとう」
と教えてくれた運ちゃんにお礼を言って降りた。

すると、目の前に露店の店が1軒だけあった。日本で言えば、伊豆半島の道をさらに狭くしたようなドライブ道なので、クルマで来る観光客を相手にちょっとしたモノを売る店という感じ。

Mizumizuたちがバスから降りると、

「ホテルに行く人?」

と聞いてきた。そうだと答えると、クルマでホテルまで送るという。

どうやら1時間前の時間を教えられて、待ちぼうけをくらったホテルの人間が、「XXの2人が来たら、ホテルに送ってくれ」と頼んだらしい。

バス停からホテルまでは、本当に500メートルほど崖をくだって着いた。チップをわたし、ついでに、

「あなたたち、どこに住んでるの?」

と聞いてみた。すると、ズバリ、

「マッティナータ」

という答えが返ってきた。ヤッパリ。

半島の入り口にある街のマッティナータの住人が、ここらまで来て商売をしているというわけだ。

さっそく、帰りのバスの切符を買ってきてくれないかと頼んだ。若いお兄さんは、快く、「いいよ」。

「前払い」でお兄さんにバス代を少し多めにわたして、ホッ。これで罰金を取られずにすむ。イタリアの公共交通機関は非常に安いのだが、切符には本当に気を使うのだ。

気苦労はあったが、バスの旅は車窓からの眺めが素晴らしかったのだ。フォッジアからしばらくは緑の平原を走る。やがて海から突然山になったような、独特の地形の半島が見えてくる。マッティナータを過ぎると、道は急な上りになり、狭く、2車線ギリギリ。中央線のない(消えたままホッタラカシというべきか)ところも多い。バスの右手には、松林越しに海が見え、左手には山の緑が迫ってくる。

うねうねした道を走ってくるのは、きれいなドイツ車かぼろぼろのイタ車。慎重に走っていくドイツ車を、命知らずの(?)イタ車がびゅーんと追い抜いていく。ノロノロ安全運転してるドイツ車は、もちろんドイツから来たドイツ人の運転するクルマ。自然豊かなガルガーノ半島は、ドイツ人にも人気のリゾート。

ホテルBaia delle Zagareからは、絶景と呼ぶにふさわしい、エメラルド色のアドリア海が広がっている。
zage
人気があるのも頷ける、日本人に知られていないのが不思議なくらいだ。


海が特に美しいのは、天気のいい日の午後の2時から4時の間。松林の向こうで、まさしく宝石のような輝きを放つ。
baia delle zagare

ホテルのプライベートビーチは、崖をはさんで左右に2つ。
agare
こちらは南側。

崖をくりぬいたエレベータで下ることができる。
hotel baia delle zagare
こちらは北側のビーチを俯瞰したところ。

<続く>













最終更新日  2009.11.19 21:26:58
2009.11.10
ひところ日本を騒がせた、ローマの老舗レストランで起こったランチ10万円という信じられないボッタリ事件。このときに、陰で活躍したのが、被害者のお2人が宿泊していたB&Bを経営している日本人女性(モシモシさん)だった。

それを知って以来、ちょくちょく彼女のブログにお邪魔している。話題も楽しいし、旅のアドバイスも実際的で的確。

たとえばリンク先のエントリーにのっているタクシーの話。

イタリア語ができるなら、たとえば公共交通機関で周るのには不便な地方を訪ねるのに、地元のタクシードライバーをメーターではなく貸切いくらで値段交渉して雇えば、地元の自慢話など聞けて楽しいのだが、それでさえ、ほとんど必ず後から「ガソリン代が足りない(←ガソリン代込みがどうかは、必ず事前に確認しないといけない)」とか「他の客は必ずチップをくれる」とか、チップをわたせばわたしたで、「他の客に比べて少ない」などと言い出す。

だいたいこういうドライバーに限って、最初はとても調子がよく、「お金の話なんていいよ! 日本人大好きだし」などとおべんちゃらを言う。ついついそれに乗せられて「おまかせ」にすると、必ず痛い目に遭う。

