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Mizumizuのライフスタイル・ブログ

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Travel(フランス)

2010.07.01
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カテゴリ:Travel(フランス)


こちらのエントリーで紹介した絶品ジュレ。

さすがにDomaine de Peyremaleのジュレのレシピについて知っている方はいなかったようだが、泡立ちと苦味について寄せられた意見の中で一番多かったのが、「シードルを使っているのでは?」というもの。理由は、以下の2つ。

1)発泡性

2)甘口と辛口があり、辛口を使えば苦味も出るのでは?

個人的にもその意見が一番納得できたので、ちょいと実験・・・

シードル

辛口のシードルを買い、苺は「コンポート」と言って売られている、ジャムより少しゆるいイタリア製の苺加工食品を買い、とりあえず、お皿でふつーに混ぜてみた。

シードル+苺のコンポート

苺のコンポート8に対して、シードル2ぐらいの割合。見た目はあまり似ていなかったのだが、一口食べて、

Mizumizu+Mizumizu連れ合い「うん、これだ、これだ」

味の傾向は確かに同じだった。ただ、絶品でもなんでもないが・・・(苦笑)

苺のフルーツソースとしても、かなりいい。苺ジャム(コンポートと言って売られていたが、ふつうの果物のコンポートではなく、むしろDomaine de Peyremaleのジュレに似て、全体がゆるく、アルコールと混ぜやすい)とは別モノになる。

しかも、シードルは栓をあけて置いておくと、炭酸がぬけていくのだが、苦味は逆に強く感じるようになった。Domaine de Peyremaleのジュレの、徐々に強くなった苦味の正体はこれだったのかもしれない。

シードル+苺ジャム

コンポート(ジャム)をぐっと少なくして、シードルを多めに入れ(2対8ぐらいの割合)、空き瓶に入れてフタを閉め、シェイクしてみたら、こんなふうに泡立った。シェイクしている間に、フタがちょっと持ち上がったようになり、開けるときに、「ポンッ!」と音がしたのは、Domaine de Peyremaleを開けたときの感覚に同じ。

見た目はちょい悪いが、これはこれでアルコールの強いフルーツソースという感じで味は悪くないのだった。


シードル ブリュット(辛口)250ml







最終更新日  2010.07.02 12:24:25


2010.06.25
カテゴリ:Travel(フランス)

パッサーシュ・デ・パノラマを出たあとは、パレロワイヤル公園方面に南下。

パリの町角

「回廊通り」の名の通り、回廊をめぐらした通り。狭い裏通りだが、カフェやレストランは人々で賑わい、活気があった。

パリの街は、以前にくらべるとずっとキレイになった。以前はパリのシンボルだった(?)、路上にころがる犬の糞も相当減ったように思う。

しかし、清潔になるにつれ、あちこち整備されるにつれ、パリにしかなかったハズの魅力がなくなったと感じるのはMizumizuだけだろうか? 街もそうだが、人も。

以前のパリジャンやパリジェンヌはとてもお洒落だったのだ。最初にパリに来たときは冬で、大判の四角いスカーフを個性的に巻いて、端を長く後ろに垂らしているフランス人男性を多く見かけた。別に高そうなスカーフではないのだが、抜群にお洒落に見えた。今パリの道を歩いているフランス人男性は、NYやミラノ、東京の男性と比べて、特にファッショナブルということもない。返って小柄なアジアの青年が、気合を入れた(笑)かわいい格好で歩いているのが目立ったりする。

なんだか、発見のない、つまらない街になったなあ、パリ。

ギャルリー・ヴィヴィエンヌ

パリで一番美しいと言われるギャルリー・ヴィヴィエンヌ。エレガントで洒落た店も多い。

エッフェル塔グッズが・・・

ギャルリー・ヴィヴィエンヌの店

ここにも。

ギャルリー・ヴィヴィエンヌのエッフェル塔グッズ

こちらにも。

注:礼儀正しい日本人のみなさま、お店の写真を撮るときは、必ずお店の方に許可を取りましょうネ。

ショワズール

ヴェルレーヌとランボーゆかりのパッサージュ・ショワズールは、今は日中韓の料理屋がひしめく。ラーメンのダシの匂いやニンニクの香りが屋根つき空間の一角に充満している・・・うう~ん、これはフランス人にはかなり耐え難い匂いかも。

そのせいかアジア人が多いパッサージュ。かつてここをヴェルレーヌは、「昔の香り漂うパッサージュ」と評し、そこではオレンジや珍しい羊皮紙や手袋を売る店があったと書いている。今はすっかりアジアンなパッサージュ。古ぼけた雰囲気は、「昔の香り漂う」というより、一応修理はしたものの、そのまま寂れてしまった感じといったほうが的確か。吉祥寺のアーケード街のよう(苦笑)。

パレロワイヤル公園

パレロワイヤル公園。去年の冬にも来た場所だが(そのときのエントリーはこちら)、すっかり緑で衣替え。まったく別の場所のよう。

パレロワイヤル公園の並木

並木の端整な刈り込み方に、フランスを感じる。

パレロワイヤルから地下鉄に乗って、ジョルジュサンク駅(シャンゼリゼ)へ。

ショーウィンドウは季節のマカロン、ミュゲ(すずらん)一色。

ラデュレ

シャンゼリゼのラデュレは、平日だというのに、マカロンコーナーに大行列が出来ていてビックリ。冬に来たときは、ガラガラだったのに・・・

日本人はあまり並んでいない。お客はほとんどが白人。みなどこから来た観光客なのか・・・

しかし、それにしてもおそるべし、フランスの老舗店の宣伝力。ここのマカロンがいつの間にか、こんなに大人気になっているとは知らなかった。

銀座に上陸したときは、すごい行列だったが、今はだいぶ落ち着いている。パリのシャンゼリゼ店の行列は、一時の銀座店を彷彿させた。

もちろんMizumizuもお買い上げ。Mizumizu母はオランジェットも買っていた(あとで少し食べてみたが、値段ほどには感動のないオランジェットだった)。

マカロンはやはり、日本で食べるより美味しい。口当たりが、さらにはかなくソフトで、フレーバーの主張は強い。

しかし・・・「ミュゲ(すずらん)」のフレーバーは、個人的には好みではない。ローズは好きなのだけど・・・ ローズのほうが自然な香りに感じるのは、ただ単に慣れの問題なのか?

 







最終更新日  2010.06.26 10:42:14
2010.06.24
カテゴリ:Travel(フランス)

エッフェル塔に登るとパリの街は魅力的に見えない。なぜならエッフェル塔が見えないから――という人がいる。そんな意見に同意する人にお奨めなのが、セーヌ川の観光船バトー・ムッシュ。

なんのことはない。エッフェル塔とシテ島の間を往復するだけだが、所要1時間15分と、時間も手ごろで(食事つきのコースだともっと時間を取られる)、1人5ユーロと値段もお手ごろ。大きな船なので、予約なしに行っても問題なく乗れる。

パリには15回ぐらい来ているMizumizuだが、いつも美術館やら有名レストランやらに時間を取られ、乗ったのは今回が初めてだった。

さほど期待していなかったのだが、案外よかった。とくにエッフェル塔がいろいろな角度からバッチリ見えるのが素晴らしい。

船着場は地下鉄駅Alma Marceau(3号線)からすぐで、個人でも簡単に行ける。

バトームーシュ5

船着場でお土産店に入ったら、メイドインチャイナの香り高いお土産物がゴロゴロ。そして、船に乗ると今度はお客の90%近くが中国人。

昔、日本人が海外に行くと、お土産がほとんどメイドインジャパンだった・・・というような話があったようだが、今はそれが中国になっている。

白人の観光客はあまりデジカメを持っていないのだが、中国人はほぼ全員携帯していて、バンバン撮っている。そして、一般の女性がモデルのように身体をひねってポーズを取って写真におさまるのも共通している。日本人はみな「ピース」だが、あれが中国では「モデルポーズ」になるみたいだ。

前に座っていた痩せたチョン・テセみたいな青年と長い髪をきれいに巻いてお洒落をした中国美人のカップルに、写真を撮ってくれと言われてシャッターを押した(ちゃんと撮れていたかしらん?)。

「中国のどこから来たんですか?」

と英語で聞いたら、「○▲◎▽■~」と聞いたこともない中国の地名。漢字で書いてもらえばもしかして見当ぐらいはつくのかもしれないが、音だけでは全然わからない。

首をひねると、「北京の北で、ナンタラナンタラ」と、うまいとはいえない英語で熱心に説明してくれた。こういうとき、中国人の男の子はとても積極的で外交的だ。日本人の男の子の内向的で自信なげな態度とは対照的。「パリは初めて?」とか「気に入った?」などと、話が少し盛り上がった。 

バトームーシュ2

エッフェル塔が見えてきた。

バトームーシュ3

アイスランド火山噴火の影響で空港が長い間閉鎖され、ようやくフライトが再開された当日だったせいか、飛行機がすごい勢いで飛んでいく。遮るもののない快晴の空を切り裂く飛行機雲が、あちらにもこちらにも。

こんなパリの空を見たのは初めて。

バトームーシュ4

エッフェル塔だけではなく、もちろんアンヴァリッドやグランパレ、ルーブル(上の写真左)や、コンシェルジェリーやノートルダム(下の写真)などが次々見られるのだが・・・

バトームーシュ6

セーヌ河岸から遠かったり、建物の周囲の塀が邪魔をしたりして、案外よく見えない。そこへいくと、セーヌ川ぎりぎりに建てられたエッフェル塔の眺めは迫力がある。

バトームーシュ7

ちょうど間近で仰ぎ見るようになるので、高さと建造物としての力強さが強調される。

バトームーシュ1

そして、船の動きにあわせて、あっという間に遠ざかる。風景の一部に溶け込んだエッフェル塔もいい。

最後はちょっと飽きたのだが、思った以上に楽しい気分になって船を降り、地下鉄で1本のGrands Boulevardsに行き、パッサージュ・パノラマ(下の写真)

パッサージュパノラマ

に入り、ここの一角にあるパッサージュ53で、ランチを取って大満足した。パッサージュ・パノラマも賑やかで、歩いて楽しいアーケードだった。

この午前中バトー・ムッシュ→ランチパッサージュ53というコースは、ルートも簡単なので、お奨め。ランチのあとはギャルリー・ヴィヴィエンヌやランボーやヴェルレーヌゆかりのルメール書店のあるパッサージュ・ショワズールを見てパレロワイヤルへ南下し、そこからシャンゼリゼへ出たのだった。







最終更新日  2010.06.29 03:38:35
2010.06.23
カテゴリ:Travel(フランス)

今回パリで泊まったのは、リヨン駅至近のホリデイ・イン パリ バスティーユ

これがなんとなんと、かなり良質のアタリホテルだったのだ。なんのことはない中級ホテルだが、フランスの最高級ホテルは、ホテルの格に見合わない一部の素人っぽいスタッフが高級感を見事にブチ壊すので、それがない分、値段にも納得できる。個人旅行者のニーズをいろいろな面で満たしている。

最大のメリットは、値段がリーズナブルなこと。リヨン駅はパリの中心ではないし、南仏に行く旅行者以外にはメリットがないと考えられがちのせいか、値段がかなり良心的だった。

フロントはビジネスライクで、ポーターもいないのは、返ってチップの心配がいらず、日本人には気楽だと思う。ホテルは広くもないし、エレベータにのって、指定の階でおり、まっすぐな廊下を歩いて番号を見ながら部屋に行くだけだから、ポーターなんていらない。

部屋の内装はこぎれい(改装してそれほど時間がたっていないよう)で、バスルームも清潔で設備も新しく、したがって使いやすい。テレビは壁かけなので場所を取らず、机が広く使える。机が広いのが個人的には一番嬉しかった。

早期予約をすれば、予約変更ができないという条件付きだが、安いプランもある(しかし、今回のアイルランド火山爆発のようなことがあったらどうなるんだろう? 予約したとたん「予約変更不可」の条件で決済されてしまい、それはデポジットではないので、天変地異でどうしても行けなくなったらすべてパーかも?)。

ちなみに2010年4月の料金は

1)2人1部屋(ツイン)で、129ユーロ(朝食なし)

2)2人1部屋(ツイン)で151ユーロ(朝食付き)

の2種類だった。宿泊時期が違うと部屋代も違うので、朝食が22ユーロということではない。

部屋でコンピュータは使わなかったが、フロントに2台、宿泊客なら無料で使えるパソコンがあり、プリンターもついていて、印刷も無料で可。ただし・・・ フランスのキーボードって、アルファベット配置が日本のものと違う。これは知らなかった。細かいことだが、ブラインドタッチが当たり前の人間には、しょっちゅう打ち間違いをしてしまうので、イライラ・・・