イタリアのタクシーは本当に頭が痛い。一番の解決法は、「乗らないこと」しかないというくらいだ。

たとえば、ローマの空港から市内へ。Mizumizuは何度もイタリアに行っているが、この区間のタクシーは、「絶対に」利用しない。つまり、夜遅く着く飛行機には「絶対に」乗らない。

フィウミチーノ空港からローマのテルミニ駅までは、直通電車が走っているのだが、これ、案外最終電車が早いのだ。夜遅くなるとティブルティーナ駅までしか行かなくなってしまう。一度どうしても、テルミニ駅へ行く電車に間に合いそうにない便になってしまい、そのときはティブルティーナ駅の前のホテルを予約した(泊まってみたら、約1名ロクでもない従業員がいて、おかげですっかり不愉快な宿となったのだが)。

そのときも空港で、「テルミニ駅行きの電車って、もうないんですか~?」と聞いてきた日本人の若い女の子がいた。どうしてなのかは想像が着く。夜遅くローマに着く便は料金が安いのだ。

だが、その無防備ぶりには本当に驚く。女1人で夜遅く着く便でローマに来るとは・・・ しかも、ネットで調べれば日本でもわかるローマ市内への公共交通機関の最終時間さえ知らずに。

夜間バスがあることを教えてあげて、こちらはティブルティーナ駅行きの電車に乗ったのだが、夜間バスは間隔があいている。じゃあタクシー・・・となって、変な目に遭わなければいいがと心配したものだ。

ぼったくりだけならともかく(それも思いっきり不愉快だが)、命にかかわるようなことをされないとも限らない。イタリアは日本ほど安全ではないのだ。

このように、Mizumizuは飛行機の到着時間と市内へ行く列車の時間を必ず調べるのだが、「タクシーで行けばいいでしょ」と普通に考えてしまう日本人は多い。

その際にどうしたらいいか・・・ 上にリンクした「モシモシさん」のエントリーに書いてあるとおりだ。ぼったくるつもりのドライバーは、やれ道が工事中だとか、入れないだとか言って、目的地のホテルの前につけずに客を降ろそうとすることが多い。ホテルのドアマンに客が助けを求めたりしたら面倒だからだ。そうやって「ぼったくり料金」を請求するというワケ。

イタリアの観光相が、ぼったくり対策の組織を立ち上げ、「ぼったくり」をしないと誓約した業者に対する認証制度を導入することを決めたという。認定を受けるとステッカーが発行され、店やタクシーに張って安全性をアピールすることができるという話だが・・・

信用できません!

誓約なら誰でもできるんじゃないの? ステッカーなんて偽造も簡単よね。ホンモノかどうかどうやって見分けるの?

とにかく自衛しないとダメ。しかも、最近のイタリアのぼったくりは額がトンデモになっている。昔からこういう話はあるのだが、以前のぼったくりなんて、暴力バー(←普通の観光客は行かないよね)でも10万円とか、せいぜいその程度の話だった。このごろはランチで10万円、バーだと100万円・・・

やりすぎでしょ!

原則として、お金は払ったら返ってこないし、カードでの清算も同じこと。サインする前に、必ず金額を確かめて、おかしかったらサインをしてはいけない。

こういう被害に心を痛めてくれる現地在住の同胞というのは、実は案外に少ない。むしろ、「だまされるほうが悪い」みたいな口調で冷たくあしらう日本人のほうが多いのだ。親切ごかしで日本人をダマす日本人もゴロゴロしている。

モシモシさんのB&Bが良心的でまじめな経営をしているのは、エントリーの文面からも、宿泊客の寄せるコメントからも察せられる。

テルミニ駅からも近いし(徒歩5分)、朝食はセルフサービス(内容はジュース・シリアル・ヨーグルト・パン・ハム・チーズ)だが、24時間いつでも食べられるそう。これは早い時間に発つときなど便利。イタリアのホテルは案外朝食開始時間が遅い。

インターネット使用可能なパソコン(もちろん日本語可能)が各部屋設置。

宿泊料金は季節変動があるそうだが、シャワー付ダブルの料金は1泊100ユーロ(1人50ユーロ)、シェアバスルームの部屋(部屋にシャワーが付いていないということ)は70ユーロだそう。

エアコンはないので、暑さに弱い方は注意。

こういうアットホームなB&Bを拠点にして、ローマ近郊の街を日帰りで周るのは、それほど旅の上級者でなくてもできるし、楽しいだろうと思う。

ネット予約のできるホームページは、こちら。隣りに同名のホテルがあるというので、間違えないように注意。こちらはホテルはではなく、B&B。

ただし!