リヨン駅というのは、実はパリの中心から地下鉄で戻ってくるのにも便利だったのだ。パリの地下鉄で面倒なのは「乗り換え」。乗り換え駅でえらく歩かされることが多い。階段も多く、一駅分歩いているんでは? というような乗り換え駅も・・・ そこに行くと、シャンゼリゼ通りまで1本で行けるリヨン駅は、距離のわりには地下鉄での移動が疲れない。

ターミナル駅周辺は猥雑で治安の悪そうな場所が多いのだが、リヨン通りにはそうした雰囲気があまりない。

リヨン駅からリヨン通りを見る

これはリヨン駅からホテルのあるリヨン通りを見たところ。道の奥にはバスティーユ広場の塔が見える。

リヨン通りからリヨン駅を見る

こちらは逆にリヨン通りからリヨン駅を見たところ。リヨン駅のシンボル、時計塔が美しい。リヨン通りの建物も瀟洒な雰囲気。

ドゴール空港から来るバスはこのリヨン通りを通って、駅前で左折した先にあるバス停に着く(つまりホテルに行くには、バス停を降りて、進行方向とは逆に戻ることになる)。ドゴール空港に行くときも同じバス停から乗るので便利。バスは30分おきと、オペラ座から空港へ行くバスほど頻繁ではなく、値段も割高なのが玉にキズか・・・

だが、バス停からホテルまでは、ほぼ歩道がバリアフリーになっているので、荷物を引きずって歩く旅行者には有難い。個人旅行者にとって大敵なのが、「段差」と「石畳」なので。大きな荷物をもって、階段の多い地下鉄で移動するのは、特に女性は避けたほうがいい。

そして、朝食も(バイキングだが)かなり普通に美味しかったのだ。「普通に美味しい」朝食を出してくれるところがフランスではえらく少ない。

ホリディインバスティーユ朝食

スクランブルエッグがちゃんと黄身の色をしていることにちょい感激するMizumizu+Mizumizu母。南仏の観光ホテルのバイキングでは、スクランブルエッグは白身ばかりで黄身ちょっぴり・・・というような色をしていたのだ。お菓子に卵黄をたくさん使うので、その残りの卵白を朝食に回した・・・という感じ。

生野菜に緑色と赤色があり、そこにかけるのが日本にも馴染みのあるフレンチドレッシング味というのも、妙に有難かった(笑)。どうもヨーロッパを旅行していると野菜不足になる。

ホリディインバスティーユ朝食会場

朝食レストランも日本人好み。モダンでお洒落だが寒々しく居心地の悪い空間ではなく、すっきりしていて清潔。テーブルの間も歩きやすい。クラシカルでもデコラティブでもないが、これで十分でしょう。

パリの中心に泊まってしまうと、ボトルの水を買うのにも苦労するが、ここはホテルの数軒先に中国人がやっている小さな食料品店があるので、すぐに水やちょっとした食料が買える。もちろんリヨン駅構内の売店で買うより安い。

というわけで、実は今回のフランス旅行で一番気に入ったホテルがこのホリデイ・イン パリ バスティーユ。コートダジュールの高級ホテルは、もちろん思い出作りに1度ぐらい泊まるのはいいが、さりとてリピートしたいというほどのクオリティはない。

ホリデイ・イン パリ バスティーユなら、パリの常宿にしてもいいくらいだ。

しかし・・・ こんなチェーン店が常宿にしてもいいホテルとは・・・フランスのサービス業が、いかにお寒いかということだ。

2011年8月の追記:ここのデラックスルームとスタンダードルームに宿泊された読者の方から情報をいただきました。デラックスルームは、部屋は広く、コーヒーメーカーやクッキーがあるものの、屋根裏部屋のように天井が傾斜していて、何度か頭をぶつけそうになったとのこと。また、7階で廊下が狭く、廊下の壁もほかの階のようにきれいではなかったそういです。
スタンダードルームはコーヒーメーカーもお菓子もないけれど、天井が高く内装もきれいで、十分に快適だったそう。朝食もおいしかったとのことです。常宿にしてもいいと思われたとか。M.Mさん貴重な情報をありがとうございました。







最終更新日  2011.08.23 13:50:00
2010.06.21
カテゴリ:Travel(フランス)

パリのリヨン駅構内にあるレストラン「ル・トラン・ブルー」。絢爛豪華な内装で有名で、映画『ニキータ』や『Mr.ビーン カンヌで大迷惑?!』 にも出てくる。

「内装は一見の価値ありだが、料理はマズい」が日本での固定評。それでも今回は南仏からパリに戻ってきた夜、ディナーを食べに行ってみた。

予約しなくても余裕で入れる。席はいったいいくつあるのか・・・ とにかく広い。お客さんはほとんど外国人観光客で、めかしこんだ人が多い。

テーブルとテーブルの距離がやたら狭く、とにかくどんどん客を詰め込むぞという意思を明確に示している。

ル・トラン・ブルー

ガラスの向こうはホーム。南仏行きのTGVはここから出る。

隣りに座っていたのは、ドイツ人の見るからに上流階級の家族。ここだけ急にヴィスコンティの『ベニスに死す』の時代になったようで、デジカメをパチパチやるのは非常にはばかられた。なので、こっそり写す・・・ といっても隣りのドイツ上流夫人とは目があってしまい、ニッコリとご挨拶。

どうせだから話しかければよかったかな・・・ 日本人がドイツ語を話すと、案外めずらしがられて話が弾むのだが(話が弾みだすと困る・・・ ドイツ語はかなり忘れているので・笑)。

連れているローティーンのお嬢様は2人は超ウルトラ美形で、なんとまあモノを食うというのに、薄手で大判のスカーフを胸のところにきれいにドレープをつけて巻いている。

スンゲー、お洒落・・・ よっぽど綺麗に食べる自信がなくては無理だ。

おまけにドイツ上流夫人もその旦那さんも、ウエイター相手には、ちゃんとフランス語を話している。

と、通路のほうを見ると、これまたモダンなドレスに身を包んだスタイル抜群の黒人女性がさっそうと(たぶんトイレに)歩いていった。

南仏はバカンス客が多かったので、ミシュランの星つきレストランといえど、案外カジュアルな服装の人が多かったのだが、さすが花の都・パリ。ここまで気合を入れてめかしこんだおのぼりさんが集結するレストランがあるとは・・・

ルトランブルー店内

しかし、天井の装飾のゴテゴテぶりは、聞きしに勝る。

ル・トラン・ブルー天井

フレスコ画もギリシア神話の女神みたいなモチーフから、旅情を誘う(?)南仏の海から、本当にごちゃごちゃのめちゃくちゃ・・・ 

ルトランブルー内装

壁も天井も柱も装飾しつくされている。空白が怖いんですかね? ここまで来ると一種の神経症だ。

とは言え、思ったより装飾品は埃っぽく、壁の絵は色もくすんで、レストランの大空間は暗かった。ウェブサイトでは、キンキラ金のイメージなのに、案外ゴールド感がないのだ。イメージ写真とずいぶん違う。バリ島のホテル並みだ。これじゃ一種のダマシでは?

ルトランブルー シャンデリア

しかし、なんざんしょ、このド派手なシャンデリアは・・・ 

隅々まで行き届いた貴族風成金趣味に呆れてしまった。

料理は期待しないほうがいいと言われていたので、ハズレの少なそうなものを頼むことに。

まずは、イタリアンなら何とか食べられるであろうMizumizu母のためにフェットチーネ。

ル・トラン・ブルー パスタ

テーブルの上に置かれたとたんに食欲減退。これまでに見た幾多のパスタ料理の盛り付けの中でも栄えあるワーストワンを進呈したい。

Mizumizu母は、一口食べて顔をしかめる。

「味がない」

パリのパスタ料理は味をつけないのか?? 塩をかけたら、多少味がついた(塩の)。しかも、驚いたことに、このフェットチーネはちゃんと手打ち(つまり自家製)のようなのだ。

自家製パスタでここまでマズイものを作れるとは・・・ さすがフランス人、芸術的です。

ル・トラン・ブルー アスパラ

同じくハズレが少ないであろう、ホワイトアスパラを頼んだMizumizuだったのだが・・・

これまた運ばれてきたとたん、「失敗」の二文字が目の前に浮かんだ。

茹ですぎなのか、単に古いのか、アスパラに張りがなく、色も悪い。さらにマヨネーズ風ソースが最悪。

「味がない」

またも、塩をかけて塩味で食べるMizumizu。これならキューピーマヨネーズのほうが断然ウマイわ。ちゃんと自家製で作ってるフレッシュなマヨネーズに見えるのだが、ここまでボンヤリした味って、シェフは味覚異常なのか?

これまた生涯最悪のホワイトアスパラの称号を進呈。

東京のツム・アインホルンのホワイトアスパラは、これに比べるとなんと美味しいことか。ソースの深く上品な味わいは職人技だ。

隣のドイツ上流家族もホワイトアスパラを食べていた。これじゃ、ドイツで食べたほうがマシなんじゃ・・・?

もうこれ以上、ここの料理は口に入れたくないので、「もう終わり? カフェは?」と、なんとか飲み物をオーダーさせようとするギャルソンを押し切って、支払いを終え、さっさと退場した。しかし、不思議なことに、ウエイターの態度は悪くなかったのだ。

これだけ食べただけで、カードで回ってきた請求額は6,600円。

たけーよ。

「値段は高めなのでコースがオトク」などと宣伝しているサイトも多いが、パスタとアスパラでここまで芸術的にマズイんじゃ、コースにしたらどうなるのか想像もしたくない。

バーがあるので、コーヒー一杯にしておいたほうが無難です。バーといっても、広いレストラン内のわりあい中央にカウンターテーブルがあってそこで飲むので、内装は十分に堪能できるはず。

しかし、ご自慢の内装も・・・ もうちょっと掃除したらどうなんだろう。ここまでゴテゴテじゃ、埃を払うのも難しいのか。

お客に日本人がいないのも頷ける。こういうおのぼりさん相手で高いばかりの店をありがたがる時代は日本では終わっている。客にドイツ人・アメリカ人が多いというのも・・・この味じゃさもありなん。

『Mr.ビーン カンヌで大迷惑?!』 では、ここでMr.ビーンが口に入れた生牡蠣を吐き出したりする、見ようによっては相当に失礼な場面がある。魚介が苦手なのに、フランス語がよくわからず頼んでしまい困ったので、食べるふりをしてこっそり口から出して捨てている・・・ というふうに映画を見たときは解釈したのだが、もしかしてアレ、このレストランの料理が食えんほどマズいってことを暗に皮肉ったのか? レストランの外に出たときは、そんな気さえしてきたのだった。


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最終更新日  2010.06.22 14:57:32
2010.06.18
カテゴリ:Travel(フランス)

<きのうから続く>

ヴィルフランシュのサン・ピエール礼拝堂壁画のなかで、Mizumizuがことに心惹かれるのは、この天使だ。

ジャン・コクトーの天使

天空を自由奔放に駆け回る天使たちの多くには目も鼻も口もないが、地上でつんとポーズを取るこの立像の天使は、冷めた視線を横たわる聖人に向けている。この表情を見て、直感的に思い出したのが、ジャン・コクトーの詩の一節。

「君なんて死んでも平気、僕は自分が生きたいよ」

こんな不実を詩人に言うのも、彼の天使(=詩神)なのだ。「彼(=詩人)」が「彼(=詩神)」から遠ざかろうとするや、引き戻しにかかり、すぐに突き放し、彼を深い夜の静寂(しじま)に落としこめる残酷な天使。

その無垢な残酷性を絵で表現すれば、こんなふうになるのだろう。

さらに、このヴィルフランシュの残酷な天使に極めて似た人物像が、コクトーの過去のドローイングの中にある。それは、1949年にジャン・ジュネの『ブレストの乱暴者』の挿絵のために描いた水兵の習作のうちの1枚。

ジャン・コクトー水夫のドローイングコクトー先生、お尻がリアルにエロすぎます。

その頭部のアップがこちら。

ジャン・コクトー 水夫のドローイング(アップ)

横顔の輪郭の描き方はそっくりだし、身体のポーズにも連動性がある。ほぼ、お尻の向きを逆にし、腕の位置を変えただけだと言える。上半身を覆うタンクトップがなくなり、かわりにむき出しの臀部が布で覆われる。そこにマサカリのような翼が追加される。こうして水兵から天使へのメタモルフォーゼが行われたのだ。

同じモデルを使った水兵のドローイングで、ヴィルフランシュの残酷な天使と目玉の描き方がそっくりなものもある。

水兵(部分)

ヴィルフランシュの残酷な天使は、横顔の輪郭は上の作品、目の描き方は下の作品というように、2枚のドローイングを合成させたものだ。俗世そのものである帽子や髪の毛は水兵が天使へと昇華する時点で消滅している。