いくら心強い同胞だからといって、何でもかんでも頼ってはいけない。頼りになりそうな人を見つけると、自発的に動こうともせず、「言葉ができないから」「自信がないから」「どう判断したらいいのかわからないから」などと言って、いきなり他力本願になるのは日本人の悪いクセ。何か問題が起こったら、後からごちゃごちゃ言うのではなく、その場で声をあげ、自分で解決するのが「大人の基本」だということをお忘れなく。











最終更新日  2009.11.11 01:54:02
2009.11.08
ティボリには、もう1つはずせない見どころがある。

古代ローマ帝国絶頂期の皇帝ハドリアヌスが作った別荘「ヴィラ・アドリアーナ」。

旅好きだった皇帝は、旅先で見た珍しい風景を別荘内に再現しようとした。古今東西、貴賎を問わず、旅好きには孤独と思索を好む性質がある。ハドリアヌスもその例に漏れず、広大な別荘で「たった一人になれる空間」をあえて作ったという。

ヴィラ・デステは多分にこの豪奢の影響を受けている。
アドリアーナ
とはいえ、今はだだっ広さがヤケに印象に残る廃墟。

villa adriana1
ここは浴場だったとか。

・・・よどんだ水をたたえた池にしか見えない・・・(苦笑)

あまり人がいなかったせいか、無駄に広すぎる敷地のせいか、見学していて妙にうらぶれた気分になった。

祇園精舎の鐘の声が聞こえてくるようだ。

adriana002.jpg
ローマに戻って、おのぼりさんで常にごった返しているトレビの泉に行ったら、はなやいだ気分になった。

先日NHK BSでフェデリコ・フェリーニの「甘い生活」が放映されたが、アニタ・エクバーグがドレスのまま入っていき、マルチェロ・マストロヤンニが彼女を追って入っていったのが、ここ。

ワケわらかない映画の典型みたいな「甘い生活」をまた見て思ったのは、昔の映画人は今よりずっと自由だったんだな、ということ。「大地にも泡がある」というのは、シェークスピアの台詞だが、フェリーニのこの名作では、浮かんでは消え、消えては現れる泡のごとく、さまざまな登場人物たちが現れてはふいに消え、消えたと思ったらまた現れる。ほとんど何の脈略もない。

ここまで自分勝手な映画を撮れる監督って・・・今いるんだろうか? 

テリー・ギリアムの「Dr. パルナサスの鏡」には、内心大いに期待しているのだが、どうだろう?






最終更新日  2009.11.12 16:58:17
2009.11.06
ローマからの距離でいったら30キロとたいしたことはないのだが、個人では非常に行きにくいティボリという町にあるヴィラ・デステ

だが、夏、広い庭園のむせかえるような草いきれの中を歩くと、散在する噴水そのものが音楽のようで、えもいわれぬ感動が味わえる。多少苦労しても、行くことを強くお奨めしたい観光スポットだ。

Mizumizuは地下鉄とバスを乗り継いで行った。バスの切符を買うのに、「コトラルバス」と言うようにアドバイスしているガイドブックもあるが、「ティボリ、ヴィッラ・デステ」と叫んだほうが早い。イタリアでモノを聞くときは、とにかく腹式呼吸でハッキリ、デカい声で聞くことだ。

真剣に聞けば、向こうもちゃんと取り合ってくれる。遠慮して小さな声で話しかけると、何をいかがわしい話をコソコソ持ちかけてるんだこのアジア人・・・というような目で見られないとも限らないので注意。