コクトーは『ブレストの乱暴者』の挿絵にかこつけて、あられもない姿の水兵のドローイングを多く描いている。あえて「かこつけて」と書くのは、過激でエロチックなこうしたドローイングの多くを、コクトー自身は世に出すつもりは毛頭なく、死後になって「発見」されたものであること、それに、もともと水兵というのはコクトーにとって、極めて性的な存在であったことが、『白書』を読むと明らかだからだ。

『白書』に登場するのは、南仏の港町ツーロンの水兵。彼らは「秋波には微笑で答え、愛の申し出を決して拒まない」魅惑のソドムの住人だ。

「君なんて死んでも平気、僕は自分が生きたいよ」

こんなことを平気で言って詩人を苦しめる残酷な天使は、同時に、詩人を性的に誘惑する恋の相手でもある。横たわる聖人をシニカルな横目で見やっている天使の原型が、描き手にとって極めてセクシャルな存在であった若き水兵だったとしても不思議はない。

そして詩神(ミューズ)とは、表現芸術への渇望の象徴でもある。それは、特定の人間にとっては、宿命でもあり、やむにやまれぬ行為だ。詩神の虜にならなくてすむ者、詩神の誘惑から逃れていられる者は幸いかもしれない。天使とともに描く壮大な浪漫はなくても、深い闇に何度も落とされる精神的危機もない。







最終更新日  2010.06.20 22:34:41
2010.06.17
カテゴリ:Travel(フランス)

ジャン・コクトーは「天使」のイメージについて、以下のように述べている。

「天使は人間性と非人間性のちょうど真中に位置している。それは潜水夫の力強い動作と、千の野鳩のすさまじい羽音に似て、見える世界から見えない世界に飛んでいく、輝かしい、可愛らしい、力強く、若々しい動物だ」

「天使にとっては、死は不可解である。彼は生きている者を圧し殺す。そして、魂を平気で奪い取る。彼には拳闘家と帆前船の性分があるに違いない、と僕は想像する」

「僕達はここで、合掌し、金と百合の翼を持ち、星を戴いた、砂糖製の両性神(エルマフロディット)からは遠く離れている。<鷲のように天から飛びかかってくる>猛々しい天使、ドラクロアの描いた天使、翼を規則正しく描かなかったために教会から罰せられたグレコの天使たちを見たまえ。僕達は皆、天使たちの墜落や、その子孫である巨人たちの誕生、またリュシフェルの罪などに関する、すべての聖書に欠けているページ、完全なキリスト教神話にノスタルジーを感じる。……無私無欲、エゴイズム、やさしい憐憫、残酷、交際嫌い、放蕩のなかの純真、地上の快楽にたいする激しい好みと、それにたいする侮辱の混合、無邪気な背徳。諸君、間違えてはいけない、これらにこそ僕達が天使性といっているものの印がある」(職業の秘密)」

詩人はここで自身の描く天使の身体的イメージと精神性について書いているのだが、コクトーにとっての天使は、シュガーメイドの両性具有的な存在ではない。天使たちはどこまでも強靭で雄々しい男性的な肉体をもっている。そして、人間性と非人間性の中間に位置するがゆえに、「死」を理解せず、結果無邪気に人間の魂を奪い去ってしまう。無私でありながらエゴイスティックで、やさしくも残酷で、孤独でありながらも放蕩児・・・・・・そうした分解不可能な純粋精神、「無邪気な背徳」のなかにコクトーは天使性を見ている。

こうした「ジャン・コクトーの天使性」を線と色で表現したのが、ヴィルフランシュにあるサン・ピエール礼拝堂壁画だ。

コクトー サンピエール壁画

これは、サン・ピエール礼拝堂で売られている絵葉書をスキャンしたもの。現地は内部撮影は禁止。

壁面を飛び回る天使は、たくましい四肢をもった成熟した青年の肉体をしている。右側の天使たちは、高速で天空を自由に移動している雰囲気が実によく出ている。

「鳥獣戯画」の国の人間から見ると、西洋画家の描く「線」には、無機的な印象を受けることが多いが、コクトーの「線」には、のびのびとした生気がある。あたかも、一気呵成に仕上げたように見えるが、実際には1つのイメージを作るのに、下絵を100枚近く描いては捨てることもあったという。

だが、コクトーの「線」はどこまでも自由で、そうした努力をほとんど観る者に気づかせない。

サンピエール教会壁画1

衣の襞や、とげだらけのサボテンの乾いた質感、草のしなる風情など、よく描けている。ヴィルフランシュの風俗を取り入れつつ、人物像の目が魚の形になっているなど、マンガチックともいえる発想の面白さも光る。この人物像は、漁師が使う網を衣のように羽織っているのだが、背中を出したその網のはだけ方がなまめかしい。耳飾りをつけているというのも、奇妙なほど今風にセクシーだ。

ジャン・コクトー サンピエール教会壁画 

横たわる髭の人物像(聖ペトロ、つまりはサン・ピエール)を基点にして、天使たちの翼が渦巻きを構成するように配置されいてる。色彩を極力抑えることで、淡い黄色のトーンが生きている。

この空中での渦巻き構成は、15世紀の傑作、マルティン・ショーンガウワーの「聖アントニウスの誘惑」(聖アントニウスを邪悪な悪魔が誘惑する図)のアンチテーゼに違いない。

ショーンガウワー

しかし、この礼拝堂・・・

ホテル・ウェルカムとサンピエール教会

ご覧のように、ホテル・ウェルカムとは文字通り目と鼻の先の距離にある。ところが、開館時間をホテルのフロントに聞いたところ、

「季節によって違う。ドアのところに張り出してあるから見て」と言われたのだ。

「普通は10時からなの? 昼休みは2時間?」

と聞くと、微妙な表情でなにやら曖昧なことを言っている。こんなに近くの、しかもコクトー壁画の観光スポットの開館時間をコクトーゆかりのホテルが知らないなんてワケはないはずだ。

また、何かあるんじゃ・・・

そして、それは現場に行って初めて明かされるんじゃ・・・

フランス人お得意の「ギリギリまで教えない、こちらにとっては不利な現状」があるのでは、と思って礼拝堂に行ったら、案の定だった。

10時から開館にはなっていたのだが、なんとなんと!

中がモロに修復中だったのだ!!

しかも一部修復なんてもんじゃない。足場が礼拝堂内部のほぼ全体にわたって組まれ、はっきり言ってほとんど見えない状態。「雨漏りが原因」とかなんとか、受付のおばさんが言っていた。

これで、2.5ユーロ取って見せるか? 閉めて修復に集中して、それがちゃんと完了してから開館すべきレベルだ。しかも、「修復には、XXXXユーロかかるので寄付を」と、入場料を払った上に、ほとんど壁画を見られないハメに陥る観光客にさらにタカろうとしている!

これでホテルのフロントの曖昧な態度も合点がいった。「修復中です」その一言を言いたくないのだ。もちろん彼らは知っている。ほとんど見られない状態であることも。だが、事前にそれを知らせて、文句を言われたくないのだ。

こういうことはフランスではしばしば起こる。行ってみたら美術館が開いていない。修復のために閉館という情報が、ホームページをみてもすぐにわからないことが多い。どこかに書いてあるのかもしれないが、それがすぐわかる場所にはない。行ってみて初めて知るということになる。

頭にきたので、足場の裏に回って、なんとか見ようとすると、さっそく受付のおばさんが、「そっちはダメ」というようなことをフランス語で注意してきた。「わかんないわよ!」と英語で怒鳴ると、うるさい客の相手はしたくないとばかりに下を向いてしまった。さすがのフランス人も、多少は後ろめたく思っているようだ。

あのさ~、ジャン・コクトーの壁画は、フランスのれっきとした文化遺産だと思うよ。これを見るために、はるか東洋の小島から観光客がやってくるのだ。それほど集客力のある文化財の修復ぐらい予算を回しなさいよ。

3人子供を産めば働かなくてもいいぐらいの手当てを出すなど、愚民量産政策にバラまく予算があるんなら、貴重な文化財の修復にお金を回すべきだろう。寄付に頼るというのは、アメリカ式のやり方だが、アメリカとフランスでは「文化事業への寄付」に対する土壌が違う。

まったく・・・アメリカが嫌いなくせに、都合のいいところだけはちゃっかりマネしている。フランス(イタリアもそうだが)は、かつては美術館の入館料も安く、文化大国の余裕を感じたものだが、今は文化財は徹底的に観光ビジネスに利用し、観光客からは遠慮なくできるかぎりぶったくるシステムになっている。

寄付を募っているということは、修復予算のメドが立っていないということかもしれない。ということは、このひどい状態のまま、のんべんだらりと中途半端に修復しつつ公開を続けるのかもしれない。

なんて気の毒なジャン・コクトー!

コクトーはフランスを偉大な国にした文化人に対する自国民の薄情さを、常に批判してきたが、まさに的を射ている。

この礼拝堂は、ヴィルフランシュの漁民に捧げたもので、「コクトーの誕生日には、ここで礼拝を行う」などと美談ばかり流布されているが、実はコクトーは、ジャン・マレーへの手紙で、地元民に対する不満をぶちまけている。

コクトーがサン・ピエール礼拝堂の壁画装飾を仕上げたのは1956年のことだが、その翌年の手紙。

1957年8月14日 ふたたび梯子に登ってみたものの、自分の仕事が本当にやるだけの価値があるかどうか、不安の頂点にいます。(中略)こうした悩みをますます強めているのが、ヴィルフランシュの漁師たちからこうむった悲しみと失望です。彼らはぼくが贈ったチャペルで豊かになった(入場者2万5000人)というのに、ぼくのことをまるで最悪の敵のように扱います。ぼくにはわけがわからない。ぼくが自由に人を連れて入れないよう、ドアに南京錠をかけることまでするのです。(「ジャン・マレーへの手紙」より)

この敵対的態度の裏には、どうやら礼拝堂装飾に借り出された職人に対する賃金不払いのトラブルがあったようで、誰が最終的に報酬を支払うのかをきちんと関係者と取り決めないまま、コクトーが仕事を進めたのがことの発端かもしれない。

だが、詩人にとっては、この不払いトラブルは、「誰もかれも、ぼくの贈り物をタダで手に入れようとしている」状況に他ならなかった。自分が精魂かたむけて完成させた壁画で現地の人々が潤ったにもかかわらず、こうした態度を取られたことで、コクトーは制作意欲を削がれてウツになったのだ。「自分の仕事が本当にやるだけの価値があるかどうか、不安の頂点にいる」というのは、そんなコクトーの精神状態を端的に表している(そして、泣きつく先はジャン・マレー)。

<明日に続く>







最終更新日  2010.06.17 23:20:04
2010.06.14
カテゴリ:Travel(フランス)

 【中古】DVD アジアンタムブルー

「アジアンタムブルー」という映画がある。「イケメン+不治の病+南仏」3点セットの典型的な若い女の子向けメロドラマだが、この作品中にヴィルフランシュのホテル・ウェルカムとサンピエール礼拝堂、それに海辺の遊歩道が出てくる。

山崎隆二(阿部寛)が最初に仕事で南仏を訪れたときに、ホテルのベランダで物思いに沈むシーンがあるのだが、そこがホテル・ウェルカムのベランダ。

そして、ヒロインの続木葉子(松下奈緒)が山崎と南仏を訪れ、サンピエール礼拝堂のコクトーの壁画を見たあと、海辺の道を歩くシーンもヴィルフランシュだ。そこで葉子が、ジャン・コクトーとラディゲ、それにジャン・マレー(名前は挙げずに、「美女と野獣」に出ていた人、と言ってるが)の話をする。

ヴィルフランシュ午後の港

ホテル・ウェルカムのベランダからの港の景色は、臨場感に溢れている。ニースのプロムナードデサングレよりずっと、海の響きを間近に感じることができる。

ヴィルフランシュたそがれ

時間によって変化するのもいい。とりわけ黄昏のころが素晴らしい。山は光の首飾りをまとい、港にも煌きがともる。

ヴィルフランシュ夜の海

夜もロマンチックだ。ヴィルフランシュは治安がいいのか、真夜中近くになっても、海の見えるホテルのバーで人々がくつろぎ、遊歩道をそぞろ歩いていた。小さな村なので、都会のようないかがわしさもない。

ヴィルフランシュ夜のとばり

海を背に路地を入るとすぐに坂になっている、ここがヴィルフランシュの旧市街。中世の面影が残り、明るく開けた海の情景とは対照的な暗く狭い空間の連鎖となる。そのコントラストがいい。

ヴィルフランシュ Obscure通り

「オルフェの遺言」のロケにも使われた旧市街のオブスキュール通り(Rue Obscure)。ここには昼もなく、夜もない。

この路は、日本で言えば、黄泉の国へ向かう「黄泉比良坂(よもつひらさか)」だ。

ヴィルフランシュ Obscure通り2

生と死が隣り合っているように、光と影が切り離せないように、オブスキュール通りは、きらきらした海のすぐ近く、人々の生活が行き交う旧市街の一角に、ひそやかに、だが確固として存在している。