とにかく、日本人(特に男性)は、声が小さすぎる。不明瞭にしゃべると、相手には誤解されて伝わるかもしれない。そうなると、頓珍漢なことを親切に教えられるハメになる。

さて、ヴィラ・デステへのバス。

いつものように、バスに乗るときに、

「ヴィラ・デステには行く?」
と運転手に確かめた。行く、という答え。
「ヴィラ・デステの停留所に来たら教えて」
といつものようにお願いする。いいよ、と愛想のいい答え。

忘れられないように、運転手の近くの席に座り、ときどきガンを飛ばす(←これもバスの旅の鉄則←てっそくか?)。

バスは林の中を進み、山の中腹にある町、チボリへ向かう。途中、硫黄臭い温泉施設を通った。

ところが・・・!

林を抜けもしないのに、急にバスが止まり、運ちゃんが降りようとするではないか。

ちょっとぉ~! なんで降りるのよぉ。ヴィラ・デステに着いたら教えてくれるんじゃなかったの。

慌てて運転手を引き止めると、ああ、という感じで、

「向こうのバスに乗り換えて、このバスはここまで」

と言うではないか!

はあぁ?

よく見ると、道に大きな穴があいて、水がたまっている。そして、その向こうにバスが待っている。

通行止め?

運転手があらかじめ通行止めを知っていたのなら、最初にMizumizuにそう言いそうなものだ。あるいは、説明が面倒だから、着いたところで話そうとして忘れていたのか? はたまた、そこまで来て通行止めだと初めて気づいたのか?(ふつう、そんなことはないと思うのだが、イタリアではあるかもしれない・笑)。

よくわからないのだが、とにかく、Mizumizuたちがヴィラ・デステに行くということは、すっかり忘れていたのは確からしい。

まあ、だいたいバスの運転手はこんなもんです。「一度頼んだのだから、教えてくれるはず」と思ってはダメ。「一度頼んだだけだと、忘れられる可能性大」と最初から思って頼むこと。それがイタリアで生きる道。

ゾロゾロと歩いてバスを替える乗客に交じって、新しいバスに乗った。

乗るときに、また運転手に着いたら教えてくれるように頼んだ。

で、車窓から見ていると、なんとなくティボリの町に入ったのがわかったので、運転手に教えられる前に自分から隣りの乗客に、
「ここはヴィラ・デステ?」
と聞いてみた。

あいにく、話しかけた相手は知らなかったのだが、後ろから、
「そうそう、ここよ。私も降りるから、教えてあげる」
と言ってくれた女性がいた。

う~ん、親切。こういうところがイタリアなのだ。誰かに助けを求めれば、だいたい何とかなる。

バス停で一緒に降りて、

「こっちこっち」

としゃかしゃか歩いて入り口を教えてくれる女性。そのまま、笑顔でまたしゃかしゃかと立ち去っていった。

エステ1
ヴィラ・デステの、池と噴水と、そして緑の饗宴の見事さは、喩えようもない。

エステ
吹き上がる水、糸のように流れ落ちる水・・・ここの噴水にはオルガンの音色を感じた。

ヴィラデステ2
上と下への水の噴射、調和の取れたリズム。ところどころに奇妙な形の彫刻が置かれている。

エステ噴水
ちょっとした装飾も素晴らしい。剥げかけたモザイクにもニュアンスを感じる。

ヴィラデステ1
緑の塀の道のどん詰まりで待っているのは、多数の乳房を胸につけた女神の像。豊穣の象徴でもあるのだろうが、同時に異形の存在のもつグロテスクな美しさがある。

ヴィラ・デステは、外とはまったく違った世界が、自閉的に完結している庭。流麗という言葉がぴったりな噴水とややグロテスクなバロック風の彫刻と、古びた石の邸宅の佇まい、そして庭園のほどよい広さに、心は呪縛され、同時に解放される。

庭園入り口の扉をくぐってティボリの町に出たとき、たた今まで眼前にあった噴水と緑の壮大な世界が、あまりにきっぱりとなくなってしまったことが信じられなかった。



















最終更新日  2009.11.18 17:55:44

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