コクトー像

港で思索にふける銅像のジャン・コクトー。活発さと陰鬱さが隣り合う、ヴィルフランシュは確かに、詩人を魅了するに足るポエティックかつフォトジェニックな町。

ヴィルフランシュ昼間
山と落ち着いたパステルカラーの町並みは、どこかイタリア的な明るさがある。チンクテ・テッレもこんな町だったっけ。

ヴィルフランシュ街灯

街灯の配置が、リズミカルに調和する瞬間。

ヴィルフランシュ早朝

朝の風景。
逆光の中に浮かび上がった3艘の舟は、海に浮かんだオブジェ。

ヴィルフランシュ海岸

泳げそうな海岸も少し。波のくだける音は、むしろ思索を誘うのだが。

ヴィルフランシュシュルメール駅

ヴィルフランシュは鉄道駅のホームからも、潮騒のざわめきに心を浸すことができる。












最終更新日  2010.06.19 17:59:53
2010.06.12
カテゴリ:Travel(フランス)

ヴィルフランシュにあるホテル・ウェルカムは、ジャン・コクトーの常宿として有名。
ヴィルフランシュ地図

位置関係は、このヴィルフランシュの地図で左上の印がバス停(ニースとマントンの間)、海沿いにホテルがあり、右端が鉄道駅。

ホテル・ウェルカム正面

ホテルの全景。ジャン・コクトーは向かって左端にある22号室と23号室を常宿にしていた。

予約時に「ジャン・コクトーの大ファンなので」と押しまくり、23号室を手配してくれるように頼んだ(22号室のほうが広いので高くなる)。

フランスという国は、とにかく最後の最後までハッキリしたことを言わない。ホテルの部屋指定さえ。「押さえるように全力を尽くす」とメールで返事が来た。希望がないならその時点で押さえて、あとからリクエストがきても先約ありで断ればいいことなのに・・・ 部屋指定でここまでもったいぶる理由がわからない。わからないが、たぶん、何かの手配ミスでダブルブッキングなどしてしまった場合に備えて、そういう言い方をしているのではないかと思う。

とまれ・・・

ホテルに着いて、再度確認すると、無事23号室が手配されていた。
ホテルウェルカムゆかりの著名人
ホテルのエントランスには、ホテルゆかりの文化人・著名人の名前を浮き彫りにしたオブジェが立っている。コクトーの名前のすぐうえに、オスカー・ワイルドの名があるのは・・・(苦笑)。

ホテル・ウェルカム入り口

入り口にはジャン・コクトー風のモザイクタイル。

ホテルウェルカムの写真
フランシーヌとデルミットと一緒に写ったコクトー晩年の写真。

コクトーとピカソ
こちらはピカソとコクトー。

ホテル・ウェルカムのコクトーオリジナルドローイング
ホテルが唯一所有しているという、コクトーのオリジナルドローイング。

ホテルウェルカム、バーの照明
他はすべて複製の類いということだ。バーのこの照明もコクトー作品の模写。

エレベーター
エレベーターの絵は、近くのサンピエール礼拝堂のコクトーの壁画を模写したもの。

エレベーター
エレベーターの扉の絵柄は各階、全部違っている。

ホテル・ウェルカムエレベーター闘牛士
闘牛士とか・・・

ホテルウェルカムエレベーター
竪琴と一緒に描かれているので、これはオルフェ? ちょい、情けない・・・

ここまで徹底的にパクって、権利関係はどうなっているんだろう? いくらコクトーが常宿にしていたホテルとはいえ、ここまでやっていいんだろうか??

ホテルウェルカム23号室カーテン

23号室は、レモンイエローで統一された清々しい空間だった。内装はずいぶんと新しい。リニューアルしたばかりではないだろうか。

ホテル・ウェルカム23号室、コクトーのイラスト
渦巻き型のギボシに、コクトーの筆跡を真似た文字、それにコクトーのポスター。

大きな窓を開けると、すぐそばに海。一瞬、潮騒のさざめきが聞こえ、すぐにそれは、目の前の車道を走るクルマのエンジン音にかき消された。

ホテル・ウェルカム23号室
ベッドは大きい。というか、部屋が狭い。

ホテルウェルカム23号室
ベッドサイドの照明は、コクトーのマークの星形。本当に、徹底的にコクトー風のインテリアにしている。

hotel welcomeパンフ
ホテルの説明書きの紙の扉も、ホテル所蔵のコクトーのオリジナルドローイングのコピー。

ジャン・コクトーには「公式」の部屋と「非公式」の部屋があった。狭い23号室が「非公式」の部屋で、実際にはこちらに宿泊。広い「公式」の部屋22号室は、警察の手入れがあったときのためのもの。

つまり・・・23号室でアヘンを吸い、警察の調査が入るときは、何もない22号室に彼らを迎入れた、というわけ。

たまたま22号室も空いているということで、中を見せてくれた。

ホテル・ウェルカム ジャン・コクトーの部屋

こちらのインテリアは赤で統一されており、「美女と野獣」の写真が飾ってあった。

hotel welcome コクトーの部屋の美女と野獣の写真

角部屋なので23号室より広く、二方にベランダがある。だが、内装は真新しく、コクトーが泊まっていた時代をイメージすることは不可能だった。

ホテルのスタッフは非常に感じがよく、シェーブル・ドールとは雲泥の差だった。あとでわかったのだが、このホテル、アンケートがあって客が従業員の評価をするシステムになっている。

以前もリヨンで、妙にウエイターやウエトレスが感じのよいレストランだと思ったら、あとからアンケートが回ってきて、なるほど、と謎が解けたことがある。

つまり、感じの悪い態度を取れば、チクられる可能性があるというわけ。こういうシステムのもとだと、フランス人もわりあい感じよく働く。

フロントのお兄さんが、コクトーとホテルの逸話を話してくれた。「コクトーは、ラディゲを失って絶望していたんだ。とても彼を愛していたからね。このホテルに来たのは、そんなときだ。ここでは誰もコクトーを知らなくて、彼に構わなかった。それでコクトーは、自由にここでものを書くことができたんだよ」。

当時はきっと、もっとずっと質素なホテルだったんだろう。クルマも通らなかっただろうし、バカンス客もこんなにいなかっただろう。

それでも、コクトーの部屋からは今も、海の響きに混じって、働く漁師たちの声がすぐ下から聞こえてくる。網を直し、舟を出し、やがて魚を積んで戻ってくる。釣った魚はすぐにその場で売られる。

ヴィルフランシュ魚

こんなにも海と生活の匂いを近くに感じられるホテルも珍しい。どんどん観光地化の進むコートダジュールではもう、ここぐらいしかないかもしれない。

ホテルウェルカム、朝食

朝食は11ユーロ。海のすぐ近くのホテルのバーで。値段のわりに美味しいといえる。これもコートダジュールでは珍しいかもしれない。
















最終更新日  2010.06.21 09:49:42
2010.06.11
カテゴリ:Travel(フランス)
どうせだからと、テラスレストランLe rempartsでランチをしてからニースに戻ることにした。

ランチにはコースメニューがあるというので、それにしたのだが・・・

Les rempartsの前菜

 

前菜の肉は、切り方がザツでMizumizuを怒らせる。厚かったり、薄かったり、素人の切り方だわ、これ。どんな包丁を使ってるだろう?

Les rempartsの前菜、カルパッチョ

前菜の魚。これまたカルパッチョなのに、このヘタクソな切り方とベチャッとした並べ方はなんぞや? おまけに生臭い。オリーブオイルで臭みを消して食べないといけない。

Les rempartsのメイン、牛肉

メインの牛肉。これは赤身の美味しさをバルサミコを使ったソースが引き立てていて、マル。

赤ワインは、グラスで頼んだらMinutyというシャトーワインを持ってきてくれた。知らないメーカーだったが、昨晩のワインと打って変わった軽やかでフルーティなワイン。これはこれでメインとよく合い、大満足。肉とワインで、いろいろなマリアージュが楽しめる。この多彩さがフランス料理の魅力だ。

しかし、この肉の塊で1人前・・・ 「とても軽いランチ」と言っていたのに・・・

シェヴルドールのランチの魚

メインの魚の品評会も、食べる前から量と盛り付けにウンザリ。

Les rempartsのポテト

付け合わせのポンフリは、到底食べきれず、お持ち帰りにしてもらった(冷えたら、ひどい味になった)。

Les rempartsのデザート

デザートは、生クリームと果物の使い方がどことなくイタリア風。この手のデザートはMizumizuは好み。ただし、特に感激するほどでもない。昨晩のマントンのレモンは衝撃だったのに、えらい違いだ。

Les rempartsのミニャルディーズ

これまた普通すぎるミニャルディーズ。フランスのガレットって、本来もっと美味しいと思うんだが・・・ エスプレッソも7ユーロも取るわりには、まったく何の感動もなかった。家庭で飲んでるものと変わらない。

ハーフボトルのガス入りの水、グラスワイン1杯、エスプレッソ1杯にコース2人前で143.5ユーロ。

味のわりには、ハッキリ言って高いと思う。ディナーとは味にえらい落差がある。眺望代と考えるべきだろう。というわけで、ここのランチ、コースはあまりオススメできないが、といってアラカルトなら美味しいかどうか・・・? 

そして、もうひとつ。シェーブル・ドールはサービスがあまりよくない。全体に素人っぽく、スタッフには、お客をもてなす精神的余裕とフレキシビリティが足りない。決められたことならできるが、それ以上は望めない。夏だけ開くホテルだから、ほとんどが季節労働者(笑)なのか。

特にランチのサービスをしたオバさんウエトレスはひどかった。値段のないメニューを2つ持ってきて、フォークとナイフの場所を左右あべこべにし、デザートは置いたとたん、ガタッと倒れてしまった(もちろん、謝りもせず、さっさとばっくれていたが)。

フロントのオジさんは、フロントマンよりガードマンが似合うような目つきの悪さ(笑)。こちらが入っていくと、一瞬、ジロッとにらむ(本人は意識してないのかもしれないが)。宿泊客のほうが、先に挨拶するって、おかしくないですか? 別に不親切ということではなく、あまり客あしらいに慣れていない感じなのだ(それでいいのか? フロントだぞ)。

早めにチェックインして、部屋つきのベランダで座っていたら、下からバーのボーイに、「そこで何をしてるの?」なとど聞かれた(苦笑)。もちろん普通に、「私たちの部屋に座っているの」と答えたが。

宿泊客以外も入ってきてしまうような作りなので、警戒しているのかもしれないし、昨今の中国人・韓国人の度外れた厚かましさを見ると、ある程度無理もないと思わないでもないが、小さなホテルなんだから、不審に思ったのなら、いきなりぶしつけな質問などしなくても、ちょっとフロントに確認すればすむ話だ。

ディナーのときは、スタッフの数が余っているせいか、やたらとフロアをウロウロし、こちらを見る。なんとなく居心地が悪く感じて、「監視されてるみたいね~」と日本語でMizumizu母と話していたら、こちらの気分を察したのか、ジロジロ見るのはやめてくれたが。ここまでサービスが素人っぽいミシュラン星つきレストランは、初めて。

最高級ホテルなのに、スタッフの質はデニーズ並み・・・ お客が外国人ばかりというのは東南アジアのようだし、スタッフの働き方は旧共産圏の国のよう。

ド・ビルパンが、26歳以下の若者を2年以内の雇用なら理由なく解雇できるという法案を通そうとしたのは、労働者のヤル気をもう少し引き出そうとしたのだろう。だが、それも首を切られたくないボンクラな労働者の反対で引っ込めざるをえなくなった。働く人間がもう少し危機感をもって仕事を覚えようとしたら、もっとフランスのサービス業の質はよくなるはずだ。

歴史と伝統、それにロケーションと備品は最高なのに、今のフランスはサービス業に携わる労働者が全員それに胡坐をかき、変な権利意識と間違ったプライドを振り回している。

さらに、このシェーブル・ドールというホテルは、宿泊予約をしたとたん、1泊分をデボジットとして取ってしまう。レストランの予約をしたら、「予約したのにレストランに来ない場合は、100ユーロ申し受けます」などと注意書きを書いてよこした。いくらなんでも、100ユーロはちょっと酷すぎませんか?

予約したとたんに1泊分の料金取るというのは、アメリカの人気ホテルが始めたことではないかと思うが、ヨーロッパの高級ホテルは、ずいぶん長くそんなガツガツしたことはしなかったのだ。だが、今やアメリカ以上に、ガッチリしているフランス。

しかも、世界中の高級ホテルが、バトラーサービスのような「おもてなし」で、差別化を図っているというのに、フランスでは、まったくサービスという中身がともなわない。インテリアや食器の豪華さが、ますますフランスのホテルの「高級感」を虚ろなものにしている。

 







最終更新日  2010.06.11 10:41:53

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